バレンタイン・ラプソディ(4)

 現在、施工中の工事の工期が延びまして。
 工期遅れの心配がなくなったのはいいのですけど、それだけ現場代理人としての責務が続くと言うことで。どうやら、3月末の竣工検査が終わるまでは落ち着いてSSに取り組む時間を作ることが難しそうです。
 昨年の12月に現場に入ってから、一行も書いてないんですよね。こんなに長くSS書かなかったの初めてです。書き方忘れそうだ~。






バレンタイン・ラプソディ(4)






「ほら。みんなに見つからないうちに、早く出せ」
「はっ? 何をですか」
「なにって。チョコレートだろ」
「え。薪さんがオレにくれるのが普通じゃないですか?」
 青木は素で聞き返してしまった。だって、本当にそう思っていたから。
「なんで」
「なんでって、今日は女の子の方から」
「僕はオンナノコじゃないぞ?」
 それはそうだけど、こういう場合はビジュアルが優先されるものだと思う。身長190センチの大男が頬を染めてハート形のチョコを買うのは、どう考えてもキモい。
「オレだって女の子じゃありませんよ」
「当たり前だ、気持ち悪い。いいからさっさと出せ。一番最初に食ってやるから」
「さっき先生のチョコ食べてましたよね。あれは数に入らないんですか」
「あれはチョコじゃなくてダークマターだろ」
 20年来の友情を疑いたくなる薪のセリフは置いといて。問題はチョコレートだ。

「……用意してません」
「なんで?」
「てっきり薪さんがオレにくれるものだと」
 薪は心底不思議そうだったが、青木だってこんな展開になるとは予想もしていなかった。正直な青木は自分の考えていたことをそのまま口にし、しかしそれは薪のプライドを深く傷つけるものだった。
「それはおかしいだろ。青木の方が年下なんだから」
「年は関係ないんじゃないですか。こういうのはベッドでの役割に準ずるべきだと」
「なっ」
 ピシッ、と空気が凍ったのが分かった。薪の表情は見る見る険悪になり、青木は自分の失言を悟って青ざめた。謝ろうと開きかけた青木の唇に氷雪を浴びせる勢いで、薪が鋭く宣言した。
「そんなんで女の子になるんだったら、もう寝ない」
「えっ」
 突然の打ち切り通告に、青木は目の前が真っ暗になる。失恋くらいで大袈裟なとか言わないで欲しい、青木にとっては薪とのプライベートを失うことは世界の終りと一緒だ。

「待ってください、そんなつもりじゃなかったんです。謝ります」
「時間だ。執務室に戻れ」
 薪がファイルを開いたら、それはプライベイトタイムの終わりを意味する。仕事モードに切り替わった薪に何を言っても無駄だと分かり過ぎるほどに分かっていて、それでも言わずにいられない。こと、薪に関して青木は悲しいくらい潔さを持てない。
「オレが悪かったです。お昼になったらチョコレート買ってきますから」
「聞こえなかったか。戻れと言ったんだ」
 執務席に座って書類をめくる、冷徹な横顔に怒りの色はなく、でもやさしさはもっと無い、それは見事なポーカーフェイス。薪がこうなったら本当にダメなのだ。怒りを露わに怒鳴っているうちは得意のコーヒーで宥める自信があるが、鉄仮面を付けた薪にはそれも通用しない。

 失敗した。
 薪のプライドの高さは分かっていたはずなのに。浮かれ過ぎてた。
 かくなる上はチョコレートに深田●子のハイレグ水着食い込み写真を添えて贈るより他ない、と青木は愚かしくも切ない懐柔策を考えたが、事態はそんなに甘いものではなかった。それを青木は程なく悟ることになる。

 その予兆は、カタン、という軽い音だった。ロッカーから聞こえてきたその音に、薪はさっと立ち上がった。慌てて扉を閉めたから、中で何か落ちたらしい。
 薪は鍵を回して中を確かめ、下方に落ちていたグレーの箱を大事そうに棚に戻した。さっき小池たちに渡そうとして断られたチョコだ。貰い物だと思っていたが、どうやら違ったらしい。薪の性格から言って、親しくもない女性から贈られたチョコなら棚に戻したりしない。それ以前に、あの段ボール箱の中に混ぜてしまうだろう。
 青木は素早く考えをめぐらせ、幾つかの仮説を立てた。
 密かに付き合っている女性がいて、その彼女からもらったとか? いやいや、薪はそんな器用なタイプではない、と言うかその場合、薪の自分勝手度数を考慮すると青木はとっくにお払い箱、うええええんっ!
 となると可能性が高いのは、やっぱりあれは青木のために用意してくれたチョコで、さっきは曽我たちの勢いに押されて思わず差し出してしまっただけ、という事情ではないか。だとしたらどうして、薪はそれを青木に渡してくれないのだろう。

 そうか、と青木は思った。
 自分たちは同じ性なのだから、こういうイベントに参加するなら、どちらかがではなく互いに贈り合うべきなのだ。薪はそう考えて、なのに自分は貰うことばかり。なんて図々しい。
 恥じ入るような気持ちでその場を退室した青木は、薪の気持ちに報いる為ならと、恥を承知で昼休みに庁舎内の売店にチョコレートを買いに行った。バレンタインデーも半ば過ぎ、薪が用意してくれたようなセンスの良いラッピングのものは商品棚にはなかったが、薪の好きな日本酒の入ったチョコレートを見つけた。これなら喜んでくれるかもしれないと、意気揚々と室長室に乗り込んだ。

 昼食後のコーヒーと一緒にチョコレートを差し出すと、薪は青木の手元に残された店のマークが印刷してあるレジ袋に眼を丸くして、
「庁舎内の売店で買ってきたのか? 恥ずかしいやつだな」
 明日には、青木が見栄を張って自慢用のチョコを買っていたという噂が広まるかもしれない。構わない、と青木は思った。真実を知られるよりずっといい。
 ピンクの包装紙に赤のハートという男が買うにはあまりにも恥ずかしいラッピングを丁寧にはがして、薪は箱を開けた。金色の薄い包み紙を開いて、ボトル型のチョコレートを口に入れる。
「おまえこれ、アルコール」
「大丈夫ですよ。ほんのちょっとですから」
 職務中だぞ、と言いつつ薪は二つ目を剥き、「ほら」とそれを青木に食べさせてくれた。薪の細い指先に青木の唇が吸い付くと、薪は熱いものにでも触れたように手を離した。職場でのスキンシップを許さない。その姿勢は特別日でも変わりないようだった。

「あの。薪さんからのもいただけますか」
「まだ言ってるのか。僕はこういうイベントには興味がないって、朝も」
 薪の頑固さを青木は、言った手前引くに引けなくなっていると解釈し、ならば彼が素直になりやすいようにとの思いを込めて軟弱な笑いを浮かべた。
「ロッカーの中にリボンの付いた箱があるの、さっき見ちゃいました」
「あれは」
 説明に窮したのか薪は口ごもり、コーヒーカップに口を付けた。青木が回答を目で訴えると、薪は言い辛そうに、
「あれはおまえのじゃない」

 自分のじゃない? まさか、薪が自分以外の誰かにチョコレートを?

 疑惑が青木の目元を赤く染め、不安に押されるように青木は薪に詰め寄った。執務椅子を回して自分の方を向けさせ、床に膝を着いて彼の両腕を掴む。その表情から何も読み落とすまいと、極限まで顔を近付けた。
「じゃあ誰のなんですか」
「誰でもいいだろ。それに、あれはおまえが考えてるようなことじゃ」

 青木どこだー? とモニタールームから声が聞こえて、二人は自分たちの距離に気付く。顎を突き出したらくちびるが触れそう、こんな場面を誰かに見られたら。
「長くいると怪しまれる。執務室へ戻れ」
 それには大人しく従って、青木は室長室を出た。朝に負けないくらい、重い足取りだった。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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