きみはともだち 後編(11)

 先週、過去作にたくさん拍手くださった方、ありがとうございました。
 昔の話を読むと、薪さん変わったなあって思います。作中で8年経ってますからね、オヤジになりましたよね(笑)
 鈴薪カテゴリの薪さんは未だ20歳くらいだから初々しくて傷つきやすいの、そういうのも魅力ですけどそろそろオヤジが書きたいです。というわけで、女子高生のセーラー服に鼻の下伸ばす男爵を妄想してます。形になるといいな。



きみはともだち 後編(11)






 市村家に到着した鈴木を迎えたのは、その日は薪一人だった。薪の叔母と叔父は揃って留守で、薪は合鍵で家に入ったらしかった。
 先日は上らなかった階段を上がり、薪の部屋に通された。主を失って4年になる部屋は殆ど物置と化していて、狭いアパートには置いておけない雑多な学用品で溢れ返っていた。定期的に掃除はされているようで埃臭くはなかったが、とにかく量がすごい。6畳間の和室の畳が2畳しか見えない。その狭いスペースに、二人は向かい合って座った。

「古いものは捨てたらって言ったんだけど。残しておきたいんだって」
 言葉が出ない様子の鈴木に薪は苦笑し、見れば部屋の奥には使い古した黒いランドセルが置いてある。埃が被っていないから逆に古さが分からなかった。この部屋には、親を亡くしてここに引き取られてから薪が使った物が全部置いてあるのだ。
「オークションに掛けたら大儲けできるのに」
「何か言った?」
 聞こえない振りで鈴木は、その部屋の占有物を眺めた。漫画本や遊び道具は一切ない。現代の子供の必須アイテムとも言えるゲーム機もない。ミステリー小説だけはたくさん並んでいて、それが子供時代の彼の唯一の娯楽だったと思われた。

 論文の原稿と資料は結構かさばって、薪は持ち運びに便利なように紙製の手提げ袋を用意してくれていた。多分、何処かの買い物袋の使い回し。エコロジーと言えば聞こえがいいが、節約が必要な生活状況なのだろうと鈴木は想像した。
 自分の会社が倒産したということは、多額の負債もあったに違いない。その状況で、彼らは親戚の子供を引き取って育てたのだ。薪はちゃんとそれを理解して、彼らに感謝と好意を抱いている。そして子供の思い出が染み込んだ古い学用品を、曲がったペンケース一つ捨てられない養い親。
 本当の親子ではないけれど。思い合う気持ちはきっと負けない。

「鈴木。こないだはごめんね、迷惑掛けて」
 思い出したように薪は言った。先週の飲み会の夜のことだ。
「迷惑っていうか、掛けられたのはゲロだよね」
 ごめんなさい、と素直に謝る薪に、鈴木はそれ以上の言葉を持たない。彼に服をダメにされたのはこれで2度目だが、いつもツンケンしている薪のしおらしい表情を見られるなら安いものだと考えている自分に気付いて、鈴木は自分が絶壁に立っていることを悟った。いよいよ末期状態だ。早く彼女に電話しないと。

「論文で忙しいとこ悪いけど、二つだけ話いい?」
 用事が済んだにも関わらずこの場に鈴木を引き留めることの理由を、薪はそんな風に切り出した。軽く頷く。
「いい話と嫌な話、どっちが先に聞きたい?」
「当然いい話」
「当然? 僕だったら後々の精神的ダメージを考慮して悪い話から聞くけど」
「いい話だけ聞いたらソッコー逃げる」
 鈴木らしい、と薪は失笑して、片方だけ立てた細い膝に手を置いた。

「叔父さんと話してみた」
 鈴木は息を飲んだ。自分の勧めに従って、薪は行動を起こした。結果、どうなった?
「僕、交番勤務は諦める」
 結局は薪が折れたのか、と鈴木は友人の夢を潰してしまったことに深い罪悪感を覚えた。が、そうではなかった。
 薪は片膝を抱えるようにして上体を前に倒し、尖った顎を膝の上に載せるようにしながら鈴木の顔を上目遣いに見た。
「もっと上に行かなきゃ駄目だ。僕が」
 その決心を聞いて鈴木は、薪がすべてを知ったことを悟った。薪が自分の気持ちを正直に話したから、叔父も本当のことを彼に告げたのだ。そうして彼に選ばせた。彼が出した結論を、今度は叔父は否定しなかった。
 つらい現実から子供を遠ざけようとするのは親の心。そしてまた、現実を子供に教えるのも親の責務。そうして選び取った道なら黙って見守るのが親の役目。彼はもう、子供ではないのだ。
「警察官僚になって国家権力を行使する。鈴木の言う通り、僕にはそれが似合ってる」
 叔父の兄が警察の隠蔽工作の犠牲になったことを鈴木は知らない、と薪は思っている。だから鈴木も言わなかった。言うべきではないと思った。同様に、ここに来る前に知った薪の秘密も。
 しかし、天才の洞察力はそう甘くはなかった。

「次は嫌な話だ」
 薪は宣言通りに話題を移し、鈴木は予定通りに逃げようとした。でも薪の方が素早かった。鈴木が立ち上がろうとしたときには、薪は一つしかないドアの前に立っていた。
「佐久間と何を話した?」
「佐久間ってだれ?」と惚けたら、いきなり両腕を捕えられて壁に押し付けられた。意外と強い力で驚いた。
「……そう怖い顔するなよ」
 佐久間に詰め寄られた時、ちょうど薪と電話をしていた。不自然な切り方で分かったのだろう、鈴木が佐久間と接触を持ったこと。
 隠しても無駄だ。自分が話さなければ、薪は佐久間のところへ行くだろう。関係のない人間にいったい何の話があったのかと、責め立てるに違いない。それは佐久間が可哀想だ。彼はただ薪に謝りたくて、でも聞いてもらえなくて、だからそれを鈴木に託したかっただけなのに。

「全部聞いた。薪が高校生の時のこと」
 薪の顔色が変わった。鈴木の腕を戒める力が緩み、その両手が微かに震えだした。
「それで」
「それでって?」
「鈴木はそれでどうしたい」
「どうって?」
 質問の意味が分からなかった。過ぎたことを今さらどうしようもない。ましてや他人の鈴木にどうこうできるものでもない。
 頭の良い鳥のように質問を繰り返す鈴木に、薪は思いがけないことを訊いた。
「気持ち悪くないのか、僕のこと」
 思いつきもしない質問だった。薪が嫌悪の対象として挙げているのは自分を襲った彼らではなく、自分自身だった。

「なんで?」
「だって! みんな僕が悪いって」
 鈴木の腕を拘束した薪の手は、今や鈴木に取り縋るようであった。どこか痛むかのようにきれいな顔を歪めて、彼は訴えた。
「僕が誘ったって、僕がそう仕向けたって、僕は何もしてないのにあいつら勝手なことばかり言って。あんなやつらみんな死ねばいいっ……!」
 びっくりした。薪は被害者なのに、どうしてか自分を責めている。「死ねばいい」と激しい言葉で、でも彼が罵っているのは自分自身。彼の亜麻色の瞳に充満しているのは憎しみではなく悲しみと後悔で、それはちょうど虐待を受けて育つ子供が自分にその責があると思い込む様子に似て、だから鈴木は彼が可哀想で堪らなくなる。
 彼に教えてやらなきゃいけない。一番大切な真実。

「悪くない」
 気づいたら薪を抱きしめていた。
「大丈夫。薪はなんにも悪くない」
 小さな亜麻色の頭を右手で抱き込んで、左手でその細い腰を自分の身体に引き寄せた。
「だからそんなに自分を責めるな。他人が薪を責めるなら、せめて薪は自分の味方になってやれよ」
 この手の行動が薪にとっては最大のタブーだということを鈴木はさっき認識したばかり、でもそんなことはすっかり頭から抜け落ちていた。

 鈴木の抱擁を、薪は解こうとしなかった。鈴木が髪を撫でても背中を擦っても、動かずにじっとしていた。時間とともに理性を取り戻した鈴木が腕の力を緩めて彼に自由を返すと、今度は自分の意志で彼は鈴木の胸に顔を埋めた。
 こういうことをするからこいつは誤解されるんだ、と鈴木は頭を抱えたくなった。薪はボロボロに泣いていて、多分泣き顔を見られたくない、それだけのこと。彼は言葉が足りないからその行動が思わせぶりに見えるが、根っこは意外と単純だ。でも常に彼の傍にいて、彼の無意識の誘惑に晒され続けた人間にそれを理解しろと言うのは難しい。
 好意が人を傷つける。抱いたものも受けたものも傷つける。それを上手にやり取りすることで人間の社会は成り立っている。
 授業では教えてくれない大事なこと。不親切ではなく、教えようがないのだろう。こうして思いをぶつけ合って、実地で覚えていくしかないのだ。不器用で頑固な薪がそれをマスターするには、人の倍も時間がかかりそうだ。
 泣き続ける薪の背中を撫でながら、長い付き合いになりそうだと鈴木は思った。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。


リプ、ありがとうございます。
そうなんですよ、最近ツイッターやってる余裕がなくって。
最初は妄想のために籠ってたんですけど、現在は仕事です。入札7件も重なっちゃって。内訳書作りに大わらわ(@@)


で、青木さんの話ですね。

>青木が普通の人って言ったのは特に初期の頃のイメージが強いからです。

ああ、確かにそうですね~。
エンドゲームが始まる前までは、とても優秀でありながら少々無鉄砲かつ直情径行型ではあるものの、普通の若者として描かれていたと思います。
そして、「(すごいことをしてても)雰囲気は、親しみやすくて普通の人っぽい感じがやっぱりしていて、そこがまた青木の良さだなとも思います」というSさんのご意見、まるっと同意です。わたしもそう思います、と言いますか、青木さんが本当にすごいところはそこだと思います。

肉親を殺されても相手を恨まなかったり、自分に向けられた銃に向かって行ったり、過去を見て来たわけでもないのに家族が欲しいと言う薪さんの本音を見抜いたり。
彼は本当にすごいことをしてる、なのに、自分がすごいことしてるって全然思ってない。

努力すればわたしにもできるかもしれない。具体的には仏門に入る、勇気を振り絞る、相手を理解しようと努める。
普通の人間がそうやって、人によっては一生かけて勝ち取るような美徳を彼は精進と言う意識もないままに手にしてしまう。そのせいで自分がすごいことしてる意識もないんだと思う、だからイメージが普通のままなんだと思う。

意識せずして美徳を持ちうると言うことは、つまり彼が本物であることの証明だと思うのですよ。
芸術でも言葉でも、本物(真実)は人の心を動かすでしょう。だから薪さんの心も動いたし、彼によって救われて行ったんだと思う。

そんな具合に、青木さんマンセーのしづが出来上がったのでした(^^

Aさまへ

Aさま。


>両親が殺された時、犯人を検挙できなかった警察に不甲斐無さを感じて薪さんは警察官を目指したんでしょうか。

ああ~、考えられますねえ。
警察が頼りにならない、と思ってしまったのも無理はないと思います。捜査がされた結果嫌疑が晴れたのでしょうけど、あの状況でどうして澤村さんを疑われないのか、傍目には不思議なくらいでしたものね。


>鈴木さんは薪さんが能力を発揮できるように一緒に入庁したのでしょうか。

やっぱりそうなのかな。
官僚にも階級があって、財務省が一番なんですよね。その下に法務省や他の省があって、警察庁は割と下の方だから、東大首席次席が揃って入庁したら周りのみんなは驚いたと思うんですけど。
そういうエピソードもあったかもしれませんね。「その成績で警察庁希望?」と言う学友に向かって、「仕方ないだろ。薪が警察庁に行くって言うんだから」みたいなww


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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