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バレンタイン・ラプソディ(3)

バレンタイン・ラプソディ(3)




 薪が意識を取り戻したのは、竹内がびっこを引きながら一人で捜一に帰って行った後だった。帰り際、彼は遠い目をして、
「今日は家に入れてもらえないから捜一の仮眠室で寝るか」と呟いた。勝者のコメントにしてはあまりにも切ない響きだった。
「勝負に勝って人生に負けるってやつだな」
「三好先生を選んだ時点で先は見えたろうに。何を血迷ったんだろうな」
「しぃっ。室長の耳に入ったら只じゃすみませんよ」
 青木に介抱されている薪を見て、山本が曽我と小池の軽口を諌める。薪の怒りは周り中に飛び火するタイプだから性質が悪いのだ。

「おまえら、仕事に掛かれ」と岡部が号令を出し、職員たちが自分の席に戻って行く中で、青木は薪の介抱を続けていた。彼の背中を抱き起し、気付け薬の代わりに室長専用ブレンドの匂いを嗅がせる。と、夢幻を彷徨うごとく虚ろだった亜麻色の瞳が生気を取り戻し、その網膜に最初に映った青木の顔に向かって微笑んだ。
「鈴木に会ったんだ」
 心配そうに眉根を寄せる青木に、薪は自らの体験を話してくれた。それが旅行のお土産話でも聞かせるような口調だったから、青木は少しだけ拗ねた気持ちになる。あんなヒドイ目に遭ったのに、鈴木さんに会えたことがそんなに嬉しいですか?
「すごくきれいなお花畑でさ。鈴木が僕に花冠を作ってくれた」
 臨死体験をここまで楽しそうに語る人を初めて見ました。
「でもそこに貝沼が出てきて。怖かったから夢中で逃げて、気が付いたらここに」
 貝沼さん、ありがとうございました。あなたは薪さんの命の恩人です。
「鈴木とはお盆にしか会えないから。今年は2回会えてラッキーだった」
「……よかったですね」
 もうそれしか言いようがなかった。このくらいでないと第九の室長は務まらないのかもしれないが、それにしても剛毅なことだ。
「雪子さんのおかげだな」
 おかげと言うか責任と言うか、まったく何て非常識なハンドメイドだろう。あの事件が無くても、雪子と結婚する予定だった以上鈴木の寿命は変わらなかったのではないか、と不謹慎にも青木は思う。たった一口で大の大人を気絶させることができるのだから、雪子のクッキング能力はダブルオー要員の戦闘力に匹敵すると言っても過言ではない。彼女は色んな意味で最強なのだ。

 少し休んだ方がいいですよ、と青木は懇願したが、薪は即座に首を振った。青木が持っていたコーヒーカップを取り上げ、一口すする。
「大丈夫だ。もう元気になった」
 立ち上った薪の、頬はまだ青白い。不安げに見上げる青木の耳に、近くで話していた岡部と曽我の会話が聞こえてきた。
「岡部さん。歌舞伎町の通り魔殺人の資料、この箱ですか?」
「いや、それは薪さんのだ。廊下で庶務課の配達係と会ってな、受け取ったんだ」
 少々そそっかしいところのある曽我は、岡部の説明を聞く前に箱を開けてしまった。おそらく、彼の耳に岡部の説明は届かなかったに違いない。会話の途中で曽我は弾かれたようにその場を離れ、足音も高く室長を追いかけて行ったからだ。

「室長! 少しは悪いと思ってくださいよ!」
「なんだ、出し抜けに」
 突然怒鳴りつけられて、薪は怯んだ。普段従順な曽我だけに、その激昂が意外だったのだろう。こんな曽我は青木も初めてだったから、呆気に取られて仲裁に入る機会を逃してしまった。
「東京都の人口数以上のチョコレートが売れるってのに、一人で独占しちゃう室長みたいな人がいるから! おれたちにまで回ってこなくなっちゃうんじゃないですか!」
「……それ、僕のせいなのか」
「「「そうですよっ!!!」」」
「ご、ごめんなさい」
 曽我一人に言われた時には不機嫌そうに眼を眇めた薪だったが、小池と宇野が参戦してくると急に弱気になった。
「で、でも、送られてきちゃうものは断りようがなくて」
「なんですか、その言いぐさ! 直接手渡してきた相手には突き返してるとかバチ当たりなこと言うんじゃないでしょうね?!」
「いやあの、不思議なことに、直接渡してくる人は一人もいなくて」
「自慢ですか?! 自分は高根の花だから面と向かってチョコを渡せる勇気がある女子なんか存在しないって言いたいんですか!?」
「……ごめんなさい」

 何をどう言っても怒られる。己が劣勢を悟ったのだろう、通勤途中にでも貰ったものか、薪は鞄からPCタブレットサイズの箱を取り出し、
「あの、よかったらこれ、みなさんで」
「いりませんよっ! 他人宛てのチョコレートなんて!!」
 薪の気遣いが裏目に出て、独男トリオがいっそう声量を上げる。どう考えても逆恨みなのだが、謝られたくらいでは彼らの気持ちは治まらないのだ。
「室長に贈られてきたんだから、あの箱全部、室長一人で食べたらいいでしょ! でもってまた虫歯になってほっぺた腫らして泣けばいいんですよっ!」
 ちなみに、ほっぺを腫らした薪の隠し撮り写真は愛でる会のオークションでプレミア価格がついて6ケタで落札した。もう一声出ればミリオンになっていたとかいないとか、まったく人間ヒマと金を持てあますとロクなことをしない。

「いや、これは」
「お。これ『第九一同様』って書いてあるぞ」
 副室長の岡部が、刺々しく逆立った3人の背中に声を掛ける。彼が段ボール箱の中から取り出したA5サイズの箱には、赤いリボンとメッセージカードが添えてあった。
「「「本当ですか?」」」
 自分たちにも権利があると知るや否や、3人は猛ダッシュで箱に群がった。その隙に、薪はさっさと室長室へ逃げて行く。さすが岡部、見事な助け船だ。

 3人が箱を覗いてみると『第九の皆様へ』と書かれた箱は他にも幾つかあって、彼らを喜ばせた。
「開けてみよ、痛ってー!」
 曽我の声に驚いて振り返れば、彼が手にした包装紙の縁に櫛のように整然と貼り付けられた待ち針の列。研究室は重い空気に包まれた。
「爆発物以外の危険物はスルーしちゃうんだよな。数が多いから」
 金属探知機で調べてみると、薪宛のものにも多くの反応が出た。受ける好意も多いが、悪意はその何倍も多いと予想できる。こんな風にして、敵意をあからさまに表に出す人間はほんの一握りだからだ。
 室長の薪は、矢面に立つ立場にいる。公式発表の場でマスコミの質問に答えるのが室長の仕事だ。それが公共の電波に乗って流れるとき、そのビジュアルによって人々に強烈な印象を残すこともできるが、その分こうして悪意の対象となる危険にいつも晒されている。

「こういうのってさ、研究室名で送られてくるより、個人宛ての方が辛いよな」
「第九に対する非難だって分かってても、やっぱりな」
「室長、可哀想だな……そうだ青木。おまえ、ひとっ走り行って室長の好きなハーゲンダッツ、あれ、青木は?」
「青木さんなら、室長と一緒に室長室へ」
 後輩の長身を探してキョロキョロする3人に、山本が青木の所在を明らかにする。書類に集中しているようで、山本はいつも周りをよく見ている。検事時代の、書類と被疑者を同時に見るクセが付いたままなのだろう。
「さすが青木」
「フォローが素早いな」
 モニタールームに残った職員たちは一様に思ったが、それは買いかぶりと言うもので、青木の行動理由はもっと単純で我欲塗れだ。つまり。

「薪さん。今日はバレンタインデーですね」
 ニヤニヤ笑いが止まらない青木が薪の後を追って室長室に入ると、薪はロッカーの扉を慌てて閉めた。「そ、そうだな」と背中にロッカーを隠す仕草、さては其処に青木宛てのチョコレートが入っているに違いない。
 確信が、青木に新しい幸せを運んでくる。うきうきと気持ちが弾んで足が宙に浮きそう。恋って本当に素晴らしい。ここは3階だが、その窓から空を飛んで見せろと言われたらできそうな気がする。
 対する薪は、ちょっと頬を赤くして、「こほっ」と咳払いなぞしてみせる。照れ臭いのか、視線を空に固定したまま妙に堅い口調で、
「僕はそういうの、あんまり興味ない。だから気にもしてない」
「オレは興味あります。ていうか、楽しみで昨夜は眠れませんでした」
 そうかと薪は頷き、それから気乗りしなさそうに肩を竦め、仕方なさそうに手を差し出した。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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