バレンタイン・ラプソディ(5)

 雪のせいで工事が遅れて、延長による変更書類の作成に追われてます。
 工期が延びるのって、役所の印象は悪いし書類は増えるしお金をもらえるのが遅くなるしで、いいこと何にもないんだよなー(--;


 お話の方は、
 いつまでバレンタインやってんだですみませんー!
 ホワイトデー前には終わらせますです(^^;







バレンタイン・ラプソディ(5)





 いつもなら外に食事に行く曽我たちは、昼休みに訪れるかもしれないステキ女子を待って執務室に張り付いていた。期待とは裏腹に、この1時間で彼らが一番多く為した仕事は、薪宛のチョコレートを代わりに受け取って段ボール箱に投入することだった。
「青木、どこ行ってたんだよ。早く来ないから帰っちゃったぞ」
「このチョコレート、おまえ宛てだぞ。庶務課のYさんだってさ」
「え」
 よかったなあ青木、と後輩の戦果を喜んでくれる、それが彼らの好意であることは充分に分かって、でも青木は今それどころじゃない。薪が自分以外の誰かにバレンタインのチョコレートを贈ろうとしている、緊急事態だ。

 あまり嬉しそうでない青木を見て、小池は彼が自分たちに気を使っているのだと思った。だからわざと明るく、大仰なジョークで後輩の気づまりを吹き飛ばしてやろうとした。
「ウドの大木と名高い青木にも来たんだ。第九のトムクルーズと呼ばれたこの俺に来ないわけがない」
「糸目のトムクルーズなんて聞いたことないですけど」
「ブラッドピットにそっくりだって噂のある俺はなおさら」
「メタボ体系のブラッドピットなんていないと思います」
「第九のビルゲイツとは俺のこと」
「ファーストフードが大好物でホテルは寝る場所とネットさえあれば満足の大富豪ですか? ケチケチした男は女の子には嫌われますよ」
 シンと静まった部屋の中、おずおずと曽我が言った。
「青木、何かあったのか。全部声に出てるぞ」
「えっ!」
 慌てて両手で口を塞ぐ。指摘されるまで気付かなかった。
 恩義ある先輩方に、失礼なことを言ってしまった。真っ赤になって平謝りする、青木を先輩たちは快く許してくれた。

「さては、薪さんに強く叱られたんだな」
「あんまり気にすんなよ。薪さんも、今日は傷ついてるんだよ」
「どうしてですか」
 不思議に思って尋ねる青木に、先輩たちは顔を見合わせた。小池が、くいと親指で執務室の隅を指す。彼の矢印の先を目で辿れば、そこには大きな箱と小さな箱。どちらの中身も華やかにラッピングされたチョコレートで、今すぐにでもこの場でファンシーショップが開けそうだ。

「なぜ分けてあるんですか?」
「小さい方は『死ね』ってメッセージカード付き。あと、カッターナイフの替刃とか、待ち針とかも」
 青木は息を飲んだ。肺に落ちる空気をまるで鉛のように感じる。
 沢山の好意に混じって届けられた一握りの悪意。その数はごく少数で、比率にしてみれば10分の1もない。でも。
 悪意は好意の何倍もの強さで人の心を切り裂く。
「こっちの大きな箱も、中身は全部廃棄処分だ。薬物検査まではできないからな」
 一部分の悪意が、多くの善意を打ち消していく。薪の元へ届く純粋な善意は仲間内からのものだけ、面識のない人間からの贈り物には一抹の疑惑が加味されてしまう。

 興味がない、だから気にもしてない。薪が言ったのはそういう意味だったのか。

 バレンタインだのホワイトデーだのと製菓会社の戦略に踊らされるのは愚かな人間のすることだ、と横向く人もいるかもしれないけれど。本当に大切なのはお菓子を買うことじゃない。みんながこうして同じ楽しみを共有できること、仲間同士が寄り合って共通の話題で親しく言葉を交わせること。多くの日本人がこういったイベントを見境なく生活に取り込む本来の目的は、そういうことじゃないのか。
 小市民のささやかなお祭りにかこつけた楽しいひと時。そこに加われない薪が、ひどく可哀想に思えた。

 青木の心から凶悪な感情が剥がれ落ちていく。肩を落として、青木は正直に言った。
「叱られたんじゃありません。薪さんが、誰かにチョコレートを用意してるみたいで。それがちょっとショックだったと言うか」
 本当はショックなんてものじゃない。世界中の人間が全部ライバルに見える、疑心暗鬼の虫に取り憑かれていたのだ。
「薪さんが? 自分でチョコレートを?」
「どっかの女子に貰ったやつだろ」
「違います。薪さん本人から聞いたんです」
 へえ、と意外そうに首を傾げる先輩たちを残し、青木は段ボール箱を持って部屋を出た。どうせ廃棄処分にするなら回収ボックスに入れてしまったほうが、薪の目に付かないと思ったのだ。
 何年か前、薪宛のラブレターをシュレッダーに掛けていたことを思い出す。色々あって、薪は自分宛の手紙にはすべて目を通すようになった。その中には、この箱の中身を全部廃棄しなければいけなくなった理由と同じものも、少なからず混じっているに違いない。逆さまにした段ボール箱から虹色の滝のように落ちるチョコレートを見て、青木は物悲しくなった。
 傷ついていないわけはないのに、いつもと変らぬ平気な顔をして。彼が他人の前で弱さを見せないのは男の意地と、部下たちに心配させたくないというやさしさ。今朝の雪子のチョコ騒動も、そのパフォーマンスの一環だったのかもしれないとさえ思えて、青木は単純に浮かれていた自分を殴りつけたくなった。

 自己嫌悪で肩を落とした青木を小池たちはどう取ったのか、青木がモニタールームに入るや否や、出し抜けに、
「小野田官房長だな」と警察庁のお偉いさんの名前を挙げた。
「俺もそう思う」
「俺も。薪さんが義理チョコ贈るって言ったら、小野田さんしかいないだろ」
 なるほど、それはあり得るかもしれない。冗談が大好きな小野田からは毎年熱烈なラブレターと共に薪の好きな吟醸酒が贈られてくる。そのお返しというわけだ。
「そうかも、いや、きっとそうですね。なんで気付かなかったんだろ」
 小野田なら仕方ない。今日の薪があるのは小野田の力によるところが大きいし、普段からも何かと目を掛けてもらっているのだ。それに、縦割り社会の警察機構の中で第九がある程度の無茶を通せるのは、小野田の後ろ盾あってのことだ。室長として礼節を尽くすのは当たり前だ。

 すうっと胸のつかえが消えて、青木は晴れ晴れとした笑顔を見せた。「コーヒー淹れて来ますね」と給湯室へ向かう後輩の足取りの軽さに、小池たち3人は失笑を洩らす。
 後輩の、室長を慕う気持ちは度が過ぎている。少し異常な気さえするのだが、薪の中性的な容姿から自然に連想されるある種の懸念もあって、思っても口に出せないでいる。
 その時も彼らは胸底に沸き起こった疑惑に蓋をし、青木の薪さん好きにも困ったものだ、とそっと目線を交わしあった。




*****




 同日某時刻。
 暗幕に閉ざされた一室で、数人の男たちが額を寄せ合っていた。彼らは一様に深刻な表情で、録音された会話を黙って聞いていた。
『雪子さんのチョコってとこが大事なんじゃないか』
 スピーカーから聞こえてきたアルトの声に、誰かがそっとため息をつく。暗い室内にその声は、女神の息吹のように木霊していた。

「三好雪子も命拾いしましたな」
「さよう。竹内と結婚しなかったら、遠からず警察機構を追放になるところでした」
「いくら女性とはいえ、こうもあからさまに警視正の好意を向けられたのでは。彼女に粛正を、と逸る会員を抑えるのは苦労しましたな」
「三好雪子の件は片が付いたとして。問題は警視正に嫌がらせをした連中だ」
「まったくだ。これが原因で彼が警察を辞めるようなことにでもなったら」
「我々は、何を楽しみに生きていけばいいのか分からない」
 そうだそうだ、と男たちは口々に怒りを表明し、拳を握り締めた。

「残念ながら、物証は既に廃棄ボックスに投入され、滅却されたものと思われます。第九職員たちの前後の会話から、無害なチョコレートも廃棄せざるを得なかったようです。当然、我々が仕込んだ盗聴、いえ、愛を込めたチョコレートも」
「ブラックリスト候補者たちの所在も不明になったと言うわけか」
「草の根分けても探し出して粛正してやりたいところだが」
「無念だ」
 もっと彼の声を聞きたかった、と口には出せない恨みを見ず知らずの愉快犯に向けて燃やし、彼らはやるせなくテーブルを叩いた。

「今回は、もっと重大な問題が発生しました」
 緊急の幹部集会を呼びかけた男が、集会の目的を固い声で告げる。幹部たちは姿勢を正し、彼の言う『重大な問題』に真剣に耳を傾けた。
 彼が録音機器を操作する。聞こえてきたのは若い男の声だった。

『薪さんが、誰かにチョコレートを用意してるみたいで』

 真っ暗な部屋の中に放電現象が起きた。
 勿論それはショックによる錯覚で、しかし部屋にいた全員が同じ幻を見ていたことから、この幻覚は事実として会員たちに語り継がれることになる。その時の衝撃を、失意を、後に様々な手法で表現した彼らの作品は芸術展や文学界で高い評価を受け、中でも絵画『女神の失墜』は二期展で金賞を受賞、小説部門では『女神の想い人に祝福の弾丸を』がベストセラーになった。高額の売り上げ金は会の運営費に充てられている。
 それはさておき、スピーカーからは続いて第九職員の声が流れてきた。何処かの女の子からの贈りものだろう、と一人が言うのに、最初の若い男が、
『違います。薪さん本人から聞いたんです』
 そこで会話は途切れ、ガガガガという機械音のあと突然ぷつりと切れてしまった。ここで廃棄ボックスに投入されたのだろう。

 シンと静まった部屋の中、誰もが息を殺し、自分の中に生まれた凶悪な感情を殺して彼の新しい恋を応援し、なんてマトモな人間ならこんな会には入らない。
「薪警視正に想い人が」
「ゆゆしき事態だ」
「いったい何処の誰なんだ」
「早急に帳場を立てろ。捜査本部を設置して相手の男を絞り込むんだ」
「それは刑事部長のわしの役目だな。よし、引き受けた。確認が取れ次第、抹殺の方向で」
「その仕事は公安部に任せてくれ。目撃者ゼロの事故を装う。得意中の得意だ」
「では、死亡診断書は我々法一が」
「万が一のときの死体の処分は第五で引き受けよう。細菌による分解処理を施せば骨も残らん」
 ……げに恐ろしきかな国家権力。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Aさまへ

Aさま。

お返事遅くなってすみませんー。
検査のやつがねー。
再来週あたり書類検査があるので、それが終わったら落ち着けると思います。


ええと、
8月号から秘密再開! ですねっ!!
やったー!!(>▽<)
これで検査官の冷たい目にも耐えられる(笑)

再開記念オフ会、やりたいですね~!
6月頃はわたしも暇を持て余してると思うので、ぜひ誘ってください(^^

拍手コメントの方へ

拍手コメいただいた方へ

お名前が無かったので、しかもお返事遅くなってしまって、伝わるかどうかアレなんですけど、


>あぁ、楽しすぎます、薪さんをめぐる水面下の戦い(笑)

ありがとうございます~(^^
本人の与り知らぬところで展開する仁義なき戦いww
こんな警察機構だったら……薪さんの身の上は安心ですけど、市民が不安でたまりませんね(笑)

Eさまへ

Eさま。

すみません、ご心配おかけしましたっ。
しづは元気に仕事をしております。
忙しいのは忙しいのですが、その分気が張っているのか、風邪ひとつ引きませんです。

先週は現場検査がありまして、ワタワタしておりました。
再来週あたり、書類検査がある予定なので、その検査が済んだら時間ができると思います。そうしたら、
Eさまはじめ、間延び更新の間も変わらずご愛顧くださった方々に感謝をこめて新しいお話を書きたいです。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: