きみはともだち 後編(9)

「ATARU」観てきました。すっごくよかったです。「脳男」以来のクリティカルヒットでした。心臓にきた。いっぱい泣きました。





きみはともだち 後編(9)





 その翌週のこと。
 自分という人間は、間がいいのか悪いのか。鈴木は即座に答えを出した。決まってる、悪いんだ。そう判断せざるを得ない。この場面を目の当たりにしては。

「待ってくれ。話を」
「話なんかない」
 道端で押し問答をする友人の姿。相手は彼の昔の親友だった男だ。
「薪」
「触るな!」
 バシッと手を払う音が、電信柱の陰に隠れた鈴木のところまで聞こえてきた。けんもほろろという感じだ。佐久間くんとやらも可哀想に。他人を拒絶する時の薪の容赦のなさを経験しているだけに、鈴木は彼に同情せずにはいられなかった。

 怯んだ隙に、薪は逃げて行ってしまった。スポーツマンの彼なら追いつくことは容易い、だけどあそこまで邪険にされては追いかける勇気が出なかったのだろう。彼はその場に立ち尽くし、小さくなる薪の背中を見て溜め息を吐いた。
 しばらくすればいなくなるだろう、と鈴木は考えたが、彼は一向にその場を動こうとしなかった。それどころか道にスポーツバックを下ろし、そこに座りこんでしまった。どうやら待ち伏せすることにしたらしい。この道は、薪の家から駅に行くためには必ず通るルートだ。今日中に、薪はもう一度ここに来ると踏んだのだろう。

 さて困った。
 実は薪と約束がある。現在鈴木が取り組んでいる論文が、薪が昔書いた論文と関連していて、その原稿と資料が実家に置いてあると薪が言うので借りに来たのだ。薪は先に行って、それらを探しておくことになっていた。
 ここを通らないと薪の実家には行けない。佐久間は自分を覚えているだろうか。だとしても、自分は二人の仲違いに直接関係してはいないのだから知らない振りで通り過ぎればいいのだ。たったいま目にした二人の諍いを見なかった振りで。
 平静を装えるだろうか。踊り出した心臓がまだ治まらないのに。

「ヒャッハー!」というけたたましい叫び声が響き、鈴木の心臓は鈴木を置いて10mほど先に走って行った、気がした。薪からの電話の着メロだ。冗談のつもりでふざけた音声を選択したのが悔やまれる。
『鈴木、資料が見つかった。あとどれくらいで来られる?』
「や、あの、それがその……今日はちょっと都合が、悪……」
 舌がもつれて言葉が止まる。目の前に、佐久間が立っていた。

「悪い薪。後で掛け直す」
 電話を切った鈴木を、彼は挑戦的な眼で見上げた。いかにも俊敏そうでけっこうイケメン。女の子にはモテそうだ。
 オレには負けるけど、と鈴木は心の中で嘯き、高身長にものを言わせて彼を上から見下ろした。
「あんた、薪の友だち?」
「ああ。君、佐久間忍くん、だろ。オレは鈴木克洋。薪とはサークル仲間」
「おれの名前、薪から聞いたの」
「いや。薪の叔母さんから」
 鈴木が彼の名前の出所を明かすと、彼は急にしょげた顔になった。下を向いてぽつりとこぼす。
「薪がおれのこと、人に話すわけないか」
 男っぽい眉を情けない形に垂らして、彼は泣きそうな貌になった。素直な性格らしい。
「おれは薪の黒歴史だからな」
「どういう意味?」

 それには答えず、佐久間は逆に鈴木に質問した。
「なあ。あんた、薪の家に行くところだったのか」
「そう。約束してて」
「それなら薪に」
 言いかけて口を閉ざす。初対面の人間に頼んでいいことかどうか、思い直したのだろう。未練が残る口調で彼は言った。
「いや。やっぱりいい」
「途中で止めちゃうのはマナー違反だし、女の子も怒ると思う」
「なんの話だよ」
「後ろからナンパした女が超絶バックシャンで振り返ったら超残念フロントシャンだったとしても、声を掛けた以上は責任を持って最後まで行くのが男だと思う」
「……あんた、本当に薪と同じ学校?」
 どういう意味。
「薪、友だちの趣味変わったな」
 だからどういう意味。

 佐久間は踵を返して、道端で話すことでもないから、と鈴木を近くの公園に連れて行った。飲み会の夜、薪と話をした公園と同じくらいの規模で、置いてある遊具も似たり寄ったり。当然、人影は少なかった。
 表門の側に設置された自販機で買ったコーラを、佐久間は鈴木に奢ってくれた。できれば缶は放り投げないで欲しいと思ったが、体育会系の奴らはこういうことは気にしない。プルタブを引いた途端に溢れてきた泡をずるずる吸い込みながら、鈴木は隣に座った男が口を開くのを待った。

「薪とはガキの頃からの付き合いだ。家が近かったんだ」
 幼いころから身体が小さくて、女の子よりも綺麗な顔立ちをしていた薪は、当然のように悪童たちの標的になった。悪ガキどもに絡まれていた彼を、佐久間はよく助けてやったそうだ。当時、スポーツ万能で人気者だった佐久間に表立って逆らう者はいなかった。要するに彼は薪の恩人というわけだ。
 加えて、薪には佐久間の他に親しいと言える友人はいなかった。佐久間は他の友人との付き合いも忙しかったが、薪とは家も近いこともあって、互いの家を行き来したり、登下校を共にする程度の交流はずっと保っていた。薪もそれを分かって、佐久間に感謝と好意を抱いていた。
 でも高校2年の冬。彼らの関係は破局を迎えた。

 原因は、と佐久間は辛そうな眼をした。絞り出すように、おれのせいだ、と述懐した。

 高校生になる頃には、薪はその天才性を存分に発揮するようになっていた。頭脳明晰で美しい彼と、スポーツが得意で明朗な佐久間は学内でも目立つ組み合わせだったらしい。申し込まれて、佐久間は何人かの女の子と付き合ったが、薪はあまり異性に興味が持てないようで、誰とも付き合おうとしなかった。
『佐久間と遊んでた方が楽しい』
 理由を聞くとそう答えたが、おそらくは叔母夫婦に遠慮しているのだろうと思った。薪の叔父は教育に厳しい人で、中学の頃から、薪とはしばしば衝突するようになっていた。一番の争点は薪の将来に関することで、薪は警官になりたかったのだが、叔父はそれに大反対だった。薪は叔父を説得しようと何度も話し合いを持ったが、回数を重ねるごとに諍いが激しくなり、ついには叔父が警察の悪口を言うようになったので、それに耐えかねて家を出ることにしたらしい。
 そんなわけで薪は実家近くの安アパートに一人で住んでいたのだが、独り暮らしを許す条件として、絶対に成績は落とさないことと、これまで以上に節度を持って生活することを約束させられた。男女交際などにうつつを抜かしていたら問答無用で家に戻される。薪のストイックさの裏側を、佐久間はそう見ていた。

 薪に近しく、彼の事情を知る者は正しく彼を見ることができたが、何も知らない者の眼には別の意味に映ったらしい。つまり、薪は女の子に興味がない。それはこの年齢の男子には珍しいことではないはずなのに、彼の飛びぬけた美貌が、彼を一般男子に準えることを許さなかった。
 ゲイだという噂が流れたとき、薪は否定も肯定もしなかった。バカバカしい、と一蹴して、その噂に興じる者たちを軽蔑の眼差しで見た。もともと友だちは少なかったが、その心無い噂のせいで彼はいっそう孤立した。心を許せる友人はおそらく、佐久間以外一人もいなかった。
 みんな馬鹿みたいだと佐久間が吐き捨てると、薪は彼の憤慨ぶりが可笑しかったらしく、
『いいよ。佐久間だけ分かってくれれば』と笑いながら言った。

 話を聞きながら鈴木は、大凡の展開を察していた。
 薪にはそんなつもりはなかったのだろうが、それは殺し文句だ。薪が高校生の時、すでに今の色気の片鱗を持っていたとしたら。佐久間がその頃付き合っていたという同級生の女の子なんて、敵じゃないだろう。

「漆原って体育教師がいたんだけど」
 そこで言葉を切って、佐久間は残りのコーラを飲み干し、5mほど離れた屑籠に放り込んだ。とうに空になっていた缶を鈴木が真似して放り投げると、それは呆れるほど離れた場所に着地して、さらに奥へと転がって行った。佐久間に冷たい目で睨まれたので仕方なく片付けに立った。
 鈴木が席に戻るまでの間に、佐久間は話す覚悟を決めたようだった。鈴木が腰を下ろすと、迷いなく言った。
「こいつが薪にお熱になっちゃって。体育倉庫に引っ張り込んで犯そうとした」
 そういう経験もあったのではないかと予想していたが、やっぱり。それも相手が教師とは。教え子をどうこうしようなんて教育者の風上にも置けない。

「おれが助けたんだ」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

>薪さんに鈴木さん以外の親友ってぴんときませんが、用心棒的な友達はいいですね(^^)

わかりますー。
わたしも薪さんは友達少ないイメージで、しかも本音出せるのは鈴木さんだけだった気がします。でもそれは薪さん側から見た場合であって、本当は薪さんを守りたいと思ってた人はけっこういたんじゃないかと。本人が気付かないだけで、ほら、最初に鈴木さんとカラオケボックスでもめた時、薪さんは完全に自分が悪者だと思ってその場を去ったと思うのですけど、残された人たちはそんなに怒ってなかったじゃないですか。女の子の間でファンクラブできそうな勢いだったじゃないですか。うちの薪さんもそんな具合で、自分が思っているよりずっと他人に好かれてるのに、自分では嫌われてると思い込んでるから何か遠慮しちゃって、結果的にお高くとまってると思われてみんなに嫌われ……ダメじゃんww。


>(薪さんは)自分の容姿をどう思ってたんでしょうね

最初考えていたのは、
コンプレックスだらけで本当は整形しちゃいたかったんですけど死んだ母親にそっくりだということで謂わばこの顔は母の形見だから変えられないと思って整形しなかった、という理由でした。
ところが過去編読んだらお父さんそっくりで、しかもそのお父さんが極悪人(@@)
それでもやっぱり、様々な弊害を引き寄せる顔でも父が自分に残してくれたものだと思って大事に思ってたんじゃないでしょうか。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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