夢のあとさき(14)

夢のあとさき(14)








「ここ、何処ですか?」
「日光の森の中。古井戸らしい。正確な位置は不明だ」
 おまえ、ずっと気を失ってたんだぞ、と薪に言われて思い出した。森の中で道に迷って、公道を探すために車から降りた。何処からか人の声がして、こちらだと思われる方向に歩いて行ったら地面に穴が開いていて、そこに落ちたのだ。
「するとおまえは上から落ちたんだな。首の骨を折らなかったのはラッキーだったな」
 上を見るとかなりの距離があった。あれだけの高さから落ちて怪我がないのは、薪の言う通り幸運だった。長い年月で井戸の底に泥が堆積し、柔らかかったのが幸いしたのだろう。
「僕はそこの横穴から滑ってきたんだ。おまえにぶつかって脳震盪起こしたけど、衝撃が軽かったおかげで直ぐに目が覚めた」
 薪が指し示した場所は暗くて、青木の眼には周りと区別がつかなかった。月明かりもここまでは届かない。察して、薪は携帯電話の電源を入れ、パネルの明かりで青木にそれを見せてくれた。そこには動物が掘ったのか、歪な形の穴がぽっかりと開いていた。

「落ちた時に水に浸かってしまったらしい。発信機が使えなくなった」
「携帯電話は」
 無言で提示されたスマートフォンの画面には、圏外の文字がでかでかと書かれていた。ナビのGPSも届かない森の中、しかも地中とくれば、携帯電話など通じるはずがなかった。
「落ちた横道から這い上がれば」
「無理だ。草が滑って」
 横穴は青木が通れるほど大きくはなかったが、せめて薪だけでもと思った。薪も自分が助けを呼びに行くことを考えたのだろう、何度か挑戦してみたが駄目だったらしい。
「レンタカーの返却期限が過ぎても返ってこなけりゃ、レンタルショップで探してくれるかな」
「届を出せば所轄が探すかもしれませんが。ここを探し当てるのは何ヶ月先でしょうね」
「そんなに待てるか。明日は仕事だ」
 何ヶ月もここに放置されたら餓死してしまうが、命の心配よりも仕事の心配が先に立つ。実に薪らしい。

「なんとかしてここから出ないと。忌々しい古井戸だ、――おわっ」
「薪さん、大丈夫で――ええっ?!」
 腹立ち紛れに井戸の壁を蹴ろうとして薪はぬかるみに足を取られたらしく、バランスを崩してその場に転倒した。泥まみれになった彼に手を差し伸べようとして、青木は驚きの声を上げる。
 井戸の壁がぐにゃぐにゃと歪んで消えていく。深い穴の底にいたはずの二人は、いつの間にか森の中の草叢の上に座っていた。

「な……なんだ、これ」
「水たまり、ですね」
 尻の冷たい感触だけは本物で、その正体は窪地に溜まった昨夜の雨だ。日の射さない森の中だから乾くのに時間が掛かるのだろう。
「まるで狐に化かされたみたいだ」
 我が眼が捉えた一連の出来事が信じ難くて、青木は呟く。森林の足湯が古井戸の汚水になり、窪地の水溜りになった。
 これまでにも不思議な体験は何度かしてきた、そのいずれもが薪と一緒だったことを思い出し、青木は彼の美しさが呼び寄せるのは人間だけではないのかもしれないとファンタジックな考えを持った。青木はそのくらいで済んでしまうが、理屈屋の薪は超常現象が苦手だ。科学で説明のつかないことに出会うとパニックに陥る傾向がある。青木は彼の乱心を心配したが、薪は意外にも落ち着いていて、軽く肩を竦めると意味不明の言葉を呟いた。
「だからガキは苦手なんだ」
「え?」
「なんでもない。車に戻るぞ」
 薪は「よっこいしょ」とオヤジくさい掛け声を掛けて立ち上がり、左手の茂みを目指して進んだ。すぐそこに、銀色の屋根が見えている。自分たちが乗ってきた車だ。

 青木は薪を追いかけた。長い手を伸ばして細い肩を掴み、彼の優雅な歩みを止める。薪は不機嫌そうに首だけでこちらを振り返り、形の良い眉を盛大にしかめた。
「こんな場所に長居は無用だ。話なら後に」
「薪さん。来週末、休みが取れたらまた此処に来ませんか」
 青木は薪の言葉を遮った。舌打ちを聞かない振り、吊り上がった眉を見ない振りで彼を誘う。薪は少しだけ眉を下げると、再び前を向いた。
「悪いけど。来週はだめだ」
 薪の返事を聞いたら胸が潰れそうになって、青木は咄嗟に薪を抱きしめた。何かで押さえないと、本当に砕けてしまいそうだった。

「な、なんだ急に。離れろ。おい青木」
「オレが」
 中腰になって背中を丸め、華奢な肩に顔を埋めた。青木が泣いていることが分かると、薪はもがくのを止めた。大人しくなった薪をいっそう強く抱きしめて、青木は言った。
「オレがあなたを抱きしめてさしあげます。風邪を引いたときもお腹が痛いときも、こうして抱きしめてさしあげます」
「いやいい。特に病気の時は鬱陶しい」
「傍にいさせてください」
 薪の冷静な切り返しも醒めた口調も気にならない。胴に回した青木の手の甲を、薪の温かい手がやさしく包んでいるから。
「オレがあなたを苦しめるとしても。オレはあなたの傍にいたい」

 人間は、なんて矛盾した生き物なのだろう。彼のためなら何でもできると、それは決して嘘偽りではない青木の本心なのに。その行動は時として薪を追い詰め、その立場を危うくさせる。そんなつもりではない、困らせたいのじゃない、泣かせるつもりなんかなかった。何度も経験した失敗の記憶と、それがまた繰り返されるのではないかという不安。彼と瓜二つの容貌を持つ自分は薪を苦しめているのかもしれないと、薄々感づきながらも彼から遠ざかることができない。

「すみません……すみません」
 身勝手な望みを口にしたら、自分が最低の人間になったような気がした。泣きながら謝る青木に、薪は溜息混じりに、
「なんだ。怖い夢でも見たのか」
 言って右手を自分の肩に伸ばし、そこに突っ伏した男の頭を撫でた。休日仕様のソフトワックスで整えた短い髪を丁寧に梳きながら、薪は愛おしく吐き捨てた。
「ガキ」





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

今回のお話のからくりは(15)で解明されますので、よろしくです。



薪さんと青木さんの関係は本当に運命と言うか必然と言うか。
時期もキャラ設定も、本当に上手く配置されてますよね。


>真っ直ぐな性格に惹かれたとしても殺されたいとか思わないですよね。

やはりAさまもそう思われますか。
恋愛感情と殺されたいが結びつくには罪悪感が不可欠だと思うんですよ。それは青木さんのお姉さん夫婦が犠牲になってしまったことと、やっぱり鈴木さんなのかなって。


>青木も薪さんがトラウマを抱えていなければ家族になりたいなんて思わなかったですよね(^^)

最初はあれって思ったけど、ジェネシス読んだらこれは薪さん落ちるだろうなって(笑)
あの過去があってこそ青薪成立が盤石のものになるとわたしは思います。

Mさまへ

Mさま、初めまして。
拙作をお読みくださってありがとうございます。拍手も、いつもありがとうございます(^^


で、兵長の話ですね(笑)
「ちっこくって口の悪いおっさん」ww。
リヴァイ兵長、わたしも好きですよ。潔癖症なのに部下の血で自分が汚れるのは全然厭わないとか、誠実な人なんだと思います。
魅力的だとは思いますが、書くとなるとちょっと~~、わたし、職人じゃないので~。

ちょっと気に入ったキャラなら二次で書ける、と言う方もいると思いますが、わたしの場合はよっぽど入れ込まないと無理なんです。
ぶっちゃけ、昼も夜も彼の幻覚が見えるくらいにハマらないと書けないです。←それは既に病気では?
薪さんの場合はね……最初の頃ハマり過ぎて拒食症患ったくらいだからね……二次創作は要はリハビリだったからね……。

せっかくリクエストいただいたのに、申し訳ないです。
不器用ですみません(^^;

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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