きみはともだち 後編(5)

 明日からお義母さんのお伴で温泉旅行なのです。
 初めてお世話になる旅館なので楽しみです♪ インターネットつながるといいな。←そこ?

 帰りは16日の月曜日、よって次の更新は17日の予定です。よろしくお願いします。






きみはともだち 後編(5)




「ごめんね、鈴木。嫌な思いさせて」
 生垣の横で待っていた薪に、開口一番謝られた。伏せた睫毛が街燈の明かりを集めて儚く光っている。見ればそれは睫毛だけではなく彼全体に言えることで、今更ながらにその肌の白さに驚いた。いつも襟元まできっちりボタンを締めているシャツから伸びる細い首とか、鈴木や他の学生たちはとっくに半袖なのに未だに長い袖口から覗く華奢な手首とか、そんな局部的な印象に頼らずとも、彼はどこから見ても肉体労働向きではない。叔父の心配も分かるような気がした。

「叔父さんはさ、薪のこと心配してるんだと思うよ」
「違うよ。あの人は僕を自分と同じプログラマーにしたいんだ」
 夜道を歩きながら、薪は不満をぶちまけた。鈴木の家と違って都心から離れた彼の家は人通りも少なく、街燈から遠ざかると隣の人間の顔もよく見えなかった。それが彼の口を軽くしたのかもしれない。
「僕が来る前の話だけど、叔父さんは昔IT関係の会社をやってて、そこは倒産しちゃったんだ。でも復興は諦めてない。だから僕が大学卒業したら、一緒に会社をやろうって」
 その話を聞いて、鈴木は薪がIT企業に赴いてプログラミングのアルバイトをしていたことを思い出す。彼の技能は叔父から得たものだったのか。道理でプロのプログラマーから頼りにされるはずだ。

「会社が潰れて借金抱えて、その状況で僕を施設送りにしなかった叔父さんには感謝してるけど、僕は警官になりたい。苦労して育てた僕が言うことを聞かないから叔父さんは面白くなくて、警察を誹謗してばかりいる。だからもう彼らの援助は受けないと決めたんだ」
「どうしてそんなに警官に拘るわけ?」
「誰にも言うなよ」
 図らずも、最初の夜と同じ質問を放ったことに鈴木は気付いた。だけど薪の反応は天と地ほどにも違っていて、それはたった1ヶ月足らずの間に彼と自分の距離がどれだけ近付いたかの証明に感じられて、鈴木は不思議な高揚感に包まれた。
「僕の両親が交通事故で死んだ時、交番勤務のお巡りさんがとてもいい人だったんだ。呆然として泣くこともできなかった僕の傍に一晩中いてくれて、やさしい言葉を掛けてくれた。鬼瓦みたいにおっかない顔したおじさんだったけど、何故かとても安心できて。あったかい人だった」
 薪が自分のことを話してくれる。自分の口で、自分の意志で。そのことに背筋が震えるほど感動している自分を悟られたくなくて、必死で平静を装う鈴木に、薪はふわっと微笑みかけた。
「あんな警察官になりたいんだ」
 痛みと懐かしさとが同居する薪の瞳は感傷に満ちて。色素の薄い亜麻色は寂しい湖面のように、あるいは空に浮かぶ孤高の月のように輝く。拒むように誘うように引き寄せるように突き放すように、とにかく彼は定まらないのだ。

「その話、叔父さんにした?」
「言えないよ、そんなこと」
「どうして?」
「悪いだろ、育ててもらったのに。本当の親が死んだときにやさしくしてくれた警官に憧れてるんです、なんて。やっぱり生みの親の方が大切なんだって思われちゃう」
 薪が警察官に憧れるのは、実親への思慕なのかもしれない。それを秘匿するのは養親への気遣い。どちらも愛情なのに両立することは許されない、禁じているのは叔母夫婦ではなく薪自身だ。
 不器用な男だ。きっと浮気とかできないタイプだ。

「どっちが大切かって聞かれると言い切れない部分はあるけど。もし父さんと母さんが何処かで生きててどちらと一緒に暮らしたいかって言われたら、僕は叔母さんたちを選ぶ」
 彼らの間に愛はある、確かにある。上手く伝わらないだけで、思い合う気持ちはあるのだ。血のつながった親子の間では忘れがちな遠慮や気遣いと言う美徳が、逆に彼らをすれ違わせていく。鈴木が母親に言える文句を薪は叔母には言えない。父親に言える軽口を薪は叔父に言えない。遠慮はいつしか溝になって、気遣いは心の壁に変わっていく。実の親子でも本音で話せる間柄は現実には少ない、それでも彼らには確かな血のつながりと言うものがあり、そこに最終的な甘えを見出すことができる。それができない分、叔母夫婦と薪は慎重になり、彼我の距離はますます開いていく。

「あのさ、薪。余計なお世話だとは思うけど……薪?」
 隣を歩いていたはずの友人がいないことに気が付いて振り返ったら、いつの間にか5mくらい後ろにいて驚いた。不思議に思って近付くと、彼はぎゅっと握りしめた右手の拳を震わせ、それを隠すように左手で手の甲を包んでいた。
「どうした?」
 突然眉間に刻まれた縦皺と、その下から発せられる悪意ある視線。一瞬、自分のお節介に怒ったのかと焦るが、鈴木はまだ何も言ってない。彼の目線を慎重に追うと、道の反対側に佇む男の姿があった。
 年は鈴木たちと同じくらい。精悍な顔つきで、髪を短く刈り上げている。背は鈴木よりいくらか低いが、とても均整のとれた身体つきをしている。何かスポーツをやってる感じだ。大きめのスポーツバックを持っているから、部活動の帰りかもしれない。
「知り合い?」
「知らない。顔も見たことない」
 その供述は無理があるでしょ、薪くん。

 彼は明らかに薪を見ている。何か言いたそうだ。なのに薪は早足で歩き出し、彼を見もせずにその場を通り過ぎた。鈴木が慌てて後を追う。
 少し歩いてから気になって振り返ると、彼はまだこちらを見ていた。
「薪。あいつ、なんか話があるみたい」
「知らないって言ってんだろ」
 聞く耳を持たないとはこのことだ。なんのかんの言って、薪の頑固さはあの叔父に似ている。
 仕方なく、鈴木は黙って薪の後に着いて歩いた。薪がやっと鈴木を振り返ったのは、それから角を3回も曲がってからだった。

「なんだか鈴木には、変なところを見られてばっかりだ」
 苦笑いして鈴木の横に来る、薪の顔つきは平常に戻っている。歩きながら鈴木を見上げた、亜麻色の瞳には親しみと好意が溢れている。薪は焦れったいほどに言葉足らず、でもその瞳はいつも雄弁で、だから鈴木は言葉よりも正確に彼の気持ちを見ることができる。
「きっと僕たち、相性最悪なんだな」
 薪は意地悪く言ったけれど、そんなことは露ほども思っていないことは二人とも分かっていた。もうすでに感じていた。一緒にいると誰よりも楽しいこと、それも他人が混じらない方が余計に楽しいこと。
 最初は馬が合うなんてお世辞にも思わなかったけれど、蓋を開けてみれば何とやらだ。

 駅までの残り時間は、二人が所属している犯罪心理研究会の話をした。来週あたり、サークルで暑気払いをやろうという話が持ち上がっている。飲み会はすべてパスしてきた薪だが、今回は鈴木の言う「意味のない日常会話」を習得するべく、参加する予定だ。
「でも二次会は無理。お金が持たない」
「じゃあオレも。薪と一緒に帰るよ」
「え、いいよ。鈴木はみんなと」
「薪ン家に泊めて。お兄さんが、可愛い女の子が出てくる楽しいビデオ持っていくから」
「えっ? そ、そういうのはもう少し大人になってから」
「名作アニメシリーズ第二弾。『小公女セーラ』」
「……」
「やらしービデオだと思ったろ。薪くんたらムッツリーニ」
「す、鈴木がニヤけた顔で言うから!」
 ムキになって言い返す子供みたいな顔に笑いがこぼれる。あははと声を上げて笑うと怒気が削がれたのか、薪はシレッとした口調で「ちょっと期待した」と本音を漏らした。

 薪は100%童貞だと思う。女の子が放っておかない顔立ちだから恋愛経験はさぞ多いだろうと思いきや、びっくりするくらい純情だ。彼の家を訪ねた時それとなく探したが、そういう類の本やDVDは見当たらなかった。同じ男同士、隠し場所は見当がつく。その勘を駆使して他の友人のコレクションは一人残らず見つけてやった。鈴木の幅広い友人関係には同性しか受け付けない男もいて、その友人のコレクションはしっかりソッチ系で見つけて後悔した覚えもある。その鈴木が見つけられなかったのだ。持っていないと判断していいと思う。
 エロ本の一冊も持ってない19歳の男なんてちょっと信じられないが、薪だと不思議じゃない気がする。薪には生々しいことが似合わない。彼の本当の興味は心理学や犯罪学と言った学問にあるのだ。女子と恋愛したとしても、きっとクールで冷めた付き合いをするのだろう。

「じゃあな、薪。また学校で」
「うん。またね」
 先日とは逆に、改札に飲み込まれる鈴木を薪の眼が追う。それを背中に感じながら、鈴木はホームで3分ほど待ってやって来た電車に乗り込み、窓際の席に座った。
 電車がプラットホームから滑り出し、ふと思いついて鈴木は外に視線を走らせる。見つけて、思わず微笑んだ。
 駅の外から鈴木の乗った電車を、じっと見送る薪の姿があった。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。


>薪さんみたいな人が心を開いて自分のことを話してくれたら

ですよねー!
誰もが心を奪われずにはいられないと思います。薪さんは一見、頑なそうに見えるから。余計に感動するんじゃないかな。


>途中で会った男、気になるー!薪さん、帰り道大丈夫!?

Aさんが心配してるww
大丈夫ですよ、襲われたりしませんから。可愛い薪さんにそんなひどいこと、て、あ、なんですか、その疑いの眼差しは(笑)


Bさまへ

Bさま、こんにちは。
おかげさまで、大した雨にも降られず、無事に戻って参りました。旅行先は暴風雨で完全缶詰状態でしたが、その分ゆっくりできて良かったです。今回は、休み明け、遊び疲れがありませんでした☆



>お話に出てくる場所へ思わず遊びにいっちゃう位、しづさんの書くお話が大好きです(^^)

うれしいコメントありがとうございますー(^^
しかも、横浜のあのホテルにわざわざ! ホテルのランチ、いいな~~! 
原作の二人もこうしてホテルで食事することあるかもしれませんよね? 実際、青木さんが泊りがけの出張の時とか、シッターさんに預けるでしょう? そしたらホテルデートすると思うんですよね。ケンカはしないと思いますけど(笑)



>青木君は原作の青木君でいい、すごく深いですね。

青木さんは薪さんの相手としては未熟すぎると思われたことが、薪さんにとっては「その分、自分が彼の為にしてやれることがある」という喜びに繋がったんじゃないかと。
薪さんの気持ちに全然気づかないのもそう。もしも青木さんが鋭い人だったら、薪さんは安心できなかったんじゃないかと思うんです。自分がどれだけ想っても気付かないからこそ、安心して恋をすることができたんじゃないかなって思うんですよ。
鈴木さんのことを別にしても、エンドゲーム前のあの状態で恋人なんか作れないですよね。でもこうして彼を密かに想うことはできる。それはあの時期の薪さんにとって一番幸せな恋愛の形態だったのではないでしょうか。

雪子さんに恋をする青木さんが薪さんの癒しになった、と言うのは、薪さんが雪子さんに抱いた罪悪感を減らす一助になる、と言う意味です。
恋人を撃ってしまったわけですから、薪さんは当然、彼女に対する罪も感じていますよね。その彼女の幸せに自らが貢献できることは、薪さんにとって贖罪の意味があると思うんです。この場合は自分の恋心を殺すことで、それはとても辛いことだと思うんですけど、でもね、
人を殺しておいて何の罰も与えられなかった薪さんは自ら罰せられることを望んでいたと思うんですよ。だからあの痛みは薪さんにとって悪いことばかりじゃなかったんじゃないか。彼らが婚約して、どこか楽になった部分もあったんじゃないか。だから「雪子さんを大切に」って心の底から言えたんじゃないか。だから「雪子さんと結婚して家庭を作れ」って心から願ったんじゃないか。

そんなことも考えたんですけどね、
最後の最後になって青木さん、薪さんにプロポーズしちゃってるじゃん! 
今までやってきたこと、台無しだよ、台無し!!

でもですね、わたしはこういうグダグダな男が大好きなんです~~~。そんなわけで、今は青木さんマンセーなのでした(^^





>鈴木さん家族と薪さんの関係、家族ぐるみで親しくなっていると、鈴木さんの家族の気持ちを思って確かに余計に薪さんにはキツいかもしれませんね(^^;;;;;)
>先のことを考えると切なくなるけれど、それでも薪さんには温かい時間を過ごして欲しいなあという願望も強くて、鈴木さんの家で過ごす薪さんの楽しそうな様子には嬉しくなります。

そうなんですよ~。
わたしも書きながら時々虚しさを感じてしまうのですけど、澤村さんとの過去にも暖かな思い出があったように、鈴木さんの家族との間にもいい思い出があって欲しいなあって。
思い出って、きれいなものの方が多く残る傾向にあるでしょう? きっと薪さんも澤村さんを想う時、彼が犯した罪ではなく、子供の頃彼に遊んでもらったことを思い出すと思うんですよ。そんな風に、鈴木さんの家族とのことも思い出してもらえるようになるといいなって。ずっと仲悪いままなら断絶した時の悲しみは少なくて済むけど、思い出せることがないことの方がより悲しいことだと思うんです。


>怪しい人物がいたので、薪さんの帰り道が心配です(^^;)

大丈夫ですよ、安心してください。
青薪さんと違って鈴薪さんでは、薪さんが襲われたりしませんから(笑)



更新遅くってすみません。
どうかこれからものんびりお付き合いください(^^


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
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