アイシテル 後編(7)

 再会の鈴薪さんに拍手をありがとうございます。
 この先はわたし的に最高萌える展開となっております、が、きっとすずまきすとさんは勿論あおまきすとさんにもブーイング必至なんじゃないかと要は人間的にそれはどうよ的な展開ってことで誠にすみませんです、謝りますので怒らないでください。





アイシテル 後編(7)






「食事が済んだら散歩に出たい」
 食後のコーヒーを飲みながら薪がねだった。鈴木は素早く思考を巡らせる。反論を組み立てて、卵焼きを飲み込んだ。
 起きたら昼を過ぎていて、太陽が高く昇っていた。窓からは野原と小さな森と青空が見える。散策には持ってこいの風景だ。しかし。
「家の外はちょっと」
「どうして」
「誰かに見られたら」
「此処に鈴木以外の人間がいないことは立証したと思ったけど」
「実は外の空気は有害で」
「昨夜、窓開けっ放しだったろ」
 薪は頭がいい上に理屈屋だ。鈴木が捻り出した咄嗟の嘘に納得してくれるような易しい相手ではない。それでも、何とかして彼をこの家の中に留めなくてはいけなかった。
 たった3日とはいえ、人間が生活する以上その痕跡を一つも残さないなんてことは不可能だ。薪に気を付けるようには言ったものの、実際にそんなことができるとは鈴木も考えていなかった。

 鈴木は薪が地上に戻った後、家そのものを消し去ってしまう心算でいた。このエリアの中にある人工物はすべて鈴木が作ったのだ。出すも消すも自由にできる。今だって、精神体には必要のない食事を一緒に摂りたがる薪のために、調理器具とキッチンを作ってやった。材料がいっぱいに詰まった冷蔵庫も。
 だが、エリアの土台となる大地や自然は管理局から与えられたものだ。鈴木の意志でどうにかできるものではない。そこに薪のDNAが染み込んだらどうしようもない。一つだけ、それを浄化する方法があるにはある。が、できればそれは避けたい。
 要するに、家の中なら何をしても家ごと消せるが、屋外では髪の毛一本落とせないと言うことだ。よって外には出られない。その事実を薪にどう説明するか。

 鈴木が難しい顔になると、薪はふっと肩の力を抜いて椅子の背に寄り掛かった。
「わかった。鈴木が困るならしないよ」
「そうしてくれると助かる」
「一つ確認、いい?」
 素直に引き下がった薪に頬を緩めたのも束の間、鋭く切り込む尋問口調に、鈴木はまたもや緊張する。薪の眼は鬼の室長のそれになっている。下手な回答は命取りになるということだ。
「僕はずっとここにいていいんだよね」
 テーブルに身を乗り出して、薪は尋ねた。真剣な声音だった。
 隠しきれないと鈴木は思った。この質問が出ると言うことは、薪は鈴木の本心に気付いているということだ。どちらにせよ、計画には薪の協力が不可欠だ。いくら新月の夜とはいえ、本人に帰る意志がなかったら鈴木の力だけでは障壁を突破できない。
 木製のダイニングテーブルの上で固く握られた拳を、鈴木は自分の両手で包んだ。小さいけれど、骨のしっかりした男の手。この手と同じように、薪は芯は強い。本当のことを告げて大丈夫だ。
「昨夜はあんなことになっちゃったけど。やっぱり薪は帰った方がいい」
 鈴木の言葉を予期していたのだろう。薪は表情を変えなかった。
「なんで」
 平坦な声だった。加えて完璧な無表情。鈴木が何を言っても首を縦に振らなそうだ。
「なんでって。ほら、これ見ろよ。胸が痛むだろ」
 論より証拠、百聞より一見だ。鈴木はパンを口に咥えたまま薪をベッドルームに連れて行き、床に設置したパネルに地上の光景を映し出した。

 病院のベッドに横たわる薪と、その隣で看護を続ける青木の姿があった。薪の手を両手で握ったまま、青木は身じろぎもしない。目は真っ赤で、顔色はひどく悪かった。食事も睡眠も満足に摂っていないのだろう。
 家にも帰らず、仕事も放り出して。常軌を逸した青木の献身ぶりに、勘のいい人間なら気付くだろう、二人がただならぬ関係にあること。
 思い知らされる。彼の薪に向かう愛情の、なんて真っ直ぐなことか。その潔さに嘆息する。彼はすべてを捨てて、親も兄弟も友人も、未来さえも捨てる覚悟で薪を愛し抜くことを選んだ。自分にはとてもできない。否、できなかった。

「彼にはおまえが必要だよ」
「大丈夫だよ。青木にはいい友だちがたくさんいるから」
「呑気なこと言うなよ。後追い自殺でもされたら寝覚め悪いだろ」
「いいよ。死んでも」
 鈴木はびっくりして顔を上げた。冗談でもあり得ないと思った。でも、事実はもっと衝撃的だった。薪は本気だった。
「僕は鈴木が望むならなんでもする。人殺しでもなんでも」
 薪は青木を見ていなかった。彼は鈴木だけを見つめていた。
 亜麻色の瞳に宿っているのは狂気でも熱情でもない、至極冷静で理知的な輝き。そのことが鈴木の背中をいっそう寒くする。彼を説得できる自信がまるで持てなかった。

「オレがいつそんな物騒なこと頼んだよ」
「自分を撃てって言ったくせに」
「頼んだのは胸じゃない。ここだ」
「そこは撃てないよ。僕と鈴木の思い出が消えちゃう」
 薪は膝立ちになって、鈴木の頭を胸に抱いた。
「僕の脳はとっくに汚い秘密で汚れてしまったけれど。鈴木のはきれいなままだった。だから壊せなかったんだと思う」
 美しい思い出が眠る美しい脳を。壊すのは忍びなかった。

 薪の心臓の音が聞こえる。誰かの心音を聞くのは、実に8年振りだった。
 自分が失ってしまったもの、でも薪にはまだ残っているそれ。この音を消してはいけない、失くしてはいけない。
 そう思うのに、抱き締められればその温もりを自分の元に留めたい気持ちにもなって。意志の弱さに落胆する。初志貫徹は昔からあまり得意じゃない。

「ああ、お腹いっぱいだな。ちょっと食べすぎちゃった」
 やや唐突に薪は鈴木から離れ、自分の胃の辺りをさすった。昨夜抱いた時も思ったが、薪は相変わらず細い。ウエストなんか片手で掴めてしまいそうだ。とても40過ぎの男の体形とは思えない。
「食べたのに排泄されないって不思議だな」
「実際に食べたわけじゃないから」
 どういうこと、と薪の瞳が問いかける。鈴木はこの目に弱い。洗いざらい喋ってしまいたくなる。昔、薪は犯人を自白に追い込む達人だと1課の友人に聞いたことがあったが、きっとそれはこういうことなのだろうと鈴木は幸せな勘違いをしている。
「このパンは物理的には存在しない。感覚で食べたと認識しているだけだ」
「バーチャルリアリティみたいなもの?」
「そう」
 だからいくら食べても腹は出ないぞ、と鈴木は手にしていた3枚目のトーストをかじった。
「つまり、錯覚ってこと」
「まあそんなものだな」
 て言っても、錯覚を起こす脳も実際にはないんだけどな。

 鈴木は笑ったが、薪は笑わなかった。真剣な瞳で鈴木を見つめ、自分の頬を両手で包んだ。それから鈴木に手を伸ばして、鈴木の肩に触れた。もう一度鈴木の頭を抱きしめた。髪に鼻先を突っ込んで匂いを嗅いだ。髪をひと房口に含み、味を確かめるように舌を動かした。
「薪くん。ハラ壊す心配がないからってオレを食べないでね」
「昨夜のことも?」
 薪が頭皮に唇を押しつけるようにして喋ったから。その言葉は直接脳に届いた気がした。
「あれも錯覚?」
「……そうだよ」
 返事をするのに時間がかかった。即答しなくてはいけなかったのに。鈴木は自分の解答を補完するために、ダメ押しの言葉を重ねた。
「妄想みたいなものだ」
 薪は鈴木から離れた。あんなに愛し合ったのに、それを錯覚だとか言われて悲しくなったのだろう。だけど、慰めるわけにはいかなかった。薪に、自分から地上に帰りたいという気を起させるためには。

 薪はダイニングに戻り、テーブルの上にバランスよく配置された皿を丁寧に重ね始めた。パンも卵も野菜サラダもきれいに食べつくされて、空っぽになった皿。でも本当は初めから何もなかった。薪が手にしているその皿さえも。
 効率よくまとめた食器を持って薪は、ベッドルームの床に座ったままの鈴木に背を向けた。
「鈴木には錯覚にすぎなくても。僕には現実だった」
 薪の背中はしっかりと伸びていた。鈴木の上司だった頃のように、細いけれど強い決意を秘めた背中。
「忘れるよ」
 その背中を斬りつけるように、鈴木は言葉を放った。
「地上に戻ればここでの記憶は全部消える。だから安心していい」
 流しに向かって歩きかけた薪の足が止まった。振り向くことはしなかったけれど、彼がどんな表情をしているか、鈴木には察しがついた。
「忘れない。絶対に」
 低い声で薪は言った。相変わらず頑固な男だ。自分の考えに固執する、悪い癖が直っていない。
「そもそも僕は、ここを出て行く気はない」
「薪」
 去ろうとした彼を、鈴木は呼びとめた。細い肩がびくっと上がった。が、薪は振り返ろうとはしなかった。
「オレが困ることはしないって言っただろ」
 突然、瀬戸物が割れる音がした。鋭く幾重にも重なり合うその音は、暴力的な加速度を伴っていた。薪が持っていた食器を床に投げつけたのだ。
「じゃあどうして連れてきたんだよ! 放っておけばよかったじゃないか!」
 激昂する薪を無視して、鈴木は右手をひと払いした。床に散らばったガラスや瀬戸物の欠片が一瞬で消えてなくなる。薪は狼狽し、咄嗟に出そうになった声を左手でくちびるごと押さえた。凄惨なMRI画像を見たときのように。

 薪は軽く目を閉じると動揺を飲み込んで、静かに訊いた。
「僕がいると鈴木が困るのか」
 うん、と鈴木は微笑んだ。我ながら上出来だと思った。
 食器が消えて仕事を失った薪の両手は、力なく両脇に垂れた。張りをなくした肩が落ちる。俯くと、前髪が彼の顔を隠した。
「気紛れに拾って可愛がって都合が悪くなったからって捨てるの、一番残酷だ」

 ――泣きそうだ。
 薪が泣きそうだ。こんな顔をさせたいのじゃないのに。

「薪」
 呼びかけた声に想いが滲み出た。

 愛しい薪。オレの薪。泣かないで。
 何度も何度も画面のこちら側から叫んだ、声が嗄れるまで呼び続けた。薪が現れて、届かなかった声が彼に受け止められたとき、オレがどんなに嬉しかったかわかるか。明後日には消える記憶だと知らされて本当に泣きたいのはオレの方だ。

 一瞬の綻びを、薪は見逃さなかった。ほつれた糸を全力で引いて、あっという間に鈴木の中に飛び込んだ。
 走り寄ってきた薪が自分に口づけるのを、鈴木は止められなかった。
「鈴木。僕を放さないで」




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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えあこさんへ

えあこさん。


鈴薪祭りお疲れ様です!
あやさんがツイッターにイラスト描いてくれたと思ったら、尚さんのブログでもSSの新作が。嬉しい限りですよね~! お祭り、始めてよかったですね!


>美しくて切な過ぎる鈴薪に震えます・・・!

わたしにとって鈴薪さんは、切なさから出来上がっていると言っても過言ではありません。
鈴木さんへの想いが成就しなかったこと、薪さんが鈴木さんを殺めてしまうこと、原作で公式になっているそれらが主な理由です。だからそれを薪さんの人生に取り戻してあげたくて、青薪さんに走ってしまうの。


この先の鈴薪さんは、
うーんとね、
わたし的には可能な限り、青薪も鈴薪も幸せ、な結末を模索したつもりです。少なくともこの鈴薪さんはハッピーエンド、になってると思います。
うちの話なので、途中どうしてもハラハラさせてしまうのですが、(ごめん! そういう話じゃないと書いてて楽しくないのー(^^;))
どうか最後まで、<了>の文字まで、お付き合いいただけると嬉しいです。

Aさまへ

Aさま。

>しづさんが最高に萌える展開といえば・・(тт)

ごめん!
ほんっと、Sでごめん!!(^^;


>何で薪さんは鈴木さんの頭ではなく胸を撃ってしまったのか? それは原作ではわからないままでしたね。

そうですねえ。滝沢さんの言ったことが本当かどうか、最後はあやふやにしてしまいましたものね。
あれに関しては、わたしは第一の脳と第二の脳で解釈が違ってまして。
第一の脳は、あの計画は杜撰すぎる。よって滝沢さんのブラフ。あの場面で薪さんを激昂させ、自分を殺すよう仕向けた。
第二の脳は、滝沢さんの言ったことは事実。薪さんはその優しさゆえにその言葉に疑いを持ってしまった。
お話的には後者かな、と思います。計画性とか現場検証とかリアリティが足りない気がしますが、少女漫画ですし。
ちなみに第三の脳は、あのシーンは青薪さんのハグ以外記憶にないそうです。<おい。



>青木が自殺しても構わないと言う薪さんは普通では考えられないけど極限の状態で選ぶとしたらやはり、鈴木さんなのかな。

ここはですね、鈴木さんの視点で書いてるから伝わらなくて当然なんですけど、薪さんは決して青木さんが死んでも構わないって思ってるわけじゃないです。むしろ、彼を信じている。「たとえ君が消えても」でそのことについて話しているので、青木さんは絶対にそんなことしないって信じてるんです。
薪さんのこの時の本音は、「僕は青木を信じてる。相手を守るために命を懸けることはあっても、殉死を選ぶような愛し合い方、僕たちはしてない」
そのことを鈴木さんに言わないのは、鈴木さんが薪さんの為に死んだ人だからです。鈴木さんは薪さんを守ったつもりかもしれませんが、現実的にはまったく守れてない。相手を守ると言うことは、生きて、傍にいて、相手が闇に堕ちないよう助けることです。守ったのは岡部さんであり、青木さんです。それが分かってる青木さんは、薪さんを追って死ぬようなことはない。
だけどそれを鈴木さんに言うのは酷ですよね。だから説明しなかったのと、実はこの時、薪さんはものすごく焦ってます。鈴木さんが自分を地上に送り返そうとしてるの、解ってるので。それでわざと鈴木さんを絶句させるようなことを言ったわけです。

とまあ、くどくど説明しないと分からない心理状態なんで、ここはスパッと、
「薪さん、ひどい! 冷たい!!」 と解釈してくださいww


Aさまへ

Aさま。

Aさま、勉強家でいらっしゃいますね~。
わたしも漢字検定受けました、2級ですけど。
その後、準1級の勉強しようかな~と思って参考書買った時点でくじけました。なんなんですかね、2級と準1のあの差は!! 試しにやってみたら200点満点で30点くらいしか取れなかったよ?!←バカ。

Aさまのお話を伺って、うんうんと頷きました。
そんなつもりじゃなかったのに人を深く傷つけてしまったこと、わたしもあります。気を付けてはいても、予想外の受け取り方をする方もいて。SNSやツイッターのお喋りは楽しいですが、言葉の限界に呻ることもしょっちゅうです。

引き換え、数式は完全にイコールで結ばれるところがスッキリしていいなあって。
世の中は曖昧で不確かなことばかりでしょう? そんなものばかり映している眼には、「=」記号は燦然と輝いて見える。
Aさまの恩師も、そんなお気持ちではなかったかと想像します。


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Sさまへ

Sさま。
お返事遅くなってすみません。


>しづさん、お誕生日おめでとうございます

どうもありがとうございます。
え、Sさん、わたしよりも年長の方でした?
……先日は色々と失礼申し上げてすみませんでしたっ(><)


>私がこういうところに行くことになって何か一つもらえるなら

わたしも同じです。断然図書館ですよね(^-^)


>あやさんの鈴薪イラスト

素敵でしたね~!
強気な薪さんに鈴木さんがちょっと焦ってる感じで。


>動じないで読んでます(免疫できた!)

Sさん、適応力がすんばらしいっすね☆
ハラハラドキドキは法十の売りなんで。思う存分心のアップダウンを楽しんでくださいね。

Sさまへ

Sさま。

> いやいや悪い夢を見ているに違いない

ごめん!
ホントごめんねっ。


>しづさんはあおまきすとのはず

はい、わたしは猛烈なあおまきすとでございます。
その理由は、原作の流れから言って、薪さんが青木さん以外の人間と人生を歩んだ場合、自身を肯定できるようになるとは思えないからです。個人的な解釈ですけど、薪さんは鈴木さんへの贖罪を青木さんを守ることで果たしているように感じます。すなわち、彼を一生守っていくことは、薪さんの十字架を軽くする。よって、薪さんには青木さんがベスト。
その他にも薪さんの生い立ちから、血の繋がらない家族を自らが構成することは、自分が誰かを幸せにできることを彼が知る絶好の機会であり、さらには青木さんとその姪は確実に薪さんの癒しとなってくれるはずであり、また彼らを守っていくことで薪さんは自分の価値を不当に過小評価せずに済むようになるのではないかと考えます。

な~んて、小難しい理屈を捏ね回して読んでも面白くないからね。
所詮は二次創作ですから、気楽に読んでほしいです。
そうそ、師走だし、仕事忙しいし、寝不足だしね☆

この話、あと5章なのですけど。
仕事で現場に出てしまってるので日中に作業(読み直し)ができないんですよ。夜は疲れちゃうし~。
どうも年内いっぱい掛かりそうです。あおまきすとさんには申し訳ないです。ごめんね。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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