今年も強制連行されます、東京モーターショー。
わたしは車には興味がないのですけど、オットが好きなんですよね~。
普段はわたしの後に着いてくることが多いオットが、この日ばかりはわたしの手を引いてぐんぐん歩きます。草食系の彼が、2年に一度だけ肉食系になる日です(笑)
と言うわけで、行ってまいりまーす。
アイシテル 後編(4)「もう、どこ行っちゃったのよ。克洋ー」
家の中から消えてしまった鈴木を探しに、美香は外に出た。この世界はさほど広くはないが、人ひとり隠れる場所はいくらでもある。
小さな池や原っぱや森の中を探し回って、その何処にも鈴木がいないことを確認すると、美香は一旦家に帰ることにした。彼が此処から出て行ったのなら、彼の荷物が無くなっているはず。自分が存在している以上それはあり得ないと思ったが、念のためだ。
「ああ、疲れた」
歩くことに慣れていない美香は、家に帰り着くと同時に玄関先に座り込んだ。ちらりと下駄箱を見る。中には彼の靴が入っていた。大丈夫。消えてしまったわけじゃない。
と、彼女が安堵したのも束の間。
「……なにそれ」
指を指す手が震えた。信じたくない光景が目前に広がっていた。
リビングのソファに腰かけた情人は、一人の人間を腕に抱えていた。とても美しい青年で、なんて説明するまでもない。鈴木が毎日ストーキングしていた男だ。
「薪だよ」
それは知ってる。美香が訊いているのは、彼がどうして此処にいるのかということだ。
「さらってきちゃった」
「はああ~~?!」
事情を聞いて、美香は悶絶しそうになった。
あの追突事故で薪は即死。鈴木が現場に駆け付けた時は、自分が死んだという自覚どころか意識もないままに、天国に向かってふわふわと昇って行く途中だったらしい。それを勝手に持ってきてしまったのだ。
無論、これは重罪だ。
生物が死ぬとその魂は天界に集められ、魂管理局によって番号を割り振られ、その身柄は管理局で保護(管理)されるようになる。彼らは管理局が治安を保証する管理地内でのんびりと過ごし、次の身体に入る日を待つのだ。
輪廻転生と呼ばれるそれは厳格なまでに平等なシステムで、あくまでも番号順に処理されるから次にまた人間になれるとは限らない。動物たちはおしなべて恭順だが、人間の中にはそれを拒否する者もいる。人間以外のものにはなりたくない、という人種だ。
魂魄と管理局の間に利害関係が発生すると卑劣な手段でもって自分の望む転生を遂げようとする輩が現れそうだが、それはない。何故なら管理局は魂のナンバリングと管理を行うだけの役所に過ぎず、転生先は神のみのぞ知る、なのだそうだ。神さま相手に取引をしようと言う人間はさすがにいない。
人に生まれ変われないなら幽体のままでいい、と言い張る人々は独自のエリアを持ち、そこで過ごすことが一応は認められている。鈴木もその中の一人だが、それは極々少数派だ。幽体のままでは長くは生きられない、否、存在することができないからだ。
幽体は精神体であるから、精神力が切れると自動的に消滅してしまう。いくら生きることに執着の強い人間でも、たった一人で一年も暮らすと生きることに嫌気が差してくる。ここには地上ほどの刺激はないし、しなければいけないこともない。そんな理由から、単独でエリア内に住むものは長生きしない。鈴木は特殊な例だ。
同じ少数派同士で交流を持てれば生活に張りもあろうが、それは規約違反になり、即刻エリア外、つまり地獄に追放される。この辺が管理局のあざといところだ。地獄で苦しい思いをしたり完全に消滅するよりは、自分たちの管理下に入って多くの同胞と楽しく過ごし、やがて来る輪廻を受け入れて次の生を生きる方が賢明だという構図を作っているのだ。
天界のシステムは一旦措いて、問題は目の前のバカだ。天界へ向かう魂を途中で拝借するなんて、犯罪史でも初めてのことじゃないだろうか。
「あんたそれ、地獄行き確定」
「だって。放っておいたら薪が死んじゃうだろ」
「それは寿命ってやつでしょ。ただでさえ異端ってことで睨まれてるのに、連中の管轄に手を出したりして。どうなることか」
「違うよ。今回のこれは間違いだ」
なんの根拠があって、と尋ねる美香に、鈴木は自分が行動を起こすに至った動機を説明してくれた。要約するとこんな話だった。
鈴木は、彼の寿命がこんなに短くないことを知っていた。此処に来る前、管理局の担当者に教えてもらったのだ。薪が天界にやってくるのは鈴木が想像もつかないくらい先の話、厳しい修練を積んだ修行僧ならともかく普通の人間には耐えきれない、それくらい長い時間の後だと。
鈴木はまだまだ彼を待つことができる。ならば今回のこれは間違いだ。
「バカ? ねえ、あんたバカなの?」
そんなのは鈴木を輪廻に加わらせたい管理局の方便に決まっている。それが彼らの仕事なのだから。
確かこの男は日本の最高学府の出だったはず、しかも優秀な捜査官だったはずだ。それがそんなことも見抜けないなんて。人間アタマ使わないとどんどん衰えるわね、あたしも気を付けなきゃ、と美香は独りごち、腰に手を当てて豊満な胸を反らした。
「連中、髪の毛逆立てて来るわよ。その子渡して、すみませんでしたって謝っちゃいなさいよ」
「ご冗談。せっかく薪に会えたのに話もしないで別れるとか、あり得ないっしょ」
あり得ないのはあんただよ。
「空爆されるかもよ」
「そんなわけないじゃん。だって彼らは魂を守るのが仕事なんだから」
なんて緊張感のない男だ。管理地に入らない人間の魂を彼らは守る義務がない。それがナンバリングを拒否することによって生じるデメリットの一つ。生まれ変われないと言う最大のデメリットに比べれば大したことではない。ここには地上のような危険はないからだ。しかし、自分たちの管理システムを乱されることを彼らは嫌う。原因を排除しようと躍起になるはずだ。システムに加わろうとしない鈴木は反乱分子のようなもの、その身上で今回のような騒ぎを起こしたら。彼らは異端そのものを排除しようとするのではないか。
美香がその危険性をいくら諭しても、鈴木は聞く耳を持たなかった。
「あああ、こんなマダオがあたしの恋人だなんて情けない」
「オレ、おまえの恋人になった覚えないけど」
「はあ? あれだけ好きだの愛してるだのって、てか、さんざんやっといてなにその言いぐさ」
「それはお互いさま。いいじゃん。美香ちゃんだってイイ思いしたんだから」
「っざけんじゃないわよ! よくも弄んでくれたわね。覚えときなさい、ロクな死に方しないから」
捨て台詞を投げつけ、美香は足を踏み鳴らして家を出て行った。けたたましい音を立ててドアが閉まる。家に残された鈴木は、腕の中で眠り続ける薪の髪を愛おしそうに指で梳きながらクスクスと笑い、
「うん、当たってる。ロクな死に方じゃなかったよ」
テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学