きみはともだち 後編(6)

 ただいま帰りましたー。
 三食昼寝三昧で2キロ太りました。身体が重いです。

 台風で旅館に缶詰状態だったんですけどね、どこへも行けなかった分、たっぷり温泉に浸かって参りました。しかも旅館のご飯が超絶美味で♪ いやー、ホント美味しかった。
 わたし、食いしん坊なのに胃腸が着いていかなくて、だから旅館の食事なんか3分の1くらいしか食べられないんですけど、あんまり美味しかったものだからついつい食べ過ぎてしまって。その夜はお腹がカーニバルになりました、でも後悔してません。
 




きみはともだち 後編(6)






 薪の叔母と偶然再会したのは、ゼミ仲間とカラオケに行った帰りの品川駅だった。友人たちと別れた後、雑踏の中で見つけた彼女は外出着もやっぱり控えめで、年相応と言うか、あれなら並んで歩いても誤解される恐れはないと鈴木は思った。以前新宿で母親の買い物に付き合った時のように、鈴木が有閑マダムのツバメになったという噂が悪友たちの間で飛び交うこともないだろう。
 向こうも自分に気づいたみたいだったから、ペコッと頭を下げた。立ち止まる風だったので、こちらから近付いた。声が届く距離まで歩いて「こないだはご馳走様でした」と礼を言うと、「どういたしまして」と微笑みが返ってきた。

「鈴木くん、お友達といても背が高いから目立つわね。剛はすぐに埋もれちゃって」
 迷子になると見つけるのが大変、と彼女は笑った。薪の身長は160センチちょっと、男にしてはかなり低い方だ。西洋化が進んだ昨今の日本では、19歳男子の平均身長は173センチ、女子でも160センチだ。男子学生の間に入った途端、埋もれてしまうわけだ。
「今日は剛と一緒じゃないの」
「ええ。今日はゼミ仲間と」
 いくら気が合うと言っても、毎日一緒に過ごすわけではない。薪とはサークルが一緒だというだけで、実は他には共通点がない。同じ法学部だから講義で顔を合わせることはあっても、鈴木は別の友人と一緒だったりして、そういう時は薪は鈴木に声を掛けない。他の友人に遠慮しているのだろう。
「鈴木くんは友だち多そうだものねえ。剛と違って」
 チャンスだ、と鈴木は思った。薪を育てた彼女なら彼の逸話を色々と知っているはずだ。先日のお礼と言う名目で、彼女を駅構内のコーヒーショップに誘った。彼女も鈴木に話したいことがあったのだろう、コーヒーくらいご馳走するわ、と自分が先に立った。

「あの子は昔から本当に友だち少なくて。仲の良い子ができても、どうしてか長続きしないのよね。いつの間にか喧嘩別れしてたりして」
 コーヒーショップの小さなテーブルでアイスコーヒーを挟み、最初に彼女が話し始めたのは、先日も聞いた薪に友だちが少ない話だった。
「佐久間君て子ともケンカしたんですか?」
「多分ね。ある日突然、彼のことを何も言わなくなったの」
「あの、その子もしかして、髪の毛スポーツ刈りで肌の色が黒くて、サッカーとかやってそうな感じの子じゃないですか?」
「あら。剛から聞いたの?」
「いいえ。あの日の帰りに見かけたんです。薪の様子がちょっと変だったから。やっぱケンカしてたんだ」
「佐久間君は近所の子だから、道でばったり会うこともあるわよね。高校までは、よくお互いの家を行き来してたのにねえ」
 薪は高校の時から独り暮らしだと聞いていたが、その頃は実家に程近いアパートを借りていたのだそうだ。独り暮らしと言ってもそこは高校生、叔母が頻繁に様子を見に行っていた。当然薪の交友関係は把握していて、彼女の弁によると、佐久間と言うその少年以外薪に親しい友人はいなかったらしい。

「剛ね、鈴木くんのことはすごく褒めるのよ。いつも笑っててあったかいって。一緒にいると安心するって言ってた」
 だから本当に仲良くしてあげてね、と親バカ丸出しで鈴木に頼む彼女の、拝むように合わせた手はふっくらとしてマニキュアすらなく。この手で頭を撫でてもらったらさぞ気持ちがいいだろうと鈴木は思った。

「ところで、鈴木くんに聞きたいことがあるの」
 遠慮がちに彼女は切り出した。十年余りを共に過ごした彼女より自分が薪に詳しいことなどあるとは思えなかったが、鈴木は彼女の質問の答えを知っていた。
「剛がどうして警官になりたいのか、理由を知ってる?」
 小さい頃から何度も訊いてるんだけど、わたしには教えてくれないのよ、と彼女は苦笑し、甥の強情を嘆いてみせた。鈴木は少し迷ったが、保身に走ることにした。もしも彼女に秘密を喋ったことがバレたら、あの冷たい目が自分に向けられるかもしれないのだ。鈴木の心臓はそこまで強くない。
「聞いてますけど。でも、薪が言わないものをオレからは言えません」
「そうよね……うん、鈴木くんが正しいわ」
 叔母はあっさりと引き、しつこく食い下がることはしなかった。おそらくは頑固な叔父と甥の間でその調整に苦労しているであろう彼女はしかし、自分の立場を鈴木に訴えて同情を買おうとする素振りも見せず、軽く肩を竦めてコーヒーを飲んだ。

「あの。答えないのに質問してもいいですか」
 身勝手は若者の特権とばかりに、鈴木は尋ねた。彼女は一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑んで「どうぞ」と鈴木の質問を促した。
「叔父さんは、どうしてあんなに警察を毛嫌いしてるんですか?」
 いきなり核心に切り込んだ鈴木に、彼女は驚いたようだった。自分でも身の程を超えた質問だと思った。でもどうしても知りたかった。
「薪は、叔父さんは自分をプログラマーにして一緒に会社をやりたかったのに、それを断ったから警察を貶すんだって言ってますけど。もっと他に理由があるんじゃないですか」
 それが分かれば、薪の気持ちを宥められるかもしれない。相手の言い分も理解したうえで薪に協力してやりたい。
「随分突っ込んだことを聞くのねえ」と彼女は鈴木の若さに苦笑いして、どうしようかしらと言うように腕を組んだ。腕組みは心理学的には守りの仕草だ。薪も知らないくらいだ、人には言い難いことなのだろうと察した。
 だが、鈴木は引かなかった。沈黙に負けて語り出す、彼女の口調は重かった。

「あの人、史郎さんの兄は警官だったの。優秀な人でね、キャリアだったのよ。あの人にとっては自慢の兄だった」
 警察官の身内なら、一般人よりも警察内部のことには詳しいだろう。その厳しさも困難さも理解しているからこそ、手を掛けて育てた子供にはその苦労をさせたくないのかもしれない。鈴木は瞬時に叔父の気持ちを悟ったが、それ以上に引っ掛かることがあった。彼女が義兄を、過去形で表現したことだ。
 嫌な予感がしたけれど。聞かずにはいられなかった。
「そのお兄さんて人は」
「死んだわ」
 やはり。自慢の兄が殉職し、それを弟が怨みに思って警察を憎んだ。筋違いだが、理解できない構図ではない。しかし、現実は鈴木の想像を遥かに超えて残酷だった。

「ある事件の隠蔽工作にかかわって、その責任を取らされて自殺を強要されたのよ」
「まさか」
 叔母の話はドラマのようで、鈴木には現実味がなかった。警察幹部による不祥事の隠蔽や癒着はちょくちょくワイドショーを賑わす話題ではあったが、自殺を強要されるなんて、いくらなんでもそこまでは。あの神経質そうな叔父の兄だ、責任の重さに耐えかねて自ら命を絶ったのではないか。
「それで叔父さん、史郎さんはどうしたんですか」
「泣き寝入り。国家権力相手に何もできないわよ。証拠もないしね」
 叔母の話しぶりから、事件はかなり昔のことだと鈴木は推察した。おそらく薪を引き取る前の話なのだろう。実兄の葬儀なら夫婦そろって出席しただろうし、そんなことがあればあの薪が覚えていない筈がない。
「自殺する何日か前、お義兄さんは史郎さんと電話で話してるんだけど。その時にそんなことを仄めかされたってだけで。お義兄さんは自殺するような人じゃなかったとわたしも思うけど、あの人の思い込みの可能性も高いわ。結局は藪の中。でも分かるでしょう? 史郎さんにとってはそれが真実なの」
 事件の責任を感じてキャリアが自殺となれば、世間の同情を一身に集めたことだろう。不祥事は美談になり、隠蔽工作に関わった人間はひっそりと表舞台から去る。そしてそれを目論んだ者たちが生き残る。警察機構の暗部を見せつけられる思いだったが、鈴木がその身をもってそれを知るのは遠い未来の話だ。

「あの人は剛をそんなところに行かせたくないのよ。わたしよりも可愛がってたくらいなんだから」
「そのことを、薪には」
「言えないわよ。警官はあの子の子供の頃からの夢なのよ。そんな現実を教えて夢を壊すのは可哀想でしょう」
 それで自分が悪者に?
「不器用な人なの」
 声に出さなかった鈴木の問いに、彼女は苦笑で答えた。
 人間の性格は遺伝子よりも環境で作られる。もしかすると薪の人付き合いの不器用さは、この叔父譲りなのかもしれないと鈴木は思った。

「薪が自分から言わないことをオレから言うわけにはいきませんけど。話すように説得してみます。……あんまり自信ないけど」
「頑固なのよねえ。姉夫婦は揃ってのんびり屋だったのに。誰に似たのかしらねえ」
 言いながら、彼女の中には解答があるようだった。
 氷が解けて薄まったコーヒーを飲みながら、鈴木は、薪に事件の概要を知らせずに叔父の優しい気持ちだけを伝える方法がないものか、あれこれと考えを巡らせていた。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

見事に旅館に籠りきりでした~。
でも案外楽しかったです。主婦が朝から晩まで寝てるって、病気の時でもなければないですよね。貴重な体験でした(^^


>原作の鈴木さんは澤村さんに対して割りと直球でしたね(^^;)

思ったよりも厳しかったですね。 
あの状況じゃ無理ないですよね。澤村さん、悪党でしたからねえ。


>親戚がいるだけ、こちらの薪さんは良いのでしょう。

薪さんは澤村さんが亡くなった後は天涯孤独になってしまったわけで。
実際は琴海さん側の親戚とかいたはずだと思うんですけど、あの事情では連絡取るわけにもいかないでしょうしね。
あんなに華やかな容姿を持ってるのに、なんて孤独な人なんでしょう。そこがまた萌えなんですけどね。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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