ライン(2)

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 旧友と肩を並べてベンチに座るのは、ほぼ三十年振りだ。
 高校生の時と変わらない、と薪に暴言を吐いた友人は、少年の頃の面影を僅かに残した大人の男性になっていた。あの頃と同じように短く刈り込んだ黒髪に浅黒い肌。黒い瞳は年月を経て、いくぶん細くなった。削げた頬に手入れの行き届いた顎鬚。俊敏な雰囲気だけは変わらない。いい年の重ね方をしていた。

「息子さん、佐久間にそっくりだな」
「ああ、あれは3番目。3人とも男の子なんだけどさ、あれが一番サッカーのセンスがある」
「佐久間の子供なら、みんな運動神経はいいだろうな。何年生?」
「4年生。もうすぐジュニア選手の選抜試験があるんだ」
 子供の練習相手は青木が務めている。長い脚を素早く動かして、子供が蹴ったボールを、あ、空振り。ダサいぞ、青木。
 思わず顔が綻んだ。青木の母親が「一行は子供の頃から球技が苦手だった」と笑っていたのを思い出す。彼女の談によると、テニスのネットに絡まって転ぶという器用な特技もあったらしい。

「薪と最後に会ったのって、ここに来る途中の道だよな。大学2年の時だっけ」
 薪も覚えている。それまでは実家に帰ると、待ち伏せでもされているのではないかと疑いたくなるくらいに彼と出くわせたのに、あれを最後に彼の姿を見なくなった。

「あの日おれさ、その、鈴木ってやつに」
「ああ。聞いたよ」
 佐久間は鈴木に薪の過去を話した。断りもなく他人に秘密を暴露されたことに薪は大層腹を立てたが、逆に鈴木が諌められた。
 話を聞いてやれと言われた。彼は心の底から後悔して、薪に謝りたいだけなんだと。
「鈴木に叱られた。謝罪に来てるのに話も聞かないなんて、狭量過ぎるって」
 薪を叱ってくれた親友は、もうこの世にいない。あの事件を佐久間は知らないのか、あるいは知っていて口にしないだけなのか。彼の性格から言っておそらくは後者だろうと薪は思った。

「あの時は本当にごめん」
 ジーンズの膝に両手をついて、佐久間は男らしく頭を下げた。休日のスタイルでパーカーにチノパン姿の薪は何処から見ても高校生。その彼に大の大人が頭を下げている様子は実に奇妙な光景だ。
 薪がいかに粘着質でも、20年以上も怒りを持続することは難しい。第一、彼と別れたのちに自分が歩んだ人生を思うと、怒る資格も消え失せる。人目もあることだし、「もう気にしてないから」と言って話を切り上げたかった。だけど堪えた。きちんと謝罪させてやらなかったら、佐久間の後悔は消えないのだ。
 言いたいだけ言わせてやろうと思った。当時あったことの何を聞いても、悲しみは蘇らない。あのとき全部、鈴木が溶かしてくれた。
 おずおずと顔を上げた佐久間を、薪は瞳で促した。部下の悩みを聞いてやる時の要領で、ゆっくりと頷いて見せた。果たして佐久間は、30年前に届けられなかった言葉を薪に伝え始めた。

「薪はそんなつもりじゃなかったのに、おれが勝手に誤解して。薪にしてみればあり得ないことだったんだよな。男と恋愛沙汰なんて」
 ……すみません、その3年後に鈴木とデキちゃいました。
「薪は普通に女の子が好きだったのに」
 それは間違いではありませんがごめんなさい、今現在あそこにいる男と付き合ってます。
「考えてみたら失礼な話だよな。同じ男に欲情するなんて」
 申し訳ありません、彼とは週に2回は、……もう勘弁してください。
「人間としてしちゃいけないことだった。恥ずかしいよ」
 ねえ、わざと? それわざと言ってるの、佐久間くん。
「今考えると、とても正気だったとは思えな……どうした? 薪」
 耐えきれなくてベンチに突っ伏してしまった。佐久間は昔からこういう奴だ、悪気はなくても空気が読めない。

「お父さん。あのおじさん、トロくて練習相手にならない」
 サッカーボールを小脇に抱えて走ってきた子供が、佐久間に向かって訴えた。伏せた腕からちらりと覗けば、しゃがんで地面にのの字を書いている大男の姿。
 情けないぞ、青木。

「すぐ行くよ」と佐久間は笑って、先に広場に戻るように息子に命じた。薪がベンチに座り直して子供が走っていく方向を見ていると、彼に免職を言い渡された見かけ倒しのストライカーが、とぼとぼとこちらに歩いてきた。
「あいつ、球技は苦手なんだ。剣道だったら好い線行くんだけど」
「へえ。ずいぶん年が離れてるみたいだけど、彼は友人?」
「いいや。青木は僕の、……部下だ」
「え。だって今日休みなんだろ。休みの日でも部下と一緒?」
「そ、それはそのっ、か、彼はつまり僕のボディガードで、公私共にその」
 しまった、と薪は思った。頭をプライベートモードに切り替えたのがまずかった。対外仕様の言い訳が上手くできない。しかし、
「ボディガードか。さすがだな、薪は」
 佐久間は感心したように頷いてくれた。旧友の変わらぬ素直さに救われた思いで、薪はそっと胸を撫で下ろす。

「薪。ちょっと性格変わったな」
「そうか?」
 言い当てられたのは少しショックだった。成長するに従って性格が捻じ曲がったのは自覚していた。だけど今日の相手は少年時代の友人。あの頃のような純朴な気持ちで彼に接していたつもりだった。
 曲がった性格は隠しても滲み出るのか、と薪がいささか凹むと、佐久間は昔と同じ爽やかな笑みを浮かべて、
「うん、変わった。おれといた頃よりも砕けた感じ。いい感じだよ」
「朝から晩まであのバカと一緒にいるからな。バカが伝染ったんだ、きっと」
 性格の悪さを見抜かれずに済んで安堵した薪は、苦笑して軽口を叩いた。実際、青木の影響力は大きい。毎日毎日何がそんなに楽しいのか、笑ってばかりいる。そんな彼を見ていると、この幸せを守るためにはどういった行動を取るのが正解なのかと家の近所を歩く時ですら恐々とする自分がバカらしくなってくる。薪さんは考え過ぎです、と青木は言うけれど、おまえが何も考えないから僕が考えなきゃいけなくなるんじゃないか。なんか腹立ってきた、帰ったら苛めてやる。

 青木を泣かせる方法をあれやこれやと考える。自分がその時どんな表情をしていたのか薪は知らない。でも佐久間に言われた。
「今は、幸せなんだな」
「まあそれなりに」
 青木とも青木の家族とも上手く行ってる、仕事も順調、第九の検挙率も好調。職務に関するトラブルはたくさんあるけど、それを解決するのが今の薪の仕事だ。それは不幸とは言わない。
「よかった。薪が元気にやってて、本当によかった」

 痺れを切らした3男坊が、お父さん、と非難がましい声で父親を呼んだ。「それじゃ」と立ち上がる佐久間を、今度は薪が呼びとめる。
「佐久間」
 薪の呼びかけに佐久間は足を止めた。やおらに振り向く。
「子供の頃、何回も助けてくれてありがとう」
 振り返った佐久間の眼が眩しそうに薪を見る。薪は立ち上がって彼に近付き、パーカーのポケットから名刺入れを出した。
「今度、時間あったら一緒に飲もう」
 連絡先、と名刺にプライベートの携帯番号を書いて差し出すと、佐久間は複雑な顔でそれを受け取った。
「変わんないなー、そういうとこ」
「え」
「そんなんだからおまえは」
 敵わないよなあ、と嘆かれたが、薪には何の事だか分からない。少し離れたところに立って薪たちが話し終わるのを待っている大男の方から刺々しい秋波のようなものが送られてきた気もするが、もちろん薪に心当たりはない。

 佐久間はチラッと青木の方を見て、失笑しながら言った。
「もしかすると、おれにも可能性あったのかな」
「可能性って、何の?」
 それには答えず、佐久間は薪に手を振ると息子の待つ広場に駆けて行った。「お父さん、遅いー!」と不満を訴える子供の声を聞きながら、薪は青木に歩み寄る。

「待たせたな。帰るか」
「はい」
「夕飯、なに食いたい?」
「そうですね。昼は麻婆豆腐だったから、夜は酢豚がいいです」
「2連チャンで中華食ったらブタになるぞ。おまえ、最近ハラ出てきた」
「そういう薪さんだって。ベルトの穴、一つ増えましたよね」
「年のせいだな。四十過ぎりゃ誰だって」
 ふと気付いて薪は言った。
「そうか。佐久間にこの腹を見せればよかったんだ。そうしたら高校生の体型じゃないってすぐに分かって」
「……今夜は覚悟してくださいね」
「ん?」
 自覚ないんだから、と青木はブツブツ言うが、薪にはさっぱり分からない。多分、世代の差ってやつだ。

 子供が蹴り飛ばすサッカーボールの軌跡を眼で追いながら、同時に佐久間は去っていく旧友の背中を見送る。広いフィールドで敵と仲間の居場所を瞬時に見分けながらボールを蹴っていた彼には容易いことだ。
「青木くんか。彼も苦労するな」
 飛んできたボールを器用に脚で受け止め、蹴り返しながら彼はにやりと笑った。




*****


 青薪SSになると薪さんが一瞬で男爵に(笑)




 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。

バレバレっすねww

4コマは、
描いたんですけど、うちのスキャナPDFでしか読めなくて、アップができないのね。
20年ぶりに描いた絵なので色々ひどいのですけど、
もしも月末にお会いできたら、その時にお持ちしますです。

Aさまへ

Aさま。

>佐久間君はやっぱり、気づいてましたね(^^)

こんなに簡単にいろんな人にバレちゃって、うちの青薪さん大丈夫なんでしょうか(笑)


薪さんに飲み友達は、
うーん、うちの薪さん、酔っぱらうとキス魔になるんですよね。だから岡部さんだけに絞っておいた方が無難だと思うんですけど。


>次回からどう、展開するのか

展開、するのかなあ?
この話、鈴薪さんの時にできなかったこと、心残りだったことを青薪さんで回収すると言うのが目的でございました。ので、これはこれだけの話のつもりで。
お互い伴侶がいることですし、飲むとしても青木さんが絶対に付いてくると思うので、発展はしない予定です。
面白みのない未来ですみません(^^;
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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