ライン(3)

 あとがき代わりの青薪SS、これで最後です。
 お付き合いくださってありがとうございました。


 



ライン(3)





 家に帰って夕飯の支度をした。

 並んでキッチンに立って、青木は野菜を洗い、薪はそれを刻む。軽快な包丁の音が響き、クッキングヒーターの上では薪特製酢豚のタレが芳香を立ち上らせる。
 食欲を刺激する芳醇な香りの中、青木が薪に話しかけた。
「あの方とはどういったお知り合いだったんですか」
「佐久間は僕の」
 幼馴染み、と言いかけて、薪は口を噤んだ。青木の声に含まれた微かな刺に、先刻の秋波の正体を知る。青木は、彼と薪との間に何かあったのではないかと疑っているのだ。
 年下の恋人の可愛いやきもち。汲んでやらなかったから男がすたる。

「僕のファーストキスの相手だ」
「えっ!」
 なんでそんなに驚くんだ、予想してたんじゃないのか。
「舌、入れられました?」
 青くなって聞き返す。質問の内容に眩暈がした。
「そこ、気にするところなのか」
「キスだけですよね? その先はするつもりなかったんでしょう?」
「だからどうしてそんなに気にするんだよ。ガキの頃の話だぞ」
「だって薪さん、昔、男には興味ないってオレにはさんざん」
「今も興味ないけど」
「ええーんっ!」

 先のことなんてあるわけないだろ、と言い掛けて薪は、そこに微かな引っ掛かりを覚える。
 あの当時、自分は彼のことがとても好きだった。佐久間の他に友と呼べる人間はいなかったし、好きか嫌いかと訊かれたら迷わず好きだと答えた。級友たちの心無い陰口や侮辱に晒される時も、佐久間だけは本当の自分を理解してくれている、という確信は薪の大きな支えになっていた。
 いきなり求められて、例の体育教師のことを思い出した。それで怖くなって突き放してしまったけれど、もっと時間を掛けて触れ合ったら。友人とは別の関係に発展していたかもしれない。

「少しだけ恋してたのかな。顔見たとき、ちょっとドキッとした」
「薪さん、オレの顔はどうですか? ドキドキしますか?」
「見慣れ過ぎてもう何も感じない」
「うわーんっ!」
 ウソだ、バカ。
 同じ家に暮らしてて、今日なんか朝から晩まで一緒にいて、なのにこうして野菜の受け渡しの時にちょっと手が触れたりする、そんなことでときめくとか自分でも気持ち悪いと思うけど自律神経の問題なんだから仕方ないだろクソバカヤロー。

「オレなんかこうして、薪さんの顔をじっと見るだけでドキドキするのに。ほら」
 急に顔を近付けられてドキッとする。遠慮なく取られた手が青木の厚い胸板に押し当てられた。手のひらに伝わる鼓動は、薪と同じエイトビート。
「医者に行け」
「うええええんっ!!」
 しくしく泣きながら人参を茹でる大男を横目で見やり、薪はニヤニヤ笑う。やっぱり青木を苛めるのは最高に楽しい。

 酢豚に絡める甘酢ダレの酢を微調整しながら、薪は考える。

 佐久間とはあれでよかったんだ。
 もしも僕が彼の恋人になっていたら、多分鈴木とは恋仲にならなかった。そうしたら僕は鈴木を殺めることはなかったかもしれない、でもその代わり、青木ともこんな関係にはならなかっただろう。
 それはちょうど川の流れの中で、上流で切り取られた岩の欠片が下流に行くにしたがって丸みを帯びるさまにも似て。
 さまざまな経験の積み重ねが現在の僕を作っていて、どれ一つ欠けても今の僕にはなれないのなら、僕は僕の人生のすべてを認めよう。過ちだらけの僕の軌跡、掘り起こすほどに眼を背けたくなる。それでも僕は、30年掛けてこの場所にたどり着いた。
 鈴木のことを想うと当たり前のように息ができなくなるけれど。
 でも、僕を僕が肯定しなかったら、今の僕をこんなに愛してくれる青木に申し訳が立たない。

「どうだ、タレの味」
「美味しいです。ああ、困っちゃうな、本当に太りそう」
「食った分だけ運動すればいいんだ」
「え、夜の運動ですか? もしかしてオレ、誘われてます?」
「当然だ。おまえ以外、僕の相手はいない」
「え、え、どうしちゃったんですか。薪さんたら急にそんな嬉しいこと」
「食ったら道場に行こう」
「…………はい」
 しょんぼりと背中を丸める青木の横で、薪は器用に鍋を振る。黒い中華鍋の中、ピーマンとパプリカでカラフルに彩られたメインディッシュが極上の甘酢ダレに抱かれてジュウッと音を立てた。





(おしまい)



(2013.6)







テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Aさまへ

Aさま。

酢豚、お好きですか?
わたしは実は酸っぱいの苦手で~(^^;) 中華なら八宝菜派です。


>二人の掛け合い最高!勿論、ベッドの上の運動もあるんでしょう(〃▽〃)

この二人になると途端に掛け合い漫才になっちゃうんですよ。なんでですかね?(笑)

ベッドの上の運動は、
どうでしょうね、うちの薪さん淡白なんで。
柔道でいい汗かいたら今夜は爆睡じゃないでしょうかww


>薪さんが今迄起きた事をこんな風に達観して自分を許すことができたらいいですね(^^)

ねえ。
鈴木さんのことだけは無理でも、その他のことに関しては「これでよかったんだ」って思って欲しいですね。
特に青木さんに恋をしたことを後悔して欲しくないです。

Sさまへ

Sさま、こんにちは。


Sさまのブログはずっと拝読しております。
Sさまには心重い日々が続いてらっしゃることと拝察しますが、その中でもランチの記事のようにホッとする記事を上げていただいて、こちらも眼でお料理を楽しむことができました。ありがとうございました(^^


過去記事に拍手も、ありがとうございます。
Sさまにはいつも励ましていただいて、感謝してます。



>こちらの鈴木さんは、原作の鈴木さんとほぼ同じ方のように感じます。

そ、そうですか?
いやー、わたし、原作の鈴木さんがあんなに優秀だとは思ってなくて、凡人設定で色々書いちゃいましたケド(^^;


>鈴木さんはもう激しく爽やかで、今風で、軽いけど優しくて、でもきっとやるときはやる男で、男にも女にももててみたいな好男子の典型っぽいタイプ

あ、これはそうですね。同意です。
青木さんと同じで、薪さんとは逆のタイプだったと思います。
そして、
アホでも青木さんが好き、と言うご意見にも同意です~。アホの方が書きやすいしww




>この文章、すごくどっきりした。

誰でも思いますよねえ。もし、あの時この道を選ばなかったら、今の自分はどうなっていたんだろうって。
Sさまのおっしゃる通り、後悔の「もし」は無意味だとわたしも思います。後悔しても現状が変わるわけじゃないですものね。
ただ、それは難しいんですよね。
今の状況がしんどければしんどいほど、自分の選択を肯定するのは難しいと思います。

この薪さんだって、青木さんのおかげで幸せを感じられる状況になったからこそ認められるのであって、鈴木さんを殺めてしまった直後は自己否定の嵐だったわけですし。
だから、
Sさまが今ご自分の選択を認められないからと言って、それはSさまのせいではないと思います。


青木さんみたいな人、いたらいいですよね。ちょっとウザイですけどね(笑)
きっと自分に自信が持てる。この人がこんなに自分を愛してくれるんだから、自分には価値があるんだと思える。彼のためだけにでも、自分は生きてていいんだと思える。
そういう人と巡り合えた薪さんは幸せだと思います。


恋愛は、
あら、そんなことないと思いますけど。
ていうか、Sさん、メンクイだからな~~。
hydeさんや薪さんに比べたら、普通の男は霞んじゃいますって。

人が怖い、というSさまのお気持ち、分かります。恋愛からもブログからも遠ざかってしまうお気持ちも。
でも、何年も経って気持ちが癒えたら、やっぱり伴侶は見つけてほしいかな。
燃えるような恋愛感情がなくても、穏やかに笑い合える相手と一緒に暮らすのっていいですよ。つまんないことでも、気軽に言える相手がいるっていいです。そういう人を見つけて欲しいです。


>薪さんにセーラー服、ありでいいです(笑)

マジっすか?
いや、20ページくらいは書いたんですけどね、あまりにもリアリティがなくて、挫折してたんです(^^;
もう少し現実味が出るように練り直して書き直そうと思ってたんですけど、なんか億劫になっちゃって~、でも、
SさんにGOサインいただいたので、頑張ってみようと思います。
ありがとうございました(^^


管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: