ミラー(2)

 最近、拍手が集中してる過去記事がありまして。ちょっと不思議だな~って。
「R355バトル」という記事で、3年くらい前に車両盗難の被害に遭ったときの体験談なんですけど。この記事にここ2週間ばかりで40近くも拍手いただいてるんです。なんでだろう?
 この記事の主役であるオットに話しましたらね、
「ふむ。おれの勇士に魅了された女子が」
 ……。
 とりあえず蹴っておきました。






ミラー(2)








 休日の午後は買い物に出かける。
 まだ夕食の買い物には早い時間帯。スーパーが混雑する時間を避けて、のんびりと商品を選ぶ。予定のない休日には、もってこいの暇潰しだと思う。

 カートをゆっくりと押しながら、青木は商品を眺める。
 右手の陳列棚で瑞々しく光る野菜や果物がとても美味しそうに見えるのは、スーパーの天井から降り注ぐ白色照明の功績ばかりではない。どちらかというと、カートの前で林檎を両手に重さを計っている聡い買い物客の影響によるところが大きい。
「同じ値段なら重い方がお得ですね」
 しっかり者の恋人を褒めたつもりの青木に、薪は一瞬眼を丸くし、次いで呆れたように首を振ると、右手に持った林檎をカゴの中に入れた。
「リンゴは重いほうが美味いんだ」
 そうなのか。知らなかった。
 薪は本当に色々なことを知っている。彼の頭脳がスーパーコンピューター級の性能を誇るのは知っているが、こういう生活に密着した知識を彼はどこで得たのだろう。学校の授業では習わなかったと思うが、青木が忘れてしまっているだけなのだろうか。

「誰に教わったんですか?」
「昔の彼女」
「えっ!?」
 反射的に叫んでしまって、後ろから来た子供連れの主婦にびっくりされた。気まずさを隠すように手で口を覆い、青木は薪の取り澄ました横顔を見る。
 そうだ、何も驚くことではないのだ。薪にだって、過去に付き合った女性の一人や二人、いてもおかしくない。てか、いないほうが不思議だ。
 今でこそ薪は自分の恋人だけれど、もともとが異性愛者だし。40を超えた正常な男性が過去に一人も女性の恋人を持ったことがなかったとしたら、どんだけ可哀想な人生なんだか。
 理性ではきちんと納得して、でも感情は治まらない。ざわざわと心がさざめいて、いたたまれないような気分になる。3ヶ月ほど前、青木の昔の彼女があんな事件を起こしたばかりなのに。何とも勝手な話だ。

「そうだったんですか」
 沈んだ声で相槌を打つと、薪は冷ややかに青木を見て、
「バーカ」と吐き捨てた。
 それがあまりにも容赦ない言い方だったから、青木は少しだけ悲しくなる。この人にデリカシーを期待しても無駄だと言うことは重々分かっているつもりでも、顔も知らない過去の女性にすら嫉妬を覚えてしまうほどに彼のすべてを欲してやまない青木のオトコゴコロを5ミリでいいから察して欲しい。それとも、彼にそれを期待するのは贅沢というものだろうか?
 そんな気持ちで青木が立ち止まると、薪は青木に更なる打撃を与えようとしてか、青木の天敵であるオレンジ色の根菜を手に取った。このひとはどこまで意地悪なんだろう、と拗ねる青木の視界の中心で問題の野菜はカートに投入され、と同時にカートの取っ手を握っている青木の手に、やわらかくて温かいものが重ねられた。
 カートの方向を導く素振りで、薪は青木の手に自分の手を重ねたまま、その瞳は商品棚を埋め尽くす葉物野菜に向けられる。右手の甲に感じる体温が嬉しくて、青木は今さっき受けたばかりのショックを早くも忘れそうになる。

「塔子さん―― 鈴木のお母さんに習ったんだ。料理の基本も、コツも、全部」
「ええっ!! 薪さん、鈴木さんのお母さんと付き合ってたんですか!?」
 青木が心底驚いて薪の過去を問い質すと、ぐしゃりという嫌な音がして青臭い匂いが周囲に立ち込めた。ふと薪の右手を見ると、葉の部分がぐしゃぐしゃになったほうれん草が。
「そんなわけないだろ!」
 可哀想なほうれん草を忌々しそうにカートに投げ込み、薪は強く首を振った。亜麻色の髪がさらっと舞って、それを照明がキラキラ光らせて、とてもきれいだと青木は思った。
「だって今、昔の彼女って」
「突っ込み入れる前に常識を考えてくれ」
「あ、ウソだったんですか? ひどいですよ、過去の女性のことでウソなんて」
「おまえ、何回僕に騙されたら気が済むんだ」

 手のひらについた青臭い汁気を払うように、薪は左手を軽く振った。
 細い手首とそれに続く優雅な手の甲、姫竹のように伸びる長い指が連動して宙を舞う。日本舞踊の要返しを見ているようだ。
 どんな仕草も、薪がするときれいに見える。細胞そのものが普通の人間とは違うみたいに、何でもない動きにも華がある。目を奪われる。
 みんなが薪を見る。
 独占欲の強い青木は、心の底では薪を誰にも見せたくない。自分だけが知っている薪の美しさのすべてを独り占めしておきたい。しかし、美しいものに惹かれるのは人のサガ。彼に関心を持つ人間を責めることはできない。だからせめて、薪には迂闊な行動を取って欲しくない。具体的には、道場の更衣室で着替えないで欲しい、薄いカーテンしか仕切りのない共同シャワー室は使わないで欲しい、あと風呂上りに第九のロッカールームで裸で涼むのは絶対にやめて欲しいっ!
 自分が特別な存在であることを認めようとしない薪は、青木がいくらガードを固めてくれるように頼んでも真面目に取り合ってくれない。40過ぎの男の裸なんか誰が喜ぶんだ、が薪のお決まりの返答だが、シャワールームで隠し撮りされた彼の生写真(ギリギリ規制範囲内)に6桁の値がついていることを彼は知らない。

「身内のウソも見抜けないようじゃ、捜査官としては失格だ。少しは人を疑うことを覚えろ」
「誰の言葉でも信じるわけじゃありませんよ。薪さんの言うことだから、オレは」
 薪が何気なく放った一言に反応して、青木は不意に言葉を止めた。
 急に黙り込んだ青木を不審に思ったのか、薪はレタスを選ぶ手を止めて青木を見た。頬に上る笑みを抑えきれない青木に小首を傾げるが、青木の紅潮の理由には思い至らないらしい。こちらから指摘したら、多分薪は否定する。真っ赤になって「言葉のアヤだ」と言い出すに違いない。

『身内のウソ』と薪は言った。
 熟慮の果てに選ばれた言葉ではないから、きっと深い理由もなしに口をついて出たのだろう、でも。口に出るということは、心のどこかで認めてくれているということだ。
 薪は自分を家族に近い存在だと思ってくれている。青木にとって、こんなにうれしいことはない。
 薪は幼い頃に両親を亡くしている。その分、家庭と言うものに憧れていたことは容易に想像がつく。だからきっと、自分の家族を持ちたい気持ちはあったはずなのだ。それは薪が何かにつけて、「お母さんに顔を見せてやれ」と青木を実家に帰らせたがることにも表れている。
 しかし、薪は自分を選んでくれた。それによって彼が捨てなければいけなかったいくつかの未来図を惜しむ気持ちは青木も一緒だ。特に子供は惜しい。彼の遺伝子を受け継ぐものを日本の未来に残さないなんて、ほとんど犯罪だと思う。だけど、青木はどうしても彼から離れることができなかった。
 彼が手にするはずだった家族を、その可能性を自分が奪ったなら、その穴を埋めるのも自分でありたい。そう考えていた青木には、薪が何気なく使った『身内』という言葉がとてもうれしかったのだ。

「考える余裕なんかありませんよ。昔の彼女なんて言われたら、どんな女だったんだろうとか、どれくらい付き合ってたんだろうとか、気になって気になって」
 薪に本音を悟られないように、青木はできるだけ軽い口調で言葉を重ねる。レタスの上の段で見つけた薪の好物のパプリカを手に取って、カート内の人参の上にそっと乗せた。
「おまえ、自分の彼女のことはさんざん僕に惚気たくせに」
「あの時は必要に駆られて仕方なく。って、薪さんだって昔、オレの前で武勇伝繰り広げたじゃないですか」
「あれはおまえ、その、なんだ。男のプライドっていうか」
「見栄でしょ」
 青木が突っ込むと、薪は無表情に3歩後退し、人参の袋を3つも抱えて戻ってきた。
「ちょっ、なんですか、それ!」
「うるさい、今日は人参尽くしだ。覚悟しておけ」
「いやですよ、戻してきてくださいよ。今夜の夕飯、潰れたほうれん草だけでもクオリティ落ちてるのに」
「誰のせいだ」
「えっ。オレのせいにするんですか」
「なんだ、その不本意な顔は。完全におまえのせいだろうが。おまえが頓狂なことを言い出すから」
「薪さんの右手を第42号証拠品として提出します」
「…………(ゴシゴシゴシ)」
「ちょっと! オレの上着で拭かないでくださいよ!」
 青木が情けない顔で汚れたシャツの裾をつまむと、薪はこの上なく楽しそうに笑って人参を元の場所に戻しに行った。

「青木さん」
 ゆっくりとカートを押し、薪が追いついてくるのを待っていると、誰かに声を掛けられた。目の前に立った男性は確かに自分の名前を呼んだが、その顔に見覚えはなかった。しかし明らかに相手は自分のことを覚えているようで、にこにこと笑いながら「お久しぶり」と言葉を継いだ。
 年のころは20歳前後。茶色の髪に茶色の瞳。どちらかといえば小柄な体躯。青木が今までに関わった事件関係者に、こんな男性がいただろうか。

「すみません。どちらさまでしたっけ?」
「ひどいな、忘れちゃったの? ぼくたち、あんなに愛し合った仲じゃない」
「人違いです、失礼」
 悪質な冗談だったらしい。
 青木が彼の脇を通りすぎようとしたとき、薪が追いついてきた。青木は立ち止まったが、薪は青木の隣に立とうとはせず、2歩手前で足を止めて、青年の顔をじいっと見つめた。
 亜麻色の瞳に宿る険しい光に気付いて、青木は肝を冷やす。しまった、さっきの悪質な冗談を聞かれていたに違いない。薪は地獄耳なのだ。

 彼は人違いをしているんです、と青木が説明する前に、薪はふっと頬を緩めて、
「久しぶりだね、上条君」
 なんと。この青年は、薪の知り合いだったのか。
「話をしたのは20分くらいだったのに。さすが天下の警視長どの」
 薪の職業と階級を知っている、と言うことは、彼は仕事関係の知り合いらしい。それにしてはえらく若いが。
「君こそ、よく僕の顔を覚えてたね? 条件は同じだったはずだろ」
「そんな皮肉が出るところをみると、やっぱり分かってたんだ。あの時、心の中でぼくのこと笑ってたんだろ。嫌なヤツだね、あんた」
 それはひどく生意気な態度で、青木は不快な気持ちになる。薪の半分ほどの年齢のくせに、目上の者に対する言葉ではないと思った。
 職場なら絶対に許されない彼の態度を、薪は咎めなかった。肯定とも否定ともつかぬ静かな表情で、しかしその背中は杉の木のように凛然と伸びて、彼に対する敵意も恐れもないことを無言で主張していた。

「引き換え、青木さんの記憶力は残念だね。自分の胸に抱いた人間の顔、忘れちゃうんだ」
 またもや根も葉もないウソを吐き始める彼に、青木は憤りに近い感情を抱く。そういう冗談が通じにくい相手もいるということを、彼は知るべきだと思った。
「ふうん。何もなかったって聞いたけど、抱きしめるくらいはしたんだ」
「なっ……!」
 薪に横目で睨まれて青木は焦る。まさか、彼の嘘を信じているのか?
「それだけじゃないよ。とってもやさしく頭とか背中とか撫でてくれたよ」
「ふううん」
 薪の瞳がますます冷たくなって、なんだか三角関係の修羅場みたいになってきた。冗談じゃない、身に覚えのないことで薪の不興を買うなんて。これから自分に降りかかる災厄を思えば命の危険すら感じて、青木は夢中で抗議する。
「ちょっときみ、ふざけるのもいい加減にしてくれないか。オレはきみのことを知らないし、きみだってオレとは初対面のはずだ」
 厳しい口調で言い放ったそれに、答えたのは何故か薪のほうだった。
「おまえ、本当に忘れてるのか。上条くんだぞ」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

>青木って自分の関心ない人間には割りと薄情だったりして(^^;)

これはうちの青木さんだけです。原作の青木さんはみんなにやさしいの。それが青木さんの魅力で、薪さんはそういう青木さんを好きになったんですよね。
うーんとね、
これを書いてたのは青木さんが雪子さんと婚約しましたオレたち幸せいっぱいです、の頃だったもんだから、
「青木さんは薪さんだけ見てりゃいいのよ、きーっ!!」てな勢いで書いたのでこうなっちゃんです、すみませんでした(^^;


>このお話、私のコメントで思い出して公開してくださったのですね。

そうです。
思い出させていただいて、どうもありがとうございました。


>薪さんの「身内のウソ」と言う言葉に喜ぶ青木に「エピローグ」の薪さんと家族になりたい青木と重なってじんわりしました(;;)
>このお話を作った当時は同じことを原作の青木が思うなんて考えられなかったと思うのですが・・本当に感慨深いですね(^^)

自分でも虚しい妄想だと思ってました。まさか現実になるとは(感涙)
望みを捨てずに読み続けて本当に良かったです。

Sさまへ

Sさま。

>これは薪さんしか目に入っていない青木ですねっ。

はいっ!
Sさんご希望の欠陥人間の青木さんです!<こら。


>薪さんと青木の何気ない日常

ああ、いいですねえ。
みちゅうさんとこの「青木氏と薪室長の他愛ない日常」みたいな。癒されますよねえ。
うちはちょっと色んな事が起こり過ぎって言うか(^^;) 疲れそうな日常ですみません。


>少し大きくなった舞ちゃんが薪さんの世話焼きさんになってる空想

女の子はおしゃまですからね。奥さん気取りで薪さんが脱いだスーツを受け取ってたりしてそうですね。それを見て青木さんが妬くんですね。た、楽しい……!
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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