夢のあとさき(15)

 明日はジェネシスのコミックスの発売日ですが、清水先生のサイン会の引換券が配布されるそうですね。
 何人かの秘密仲間は渋谷のツタヤまで行かれるとかで。暑い中ごくろうさまです。みなさん、ゲットできますよう応援しております。がんばってー!





夢のあとさき(15)







 車に辿り着いてみると、思いもかけない人物が待ち受けていた。

「きみは昼間の」
 露天風呂でダブルブッキングした子供だ。両親の姿はない。どうやら迷子らしい。こんな子供が森の中に独りきり、さぞ心細かっただろう。
「はぐれちゃったんだね? 大丈夫、すぐにパパやママに会わせてあげるから」
 青木は驚き、咄嗟に彼を勇気づけようとしたが、薪は予測していたみたいだった。彼の顔を見据えて腕を組み、穏やかな口調で、「滝で僕たちの話を聞いていたのか」と質問した。
「ごめんなさい」
 青木には意味が分からなかったが、子供には通じたらしく、彼は薪に向かって頭を下げた。ツーブロックに揃えた黒髪がさらりと下方に流れる。謝罪の理由に見当も付けられず、青木が薪と子供を交互に見ていると、薪は彼の小さな頭に手を載せてやさしく言った。
「お父さん、早く怪我が治るといいな」
「うん。ありがとう」

 まったく話の見えない青木を置き去りにして、薪と子供の会話は進んでいく。あのお、と控えめに掛けた青木の声を、薪は尊大な溜息で迎えた。
「おまえは本当に頭が悪いな。その程度の頭で人間やってて恥ずかしくならないか」
 ひどい言われようだが、薪のアイスピックで心臓一突きにされるみたいな罵倒には慣れている。動じない青木に、薪は明確な回答をくれた。
「彼は滝の上にいた子狐だ」
「ああ、あの滝の、――キツネ!?」
 薪の口から突拍子もない言葉が出て、青木は声を裏返す。此処は森の中、気が付いたら水溜りに座っていた。薪と自分は二人揃って夢を見ていた。昔話によく似たシチュエーションだけど、まさかそんなことって。

「何を驚いてるんだ。さっき自分で言っただろう。『狐に化かされたみたいだ』って」
 いや、言いましたけどそれでオチが付くとは思ってなかったです。

 口はパクパク動くのに声は出てこない。下手くそな腹話術師の人形みたいになった青木が哀れになったのか、薪はこの結論に到った経緯を説明してくれた。
「観瀑台で僕が『予約時間を変更しろ』って言っただろ。彼はそれを真に受けて、あの時間風呂が空くと思ったんだ。それで慌てて家に帰って、両親を連れて温泉に向かった。簡単な幻術で受付の女性を欺いて、でも騙すつもりじゃなかったんだ。キャンセルは本当になると思っていたから、それで」
 狐の一家が風呂に来た理由は分かった。が、どうして狐が風呂に来たがるのだ。
「パンフレットに書いてあったじゃないか。切り傷と打ち身に効くって。彼の父親は足を怪我していた。そもそも彼のような子供が単独で狩りをしなきゃいけなかったのは、親が動けなかったからだ」
 それでは父親の傷を癒すために? 親孝行は立派だが、わざわざ人間が造った施設に出向かなくてもいいだろうと青木は思った。この森には未だ沢山の自然が残されている。その中には薬草も、傷を癒す泉もあるだろう。
「待合室の掲示板に書いてあった。2年前、森の中に自然に湧き出ていた温泉を利用してあの施設が造られた。あの温泉は元々、この子たちのものだったんだ」
 土地の所有権は人間が人間の社会の中で決めたもの。人間は自分たちの都合で勝手に定めた法に則り、先住民である彼らには何の断りもなく彼らの住処を奪っていく。そう思ったら貸切風呂の予約くらい、進んで差し出したい気分になった。

「もしかして薪さん、始めから?」
「まさか。分かったのはついさっきだ。キツネの妖術なんて信じてなかったし。足に包帯を巻いた父親を見て、この子を連想したのは事実だが」
 薪はすっかり納得しているようだったが、青木はまだ頭の中がぐるぐるしている。だって、狐に化かされたのなんか初めてだ。

「ええっと、まだよく分からないんですけど。あの一連の夢はもしかして」
「そうだ。この子の仕業だ」
「森の中で道に迷ったのも古井戸に落ちたのも、この子の悪戯ですか」
「そうだけど、悪気があったんじゃない」
 薪は本当に動物には甘い。楽しみにしていた露天風呂を奪われた上に散々な夢を見せられたのに、怒るどころか彼に微笑みかけている。青木の扱いとはえらい違いだ。
「これは僕の推測だけど、君はまだ子供で、自分の妖気が強くなる一定の場所でしか術が使えないんじゃないか。だから僕たちをあの場所に導く必要があった」
「術?」
「人に願い通りの夢を見せる。礼のつもりだったんだろ」
 子供はこっくりと頷いた。あの時、礼をすると彼は言った。それはこういう意味だったのか。
「所々、子供には不適切な場面があった気がしますが」
「安心しろ。この子がシナリオを書いたわけじゃない。あれはあくまで僕やおまえの心の中の願望が夢に現れただけだ。この子も夢の詳細までは分からないはずだ。でなかったらもっと早くに術を解いていた。そうだろう?」
 少年は再びこくりと頷き、申し訳なさそうに言った。
「ぼく、余計なことしちゃったんだね」
 彼の殊勝な様子に、そんなことはない、と青木は言い掛けたが、夢を見てうなされたことも夢から醒めて泣いたことも、彼は承知しているのだと思い直して止めた。下手な嘘は彼の罪悪感を募らせるだけだ。

「せっかく用意してくれたのに、ゴメンね」
 夢を楽しめなかったことを謝ると、ううん、と子供は首を振り、つぶらな瞳で青木を見上げた。キツネが化けていると分かったせいか、最初見たときよりも愛らしく感じた。
「お父さんが言ってた。この世には箱の中の世界で――ぼくたちはキョコウって呼んでるけど――自分に都合のいい夢を見ることで自分を保っている人がいっぱいいるって。でも、お兄ちゃん達はそうじゃないんだね」
 箱とは何のことだろう。青木は考えて、パソコンのことかもしれないと思いつく。
 古きよき時代の夢と現代の夢は、少々趣を異にする。昔、夢は明日への活力を担う楽しいものだった。いい夢だった、今日も頑張ろう。そんな風に夢をエネルギーに変換できた。
 しかし時代は変った。夢の形態も変わり、現代人は起きたまま、ネットの世界で夢を見られるようになった。電脳世界に展開される理想の自分に酔い知れるのは気分がいい。偽ることはリアルよりずっと簡単で、しかも露見しにくい。
 心地良さに負けてリアルに帰れなくなる。一日の殆どをそちらの世界で過ごす。そんな人間が増え、大きな社会問題になっている。薪の言う三猿の教えではないが、インターネットは諸刃の剣なのかもしれない。

「お兄ちゃん達には、夢は必要なかったんだね」
 青木だって夢を見るのは大好きだ。薪がやさしくしてくれる夢とか薪が好きだと言ってくれる夢とか薪がベッドに誘ってくれる夢とか、何度見たか知れやしない。でもどうしてだろう、青木には現実の素っ気ない薪の方が魅力的なのだ。青木の期待を悉く裏切る、その外しっぷりが薪らしいとさえ思える。
「現実の憂さ晴らしに夢を見るのはいいが、夢に幸せのすべてを求めてしまっては本末転倒だ」
 薪の言う通りだと青木も思う。一日中偽りの世界から離れられない彼らにも彼らなりの意見があろう、でもこの世に生を受けたなら。この世界で精一杯生きるべきじゃないのか。
「夢は夢に過ぎない。大事なのは現実だ。そこから逃げたら何も始まらない」
 転んでも傷ついても、やることなすこと裏目に出ても。頑張って生きること、生き続けること。時には逃げてもいい、夢に縋ってもいい、だけどそれはあくまで緊急避難であり一時的なもの。
 現実以外に、人間が生きる場所はないのだ。

「他人に迷惑掛けなきゃいいだろって言い分もあるけどな。現実に背を向けて人生を終えるなんて、男のすることじゃない」
「お兄ちゃんみたいな人、なんていうか知ってる。ブシって言うんだよね」
 青木は思わず吹き出した。横で薪がフクザツそうな顔をしている。
「後はええと、ジダイサクゴとかカセキとか言うんでしょう?」
 笑いを募らせる青木を薪の脚が蹴り飛ばす。子供を、それも動物を殴るわけにもいかず、溜まったストレスを青木にぶつけるのはいつものことだ。

「お兄ちゃん、カッコイイね」
「そうだよ。薪さんはとってもカッコイイんだ」
 話の流れからいって素直に喜べない薪の代わりに、青木は相槌を打った。自分の腿くらいまでしかない子供に合わせて屈み、彼の小さな肩に手を置く。
「きみも、カッコイイ大人になりなさい」
「うん。おじさんもね」
「だからどうしてオレがおじさんで薪さんがお兄ちゃんなのかそこんとこ説明してくれないかなってきみはなんでこの質問するといなくなっちゃうの?」
「現実から逃げちゃダメってことだろ」
 どうせ後ひと月ほどで30の大台ですけど、41歳の薪さんに言われたくないです。

 一陣の風と共に消え失せた子供が立っていた場所には、茶色い狐の毛が数本。青木がそれを拾っていると、薪に「早くしろ」とどやされた。これから東京へ、しかもあの渋滞の中を帰るのだ。速やかに出発しないと夜が明けてしまう。
 水溜りで濡れたズボンと下着は脱いで、立ち寄り風呂のために用意しておいたものに着替えた。浴衣を貸してくれることを知っていた青木は下着しか用意してこなかったが、予備知識のなかった薪は下着の他にバスタオルとスウェットパンツを持ってきていた。青木は薪からバスタオルを借り、腰から下に巻いて運転することにした。検問に引っかかったら末代までの恥、というか変質者扱いされてそのまま連行されそうだが仕方ない。

 エンジンをかけると、ナビゲーションが誇らしげに帰り道を示した。順路に従って車を走らせると、2分もしないうちに太い砂利道に出た。そこからは来る時と同様一本道で、迷いようもなく公道に戻ることができた。
 公道に出る直前、多くの車が走る音と錯綜するライトに交じって、遠くから、ケーンという鳴き声が聞こえたような気がした。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。


>キツネの仕業だったとは!

キツネでした~。
(3)で子狐が狩りをする場面、(4)でダブルブッキングした親子3人が吊り目の痩身とか、一応伏線は貼っておいたんですけど、わざと分かり難く書いてるのでね☆

薪さんの夢が何処までで青木さんの夢が何処からか、というのは次の章に書いてありますのでよろしくです。


原画展の情報、ありがとうございました。
もちろん行きますよ~。先生の原画、めっちゃきれいですものね。見逃せないです。
オットの都合次第ですけど、早ければ今度の日曜日に行こうと思ってます(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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