きみはともだち 後編(2)

 最近、お天気が不安定でなんだか怖いですよね。竜巻だの雷だの大雨だの、いっぱい続いてて。特に竜巻は運よくその兆候を発見できたとしても十数秒で大きく膨れ上がるらしいので、気を付けてくださいって言われてもどうしたらいいのか(@@)
 早くお空が安定してくれるといいですねえ。







きみはともだち 後編(2)






「いつまで笑ってるんだよ」
「だっておまえ、嫁気取りとか言われて、ぷくくっ」
「お母さんのミスを笑うなんて。親不孝な息子だな」
 紅茶を飲む友人に不機嫌そうに毒づかれて、だけど鈴木は腹筋の震えを止めることができない。母親の久々の大ヒット、笑わずにいられようか。
 笑ってばかりで会話にならない鈴木に呆れて、彼は鈴木の部屋の本棚を勝手に物色し始めた。買っただけで未だ読んでいないニーチェを選んだ彼は、それをめくりながらぼそりと、
「……いっそのこと笑い死ね」
 慌てて口を押さえて彼を見る。薪の怒った顔は、とんでもなく可愛かった。

「分かった、悪かったよ。もう笑わない」
 遠慮しているのか甘いものが嫌いなのか、手つかずのアップルパイをフォークで切り取り、鈴木は彼の口元に近付けた。断らないところをみると遠慮していたらしい。彼は高慢なくせにヘンに控え目なところがあるのだ。
「食えよ。うちの母さん、ケーキ作るの上手いぜ」
 むすっと膨れた友人の口にアップルパイを入れてやる。彼の顔が途端にほころんだ。
「おいしい」
「だろ」
「ケーキまで作れるのか。鈴木のお母さんはすごいな」
 母親の手料理は子供の頃からの鈴木の自慢だ。鈴木の友人で彼女の料理を褒めなかった者は一人もいない。

 ニーチェを元の位置に戻し、薪は鈴木の前に座った。残りのパイを食べ始める。彼は食が細いけれど、食べるときには他に気を逸らさずに食べ物に専念する。親の躾がよかったのだろう、食べ方もきれいだった。
「夕飯も期待していいぜ」
「え。いいよそんな、悪いよ」
「『鈴木は毎日お母さんの手料理が食べられていいなあ』って言ったの、おまえだろ」
「あれは食べさせろって意味で言ったわけじゃ」
「薪の分、頼んじゃったよ」
「あああ……僕きっとものすごく印象悪くなってる……挨拶もまともにできないうえに食事まで要求して、あつかましい子だって思われてる」
 彼の嘆きが可笑しくて、鈴木はクスクス笑った。薪のこれは冗談じゃなくて本気で言ってる。天然記念物並みに生真面目で、だから薪は面白いのだ。

「初めて訪問する友だちの家で夕食までごちそうになるの、鈴木が初めてだ」
 薪が鈴木の前で無表情の仮面を脱いでから2週間。彼らはもう何年も前からの友人みたいに、それは誰とでも打ち解けられるタイプの鈴木でさえ意外に思うくらいの急速さで、だから薪はもっと信じられないに違いない。その証拠が彼が二言目には口にする、
『鈴木が初めてだ』
 その言葉は鈴木を優越感に浸らせる。「鈴木が初めて」と言う時の、彼のはにかむような表情とか初々しく上がる肩とか照れを隠すように逸らされる瞳とか、何もかもが鈴木には新鮮だ。こんな友人は初めて、いや、薪のような人間は存在自体が稀有なのだ。とびきりの頭脳に端麗な容姿、でも鈴木が彼に惹かれたのはそこじゃない。どちらかと言えば、それは鈴木にとって彼を取り囲む城壁であった。
 彼が、無表情の仮面の裏で必死に守っていたもの。そして現在は穏やかな笑顔の下に隠しているもの。目下、鈴木の関心はそちらだ。
 仲の良い友人という位置までは漕ぎ着けたものの、薪にはまだ秘密がある。それが気になって仕方がない。

 鈴木は元来、それほど詮索好きな人間ではない。友人が多くなれば自然に浅い付き合いも増えるものだ。家族構成も知らない友人も多々いるし、それを薄情だとも思わない。でも、薪に関しては。
 知りたい。ぜんぶ知りたい。
 彼が好きなもの嫌いなもの、何を好ましいと思い何に憤るのか。彼の考え、感じ方。将来の夢や昔の話も、全部彼の口から聞きたい。
 強い探究心とは裏腹に、鈴木の態度は慎重だ。知り合って間もない頃、自分の思慮が足らなかったせいで彼を泣かせてしまったことがある。その失敗が鈴木を臆病にしている。
 男友達に遠慮なんて、彼が初めてだ。「鈴木が初めて」と言うのは今や薪の口癖のようになっているが、その実、「初めて」の回数は鈴木の方が多いかもしれない。口にこそ出さないが、この友人と過ごすとき、鈴木の心は常に新しい驚きでいっぱいになる。
 今だって。

 食べやすい大きさに切り取ったパイを行儀よく口に運ぶ彼の、手首の返し方とかフォークの咥え方とか、男にしては上品すぎる、ていうか、食べる姿が見惚れるくらいきれいな男なんか初めてだ。そして、
「半分だけだぞ?」
 じっと見つめる鈴木の前に食べかけのアップルパイが差し出された。
「まったく。自分のを先に食べちゃって人のを欲しがるなんて。子供だな、鈴木は」
 ……その発想が子供だろ。
 再び腹を抱えて床に突っ伏した鈴木を、薪は不思議そうに見る。どうして笑われているのか分からない子供みたいな顔にますます笑いが募る、やばい、マジで笑い死ぬかも。

 命の危険を感じて頭の中に英単語を並べ始めた鈴木に、薪は呆れ顔で言った。
「鈴木って、一日の8割くらい笑ってる気がする」
「悪かったね、能天気で。生憎オレは薪みたいに優秀じゃ」
「いいと思う」
 ちょっと拗ねた口調で言い返したらすぐに肯定されて、鈴木はまた驚いた。
「すごくいいと思うよ」
 ひねくれ者かと思えば時に素直で、意地の悪い男だと思うと急にやさしくなったりする。強気に鈴木を責めたかと思えば次の瞬間には寂しげに眼を伏せたり、とにかく、薪は定まらないのだ。こういうやつ、と一言で表すことができない。強いて言うなら天邪鬼で気紛れ、猫みたいな性格。でもそれだって完璧ではない。一食の恩を忘れない犬のように律儀な一面もあるし、一つのことに徹底的に拘る粘着質なところもある。

「さて。本題に入ろうか」
「本題?」
「経済学のレポートだよ。このために僕を呼んだんだろ」
 家に来ないか、と電話をした時、「何のために?」と聞かれたので「経済学のレポートとか」とシャレで言った。まさか本気にしていたとは。
 薪が持参した鞄の中身は経済誌とレポート用紙とノートパソコン。やけに大きなショルダーを下げているなと思った時点で察するべきだった。
「準備はいい? じゃあヨーロッパから行こうか。この年のユーロ経済危機は3つの要因が重なったものでその一つは生産と消費トレンドのグローバルな不均衡、すなわち米国における過剰消費とアジアにおける過剰生産が原油と原材料価格を引き上げ――」
 何が悲しくて金曜の夜に経済学のレポートに挑まなくてはならないのか。経済の探究より女の子の身体を探究するほうが百倍楽しい。今まで金曜の夜はそれが定番だったのに。

「やっぱり彼女に電話すればよかった……」
「鈴木、聞いてる?」
「はい、薪先生」
「よろしい。第2に、ヨーロッパ域内の地域的不均衡とバブル経済の余波が――」
 思いがけず始まった課外授業に辟易しながら、鈴木は冷めた紅茶を啜った。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

鈴木さん、すごく善い人でしたねえ。知り合って半月の友人のためにあそこまで。
でも彼は青木さんとは違って、根っからのお人好しではないと思うんですよ。澤村さんのこと負け犬とか言ってたし。
だからやっぱり薪さんには感じるものがあったんだろうと思います。


>ジェネシスが薪さんの過去編で飛び上がるほど嬉しかった!

わたしも途中までは楽しんで読んでたんですけど~、出世の秘密のところで打ちのめされましたねー。
一気に第九編の苦しさが戻ってきて、ああやっぱり秘密だわと思いました(笑)


>この二人は出生の秘密や澤村さんがいなければこういう風に遊びに来てたんだろうなと本当に思えます(´▽`)

んー、これはどうだろう。
薪さんの育ての親があんな死に方をしなかったら、薪さんはあんな強引に鈴木さんに近付かなかったんじゃないかと思うんですが。薪さんの性格上。
でもって、薪さんがあの過去を背負ってなかったら鈴木さんは薪さんの為に命を投げ出すこともなかったかもしれない。逆に、この過去があるからこそ鈴木さんの異常な行動が納得できる。貝沼の破壊力がいかに凄まじかったとしても、事実を隠すために自分の脳を破壊するのはちょっと飛躍しすぎだろうと感じていたのが、こんなに長い間薪さんの笑顔を望んできた鈴木さんなら無理もない、と思える。
青木さんのこともそうでしたけど、ジェネシスから第九編への繋げ方が素晴らし過ぎてビビりました。先生、すごい。
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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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