バレンタイン・ラプソディ(1)

 こんにちは。

 今日から公開しますこのお話はバレンタイン特別企画、
「Dog not to eat it」に続く「楽しい第九」第2弾でございます。コンセプトから分かるようにロマンチック度低め、バレンタインデーの甘い恋人同士のやり取りを期待してた方にはごめんなさいです。

 時期は、まだ二人が別々に暮らしてる頃です。第九のみんなは二人の関係に気付いておりません。
 それと、薪さんは男爵率高いです。広いお心でお願いします。






バレンタイン・ラプソディ(1)





 一年のうちで一番、独身男性が期待に胸を膨らませる日といえば、2月のこの日を於いて他にない。
 普段まったく女性に縁のない男子でも、自分が気付いていないだけで、例えば通勤途中の街路樹の陰から自分に熱い視線を注いでいる可愛い女子(希望)がいるかもしれない。恥ずかしがり屋の彼女が一年に一日だけ大胆になれる、今日はそんな魔法が使える日。ならば自分にもそのチャンスはあるかもしれないと、合コン10連敗中の第九メンズは3人揃って夢を見る。朝からソワソワと落ち着かない、いつ自分宛に手作りのチョコレートが届くのだろうと研究室の入り口ばかり見て、モニターに集中できない。副室長をお供に、早朝会議に出席中の室長が戻ってきたら雷が落ちること請け合いだ。
 浮ついた3人の隣で、彼らが想像するような奥床しい女子は既に絶滅している可能性が高いと彼女持ちの今井は思い、彼らはエリートのはずなのにどうして女子に対する見解だけが中二のまま止まっているのだろうと妻子持ちの山本は首を傾げる。愛の祝日を共に過ごす相手がいる者といない者、二派に分かれた職員たちの両方に平等に朝のコーヒーを配る青木もチラチラとドアを見て、どうやら彼も後者の仲間入りか。

 今井と山本はそう判断したが、それはもちろん間違っている。
 皆には秘密にしているが、青木には恋人がいる。だから今日は、研究室の誰よりも期待している。それで研究室の入り口を何度も見ている。つまり青木の恋人は同じ研究室の職員、それも仕事の鬼と怖れられる薪室長だったりする。
 男の人とこんな関係になるなんて、第九に入る前は想像もつかなかったけれど。彼を好きだと言う気持ちがどんどん膨れ上がって、性別なんかどうでもよくなった。青年期によくある気の迷いだとか、彼への憧れを恋と混同しているだけなのだとか、青木に回れ右を命じる声は自分の中にもたくさんあったのに、どうしても引き返せなかった。
 何年もの片思いの末、口説き倒してやっとの思いで恋人になってもらった。その記念すべき日から現在まで青木は幸せの絶頂にいるが、彼はどうなのだろうと不安になることもある。と言うのも薪はとても照れ屋で、自分の気持ちと正反対のことを口にしてしまう癖があるのだ。得意のポーカーフェイスとのコンボで繰り出されると、青木は3時間くらいトイレに籠もりたくなる。
 でも、今日はセントバレンタインズデー。恋に落ちている者同士、消極的な女の子にかかる魔法が、彼にかかっても不思議じゃない。
「愛してる」の言葉と一緒に差し出されたチョコレートを受け取って、青木の腕に投げ出された彼の身体も受け止めて、今夜はきっと最高の夜になる。妄想も逞しく、青木は彼との甘い夜を脳裏に思い描いていた。

 そんなことは露知らない小池、曽我、宇野の3人は、自分たちの仲間として青木を認め、友情に溢れた笑顔で彼に語りかけた。
「青木、おまえも今日は期待していいと思うぞ」
「そうですよねっ。今日は特別な日ですものね!」
 小池の言う「期待」とやらが自分には無用のものであることを青木は知っていたが、敢えて話に乗った。彼は秘密の恋人。カモフラージュは必要だ。

「ああ。一人くらいは俺のこの切れ長の眼にメロメロの女子が居てもおかしくない」
 小池さんの眼は切れ長というよりは線ですよね。まあ、人の好みはそれぞれだと思いますけど。
「この豊満なボディにうっとりした女子も、何人かは」
 曽我さん、豊満てのは女性専用の褒め言葉です。男の場合はただのデブ。
「俺は最低5人は来ると思う。クール系メガネ男子は今年のモテ男のトレンドだからな」
 宇野さん、メガネかけてりゃいいってもんじゃないです。アキバ・イン・オタクメガネ男子は駄メガネ系、いずれにせよバラ柄のネクタイしてる時点でクール系はアウトだと思います。
「そうですか、今年はメガネがモテ男の要因に……未婚女子が告白してきたらどうしましょう。わたしには妻と子供が」
「「「「こねーよ」」」」
「いま声が4人被ったように聞こえましたけど。気のせいですよね、青木さん」
 他の3人の時には心の中に留められたツッコミが、山本の時には声に出てしまった。そこは申し訳ないと思ったが、どうして青木が名指しなのだろう。
「いいじゃないですか。山本さんには美人の奥さんと可愛い娘さんがいらっしゃるんですから。羨ましいです」
 若輩者の宿命と早々に諦めて、にっこりと笑顔を作る。言葉に羨望を滲ませて、でも青木は山本を羨ましいなんてこれっぽっちも思ってない。山本の奥さんは確かに美人だけど、薪の方がずっときれいだし。娘は可愛いけれど、薪の方が絶対にかわいい。古今東西、薪以上に魅力的な人間なんてこの世にいない、と言うのが第九に入ってから現在に到るまでの青木の誤った思い込みであり、多分それは一生正されることは無い。

 なんやかやで真面目に仕事をしているのは今井だけという警察機構にあるまじき状況の中、モニタールームの自動ドアが開く。カツン、と響いたヒールの音。女子だ。
「な、なに?」
 瞬間、部屋中の男に血走った眼で見られて、彼女は思わず白衣で身体を隠すようにした。法一の三好雪子女史である。
「なーんだ、三好先生か」
「期待してソンした。ていうか幸先悪いな」
「どーゆー意味」
 ヒクッと引きつった頬に無理矢理笑いを浮かべて、彼女はこちらに近付いてきた。カツカツと甲高いヒールの音が彼女の怒りを表わしている。彼女は薪の親友だ。自分の部下が総出で彼女を怒らせたことを知ったら、薪の機嫌は確実に悪くなる。フォローのため、青木は一歩進み出た。
「すみません、先生。みなさん、モジモジ系女子を待ってたもので」
「ジョシ違いですね」
 山本さん、ナイス。
 周囲から拍手が沸き起こる。先刻まで画像に集中していたはずの今井まで「おお」と感嘆の声を上げ、山本は照れたように微笑んだ。

「うまい、山本! きっと来るぜ、インテリ好きの女子が」
「いや、ですから困りますって。うちの玲子さん、けっこうヤキモチ妬きで。こないだなんか娘の玲奈にまで妬いて、宥めるの大変だったんですから」
 山本の言うことは虚飾のない事実であったが、同僚たちの真実は違う。失礼な話だが、山本の外見とか男のプライドとか色々なものが重なって、彼らが思い描く山本家は事実と若干のズレがあるのだ。
「それは大変だったなあ」
「分かる、分かるよ、山本」
「うんうん。生きていくためには妄想も嘘も必要だよな」
「はあ?」と首を傾げる山本を置き去りに、現実の独男たちは自嘲で我が身を振り返る。
「かく言う俺だって、本当は今年もダメなんじゃないかと弱気になる自分を必死で奮い立たせて」
「俺も、俺もだよ! 分かるよ、その気持ち」
「みんな同じ気持ちだよ。俺たち、一生いい友だちでいようなっ」
 ……どこのEクラスですか、あんたたち。

 心の中で激しく突っ込みながら笑顔を取り繕う青木の横で、雪子がハーッと大きなため息を吐いた。
「どうして男ってバレンタインになると中二に戻っちゃうのかしらね」
 永遠の友情を誓い合う男たちに呆れながらも、雪子は彼らへの日頃の感謝を彼女らしい慎ましさで表現する。
「ほら、あんたたち。どうせ今年も誰からも貰えないんでしょ」
 断じられてムッと眉を顰めた男たちの顔つきが、彼女の手元を見て笑顔になる。A3サイズの手提げ袋、彼女の指先でざくざくと波打つのは赤いリボンの付いたラッピング袋。
「ほーら、好きなの持って行きなさーい!」
 号外ビラのように勢いよくばら撒かれた小粒のハートたちには、雪子のやさしい気持ちが詰まっている。彼女は去年結婚したばかりだから完全な義理チョコだが、貰えればやっぱり嬉しい。

「「「「ありがとうございまーす!!」」」」
 大きな声でお礼を言ってチョコに殺到する3人の嬉しそうな様子に、青木は胸を撫で下ろす。この事実を盾に、「1個も貰えなかった。青木、ヤケ酒に付き合え」と言う彼らの誘いを回避することができるからだ。
「良かったですね、みなさん。……あれ? 今、一人多かったような」
 彼らの戦果を心から祝いつつ、青木は自分の耳に疑問を持つ。雪子のチョコに感謝の咆哮を上げるのはこの部屋には3人しかいないはずだが、4人分の声が重なっていたような。
 不審に思った青木が周りを見回す前に、「俺の分が無い!」と、曽我が悲しげな声を上げた。
「え、うそ。ちゃんと人数分持ってきたわよ」
「よく探してみろよ。何処かに落ちてるはずだ」
「おかしいわね。本当に無いわ」
「先生、飛ばしすぎなんですよ。だいたい食べ物を投げるなんて」
 投げたのはよくないかもしれないけど、雪子はちゃんと人がいる場所に、相手が受け取りやすいように放っていた。それがあまりに素早かったから無造作にばら撒いたように見えただけだ。事実、山本などは気が付いたら手の中にチョコがあったのだ。

「青木くんのも無いの?」
「はあ」
 言われて気付く。青木の分もない。
「ごめんなさい、確認したつもりだったんだけど。冷蔵庫に残りがあるから、2人の分は明日持ってくるわね」
「冷蔵庫? 先生、まさか手作りとか」
「あたしも主婦になったことだし。一応ね」
「「ぐあああああっ!!!」」
 地を裂くような悲鳴が聞こえて、モニタールームに緊張が走る。悲鳴は室長室からだった。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: