夢のあとさき(9)

 お盆休みくらい頑張って更新してみよう。
 1日目。




夢のあとさき(9)






「青木」と呼ばれて振り返った、途端にくちびるを押し付けられた。ニコッと笑ってコーヒーカップを手渡してくれる、パジャマ姿の可愛い恋人。
 厄祓いに行った日から、薪は毎日機嫌が良い。ご利益覿面だ。旅行帰りにラブホテルなんて初めてだったし、東照宮って本当は縁結びの神社なんじゃ、などと心の中で思ってはニヤニヤしっぱなしという青木にとっては夢のような日々が続いていた。

「週末は休みが取れそうだ。大型連休が終わったばかりだから、東照宮も空いてるんじゃないか」
「また神社に行くんですか?」
「鳴竜に火をつけてやるんだ」
 先週ホテルのベッドで青木が嫉妬に狂うようなことを薪が言うから、他の人間のことなんか考えられなくなるように徹底的に責め、いや、可愛がってやった。「僕は悪くない、鳴竜が悪いんだ」と意味不明のことを叫んでいたが、どうして東照宮の鳴竜に責任転嫁がされたのか、薪の思考経路は相変わらず謎だ。
「いいですね。リベンジと行きますか」
 あの悪夢のような渋滞さえなければ、いろは坂をドライブがてら中禅寺湖まで足を延ばしてもいいし、高原を訪れてもいい。ニッコウキスゲの盛りも過ぎていないだろう。

「こないだもらった優待券、まだ使えるかな」
「ええ。期限は3ヶ月くらいあったと、あ、でも」
 頷きかけて青木は気付く。次の日曜日は9日。鈴木の月命日だ。
 毎月この日は、薪は絶対に青木を拒む。あからさまに彼の名前を出されたことはないし、薪も義理立てしているつもりではないのだろうが、要は気分になれないのだろう。「悪いけど」と言う断り文句に、彼のそんな気持ちが現れている。薪が青木の誘いを断るとき、しおらしい態度を取るのは自分に引け目があるときだけだ。仕事なら仕事、休養に充てたいなら休みたいとハッキリ言う。誘いを断られた青木の落胆なんて、この人は基本的に考えない。
 察しの良い薪のこと、青木が具体的な言葉を用いずとも言いたいことは分かるはず。が、その日の薪は「なんだ?」と無邪気に首を傾げた。

「いえ、何でもないです。えっと、優待券使うと半額ですって。よかったですね」
「浮いた金で地酒を頼もう。こないだのあれ、美味かったよな」
「非常に残念ですが賛同を求められましても一滴残らず薪さんの口に入ってしまいましたのでお答えできません」
 仕事の報告をする口調で青木が丁寧に反論すると、薪はふいっと上方に眼を逸らし、「だっておまえ運転だし」と口の中で言い訳した。
「今度はオレにも飲ませてくださいね」
「わかった。じゃあ、今回は泊まりだな。昼間の風呂が森の中だから、夜の風呂は渓流沿いとかいいんじゃないか」
「そうですね。この宿なんかどうです?」
 山ほど集めたパンフレットと旅行雑誌を広げて、掲載された一枚の写真から二人で想像を膨らませる。薪は心の底から楽しそうで、彼の人のことは胸の片隅にも留めていないように見えた。
 彼が言い出さないものを青木から言及することはない。後で気付いて取り消されるかもしれないけれど、こうやって薪と一緒に旅行のプランを立てるのは青木の一番の楽しみなのだ。

 その週の青木は、薪からキャンセルの通知がいつ来るかと気に掛けながら過ごした。約束を反故にされても落胆を表に出さないよう、薪に話しかけられるたびに身構えたが、金曜日の夕方に「明日な」と手を振られて、これは明朝ドタキャンか、当日キャンセルは宿泊代100%返ってこないんだよな、と少々セコイことを考えた。
 翌朝、薪からの電話がないので約束の時間に彼のマンションを訪れると、薪はボストンバックを片手にマンションの車止めで待っていた。「晴れてよかったな」と上機嫌で車に乗り込む。自分が言うべきではないと思ったけれどどうにも我慢がならなくて、青木はとうとう彼の名前を出してしまった。
「少し回り道になりますけど、鈴木さんのお墓に寄って行きましょうか」
「鈴木の? どうして?」

 不思議そうに尋ねる薪に、だけど訳が分からないのは青木のほうだ。鈴木の名前を出すとき、未だ薪はその瞳に苦渋を浮かべる。自分の手で殺めてしまった親友の命を、奪ってしまった彼の未来と幸福を偲んで、身を切り裂くような罪悪感に打ちのめされる。鈴木がどんなに薪の幸せを願って死んでいったか、その事実が分かっても薪の痛みは変らない。鈴木のためにも頑張って生きようという決意と、自責の念はまったく別物だ。己が内から発せられる人殺しという罵倒が、薪の中から消えることはない。
 ところが、その時の薪からは一欠けらの後悔も痛みも感じられず。薪が彼の死を乗り越えてくれることを望む青木にとってそれは喜ぶべきことなのに、何故かひどく不安になった。

「どうしてって。明日は鈴木さんの月命日でしょう」
 遺族に気を使って当日の墓参りは避ける、青木はそのことも知っている。明日は帰りが遅くなるかもしれないから、行くとしたら今しかない。青木がそこまで口にしたのに、薪は助手席の窓に肘を載せた姿勢で細い眉根を寄せ、不満そうに唇を尖らせた。
「鈴木の墓は横浜だぞ。回り道なんてもんじゃないだろ」
「でも」
「それに、命日じゃなくて月命日だろ。命日にはちゃんとお参りするけど、月命日まではなあ。いくら親友だったからって、もう7年も経ってるし」
 青木もそれが普通だと思う。一生を共にすると誓った伴侶でさえ、3回忌を過ぎた辺りからは月命日は自宅の仏壇を飾るくらいで済ませ、墓所を参るのは彼岸と盆くらいになっていくものだ。
 だが、薪の場合は普通ではない。鈴木は薪に殺されたのだ。

「それじゃ鈴木さんが……ちょっと気の毒って言うか」
「ああ、不幸な事故だった。鈴木は運がなかったんだな」
 今度こそ、青木は驚きで声も出せなかった。
 不幸な事故? 運がなかった?
 薪の口から鈴木の事件が、そんな軽い言葉で語られたことは一度もない。いや、あってはならない。

「あの時は僕も辛かった。鈴木は一番の親友だったから、ずい分泣いたよ。でもさ」
 薪は澄んだアルトの声にほんの少しだけ悲しみを滲ませ、しかしすぐにその色を明るく変えた。ハンドルに置いた青木の左手をぎゅっと握る。
「いつまでも過去に拘ってちゃダメだろ。人生楽しまなきゃ」
 それは青木が薪に、何度も何度も繰り返し訴えたことだったけれど。いざこうしてそれを薪の口から聞くと、えらい違和感だった。
 薪は鈴木を殺した、だからいつまでも自戒の煉獄に囚われていろと、そんなことは思っていない、断じて。でも――でも。

「青木。どうした?」
 狭い車中で仰のくようにして、薪は自分の頭をハンドルと青木の顔の間に潜り込ませた。楽しそうな彼の様子に青木は戸惑ったが、考えてみたら全然おかしくない。これから恋人と二人で旅行に出掛けるのだ。はしゃいで当たり前だ。
「いえ、何でもないです。行きましょうか」
 青木はにっこり笑って薪にシートベルトを締めさせ、慎重に車をスタートさせた。

 何を考えていたのだろう。憂いの無い薪の笑顔、自分はそれが見たくて彼の恋人になりたいと思ったのではないか。屈託なく笑える薪に喜びこそすれ、違和感を覚えるなんて。
 過去を乗り越えるときは、唐突に訪れるのかもしれない。あの日聞こえてきた滝の音のように、次第に薄れていくのではなく、ある日を境に吹っ切れるものなのかも。
 交通量の少ない早朝の道路を快適に走りながら、青木は自分の中に生まれた違和感に折り合いをつけようと、そんなことを考えていた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。

ほんっと、あっついですよね~!
もう、クーラー無しでは眠ることもできないですよね。Sさまも、夏バテなどされませんように。


ふふふふ、不穏なフンイキ、感じていただけましたか。
ええ、もちろん楽しいデートなんかで終わりませんよ。お楽しみにっ(>▽<) ←楽しそう。


>例の薪さんが鈴木とワインを飲んでいらっしゃる場面

最初に読んだ時には青木さんの目線だと思いました。
でも、ジェネシス読んだら、 鈴木さん→薪さん が確定してしまったので、今は「鈴木の薪さん愛ゆえのフオーカス」だと思ってます。

だって~、知り合ったばかりの男友達にあそこまで肩入れするの、不自然ですよ。 
相手の親(代わりの人)に殺されそうになってまで友だち止めないとか、自分の親に付き合い止められても(止められたに違いない)聞かないとか、果ては自分を殺そうとした人の葬式出るとか、普通はあり得ないでしょう。 自分の出世棒に振ってまで(それも他人に指摘されるほど)薪さんに尽くしちゃうし。 ←他から室長の打診あっても断ってたと予想。
状況証拠から、完全にラブだと思っとります。 
多分、青木さんよりも自覚あったんじゃないかな。「オレの願い」って言ってたくらいだし。  

Aさまへ

Aさま。

>ああ、こんなの薪さんじゃない(тт)

お気持ち分かります。
わたしは苦悩を背負った薪さんが好きなので、こちらの薪さんには魅力を感じませんです。←自分で書いておいてこの言い草。

薪さんには鈴木さんのことを忘れてほしくない。過去の人と割り切ってほしくない。
でも、彼を思い出せば薪さんは辛い思いをします。自分が殺してしまった人のことを楽しい気分で思い出すなんて不可能なんですよ。Aさまご希望の「悲しみや罪悪感に浸らなくていいから思い出してあげて欲しい」というのは首がもげるほど同意ですが、現実的には無理だと思います。

薪さんが辛いのは嫌、でも鈴木さんを忘れてしまうのも嫌。
この不可能を無理やり通そうとしたのが今回の話、ということになるのかな。
実際、薪さんが罪悪感なしに鈴木さんのことを思い出せるようになるとしたらこの方法しか無いんじゃないかな~。 

この辺、後で分かりますので。お楽しみに(^^


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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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