昨日は朝早くから行列に並ばれたみなさま、ごくろうさまでした。
8時開店で10時には配布終了しちゃったそうで……さすが。
整理券をゲットされた方、おめでとうございました。31日のサイン会、どうか楽しんできてください(^^
夢のあとさき(16)「もう少し詳しく説明してもらえませんか」
信号や路上駐車の車両など障害物が多い街中の道路を抜けて高速に乗り、落ち着いたところで青木は切り出した。
狐に化かされた、いや、お礼に夢を見せてもらった、そこまでは分かった。でも青木の夢は楽しいことばかりではなかったし、最終的には薪に叩かれて眼が覚めたのだ。薪は憧れのアイドルと結婚するというケチの付け所のない夢を見たのに、どうして自分はあんな結果になったのだろう。
「三好先生にイタイとこ衝かれちゃったし」
「雪子さんが出てきたのか?」
薪は青木の方に身を乗り出して、興味深そうに尋ねた。不思議に思って青木が質問を返す。
「薪さんもいらしたでしょう?」
「僕は恭子ちゃんとの結婚がポシャったところで眼が覚めちゃったから。その後の夢は、おまえしか知らない」
そうだったのか。では薪の言う通り、2度目の旅行に出かけた薪は虚像だったのだ。道理でやさしくてあっちの方も積極的だったと、ああいっつもこんなんでもうほんとヤダ。
「どんな夢だったんだ?」
問われて青木は、自分が見た夢を思い返す。
青木が夢見たのは、薪が何の罪も苦しみも背負わない世界。それを望むと同時に青木は、自分が薪にとってかけがえのない人間であることを願った。鈴木の事件がなかったら青木はここまで薪の心の中に入れなかった。それは十分承知の上で、青木は2つの相反する望みを持った。
どちらも青木の心からの願い。その願いは最初から矛盾を孕み、だから青木の夢は崩壊したのだ。
夢の内容を薪に聞かせていいものかどうか少し迷ったけれど、青木は話した。すると薪は、
「僕が一緒だったらその夢はないな」
そう、あっさりと言った。だから思わず訊いてしまったのだ。
「チラッとも思わないんですか。忘れたいって」
思わないわけはないと思った。薪が自分の罪に向き合おうとしない弱い人間だなどと言う心算はない、むしろ逆だ。もう7年も経つのだし、罪悪感も薄れていくのが自然だ。なのに薪はこの春の事件で、また抱えなくてもいい罪を背負い込んで。
青木はもうこれ以上、薪に自分を責める要因の一欠けらたりとも持って欲しくない。あの夢のように薪がすべてを忘れてくれるなら重畳、そのせいで薪に捨てられることになっても我慢しなくてはいけないのだと、彼を本当に愛しているのなら耐えられるはずだと、夢の中の青木は悲壮な決意を固めようとしていたのに。
「鈴木さんのことを忘れるって意味じゃなくて、その……あの事件だけを忘れることができたらって」
「思わない」
薪が返してきたのは、はっきりとした否定の言葉だった。
「僕に殺されたことまで含めて鈴木の人生だ。僕が背負わなくて誰が背負う」
それを聞いた瞬間、青木は頭をバットで殴られたような衝撃を覚えた。
自分はなんておこがましかったのだろう。こんなにも強い人に、自分ごときが何をしてやれると?
鈴木のことを忘れさせてやりたいとか、彼の支えになりたいとか、よくも言えたものだ。薪に幸せになって欲しい、心から笑って欲しい、青木はそのために努力し続けてきた、その実。それは自分が薪に必要とされたいと切望していただけのこと。
結局は我欲に塗れた行為だったと今更ながらに気付いて、青木はひどく落ち込んだ。でも、次の瞬間。
自嘲の形にくちびるを歪めて、薪が言ったのだ。
「まあ、おまえに鈴木の脳を見せてもらうまでは僕もけっこう逃げてたからな。あんまり偉そうなことは言えない」
鈴木の願いを夢を。その心を伝えてくれたのは青木だと、だから自分は強くなれたのだと。薪はそう言ってくれた。
「ありがとう。僕が自分のことをほんの少しでも好きになれたの、青木のおかげだ」
涙が溢れて止まらなかった。どうしようもなくぼやけるフロントガラスに、前走車の赤いテールランプが滲んで水に映った夢のように見える。
しゃくりあげる青木に、薪は言った。
「運転中に泣くな、顔を伏せるな、前を向け――っ!!」
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このシーンを書きたくて、敢えて蛇足を書きました。
薪さんなら鈴木さんの人生をこんな風に背負うんじゃないかな。
テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学