きみはともだち 後編(4)

 今度は薪さん家です。
 捏造激しくてすみませんー。しかも薪さん家ビンボーだし。←ありえない。
 原作主義の方ごめんなさいー。





きみはともだち 後編(4)







 叔母の家に一緒に行かないか、と薪に誘われたのは、その翌週のことだった。週に一度と義務付けられている現況報告の際、鈴木の家で夕飯をごちそうになったことを話すと、一度家へ連れてきなさいと言われたらしい。
 薪の誘いを、一も二もなく鈴木は応諾した。その日はゼミ仲間との飲み会の予定があったが、参加しないことに何のためらいもなかった。

 大森にある薪の叔母の家は周囲を緑の生垣に囲まれた二階家で、どちらかというと質素な部類に入る。築30年から40年と言ったところか、灰色の瓦屋根に年月で薄汚れた外壁。新築当時は真っ白だったのかもしれないが、明らかにメンテナンス不足だ。
 薪の上品な顔立ちには似つかわしくない家だが、鈴木には想定内だった。薪が今住んでいるアパートだって、決して条件の良い物件ではない。狭いし古いし、駅から20分も歩くし、日当たりだってあまり良くない。「帰って寝るだけだから不自由はない」と薪は言うが鈴木だったら耐えられないと思う。部屋にゲームもオーディオコンポもない生活なんて。

「ただいま」と声をかけて、薪は玄関を開けた。カラカラと引き戸の戸車が滑る音がした。三和土にはきちんと揃えられた女物の靴とサンダルと男物の革靴が一足ずつ。サンダルは庭履きだとして、革靴は叔父のものだろう。それを確認した薪が、ほんの少し眉を寄せるのを鈴木は見逃さなかった。
 長い黒髪を後ろで一本に束ねた優しそうな女性がすぐに出てきて、「おかえり、剛」と笑顔で彼を迎えてくれた。鈴木の母親に比べると地味で年嵩に見えるが、その分落ち着きがあって安らげる感じの女性だった。
「元気? ちゃんと食べてる?」
「うん。大丈夫だよ」
 薪と叔母はごく当たり前の家族の会話を交わし、その様子を見て鈴木はなんだか嬉しくなった。彼に帰れる場所があること、そこで彼を待っていてくれる人がいること。普通のことなのによかったと安堵する。薪は決して薄幸そうな男ではないし、独り暮らしが寂しいなんて彼の口から聞いたこともないのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。
 
「あなたが鈴木君?」
「あ、はい。剛くんにはいつも学校でお世話になってます」
「そう? この子わがままだから、迷惑掛けてるんじゃない?」
「そんなことないです。いつも勉強教えてもらってて」
 和やかに初対面の挨拶をすませ、鈴木は居間に通された。畳敷きの八畳間。座卓とテレビが置いてある。卓の上には夕食の準備が整えられていたが、それは一見してスーパーの総菜と分かるものばかりで、盛り付けによって多少の手作り感は演出されていたものの、母親の手の込んだ料理を普段から見慣れている鈴木にとっては戸惑いを禁じ得なかった。

 汁物を温めてくるからと叔母が台所に引っ込むや否や、鈴木は「だまされた」と言った。
「ごめん。叔母さん、あんまり料理は得意じゃなくて」
 困った表情で謝った薪に、鈴木は憮然として、
「どこがマ●コデラックスそっくりだよ。叔母さん、美人じゃん」
「なんだ。本気にしてたのか」
 ぷ、と薪は噴き出した。鈴木に座布団を勧めながら、皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「だって、鈴木がイヤラシイ顔してたから」
「そうかあ?」
「大事な叔母さんを鈴木の毒牙に掛けたくなかったし」
「薪くんは僕のことを誤解してると思います。みんなそう言うと思います」
 鈴木の抗議に薪は笑いながら立ち上がり、叔母の手伝いをしてくると言って自分も台所に行った。鈴木なら招いた友だちを一人にしたりしないが、自分と違って薪は、家族に気を使わなければいけない立場にあるのだと思った。自分の友人のために親がお菓子や食事を用意してくれるのは鈴木にとっては当たり前のことだが、薪にはそうではない。先日鈴木は、薪が来た日に食卓に並んだメニューは節操が無さ過ぎだと母親に抗議した。でも薪には叔母が用意してくれたものにケチをつけるなんて、思いもよらないことなのだろう。
 この古い家で薪は育って、きっと小さい頃から家の手伝いをたくさんして。掃除や洗濯なんかも自分でしてきたのだろうと想像して、鈴木は自分の恵まれた立場に微かな羞恥を抱いた。勉強さえしていれば、家の手伝いなんて頼まれもしなかった。親が整えてくれた環境で好きなだけ勉強できた自分と、勉強する時間は自分で作らなければいけなかった彼。その彼が自分よりも遥かに優れた成績を修めていることを鑑みて、鈴木は自分の甘さを教えられた気分だった。

 ふと周囲を見回すと、部屋の隅に作りつけの仏壇があることに気付いた。
 中には幾つかの位牌と、若い夫婦の写真が飾ってあった。男性の方は涼やかな目元がちょっとイケメン程度の男だったが、女性の方は息を飲むくらいの美人だった。亜麻色の長い髪に同じ色の大きな瞳。その顔立ちは薪にそっくりだった。
「すげ」
 思わず見入っていると、背中から声を掛けられた。
「母が写真嫌いで。まともに映ってるの、それしかないんだ。僕は未だ子供だったから覚えてないけど、お葬式の時の写真もそれから起したんだってさ」
 振り向くと、薪が座卓に吸い物を並べていた。いつ入ってきたのか分からなかった。畳に靴下の家は足音が聞こえないから、突然人がいてびっくりしたりする。
 しかし、次に姿を現した叔母が廊下を歩くスリッパの音はちゃんと聞こえて、薪の足音がとても静かなのだと分かった。薪はこの家で、自分の足音にまで気を配るような生活をしてきたのだろうかと心配になって鈴木は、気の回し過ぎだとすぐに考え直した。

「剛。史郎さん呼んできて」
 史郎というのは叔父の名前だろうか。はい、と薪は素直に返事をしたが、彼は嫌がっているように鈴木は感じた。その時彼が踏み出した一歩が、普段の半分ほどの幅しか無かったからかもしれない。
 居間に現れた時と同様、薪は音をさせずに階段を上って行った。叔父の部屋は二階にあるらしい。

「鈴木くん。こないだは剛がごちそうさまでした」
「いえ、なんかうちの母親テンパっちゃって。剛くんには迷惑だったと思うんですけど」
「そんなことないわ。嬉しそうに話してたわよ。あの子、よっぽど楽しかったみたい」
「そうですか」
 鈴木は胸を撫で下ろした。母親の態度に関してはけっこう本気で心配していたのだ。

 短い雑談を交わす間に、薪が一人で階下へ降りてきた。呼びに行ったはずの叔父の姿はなかった。
「いま手が放せないから先に食べててくれって」
「そう。じゃ、食べましょうか」
「待ってなくていいの?」
 鈴木の家では、父親が食卓に着く前に他の家族が食べ始めるなんてことはしない。仕事で留守の時は別だが、家にいるのに待たないなんてありえない。
「叔父さん、プログラマーなんだ。切りのいい所まで打ち込み終えるの待ってたら、夜中になっちゃったことがあるから」
「そうそう。待たれてると思うと向こうもプレッシャー感じるって言ってたしね」
 二人が箸を取ったので、鈴木もそれに倣った。いただきます、と手を合わせてから吸い物に手を伸ばす。
「鈴木くんは何が好きなの?」
 食べ始める前に、薪の叔母はちゃんと鈴木の好みを聞いてくれた。この辺、母親にも見習ってもらいたいと思う。
 鈴木は野菜が苦手だが、友人の親にまで我儘は言えない。にっこり笑って嘘を吐いた。
「皿以外なんでも食べます」
「……箸は食うなよ」
 まあ、と叔母は一瞬目を丸くして、二人のやり取りにクスクスと笑った。

「この子、昔から友だち作るの下手なのよ。家へ連れてきた友だちも数えるくらいしかいないの。だから仲良くしてあげてね」
「叔母さん」
 困ったような声を上げた薪の頬が赤くなる。鈴木だって、親が友人に向かってそんなことを言ったら怒る。気恥ずかしいし、過保護だと思われるからだ。
 薪には同情したけれど、やっぱり鈴木は嬉しかった。なんとなく家族愛に恵まれていない気がしていた友人に、こうして彼を案じてくれる肉親がいること。事情があって離れて暮らしているだけで、心が通じていれば彼は決して孤独じゃない。

「そんなことないですよ。薪は学内中の人気者です。友だちになりたがってるやつは沢山いるのに、合格ラインが厳しくて」
「まあ。それ本当?」
「嘘だよ。まったく、鈴木は調子いいんだから」
「ほらね。手厳しい」
 笑いながら鈴木は、オードブルの皿から鶏唐揚げとウィンナー、酢豚の肉と玉ねぎだけを拾った。肉にくっついてきた薄切りの人参は、叔母の目を盗んで薪がそっと自分の皿に移してくれた。

「そういえば高校の時に仲良かった、ええと、佐久間……忍君だっけ? あの子とは交流なくなっちゃったの?」
 佐久間という名前を聞くと、薪は一瞬固まった。その男が薪の家に遊びに来たことのある数少ない友だちの一人であろうことは察しがついたが、それにしては薪の反応が解せない。単なる昔の友人なら、懐かしむ顔になりそうなものだ。
「学校が違ったら、付き合いも自然に無くなる」
 素っ気なく薪は言った。そこから次の話題につながると期待していたのか、叔母は肩透かしを食らったような表情で甥を見た。
「そういうもの?」
「そういうもの。この鈴木くんとだって、大学卒業したらそれでおしまい」
「まあひどい。薪くんたら冷たいわ」
 鈴木が女声で言ったものだから薪と叔母は揃って噴き出し、居間は笑いに包まれた。「鈴木君て面白い子ね」と、それはよく言われる。東大生なら言われ慣れているはずの「優秀なのね」や「将来が楽しみね」等の褒め言葉より遥かに多いのは鈴木のキャラクターで、つまりは薪の言う通り、お調子者の傾向が強い。

「鈴木、弁護士になるんだろ? 僕は警察官で当然検察側。つまり鈴木とは敵同士だ」
「まだそんなことを言ってるのか。警官なんて」
 薪の将来設計に水を差したのは鈴木ではなく、突然障子を開けた男の声だった。
 初めて見る薪の叔父は、神経質そうな男だった。痩せて、銀縁の眼鏡をして、険しい顔つきをしていた。
 薪との間に、一瞬火花が散った気がした。無言で睨み合う二人の間には、強い確執が見て取れた。

「あの、初めまして。鈴木克洋です」
 二人の間に割って入るように、鈴木が声を掛けた。敢えて空気を読まない振りで、だって喧嘩になりそうだったから。他人の前なら二人とも矛を収めるだろうと思ったのだ。
 鈴木の思惑通り、叔父は「ああ、よろしく」と頷いて叔母の隣、薪の向かいに座った。薪がすっと目を逸らす。自分を見ようとしない甥を、叔父は執拗に見据え続けた。
 汁物を温めなおしてくる、と叔母は席を立ち、場には男性3人が残された。重苦しい沈黙に包まれ、鈴木は食べていた酢豚の肉が硬いことに唐突に気付いた。

 やがて薪が口を開いた。
「大学は叔父さんの言う通りにしました」
 箸を置いてきちんと座り直し、叔父の顔を真っ向から見据えた。
「警官になりたかったら東大に首席で入れって、僕はちゃんと条件をクリアしました。反対される謂われはないと思います」
「生意気を言うな。誰のおかげで大きくなったと」
「育てていただいたことは感謝しています。でも、警官になることは僕の子供の頃からの夢です。叔父さんに何と言われようと諦めるつもりはありません」
 薪はきっぱりと自分の意見を言い切り、つまり鈴木の気遣いは泡になった。こうなってしまっては他人の鈴木にできることはなく、二人の顔色を窺いながら息を殺しているしかなかった。
 叔母が席に戻ってからも、その空気は変わらなかった。叔父が加わるだけで雰囲気が一変する。食事は楽しむものではなく、単なるエネルギーの補給になる。それは鈴木家の食卓とは対照的とも言える寒々しい光景だった。

 しばらくして、薪はやや唐突に席を立った。
「鈴木。駅まで送るよ」
 そう言って障子を開けた薪は、鈴木の家に来た時の半分も食べていなかった。友人に急き立てられる形で食事を終えた鈴木は、「ごちそうさまでした」と家人に向かって頭を下げた。開け放した障子から、薪が玄関の引き戸を開ける音が聞こえてくる。鈴木は急いで荷物を整えた。

「君は弁護士志望なのか」
 立ち上がりかけた鈴木を、それまで一言も喋らなかった叔父の声が止めた。
「はい」
「そうか。それは立派な職業だ」
「警察官だって立派な職業だと思いますが」
「警官は駄目だ。あれは良くない」
 鈴木が友人のために出した助け船は、漕ぎ出す間もなく転覆した。警察に何の恨みがあるのか知らないが、叔父は聞く耳を持たない様子だった。
「あの子に勤まると思うか。あんなひ弱な身体で」
 そこは怪しいものだと鈴木も思っていた。薪は現場の巡査になりたいらしいが、あれは体力のある者でないと勤まらない。聞く話によると柔道もしくは剣道の初段が必須らしいし、そうなると薪は決して警官の資質に恵まれているとは言えない。しかし、薪の成績なら間違いなくキャリア入庁できる。キャリアは現場には出ない。柔道も逮捕術も必要ない。
 鈴木がそう言うと、叔父は眉間の縦皺を3倍にも増やして、
「あの子の性格ではキャリアはもっと勤まらん。剛は警察の何たるかを知らんのだ」
 暗い声に、鈴木は背筋を緊張させる。叔父の細い眼は苦渋と怨嗟に満ち、まるで警察を憎んででもいるかのようだった。
「どういう意味ですか」
「意味などない。それが現実だ」
 薪との不仲も頷ける。自分が憧れている職業をこの調子で否定されたのでは反発心も育つだろうし、反対する根拠も明確にされなかったら相手の気持ちを慮ることもできないだろう。

「あなた」
 叔母に呼ばれて我に返ったらしい彼は、気まずそうに目を伏せた。黙って俯く仕草が薪に似ていると思った。
「行きなさい。剛が待ってる」
 彼はそう言って鈴木を送り出し、でもすぐに呼び止めた。
「鈴木君」
 目線を下方の座卓に据えたまま、彼は小さく言った。
「あの子をよろしく頼む」





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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