イヴに捧げる殺人(5)

 こんにちは。
 今日から連休の方、多いですよね。みなさん、行楽なさるのかしら。お天気に恵まれますように。

 わたしは遠出の予定はありませんので、真面目に更新を……あれっ、4月って記事6つ?
 なんで現場出てた時と数変わらないの? ←当事者の言葉とは思えない無責任さ。

 すみません~、5月はがんばるです~。
 でも今日は映画に行ってくるねっ。右京さん、今行くよー!






イヴに捧げる殺人(5)






「美奈子さま。ちょっとお話が……あの、美奈子さま、あのっ」
 それが自分に対する呼び掛けだと気付くまで、4秒ほどかかった。その時薪はよんどころない事情で焦っていて、つまり生理現象だ。潜入捜査とはいえ、さすがに生徒たちがたむろしている女子トイレには入れない。考えた挙句、日中は使われていない講堂か体育館のトイレを使えばいいと思いつき、校舎外に走り出そうとしていたのだ。
「はい」と淑やかに返事をして振り返る。薪を呼びとめたのは、ストレートの黒髪を背中に垂らした大人しそうな女の子だった。同じクラスの、名前は確か更科柚子。席は礼子の隣だ。
「更科さま。なにか」
「もう私の名前を? 優秀でいらっしゃいますのね」
 褒め言葉には微笑みだけを返し、心の中で、あなたのお父様の会社の住所まで知ってますよ、と薪は答えた。一応ね、と中園から渡された資料の中に、礼子のクラスメイトたちの履歴書があった。すべてインプット済みだ。

 廊下の隅に連れて行かれ、お喋りを楽しむ他の生徒たちの眼から隠される。普通の学校なら新入りに対するヤキ入れだが、ここは天下のお嬢様学校。そんな野蛮なことはしないだろうと思う一方で、礼子がイジメを受けている事実を思い出す。ガキのやることなんて、金持ちも庶民もあまり変わらないのかもしれない。
 私のことは柚子とお呼びになって、と微笑んだ後、彼女は口ごもった。言おうか言うまいか迷っている素振り。どうでもいいから早くしてくれ、と言いたいのをぐっと堪える。

「あの、こんなこと、言っていいのかどうか」
「遠慮はいりませんわ。どうぞおっしゃって」
 薪が促すと、柚子は意を決したように顔を上げ、きゅっと唇を引き結んだ。
「礼子さまとは、あまり親しくなさらない方がよろしいと思います」
「何故ですの?」
「礼子さまはその、お可哀想なことに苛めにあってらして……」
「一緒にいるとわたくしまで巻き添えになると? それはご親切にありがとう。でもわたくしは礼子さまとは小さい頃からとても仲良しでしたの。そんな状況ならなおさら、礼子さまの支えになって差し上げたいわ」
「違います。それだけなら私だってこんなことは申しません」
 強く言い返されて、少したじろぐ。マスク越しで話をしているようなホワホワした声しか出せない連中だと思っていたが、例外もいたらしい。薪は改めて彼女を見直し、彼女の黒い瞳に振り絞った勇気を見つけた。

「先ほど、美奈子さまがおっしゃった吸血鬼事件。被害者は3人とも、礼子さまを苛めていた生徒なんです」
「ほう。それは面白い」
「えっ?」
「あ、いえ、そうなんですの。それは初耳ですわ」
 有力な手掛かりに、思わず素が出てしまった。慌ててお嬢様の仮面を被り、薪は咳払いでその場をごまかした。幸い、柚子はそれ以上薪の失言を追求することはしなかった。この辺がお嬢様だ。これが雪子ならここぞとばかりに突っ込んでくる、絶対。
「最初に被害に遭われた三宅裕子様、二人目の遠峯千尋様、そして三人目の岸谷千秋様。みんな礼子様にひどいことを……だから、礼子様は事件と何か関わりがあるんじゃないかって」
 柚子は眼を伏せ、長い髪で顔を隠すように俯いた。それから弱々しい声で、
「あの方に近付くと血を抜かれて殺されてしまうって。クラスでは噂になってるんです。だからクラスであの方に近付く生徒はおりません」
 育ちの良さ以上に。不安が彼女を追い詰めていたのだろう。その中で、彼女は薪の身を案じて忠告してくれたのだと知った。

「大丈夫。こう見えてもわたくし、とても強いんですの。礼子さまはもちろん、柚子さまのことも守って差し上げますわ」
 薪はにっこりと笑い、柚子の小さな肩に手を置いて顔を近付けた。それは子供を安心させるときに青木がよくやっている仕草で、でも薪がやるとまったく別の効果を表す。すなわち柚子はぽーっと顔を赤らめ、つまり彼女にはこれから自分の性癖を疑い悩むと言ういささか可哀想な未来が待っている。色んな意味で罪作りな男である。

「ではこれで。わたくし、休み時間中に行きたいところがありますの」
「あら、どちらへ? よろしかったらご案内しますわ」
「ありがとう。でも大丈夫ですから」
 着いてこられたら身の破滅。これから毎日トイレに行くたびにハラハラしなきゃならないのかと思うと悲しいやら情けないやら。さらには自分のこんな姿を想像して意地の悪い上司が嗤っていることも予想がついて、そうしたら今度はひどく腹が立ってきて今すぐにもこの太腿にまとわりつくスカートを脱ぎ捨ててここから立ち去りたい衝動が沸き起こり。
 それらすべてを薪は、3日後の土曜日、自宅を訪れるはずの恋人をいじめ倒す手段を考えることで押さえつけた。



*****




 薔薇の花が華やかに踊るティーカップを、礼子は乱暴にソーサーに置いた。ガチャンと痛々しい音が響く。エルメスの限定品とか知ったこっちゃない。
「あの男。マジでムカつく」
 礼子の苛立ちの原因は臨時雇いのボディガード。初日から気分は最悪だ。
「どうしてそんなに薪さまのことをお嫌いになるんです? あんなに綺麗な方なのに」
「だから、気持ち悪いって言ってるでしょ」

 雇われ人のくせに上から目線だとか口の利き方が超生意気だとか、彼を不快に思う要素は他にもあるし、心の底では礼子も彼の美しさを認めている。礼子が彼を遠ざけたいと思う、本当の理由は別にある。
 それは彼の気品だ。
 彼の内面から滲み出る優雅さは本物だ。自分のように、上っ面だけの紛いものではない。クラスメイト達と同じ本物だけが持つ品の良さ。自分には決して得られないそれを持っている彼が、礼子には妬ましくて仕方ないのだ。

 礼子は九条家の本当の娘ではない。生物学上の親は顔も知らない。
 孤児という境遇に幼い頃は苦労したが、施設から九条家に引き取られ、それからは何不自由なく育ててもらった。養父が行かせてくれたお嬢様学校も養母が用意してくれた服も、習い事も友だちもまったく趣味ではなかったが、文句を言ったら罰が当たると思った。施設の暮らしに比べれば、ここは天国だ。
 養父母には感謝しなければ、といつも自分に言い聞かせていた。どんなことをされても我慢して、彼らの恩に報いようと思っていた。
 それは幼い頃からの礼子の決意ではあったが、時に我慢の限界を超えそうになった。特に子供の頃は、その純粋さ故に傷つくことが山ほどあった。慣れない上流階級の暮らしやしきたり、来訪者たちの物珍しそうな視線と嘲りの笑み。幼い礼子は彼らの悪気のない態度や言葉に自分を否定され、陰で涙を流した。
 そんなとき、礼子を慰めて元気付けてくれたのがユリエだ。彼女は小間使いで、当然庶民だ。だから礼子とは話が合ったし、気持ちも通じた。その頃はユリエが礼子の支えだったのだ。
 一人寝に慣れていない礼子のために、嵐の晩はそっとベッドに潜んできてくれた。夜が更けるまでお喋りに興じていたから翌朝寝過して一緒に寝ているところを見つかってしまい、執事の高田にめちゃくちゃ怒られていた。それでも礼子が頼むと、添い寝してくれた。中学生になってからはそんなこともなくなったけれど、生まれのせいで学友たちとの間に常に溝がある礼子にとって、ユリエは使用人というよりは気の許せる友人であった。

 高等部に進んで、礼子は一人の女生徒と親しくなった。何度か家に連れてきて、ユリエと3人でお茶を飲んだりした。その彼女とも事件のせいで距離ができてしまったが、彼女を大事に思う礼子の気持ちは変わっていない。

「お代わりはいかがですか?」
「ありがと」
 ユリエがティーポットを傾ける。細い注ぎ口から流れ込むうっとりするような赤色を、礼子はしげしげと見つめた。
 新しいお茶を一口含んで首を捻る。どうしてユリエが淹れるローズヒップはこんなに美味しいのだろう。酸味はあるがまろやかで、何とも言えないコクがある。何処に出しても恥ずかしくない味だ。
「同じ茶葉なのに。なんであたしが淹れると酸っぱくなるのかしら」
「性格が出ますから」
 思わず舌打ちする。小さい頃のあれやこれやを知られている分、ユリエは礼子に遠慮がない。

 そう言えば、あの娘が淹れたお茶は優しい味がした。
 お茶の味に人柄が出ると言うのは本当のことかもしれない。正確には育ちが出るのかも。
 九条の家に引き取られたばかりの頃、料理の味付けが薄いことに驚いた。良質の材料を使えば調味料を多用せずとも十分な旨味が得られる。が、普段安手の材料ばかり使っている人間はその引き出し方を知らないから、ついつい調味料に頼る。それと同じで、茶葉の入れすぎとか時間の置き過ぎとか、礼子が気付いていないミスがあるのかもしれない。

「結局は血が違うのよね……」
 礼子の自嘲めいた呟きを、ユリエはいつものように聞こえなかった振りをしてくれた。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。

お返事遅れてすみません!
何故か、こちらのコメントだけメールボックスに入ってなくて、気付きませんでした。拍手コメントの管理欄、たまには見ないとダメですね(^^;


>薪さんが苦労すると青木が虐められるんですねww

モロ、八つ当たりっすね☆
むしゃくしゃするから青木でも苛めてスッキリしよう――なんだろう、このギスギスした青薪小説は(笑)


>そして男も女も惹きつける薪さん罪作りw

女の子はともかく、男はヘンなのばっかり寄ってきますよね。青木さん筆頭、いえその(^^;



セーラー薪さん、描いていただいてありがとうございました(〃▽〃)
Sさん、勇者。絵にしようとすると、みんな途中で挫折するみたいですよ(笑・笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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