チャレンジャー(1)

 あらやだ、4月になっちゃったわ。先月の記事数、2つ? どこのイツツユビナマケモノの話?

 4月4日に下水の書類検査がありまして。それが済んだら完工です。
 いやー、長い現場だったなー。みっちり半年かかったもんなー。おばさんは疲れました。


 更新が滞ってしまった間にも、暖かい拍手や励ましのコメント、ありがとうございました。とてもうれしく受け取り、感謝の気持ちを持って拝読しました。どうもありがとうございました。
 現場があまりに長くてSSの書き方なんざすっかり忘れちまいましたが(^^;)
 メロディ8月号からはシーズン0の連載も再開されるそうですから、新しい妄想も生まれると思います。それまでは昨年書いた妄想の残骸(←いっそゴミと読んでください)を公開していきますので、ぼちぼちお付き合いください。



 えーと、今日のお話は、
「楽しい第九」第3弾でございます。
 薪さんと青木さんの新婚家庭に小池さんと曽我さんが遊びに来る話です。
 雑文ですので、ゆるーく読んでやってください。






チャレンジャー(1)





 柔らかな電子音が訪問客を告げる、休日の午後。
 1月ほど前まで、薪はその音を心待ちにしていた。土曜の午後に此処を訪れる来訪者は、八割方彼に決まっていたからだ。そのときめきが今は失われてしまったことを、ほんの少し残念に思う。約束の時間に向けて気分と心拍数がぐんぐん上がって行くあの感じ、当時は幸福感より切なさの方が勝っていたはずなのに、振り返ると微笑ましく思えるから不思議だ。
 何年もの間、数えきれないくらい薪の家のチャイムを鳴らし続けた男は、薪の隣から腰を上げて、来客を迎えるために玄関へと足を運んだ。それは家人としての行動であり、薪が彼の来訪を待たなくなった理由でもあった。

「いらっしゃい、小池さん、曽我さん」
「よお。これ、みんなで食べようと思って」
「ここのシュークリーム、美味いんだぜ」
「わあ。ありがとうございます。オレ、シュークリーム大好きです」
 玄関先で交わされる部下たちの会話を聞きながら、薪はローテーブルの上に広げていたテーマパークのパンフレットを素早く片付けた。休みが取れたら行きましょう、と青木が手に入れてくるそれらの見境のなさに、薪は本当は辟易していたが、いつ取れるか分からない休日の予定を彼があまりに嬉しそうに語るから、仕方なく付き合ってやっている。それもまた年上の恋人の仕事だと、自分の認識とは裏腹の丁寧さでパンフレットを揃え、ハードケースに大事そうにしまい込む。パチンと音を立てた留め金の上を、細い指が愛しげに撫でた。

 彼らがリビングに入ってきたのは、薪がケースを腕に抱えたときだった。「お邪魔します」と揃って頭を下げた部下たちに向かって、薪は軽く頷いて見せ、
「ゆっくりしていくといい。僕は書斎にいるから」
「薪さんの分もシュークリーム買ってきたんですよ。一緒に食べましょうよ」
 書斎に向かおうとしていた足を止めて、薪は首を傾げた。彼らは薪を訪ねてきたのではない。青木のところへ遊びに来たのだ。
 そもそも彼らを家に招いたのは、青木が薪の家に住むことを知った小池と曽我の二人が、「これからは青木の家に気軽に遊びに行けなくなった」と零していたからだ。それほど残念がっているようではなかったが、自分と同居したせいで青木の友人付き合いを抑制してしまうのは良くないと薪は思った。だから言ったのだ。住まいが替わっても青木の家に変わりはない、今迄と同じように遊びに来たらいい、と。

「いや、僕は」
 上司である薪がいたら3人とも気づまりだろうし、だったら自分は此処に居ない方がよい。そんな気持ちから出た薪の言葉を遮って、曽我がソファの座面を指し示した。
「ほらほら薪さん、ここに座ってください」
「そうそう、青木の隣に」
 彼らの口振りに些少の違和感を感じる。うっすらと背後に迫る、嫌な予感。
 これは逃げた方が利口だと判断し、薪は踵を返した。その肩を青木が押さえて、すとんとソファに落とす。
「薪さん、座ってください。今、コーヒー淹れますから」
 こういうときは逃げちゃダメです、と青木の瞳が語りかける。確かに、こんな局面はこれから先、数えきれないくらい迎えることになるだろう。いちいち逃げていたらキリがない。薪はソファに深く座り直した。

 曽我が不器用な手つきでシュークリームの箱を開けようとしていたので、貸してみろと手を出した。ケーキ屋特有の持ち手が付いた箱は、一枚の厚紙が凹凸によって互いを支える仕組みになっている。男でこの箱に慣れている者はあまりいないから、人によっては開ける前から中身が悲惨なことになるのだ。
 細くて器用な指先が留めになっている箇所の凹凸をやさしく外し、箱はふわりと開いた。中には薪の好きな窯焼きタイプのシュークリームが4つ。カリカリに焼き上がったシュー皮に、シュガーパウダーが振りかけてある。
 包み紙ごとそっと持ち上げ、ケーキ皿に取り分けていると、コーヒーの香りと一緒に青木が現れた。
「うわあ、美味しそう」
「……ガキが」
 子供みたいに歓声を上げる、青木の単純な感情の発露にいつだって薪はときめいてしまう。それを隠したいからついつい口に出る、お得意の憎まれ口。そこに鉄壁のポーカーフェイスが加わって、彼らの秘密を手堅く守っている。
 冷たい言葉でも薪に構ってもらえる、青木はそれだけで嬉しい。へらっと笑ってコーヒーを配り、薪の隣に腰を下ろした。
 お持たせのシュークリームを食べながら、気ままなお喋りを楽しむ。もともと口数の少ない薪は聞き役に回ることが多いが、彼らと同じ話題を共有していることに変わりはない。美味しいお菓子と絶品のコーヒーと冗談を交し合える友人と、休日の午後を過ごすには最高のアイテムが揃って、それはとても楽しいひとときだった。

 そこに僅かな危険が混じり始めたのは、コーヒーのお代わりを淹れるために青木が席を外したときだ。
「室長。青木と一緒に住むの、大変じゃないですか?」
「気を使うでしょう。今まで一人で気ままにやってた空間に他人が入るわけですから」
「べつに。食費が3倍になったことを除けば不自由はない」
「2倍じゃなくて3倍か」
「さすが青木」
 そこ、感心するところ違う。
 薪は心の中で曽我を窘める。青木も30を過ぎたことだし、そろそろ節制させないと。代謝の低下と共にぶくぶく太ってしまう、まではいいとして、その後に待ち構える成人病が怖い。彼の健康を守るのはパートナーである自分の役目だ。

「部屋割りとかどうしてるんですか?」
「特にしてないけど」
「してない? じゃ、寝る時も同じ部屋ですか?」
「同じ部屋って言うか同じベッ」
 今日の夕飯はヘルシーに和食で、なんて呑気に献立を考えていたのがまずかった。とんでもないことを言い掛けたことに気付いて、薪は口を閉ざす。沈黙の理由に持ち上げたコーヒーカップは空っぽで、その単純なミスが焦る気持ちを加速させる。やばい、パニックになりそうだ。
「べ?」
「べ、べらぼうに美味かったな、このシュークリーム!」
 自分たちの手土産に対する称賛を胡乱な表情で受け取って、小池と曽我のコンビは顔を見合わせる。その横顔に、同時に浮かんだ悪戯っ子の笑みを薪は見逃さなかった。
 例え住み込みのボディガードと言う名目があっても、世間一般に見て自分たちの同居が不自然であることは承知している。それらしきことを言われても軽く受け流すくらいの心構えを持たなければ、この先やっていけない。

「薪さん、もしかして」
 丸っこい顔に人好きのする笑みを浮かべる曽我を見て、薪は瞬時に決意する。
「青木と同じ部屋で寝てるんですか」と訊かれたら、「さあ、どうかな」と意味深に微笑んでやろう。そのくらいのクールさで返せば、相手も自分の幼稚さに気付いて、この手の質問をしなくなるに違いない。
「もしかして、青木と同じベッドで寝てるんですか?」
「さ、ああああああるわけないだろそんなこと!」
「さ」までしか言えなかった。
 だってっ、モロ聞かれるとは思わないだろ、こんなの! 曽我のKYを甘く見た、てか、そんなんだから26回もお見合い撃沈するんだぞ。

 あまりにもストレートなその質問は、薪のパニックを一気に爆発させた。どもってしまったのは大失敗だった。好機逃すまじと小池が追撃の一手を繰り出す。
「でも今、同じベッドって言い掛けたでしょ」
「そ、それは」
 小池は昔捜査二課で、口から生まれてきたような詐欺師の言葉尻を捕えて自白に追い込んでいたのだ。プライベートの薪なんて、赤子の手を捻るようなものだ。
 眼を逸らしたら負けだと、薪は必死に恥ずかしさと戦った。が、いつもは真珠みたいに白い頬が真っ赤になってる時点で勝負はついている。頭の中がホワイトアウトする感覚。こうなったらお終いだ、子供でも答えられるような問題も解らなくなってしまう。

「べの付く言葉って、他に何かあるか?」
「弁当、ベーグル、ベリージュース」
 さすが曽我。青木に負けないくらい食欲中枢が発達している。
「食いものばっかだな、おまえは」
「じゃあ小池は?」
「ベターハーフ、ベーゼ、ベッドイン」
 きゃああああ!
 悲鳴こそ抑えたものの、薪の身体は勝手に跳ね上がり、一瞬でソファの端まで移動した。飛ぶように退いたものだからテーブルの脚に足元を掬われて、ソファとテーブルの隙間にすこんと落ちる。

「「何やってんですか、薪さん」」
「や、あの」
「「どうしたんですか。顔が真っ赤ですよ」」
 詰め寄られて、でも背中にソファが当たって動けなくて、逃げることも応えを返すこともできない。かくなる上はこのテーブルを引っくり返し、その騒ぎに乗じてコトを有耶無耶にするしかない。
 細い膝が襲撃の意志を持って曲げられたとき、そっと脇の下に入った大きな手が、薪の身体をひょいと持ち上げた。ソファに座らされた薪の頭の上から穏やかな男の声が、
「別々」と薪に解答を示した。
 逆ギレ寸前の薪に助け船を出してくれたのは青木だった。彼は薪とは対照的に余裕の笑顔で、二杯目のコーヒーを静かに客人に配った。

「別々の部屋に決まってるでしょ。オレはリビングに布団敷いて寝てます」
「そうなのか?」
「ええ。布団の方がいいんですよ。普通サイズのベッドじゃ、足を伸ばせませんので」
 先刻までの世間話と何ら変わりない口調で青木は言った。彼らの会話に耳を傾けながら、正直者の青木に嘘を吐かせたことを、薪は申し訳なく思う。
 隠す必要はない、恥じる必要はもっとない。自分たちは普通の恋人たちが普通にすることを普通にしているだけ。見ず知らずの他人ならともかく、身内同然の彼らに姑息な嘘を吐いてまで隠さなきゃいけない理由はないはずなのに。
 薪は黙って席を立ち、洗面所に入った。気持ちを立て直すため、独りになりたかった。

 居間から主の姿が消えると、小池と曽我は堪りかねたように噴き出した。
「見たか、室長のあの顔」
 青木は先輩二人に困ったような視線を送り、深いため息を吐く。ちょっと眼を離しただけでこの始末。まったく油断も隙もない。
「あんまり苛めないでくださいよ。お二人に悪意がないのは分かってますけど、薪さんはそういうの苦手なんですから」
「悪い。つい」
「こんな機会、滅多とないから」
 青木との関係が第九のみんなに知られていることを、薪には知らせていない。薪の性格からして、そんな環境に耐えられるとは思えない。必要以上に意識して、研究室を混乱させるのがオチだ。部下たちにしてみれば、室長が部下の一人と特別な関係にあったとして、それを職務に持ち込まない限りは口にする必要もないことで、だから何も気にすることはないのだが、そうはいかないのが薪のメンドクサイところだ。

「頼みますよ。とばっちりはオレに来るんですよ」
「そりゃ仕方ないだろ。それがおまえの運命だ」
「えらく人為的な運命ですね」
 青木が不平をこぼすと、小池が細い眼をますます細めて、
「承知の上で一緒に住むことにしたんだろ」
 ――小池は飲むと必ず薪の陰口を言うけれど。本当は第九の誰よりも、室長としての薪を尊敬しているのだと思う。最近、小池にチクチクと皮肉を言われるようになったのは、プライベートの薪を独り占めしている青木へのやっかみだ、と言うのが岡部の見解だ。
 青木はにっこりと笑って、「はい」と頷いた。
 口調に込めた揶揄も言葉に忍ばせた棘も、青木には効かない。薪と違って鈍い、と言うよりは、覚悟ができているのか。

「そろそろ引き上げるか」
 二杯目のコーヒーを飲み終え、二人は同時に席を立った。
「あ、薪さん呼んできます」
「いいって。明日、研究室で礼は言うから」
 じゃあな、と手を振って、二人は帰って行った。青木は彼らを玄関先まで見送ったあと、テーブルの上を片付けに戻った。テーブルの上では薪の為に淹れた二杯目のコーヒーが、飲み手を失ってやるせなく湯気を揺らしていた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

しづさん、お仕事忙しいのにまた可愛い薪さんをありがとうございます。
また先日はこんな新参者にまで丁寧にお返事ありがとうございました。

仰るとおり、薪さんに恋したてで寝ても覚めても…BL の趣味はなかったのに「もう抱いてやれよ!!」と呟く毎日です。ちなみに×××の最中に「青木!!」、あります。私あります。
幸せな薪さんを補充しに、ほぼ毎日どこか読んでます。新作も楽しみにしてます。これからも頑張って下さい。

Aさまへ

Aさま。

半年は長かったです~。
普通は3ヶ月程度で終わるんですけどね。今回は水道工事と下水道工事の合併工事だったから、普通の倍も掛かっちゃいました。


>しづさんのSSのストックが

心配、そこ?(笑)


>小池は薪さんを性的な目では見れないけど尊敬してるから独り占めできる青木に嫉妬するところが可愛いです。

こういう関係、珍しくないと思います。
親友に恋人ができて、嫉妬しちゃったとか。憧れの先輩に恋人がいたことが分かって、何となくショックだったとか。
可愛いやきもち、微笑ましいですよね(^^


>これから二人の生活はずっと続くんですから薪さん、頑張って!

いや、うちの薪さんがそっち方面でがんばるとロクなことないんで(笑)
あんまり気張らないで、ゆるゆると生きる術を覚えて欲しいですねえ。

Tさまへ

Tさま。

コメントありがとうございます。
以前もコメントいただいたのですよね。

え、っと、
わたし、コメントいただいた方はノートに付けているのですけど、
すみません、お名前控えておくのを失念したらしく……、
拍手コメントも半年くらい遡ってみたのですけど、見つけられませんでした。ごめんなさい(><)
失礼な奴ですみません。見捨てないでください。


改めまして、コメントありがとうございます。

「薪さん、ちょー可愛い」とおっしゃっていただけて嬉しいです(^^
単なるボケなんですけどね。薪さんがすると、超絶かわいいですよねっ。


>もう私の中ではしづさまの書く薪さんがほんとの薪さんっていうくらい好き。

わー、どうもありがとうございます。
こんなズレまくったオヤジ薪さん、叱られても不思議じゃないのに~。
寛大に許してくださった上に過分なお言葉。うちの薪さん、幸せ者です(^^


>余談ですが、職場にイメージ青木くんなバリスタがいて、

本当ですか?
いいな~!!
見た目天使くんのクセに存外に腹黒いのでしたら、それはうちの青木さんそのものですね(笑)

薪さんが職場にいらしたら……!
わたし、3日で胃に穴が空くと思います☆
遠くから見てるのがいいです。ときどき青木さんと眼で会話してくれたら、それで十分です(〃▽〃) ←けっこうゼイタクww


コメントありがとうございました。失礼いたしましてすみませんでした。
Tさまのまたのお越しを心よりお待ちしております(^^


なみたろう さまへ

なみたろうさま。

こんにちは(^^
コメントありがとうございます。



>薪さんに恋したてで寝ても覚めても

やっぱりその時期ですか~。
分かりますよ、すっごいよく分かる!!
夜は眠れない、仕事も手に付かない。妄想ばっかりしているから掃除は手抜き、料理は焦げる(笑)
夜中に起き出してブログ様めぐり。オットの話をロクに聞かない上に休日はずーっとPCに向かってるから浮気を疑われw
最低の嫁でございました☆

極めつけは、

>ちなみに×××の最中に?青木!!?、

なんと、なみたろうさんも経験おありですか!
そうか、薪さんファンには普通のことなんだな!<こら。



ところで、
なみたろうさん、ブログお持ちなんですね! しかも絵描きさん! 
ちらっと見たら、美しいイラストがたくさんあって、びっくりしました~! 
しかもすごい上手! プロみたい!!

わたしは絵が描けないので、絵描きさんには無条件で平伏します。
イラストは時間掛かるし、神経使いますよね~。めっちゃ肩凝るし。(大昔に絵を描いてたこともあるので、苦労だけは分かります)

感謝の気持ちを持って、これからじっくり拝見させていただきます。
楽しみっ♪♪♪
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: