ランクS(13)

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 それから半年後、MRI捜査国際フォーラムは大成功を収めた。
 MRI捜査に関しては後進国のフランスが堂々たるホスト役を務め上げたことについて、日本からのアドバイザーの力が大きかったことは言うまでもない。それは衆目が認めるところで、しかし決して日本代表の警視長はそのことに言及しなかった。日本人らしい奥床しさは、フランス警察の好意を得ることにつながった。フランス司法警察と日本警察は、この機会に友好な関係を築けたと言ってよかった。

 企画に寄与した事実の代わりに彼がフォーラムで発表したのは、自国が独自に開発を進めたテクノロジーに関する具体的な成果だった。モニター画面の分割やデータ伝送時間の短縮、情報過多による負荷への機械的な対応、オーバーフロー時の自動バックアップ機能など、捜査を効率的に進めるために不可欠な、それでいて往々にして縁の下に隠れがちなそれらに焦点を当てたトピックは、参加者たちの耳目を強力に引き付けた。
 彼の隣にはその開発に携わった技師の姿があり、質問は彼に集中した。日本代表である法医第九研究室室長は、その瞬間から優秀な通訳者になった。技師に質問の内容を伝え、質問者にはその国の言葉で解答を示した。解答は多くの専門用語を必要としたが、彼の答えは的確で、しかもとても分かりやすかった。

 彼らはその功績を、日本の専売特許にする心算はなかった。世界全体のMRI捜査の発展のために、プログラムとノウハウを無償で提供すると宣言した。それに伴うハードの開発はそれぞれの国に任せるより他なかったが、ソフト部分の協力は惜しまないと、徳人の態度を貫いた。
 結果、彼らはフォーラムに集った国々の賞賛を一身に浴びることになり、お株を奪われたフランスがへそを曲げるかと思いきや、フランスのMRI捜査関係者はすでに、揃いも揃って日本代表に骨抜きになっていた。会場に沸き起こった拍手の中で、最も強く手を叩いていたのは彼らだったのだ。

「ツヨシ! トレビアン!」
「メルシ、ちょ、ムッシュ、ヘンなとこ触らないでください」
 フォーラムが無事終了し、控え室に戻った薪を追いかけるようにしてやってきたフランス代表の中年男性が、賞賛の声と共に浴びせた熱い抱擁とベーゼをかいくぐり、薪は彼と距離を取った。姿勢を低くして身構える。この国は本当に、ちょっと気を抜くと大変なことになる。着いたその日に空港のトイレに2回も連れ込まれたなんて、青木に知られたらどんな目に遭わされるか。

「また投げられたいんですか、ジャン」
 綺麗なフランス語に無数の棘を含ませて、薪は彼のスキンシップを拒否した。男は薪とは対照的に砕いた母国語で、
「いいじゃない。久しぶりに会えて嬉しいんだよ」
 ジャンと呼ばれた男は悪気のない笑顔で薪を宥め、降参の印に小さく両手を上げた。

 執行委員長の彼とは、共に協力し合って準備を進めた。フランスの威信を掛けたコンベンションの責任者に抜擢されるだけあって、優秀な男だった。リーダーに相応しい人望と、他人を惹き付ける人間的な魅力を併せ持っていた。
 彼は語学に堪能で、各国のMRI捜査関係者とも連絡を取り合える立場にいた。よって、招待客とメンバーの調整は彼に任せて、薪は技術的な討議内容の雛型のみを作成すれば良かった。それは薪にとっては簡単で、他の委員たちには申し訳ないが退屈な仕事だった。

「準備期間半年の予定を3ヶ月で終わらせて帰国したときには、日本人はなんて人生の楽しみ方を知らない人種なんだろうと思ったよ」
「それは偏見です。仕事でも何でも、時間さえ掛ければいいってものじゃない。日本人は、限られた時間内で人生を楽しむ術を知っているんです。それに」
 感謝と親しみを込めて、薪は微笑んだ。
「僕は自分の国が好きなんです。あなたもそうでしょう?」
 フランス国民の誇り高さは知っている。彼らは何でも自国が一番にならないと気が済まない。彼らのヨーロッパ至上主義には辟易するが、その為に努力を惜しまない姿勢は称賛に値する。

「まさか、懇親会にも出ないで真っ直ぐ日本へ帰るとか言うんじゃないだろうね?」
「今日はお付き合いしますよ。日本から優秀なボディガードを連れて来てますから」
 薪は上着を脱いで、後ろにいた背の高い男に手渡した。振り返りもせず、男の顔を見ることもしなかった。
「彼は僕に触れる者を許しません。どうか御身を大切に」
「彼は君の?」
 青木とは初対面に近いのに、一瞬で自分たちの関係を見抜く彼らの恋愛スキルの高さには脱帽する。ジュティームだのアムールだのと日常的に口にできる国民性はどうしても馴染めないと思っていたが、あれは常日頃からその方面の鍛錬を積んでいるのかもしれない。

「oui」
 ジャンへの牽制もあって、薪は素直に彼の言うことを認めた。
「この事は他言無用です。日本はまだまだその手のことには保守的なんです」
「そうなのかい? 呆れた後進国だね。MRI捜査はあんなに進んでるのに」

 薪の背広をハンガーに掛ける青木の背中を薪が苦笑交じりに見やったとき、ドアが勢いよく開いて宇野が飛び込んできた。
「青木、通訳頼む。英語ならともかく、他はちんぷんかんぷんだ」
 天才技師として紹介された宇野は、他国の技術者の質問攻めにあったらしい。システムに関することで自分に答えられない質問はないと自負する宇野だが、質問の意味が分からなければ答えようがないだろう。
「日常会話なら何とかなりますけど、ITの専門用語になるとちょっと」
 自信が無さそうな青木の様子に、ならば僕が、と言い掛けた薪を制して、ジャンは一歩前に進んだ。薪と宇野の間に自分の身体を滑り込ませて、困難な役目を買って出た。

「ムッシュ宇野。通訳なら僕がやろう」
 ジャンは、参加国すべての言葉に精通している。彼が責任者に選ばれた理由も、その言語能力と交渉術を買われてのことだった。
「では、僕たちはレセプションパーティの準備の手伝いに」
「ノンノン! ツヨシ、この件に関しては君は遠慮してくれ。我が国のエクセレントな演出を、ジャパニーズ・OYAJIの感性でぶち壊されるのはごめんだ」
 強い口調で薪の協力を拒むと、ジャンはニヤッと笑って、
「パーティまでは2時間くらいある。限られた時間を有効に使って人生を楽しむ日本人の技ってのを、ぜひ見せて欲しいね」
 ウインクした片目にある種の情感を仄めかせ、ジャンは宇野の背中を押すようにして控室を出て行った。要は冷やかされたのだが、鈍い青木には伝わらなかったらしい。チッ、と舌打ちした薪を不思議そうに見ていたからだ。

「ジャパニーズオヤジの感性とか言われてましたけど。何かあったんですか?」
「レセプションパーティの演出プランについての会議でさ、日本の宴会の伝統芸を聞かれてドジョウ掬いを紹介したんだ。それ以来、何故かレセプション関係のミーティングには呼んでもらえなくなって」
 呆れた顔をする青木に、薪は言い訳がましく、
「腹踊りよりは品がいいと思ったんだ」と肩を竦めた。腕を回したら、肩がパキッと音を立てた。相当凝っている。自分ではそれほど意識していなかったが、かなりのストレスが掛かっていたらしい。

「そうですね。ドジョウ掬いは場が盛り上がりますしね。オレはいいと思いますよ」
「だろう?」
 軽く頷きながら、薪はソファに腰を下ろした。ネクタイを緩め、コーヒーを淹れてくれと言おうとした瞬間、
「薪さんはパーティまでの間に、人生を楽しまなくちゃいけないんですよね? オレは何をしましょうか?」
 急に後ろから抱きしめられて、薪は焦った。耳に掛かる青木の息が熱い。ジャンの言葉はパリっ子独特のスラングだらけのフランス語だったから彼には分からないと思っていたが、どうやら青木を見くびっていたらしい。

「じゃあ、まずは」
 右手を上から後ろに伸ばして、薪は青木の頭を捕らえた。そのまま後ろに仰のくと、青木はすぐに察して、薪の要求に応えた。
 異国の地で交わすキスは、フランスのデザートを煌びやかに飾るシュクレフィレの味がした。




*****

 言えないよ……この話、薪さんに「oui」て言わせたいがためだけにフランス警察を引っ張り込んだなんて言えないよ……。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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