ライン(1)

 鈴薪さんは青薪さんにつながっていく、と言うのがわたしの信念です。
 ので、あとがきは青薪さんです。←単なる青薪欠乏症だったりして。







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 大森駅に降りたのは十年振りだった。

 休日に買い物に出た折、青木が中華街でランチを食べたいと言うから京浜東北線で横浜まで来た。帰りの電車の中で、先日訪れた青木の実家の話になった。
「とんだ田舎で恥ずかしかったです」と彼が照れ笑いしたから、僕の実家も大して都会じゃなかった、と薪は言った。
「どんな所だったんですか?」
 興味津津、青木は訊いた。吊革の取っ手ではなくバーを握って、身長の高い彼はその方が安定するらしい。彼の背丈を羨ましく思いながら、薪は質問に答えた。
「普通だ」
「普通って言われても」
「本当に普通の町なんだ。何処にでもある」
 何の特徴もない町だった。中流の民家が建ち並んでいて、徒歩で通える範囲に小学校から高校まであって。公害を出すような工場等はなかった。その代わり、大きなショッピングモールやビルもなかった。そう言った生活に便利なものは駅の東側に集中していて、薪が住んでいた西側には目立ったものは何もなかった。
「場所はどの辺なんですか?」
「次の駅を降りて徒歩25分」
 言ったが最後、強引に途中下車させられた。帰って読みたいミステリー小説があったのに、青木の自分勝手にも困ったものだ。いったい誰の影響だか。

 十年振りの故郷はびっくりするくらい変わっていなかった。
 駅前は再開発が進んで知らない街のようになっていたが、10分ほど歩くとタイムスリップでもしたかのように、古臭い街並みが残っていた。道の左右には見覚えのない家が何軒も建てられていたものの、全体的な空気は昔と同じだった。

「ここ」
 薪が指し示した場所には何もなかった。木杭にチェーンを張って立ち入り禁止であることをアピールしている更地。両側には新しい家が建っているから、そのうち此処にも誰かが住むことになるのかもしれない。
 叔母夫婦がアメリカに旅立って7,8年した頃、あちらに永住することになったと連絡が来た。日本の家をどうするか叔父と話し合って、処分することに決めた。彼らがそこに住まないなら、家は只の器だ。思い出のために保存しておけるほど裕福ではないし、税金もバカにならない。

「ちょうどあんな感じの家だった」
 道の向かいに建っている築50年くらいの古びた民家を指さし、青木の反応を見る。へえ、と青木は眼を輝かせ、何が嬉しいのかニコニコと笑った。
「あんな感じのお家に小さい薪さんがいらしたんですね」
 何を想像しているのか、青木は夢見るような瞳でいっそうっとりと視線を虚空にさまよわせながら、
「あああ、すっごいかわいい……きっとご近所中のアイドルだったんでしょうね」
「いや。女みたいで気持ち悪いって苛められてた」
「え。本当に?」
 ああ、と薪が頷くと、青木は憤慨して、
「この辺の子供はクソガキばっかりだったんですね」
 口が悪いぞ。誰の影響だ。

「悪いやつばかりじゃなかったさ」
 顔が女みたいだという理由で苛めを受けるからには、その内容も自ずとセクシャルなものになる。ぶっちゃけて言えば、よくズボンを脱がされた。「こいつ女じゃねーの、確かめてみようぜ」と誰かが言い出して、それは3日前にも確かめたじゃないか覚えてないのかこいつら本当にバカだな、と心の中では精一杯相手を罵っていたけれど、実際はめそめそ泣いてた。
 そんな薪を助けてくれたのが、佐久間忍という幼馴染みだ。
 彼は幼い頃からスポーツ全般に秀でていて、子供たちの間ではちょっとしたヒーローだった。性格は明朗快活、思いやりがあって公平。薪とは家が近くて、だから少しだけ他の子よりも眼を掛けてくれたのかもしれない。

 目的の場所を青木に教えたら、もうすることもなくなって、駅に向かって歩く途中にその幼馴染みの家があった。
 佐久間の家は、新しく建て直されていた。あの頃は二階建てだったが、今は三階建てになっている。庭もきれいに手入れされていて、豊かな生活を送っているようだ。
「知り合いのお宅ですか」
「……旧い友だちだ」
 すぐに答えられなかったのは、彼を友人と称することに迷いがあったからだ。佐久間とは高校生の時に絶交していた。
 子供の頃から何度も助けてもらったのに。でもあの時は、どうしても彼を許せなかった。

「寄り道されるなら、オレ、何処かで時間潰してきましょうか」
「まさか。二十年も連絡とってなかったのに、急に訪ねて行ったら迷惑だろ」
 彼に会う気なんかさらさらない、ていうか、どんな顔で会えばいいのか分からない。何度も謝罪に来た彼を薪は拒絶した。その理由を考えると、もうどのツラ下げてって感じだ。
 自身の狭量のせいで僕は彼に会う資格も失ってしまった、と薪は思い、重苦しい気持ちになった。

「オレ、小さい頃は田んぼのあぜ道を走り回ってましたけど。薪さんは何して遊んでたんですか?」
「遊んだ記憶はあまりない。一人で本を読んでいることが多かった」
「友だちと遊ばなかったんですか?」
「だから言っただろ、苛められてたって。一緒に遊ぶ友だちなんかいなかっ、……その角を曲がると小さな公園があって。そこで偶にさっきの家の子と遊んでた」
 正直に言ったら青木が、まるで自分が苛められっ子だったみたいに悲しそうな顔になったので、慌てて薪はフォローを入れた。通行人は少ないとはいえ皆無ではない。泣き虫の大男を連れて歩くなんて願い下げだ。

 遊び道具など何もないつまらない公園だぞ、と何度も念を押したのに、青木が見たいと言い張るので仕方なく案内した。
 公園は薪の記憶とは違って、新しく整備されていた。大きな砂場に整えられた樹木、遊具もたくさん置いてある。最近の子供はテレビゲームばかりして外に出ない、それは周辺に遊べる環境がないからだ、という説を基に、どの地方公共団体も公園事業に力を入れているそうだが、過剰な整備は税金の無駄遣いだと薪は思う。大人が環境を整えてやらなくたって、子供は遊びの天才だ。何もない原っぱを一瞬で劇場に変えられる。今の子供たちに足りないのは整備された遊び場ではなく、想像力ではないかと思う。
 子供の想像力の先回りをして大人が何でも与えてしまうから、空想を膨らます訓練ができないのだ。その証拠に見ろ、田んぼの真ん中で育った男のドリーマー精神の強いこと。こういう人間がストーカー犯罪を起こす、ってダメじゃん。
 持論に破綻を覚えて薪は思考するのを止めた。休日は頭をオフして堅苦しいことは考えない。青木との約束だ。

「立派な公園じゃないですか。いいなあ。オレの田舎にはこんなのなかったです」
「僕がいた頃は何もなくて。そこに砂場と、あっちにブランコが」
 薪は息を飲み、その場に立ち尽くした。
 ブランコの手前の広場で、サッカーボールで遊んでいる子供の顔に見覚えがあった。父親と一緒にリフティングの練習をしている。その父親がこちらを見て「薪」と呼びかけた。
「佐久間……」

 バック&アウェイで逃げ出そうとする両脚を理性で縫い止める。会わせる顔がないと思っていた相手に会ってしまったとき、人はいったいどんな顔をすればよいのだろう。
 その答えは旧友がくれた。佐久間は薪に走りより、せっついた様子で、
「きみ、もしかして薪の息子さん?」
 バリッと引き攣った薪の隣で、青木がぷっと吹き出す。それを素早く蹴り飛ばしておいて、失礼な旧友に向き直った。
「20年ぶりに再会した友人にどういう挨拶だ、それは」
「えっ、本人?! まさか。高校の時と顔変わってな、あ、いやその」
 びきびきびきっと薪の額に立った青筋の本数に恐れをなしたのか、佐久間は自分の口を押さえた。改めて見直して、それが本人だと理解したらしく、ようやく表情を和らげた。

「懐かしいな。会えてうれしいよ、薪」
 何もなかったように、佐久間は笑った。薪は緊張に固まっていた肩の力を抜き、あの頃と同じように曖昧な微笑みを返した。






テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Nさまへ

Nさま。


青木さん、出ましたよー(笑)
ええ、この話までは読んでも大丈夫だと思います。
次からは読まない方がいいです、特に後編。「アイシテル」という作品名からして近付けない感じではないかと(^^;
前編の後にプチ青薪話が入りますが、その後はNさんには地獄じゃないかな、ていうか、
この話、あおまきすとさんは勿論すずまきすとさんにも怒られそうな内容なんですけどどうしたらいいと思います?←尋ねる相手を間違っている。


4コマは、
え、いいじゃん、べつに。
有言実行であることを万人に知らしめたいわけじゃないの~。自分が好きな人に「こいつ口ばっか」って思われたくなかったから持って行っただけなの~。
というわけで、
早く忘れてくださいしづの生き恥(泣)


Eさまへ

Eさま。
コメントありがとうございます。


え、薪さんが佐久間の家から帰るときですか?
それは多分、自分が着てきた服に着替えて帰ったものと……まだ濡れてたでしょうけど、そこは強引に着たと思います、でも、

>まさか、まさか上だけパジャマのまま...(涎)!?薪さん、帰宅するまでに100人くらいに襲われるのでは(゜ロ゜;

その方が断然面白いのでそっちがいいです。←


>薪さんも既に青木くんにあれやこれやされちゃってるので、過去の佐久間くんの所業なんて可愛いものさ、っと...思えないかな~。

あれやこれや(笑)
もう怒る権利ないですよね。てか謝らないと。
と言うわけで、二人は仲直りするのでした(^^

Sさまへ

Sさま。

お誘いの件、ただいま調整中です。(具体的にはオットのご機嫌を取っている)
がんばってます。調整できましたらご連絡しますね。
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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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