きみはともだち 後編(7)

きみはともだち 後編(7)






 犯罪心理学研究会の飲み会は異常に盛り上がった。人数もこれまで最多の30人超え、俗に幽霊と呼ばれる部員たちもこぞって出席した。ちょうど梅雨入り前の急に暑くなる時季で、冷たいビールが恋しくなったせいだろうと鈴木は状況を分析した。

「いつもこんなに賑やかなのか?」
 隣に座った薪がウーロン茶のコップを片手に、こっそりと鈴木に聞いた。マイクを片手にがなり立てている者と、それに負けじと合いの手を入れる肉声に阻まれて、普通に喋ったのでは相手に聞こえない。耳元に口を近づけて、内緒話をするように周りを手で覆って、それでやっと会話が成り立つのだ。
「今日は特別。なんたって薪くんがいるから」
「なんで僕のせい?」
「みんな薪の関心引きたくてノリノリ」
 鈴木の答えに呆れたような顔をして、薪はソファにもたれかかった。ガンガン響く音の洪水に眉をしかめ、「うるさいなあ」と声に出さずに呟く。アルコールの作用も手伝ってか騒ぎは留まるところを知らず、ここがカラオケボックスのパーティルームでなかったら他の客に迷惑がられること請け合いだ。

「顧問の原田先生に『東大生らしい節度と慎みを持って楽しみなさい』って言われたの、誰も聞いてなかったのか」
「こういう席でそういうセリフはNG。日常会話の習得に務めるのが目的なら、みんなの気分を損ねるようなことは言っちゃダメー」
「いちいち怒鳴らなきゃ話ができないのは日常会話って言わない」
「耳の遠いお年寄りに道を教えてあげるときの練習だと思いなさい」
 鈴木が返すと薪はきょとんとした顔になり、次いで苦笑した。こいつのキョト顔ってマジでかわいい、思いかけて鈴木は自分を戒める。少し飲みすぎたか。

「薪も飲めばいいのに。酔えば騒音も気にならなくなる」
「お酒飲めないの?」と聞くと、薪は「分からない」と答えた。飲酒の経験がないらしい。
「飲酒が許されるのは20歳からだろ」
「何事も予習は大事だぜ。ほら、ちょっとだけ飲んでみろよ」
 自分のジョッキを薪の口元に近付けると、遠くで「キャーッ」という女子の悲鳴が聞こえた。何の騒ぎだろうとそちらを見ると、写メに撮られていた。さっきから視線は感じていたが、彼女たちだったのか。うるさい室内で互いの言葉を聞き取るためにギリギリまで接近して、つまりそういう構図になっていたのだろう。
「あの子たち、ずっとこっち見て騒いでるんだけど。何を話してるんだろう」
「薪は知らない方がいいよ」
 どうして薪といると女の子が近付いてこないんだろうと不思議に思っていたが、こういうことか。犯罪心理学に興味があるような女の子は、ちょっと変わった趣味の娘が多いのかもしれない。そのせいか、このサークルは男女交際よりも男は男同士、女の子は女の子同士で固まる傾向が強い。
 それぞれの携帯で写真を撮った彼女たちは、画面同士をくっつけたり、何の意味があるのか携帯電話同士を絡ませたりしてケタケタ笑っていた。本人の目の前で、すごく失礼だぞ、きみたち。

「どうしてだろう。なんかすごく不愉快な気分なんだけど」
「飲め。飲んで忘れろ」
 いささか過ごしたと分かっていたが、鈴木は生ビールを追加注文した。ついでに薪の分も取り寄せて、ほら、と差し出した。相変わらず騒々しい密閉空間で、隣の席でしきりに奇声を上げる友人の声も耳障りで、少しだけイライラしていた鈴木は嫌がる薪に強引にジョッキを持たせた。両手でジョッキを挟むようにした薪の細い手を自分の大きな手で包み、彼の口元へジョッキを近付けて、途端に女子の悲鳴がきゃーって、きみたち、男がどういう生き物か実践で教えてあげるから後で全員オレのところに来なさい。

 きめ細かく白い泡がつややかな唇に触れると、薪はもう抵抗しなかった。鈴木が傾けるままに中の液体を飲み込み、ふう、と息を吐いた。
「旨い?」
「……うん」
 ペロッと口の周りを舐めるピンク色の舌先にくらくらするような酩酊を覚えて、やっぱり飲み過ぎたと自覚する。男に色気を感じるなんて、最近女の子から遠ざかり過ぎたか。来週末は絶対に彼女と過ごそうと心に誓った鈴木の耳に、サークル仲間たちの賑やかな声が飛び込んできた。
「驚いた。薪、けっこうイケル口」
「堅物だと思ってたのに」
「さては新しくできた不真面目な友人の影響か」
 誰のことだと突っ込んだ鈴木を無視して男性陣の話は続く。酔っぱらいども、少しは人の話を聞けよ。

「酒の次はオンナノコだな」
「薪の場合は難しいんだよ。自分より可愛い子見つけるのが」
「そうだなあ。よっぽど可愛い子じゃないとユリに見えるもんなあ。うちの大学内では無理かもなあ」
「よし、おれに任せろ」
「おまえの知り合いに薪より可愛い子がいるのかよ」
「おれの妹、けっこうモテるって」
「おまえの妹、まだ小学生じゃないかよ」
「晩熟の薪にはそれくらいがお似合いだって」
「おままごと」
「お医者さんごっことか」
「いい! 薪先生、白衣似合うし!」
 酒の勢いとは恐ろしいもので。最初は純粋な親切心だったはずなのに、どんどんおかしな方向へ話がズレていく。薪が不愉快そうにジョッキを呷るのを見て、鈴木は友人たちを窘めた。
「おまえら、人の心配する前に自分の心配しろよ」
「あっ、ちょっとモテるからって偉そうに!」
「みゆきちゃんに『飲み会のとき鈴木が薪とキスしてた』ってバラすぞ」
「すみません、それだけは勘弁してください」
 薪相手だと本気にされそうで怖い。向かいの女の子たちに撮られた証拠写真もあることだし。証人にも困らなそうだ。

「してないよ!」
 突然鋭い声が響いて、鈴木たちは一瞬息を飲む。ダン! と激しくジョッキの底をテーブルに打ち付けて、薪が立ち上がった。
「するわけないだろ、男とキスなんて!」
 その気迫に、部屋中の人間が言葉を失う。彼の過剰な反応に全員が顔を見合わせ、ちょ、そこでどうしてみんなしてオレを見るんだよ、薪との付き合いはお前らの方が長いだろ。
 仕方なく、鈴木は座ったまま伸び上って、薪の怒った顔を下から覗き込んだ。
「薪。冗談だよ?」
「えっ」
 薪は得意のキョト顔をした後、真っ赤になった。彼の恥ずかしそうな顔なんてサークル仲間も見たことがなかったに違いない。男どもは一斉に身を引きながら「これだからおれたち彼女作れないんだよー」と意味不明の言葉を呟き、女子は無言でバタバタと手足を動かした。

「あ、そ、そっか、冗談……」
 薪はソファに腰を下ろし、俯いて、ごめん、と小さく謝った。「まったく薪は冗談効かないんだからー」と友人の一人が大げさに言ってくれて、それで場の空気は元に戻った。
 部屋は再び喧騒に包まれたが、先刻ほどのテンションは戻らず。それからは平均的な賑やかさの集会になった。
 薪はすべてに於いて控え目だった。飲むのも食べるのも喋るのも、他の男子の半分くらい。ジョッキ一杯のビールを持て余している状態で、前の皿にも沢山料理が残っていた。リラックスには程遠い姿勢で、それでも薪は当初の目的を果たすべく、一生懸命にみんなの会話に付いていこうと頑張っていた。彼が真剣に聞いても理解できないことの殆どは流行のファッションや芸能人の話で、その系統の話題になると鹿爪らしい顔をしてくちびるに拳を当てる。それは彼が必死で考えている時の仕草だと知っている鈴木には、天才のくせに、普通の人間が頭を休めるための雑談で悩みまくっている彼がおかしくて可愛らしくて。たまらなかった。

 学内の噂話や教授の陰口、犯罪に関する研究室らしく最近読んだミステリー小説の話、現実の未解決事件やそれに対する警察の怠慢など、皆の話題が普段サークルの部室でするものに限りなく近付いてきた頃、壁の通話機が音を立てた。どうやら時間だ。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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