きみはともだち 後編(10)

 なんかそろそろ「いい加減にしろ」とか怒られそうな気がします。
 勝手に作りすぎました。薪さんの過去、ひでえ。
 あくまでも腐ったおばさんの腐った妄想ってことで見逃してやってください。反省の印にできるだけ日陰歩きます。



きみはともだち 後編(10)








 暑い夏の日だった。

 放課後の大半を薪は図書室で過ごす。部活を終えた佐久間は気紛れに図書室を覗き、そこに薪がいれば一緒に帰る。その日も二人は肩を並べて帰途を辿り、しかし途中で薪が忘れ物に気付いた。
 体育館の更衣室に体操着を忘れてきた、と舌打ちして、取ってくるから先に帰ってくれと佐久間に頼んだ。佐久間はもちろん付き合うと言ったが、そこで偶然、交際中の彼女に会った。母親に頼まれた買い物の途中だという彼女と立ち話をしながらその場で薪を待つことにし、でも薪はなかなか帰ってこなかった。ああ見えて薪は足が速い。100m走のタイムは佐久間と幾らも変わらないくらいだ。此処から学校まではせいぜい200m、体操着を探す時間を見込んでも10分足らずで済むはず。それが20分を経過しても帰ってこない。佐久間のように途中で話し込むような友人は薪にはいないし、いたとしても彼は他人を待たせておいてそんなことをするような人間じゃない。不安になった佐久間は彼女と別れて学校に走った。

 薪の向かった場所は体育館の更衣室だと分かっていたから、真っ直ぐにそこへ向かった。しかし居室に薪はいなかった。バスケ部とバレー部の部員もとうに帰ったらしく、体育館に人気はなかった。
 佐久間は薪の携帯を鳴らしてみた。思いがけず、隣の部屋から音が聞こえた。更衣室の隣には体育倉庫があり、そこに通じるドアもあるが、今は鍵が掛かっていた。
「薪。そこにいるのか」
 返事は返ってこなかった。代わりに、ガシャン、と何かが倒れるような音がした。

 佐久間は更衣室を出て、体育館側から倉庫に入った。こちらには鍵は付いていないからだ。
 携帯の呼び出し音は、床に落ちた薪の制服のズボンから聞こえていた。どうしてこんな所にズボンが、なんて考える間もなく、その光景が佐久間の眼に飛び込んできた。
 裸に近い状態まで服を剥かれた友人の細い体に、中年の太った男が馬乗りになっていた。薪は口に布のようなものを押し込まれて声を封じられ、よく見るとそれは漆原がいつも首に掛けている汗の染みこんだタオルで、その悪臭だけで気が遠くなりそうな彼が気力を振り絞って投げたのだろう、バスケットボールとそれが命中したらしいスコアボードが横倒しになっていた。
 佐久間は俊足をうならせて走りこみ、サッカー部のエースに恥じないキック力で男の腹を蹴り上げた。漆原のだぶついた身体がゴム毬のように跳ね、もんどりうって床に落ちる。その隙に、佐久間は自分の腰に巻いていたジャージの上着を解いて薪にそれを被せ、彼の裸体を男の目から隠した。

「あんた、先生のくせになんてことを」
「俺は悪くない、そいつが誘ったんだ!」
 佐久間も薪も言葉を失った。もう逆ギレとかいうレベルじゃない。発狂したのかと思ったくらいだ。
「なにを言って」
「いつも俺に色目使ってただろう? 授業中も廊下ですれ違う時も。俺に笑いかけて、先生って甘えてきて」
 自惚れにも程がある。叔父に厳しく躾けられた薪は行儀のよい子供で、特に大人に対する礼儀はしっかりしていた。他の生徒のように、教師を軽んじることは決してしなかった。きちんとした言葉遣いと尊敬を込めた笑顔で接していた。漆原はどちらかと言うと不人気な教師で、薪のように自分の言うことを素直に聞いてくれる生徒は他にいなかった。だからってこんな誤解は酷すぎる。

「ふざけたこと言ってんじゃ」
 漆原に殴りかかろうとした佐久間を止めたのは、被害者である薪だった。彼は佐久間と漆原が口論している間に服を着て、佐久間の後ろに立っていた。夏のことで、冷房装置のない体育倉庫は蒸し風呂のように暑かった。それなのに薪は佐久間が貸したジャージのファスナーを顎の下まで引き上げて、おそらくはこの獣のような男にワイシャツを破られたせいだと思うと、佐久間は体中の血が沸き立つほど腹が立った。
 憤る佐久間とは反対に、薪は冷静だった。怒っていない訳ではない、が、彼は怒れば怒るほど冷徹になっていくタイプの人間で、その冷たい怒りは触れた者を凍りつかせずにはおかなかった。

「誤解されるような態度を取って申し訳ありませんでした」
 冷たい声と何ものをも寄せ付けない空気。急激に居室の温度が下がった気がした。
「以後、気をつけます」
 こんな薪は初めて見る、と佐久間は思った。表情のない薪の顔。人形のように整っている、いっそ人外の魔物のように。見慣れたはずの友人が、知らない人のように思えた。
 それだけ言うと、薪は背中を向けた。早足ではあったけれど、足元を乱れさせることもなくその場から離れた。

 佐久間が自分を取り戻したのは、校門を出てからだった。
「校長先生に言いつけに行こう」と息巻く佐久間に、薪は首を振った。先刻の毅然とした態度が嘘のように「騒ぎにしたくない」と弱々しく眼を伏せた。
 泣き寝入りする気か、と彼の因循を責める口調で言うと、果たして薪の心配は別のことだった。
「叔父さんに知れたら、家に戻される」
 それは嫌なのだ、と薪は言った。佐久間が目撃者になってくれたから、もう漆原は滅多なことはしてこないだろう。次に何かあったらその時は容赦しない、佐久間も協力してくれと頼むので、もちろんだと引き受けた。

 その万が一の時のために、事件の詳細を知っておく必要があると思った。言いたくなかったら言わなくていい、と前置きして、佐久間は薪に先刻の状況を話してくれないかと持ちかけた。
「漆原先生が、僕の体操着に顔を埋めて……自分のアレを弄ってたんだ」
 あんなことをされたばかりなのに、相手を先生と呼ぶ薪の純朴が好ましいと思った。そんな彼を毒牙に掛けようとした漆原を、佐久間は絶対に許すまいと誓った。
「何してるんですか、って聞いたら急に腕を引かれて。マットに押し付けられて服を」
 ろくに女と付き合ったこともないのだろう、やっていることが小学生レベルだ。そのくせ逆上すると暴力に訴える。そんな人間が教師だなんて、最悪だ。

 そこから先のことは、あまり詳しくは話してくれなかった。裸にされてあちこち触られたり啜られたりしたのだろう。ジャージを着せたとき、白い肌にいくつもの鬱血した痕が残っていた。強く掴まれたのか男の太い指の跡もあったし、小さな乳首の周りには噛み傷らしきものと内出血の痕があった。
 ひどい目に遭ったことは分かった。だから無理には聞かなかった。佐久間が口を噤むと、薪は泣きそうな顔になって、
「気持ち悪い」と零した。
「なんであんなことするんだろう」
 薪は一粒だけ涙を零し、それをそっと自分の指先でぬぐった。

「ひでえな、その体育教師。許せん」
 話を聞いて鈴木は憤慨した。子供を守り導く立場にあるはずの人間が何事か。どんな言い訳も許されない。薪が何と言おうと、自分だったら絶対にその教師を社会的に抹殺してやる。
「全くだ。教師のくせに最低だよ」
 強く言い切って佐久間は、でも次の瞬間自嘲の形に唇を歪めた。
「でも。おれも同じだ」
 彼の言葉を、鈴木は予期していた。薪の頑なな態度から、そちらの方面のトラブルだろうと予想がついていた。

 気丈に涙を堪える薪を見て、早く忘れた方がいい、と佐久間は彼を慰めたが、薪が受けた傷はそう浅くはなかった。一人でいることを怖がるようになった彼は、多くの時間を佐久間の隣で過ごすようになった。薪に頼られていると感じた佐久間は、純粋に嬉しかった。自分が彼を守ってやるのだと心に決めた。登下校は必ず彼と歩みを共にし、その後も一緒に過ごした。佐久間の両親は共働きで帰りは10時過ぎ、勉強の得意な薪に苦手な英語を教えてもらったりテレビゲームをしたり、親交を深める時間はたっぷりとあった。

 そんな風にして過ごすうちに。ただの友人として見られなくなってしまった、と佐久間は言った。
「薪はなんていうかその、鈍いんだ。自分が他人からどう見えるかなんて全然分かってないし、こんな態度を取ったら相手にどう受け取られるかなんて考えてない。無邪気で、でも色っぽくて、そのくせ無防備で」
 あれだけ非難した体育教師と同じ言い訳を、自分はするようになっていったのだと佐久間は苦く吐き捨てた。

「あの日は叔父さんと衝突したらしくて、薪は泣きながらおれのところに来た。初冬のことで、ちょうど雨も降ってて、だから風呂を使うように言ったんだ。風呂に入って身体が温まったら落ち着いたみたいで泣きやんだんだけど。――もうこっちが落ち着かなくて」
 一人になりたくないらしい薪は自分の家に帰ろうとはせず。両親が帰ってくるまでには未だ2時間近くもあった。薪の濡れた服は乾燥機に突っ込んであって、新しい服を貸そうとしたらそれは申し訳ないからこれでいい、と選んだのが朝脱いでそのままになっていた佐久間のパジャマ。しかも風呂で温まりすぎて暑いからと上だけ、もうどんな誘惑だよと、突っ込みを入れたいのを佐久間は必死で堪えた。

「我慢できなかったんだ」
 突然黙りこくった佐久間に、薪は小鳥のような仕草で小首を傾げた。「どこか痛いの?」と佐久間の顔を覗き込んだ、ぱっちりとした亜麻色の瞳を見た瞬間、理性が焼き切れた。
 薪に「好きだ」と言った。ちゃんと自分の気持ちを告げて、その上で彼を抱きしめた。
 薪はびっくりして固まってしまってそれで動けなかったんだと後で分かったけれど、その時は彼の状態なんか気遣う余裕もなくて。動かないのをいいことに、彼のくちびるを奪った。重ねたまま、彼の肌をまさぐった。
 でも、薪が佐久間の愛撫を受け入れてくれたのはほんの少しの時間だった。何が起こっているのか理解した彼の行動は素早く、佐久間は手近にあったゲーム機で頭を殴られた。
 痛みで我に返った佐久間は必死で謝ったが、薪は聞こうとしなかった。あの体育教師を見たのと同じ眼で佐久間を見て、何も言わずに帰って行った。

 口にこそ出さなかったけれど、鈴木は心から佐久間に同情した。
 鈴木も知っていた、薪が無自覚に男を誘うこと。何度かそんな目に遭ってきて、服装や態度に注意を払うようになったのだろう。いつも長袖のシャツを着て首元まできっちりとボタンを留めて、さらには他人に隙を見せないあの態度。薪は必死に守っていたのだ。自分と、おそらくは相手のことも。
 佐久間が見ていたのはその防壁を張り巡らす前の無防備な薪の姿だ。女性に免疫のない男子高校生なんかイチコロだ。

「それで」
「もちろん絶交。次の日から口利いてくれなくなった」
 薪は頑固で思い込みが激しい。柔和な性格とは言い難く、相手が謝ろうとしても受け付けないところがある。それは彼の欠点であったが同時に、潔癖さの表れでもある。慣れ合うことを自分にも相手にも許さない。生き難い性質だと思う。
「きみも災難だったね」
 佐久間は本気で薪のことが好きだったのだろう。薪も彼を頼っていたし、好意も持っていた。あの下衆男とは違う。たった一度の過ちで十年以上も付き合ってきた友人と喧嘩別れなんて、薪も少し狭量すぎやしないか。

「許せなかったんだと思うよ」
 ――おれがしたことを許したら、あの体育教師の言い分を認めることになっちゃうから。

 佐久間の声音は明らかに自分自身を責めていて、彼はとても辛そうだった。
 そんな風に思えるようになったのはずいぶん経ってからだ、と佐久間は言った。当時は薪に自覚がないのが悪いと彼を責める気持ちも大きかった。でも、それが分かったら薪にきちんと謝りたくて。
「今はちゃんと彼女いるって報告もしたいしな」
 鈴木に話すことで幾らか重荷が下りたのか、最後に佐久間は緩やかに微笑んだ。こういう男は嫌いじゃない、悪いやつじゃない。なんとかしてやりたかったが、未だそこまでは踏み込めない。鈴木には昔の佐久間のように自分が薪の一番近しい人間だという自信はなかったし、そうなるには彼らが重ねたのと同じくらいの年数が必要だろうとも思っていた。

 佐久間と別れた鈴木は薪の実家への道を歩きながら、佐久間の話を反芻した。そして重要なことに気付いた。
 過去に薪を襲った2度の事件。佐久間の話だと他にも色々あったらしい。隠し撮りされた写真が男子生徒の間でヌキ本代わりに使われていたとか、下校途中に変質者に追いかけられたとか。道理で電車の痴漢なんかに動じないはずだ。でもとにかく。
 近しい人が豹変して自分を襲ったこと、それが現在の薪を取り囲むあの高い壁を築く原因になったのだろう。警戒心が強く、なかなか人に心を許さない。迂闊に笑顔を見せない。すべて過去の被害経験に基づく行動だったのだ。
 つまり、そういう眼で彼を見ること。これは絶対にやってはいけないことなのだ、と鈴木は強く自分に言い聞かせた。冗談でも許されない。
 そこまで考えを進めて、鈴木はハッとした。

「……やべー」
 こないだオレ、薪に好きだって言っちゃった。

 勿論そういう意味じゃなかったけれど、あの時の薪の反応、あれは絶対に誤解してる。早急に解かないと鈴木は第二の佐久間になる。でも、何て言ったら。佐久間から薪の過去を聞いたと明かすわけにはいかない。だけどそれを知らさずに誤解だけを解く方法を、鈴木は考えつかなかった。
 図らずも、先週と同じループに嵌ってしまった自分の軽率さを鈴木は悔やむ。聞かなきゃよかったんだ。世の中には知らない方がいいことも沢山ある。
 思いかけて鈴木はクスリと笑う。こと薪に関すること、聞かずにいられるわけがない。こんなにも心が求めているのに。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。


>毎日早朝にチェックをしておりますwww

どうもありがとうございますー!
嬉しいですっ(^^


薪さん、可愛いですか?
まだ鈴木さんに恋をする前なのでこの話では乙女モードに入ってませんが、次の話はギアチェンジして乙女全開でございます。見逃してやってください。

コメントとかは本当にお気になさらず。
Sさんのお気持ち、充分に伝わってますので(*^^*)
本当にありがとうございます。

Aさまへ

Aさま。


>薪さんを真近に見て(泣き顔とか寝顔とか笑顔とか)裸を見たとしても欲情しないのは岡部さんくらいじゃ・・(^^)

そんなに多いんですか、ヘンタイ率ww
普通の男はぽーっとなるくらいで欲情まではしないんじゃないかなー。惑わされそうになっても、大多数が途中で正気に返ると思いますよ。普通の男は相手が男ってだけで性愛対象から外れるもんです。ので、うちで本当にヘンタイなのは青木さんと彩華さんだけです(笑)


>友情と恋情の間で悩む鈴木さんは鈴薪の永遠のテーマですね!

ジェネシス読んだら鈴木さんが薪さん好き過ぎて驚きましたー。
だって相手の親に殺されかけても友だち止めないなんて、鈴木さん、そんなに好きだったんかー。
銃に向かっていく青木さんもすごいと思いましたけど、鈴木さんも負けてないですよね。二人とも薪さんのためなら自分の命を投げ出せるの、すごいと思いました。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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