イヴに捧げる殺人(8)

 こんにちはー。

 おかげさまで、実家のお祖母ちゃん、退院しました。
 お見舞いくださった方、ありがとうございました(^^


 またまた更新が空いてしまったしづですが、今回は放置していたわけではなく。新しいお話を書いててそっちに夢中になってブログを放ったらかしに、あれ、やっぱり放置ですね、すみません。

 4月中も、お花見の話とか青薪さんが夜中に雪を眺める話とか、ぼちぼち書いてたんですけどね。さっぱり筆が進まないわ、ブランクできちゃったからな~とその時は思ってたんですけど、
 やっぱりネタだね! ドS話だと筆が走る走るw
 というわけで、只今40Pお話の中盤、岡部さんと青木さんは爆弾で吹っ飛ばされて生死不明、薪さんは変態殺人鬼の毒牙に掛かろうとしております。
 いつも自分だけ楽しくてすみません(>▽<)







イヴに捧げる殺人(8)





 その日、自宅に戻った礼子は真っ直ぐに自分の部屋に向かい、机に向かって宿題を始めた。
 教科書の内容がちっとも頭に入ってこないのは、課題が礼子の苦手な数学だからではない。「ただいま」の挨拶をしに養父母の部屋を訪れると、そこには養父だけがおり、養母が不在だったからだ。
 婦人会の集まりで、今夜は遅くなるそうだ。養母は後援会の会長も務めているし、付き合いも広い。養父ほどではないが、夜、家を空けることも多かった。
 要するに、夕食は養父と二人きり。大分日も空いているし、今夜は確実だと思った。
 いっそのこと、泥酔して寝ててやろうか。できもしない抵抗を思いつくが、あの男がそれを歯牙にも掛けないことは、自分がそれを為せないこと以上に明らかだった。相手は礼子の意志などどうでもいいのだ。自分はただの人形。そのために引き取られたのだと今では分かっていた。

 身体の関係ができたせいか、礼子は義父のことを義母以上によく知っていた。見栄っ張りで小物の性格も、篤志家の仮面の裏で様々な悪事を働いていることも。
 今日のようなたっぷりと時間の取れる夜、礼子は義父の部屋に呼ばれる。部屋には常時鍵の掛かっているクローゼットがあるのだが、礼子はその中身を知っている。
 その扉は礼子にとっては絶望の扉だった。そこには女の身体を責め苛むための様々な性具と、義父の未来の政治資金に化ける粉が置いてあるのだ。礼子が義父に逆らわないのは、それを使われるのが怖いせいもある。性具だけならまだしも、薬漬けにされるのは嫌だった。

 ドアがノックされ、養父の声が聞こえた。ユリエが直ぐにドアを開け、何事か言い付けられて部屋を出て行った。
 人払いされたことを知って、礼子は焦る。まさか、こんな時間から?

「ママから電話があってね。今日は夕食までに戻れるそうなんだ。家族3人で食事が取れるのは嬉しいけれど、パパは少しだけ残念な気分だ。礼子もそうだろう?」
 養父は机に向ったままの礼子の背後に迫り、後ろから礼子の身体を椅子ごと抱きしめた。シャープペンを握りしめたまま、礼子は身構える。声が漏れないように奥歯を噛みしめた。
「可愛い娘をがっかりさせるのも忍びなくてね。夜の予定を繰り上げることにしたよ」
 胸のリボンが解かれ、ボタンが外された。襟の隙間から手が入ってくる。ごつごつした男の手。吐き気がした。
「おまえも期待していただろう?」
 養父の息が耳に掛かる。ヤニ臭い男の息。腹の底から嫌悪感が這い上がって来る。このペン先を無粋な手に突き立ててやりたい。
「さ、早く脱ぎなさい」
 養父の性的虐待が始まった当初は、礼子はなんのかんのと理由を付けてそれを拒もうとした。そして学んだ。抵抗しても不快な時間が伸びるだけだ。素直に言う事を聞いて、さっさと終わらせた方がいい。
 諦めて、礼子はシャープペンを机に転がした、その時だった。

「礼子さま。入りますよ」
 入りますよ、と言った時には既に薪は部屋のドアを開けていた。養父が泡を食って礼子から離れる。思わず噴き出しそうになった。
「九条先生もこちらでしたか。ちょうどよかった、先生に報告があって来たんですよ」
「き、君っ、案内もなしに失礼じゃないか!」
「すみません。インターホンを鳴らしても、誰もお出にならなかったので。勝手に入らせていただきました」
 嘘だ。インターホンは鳴らなかったし、玄関には鍵が掛かっている。
 驚くべきは彼がこの部屋に自力で辿り着けたことだ。九条邸は迷路屋敷の異名をとる建物、道順を知らない者にとって主要な部屋に行くのは至難の業だ。からくり屋敷のように入り組んだ廊下と階段が、泥棒避けにもなっているくらいだ。

 躊躇う様子もなく部屋の中に入ってきた彼に、養父は太く短い指を突き付け、だぶついた頬を赤くして彼を糾弾した。
「そんな嘘が通るとでも、――っ」
 ずい、と美しい顔が迫ってきて、養父は言葉を飲んだ。彼の美貌は氷の冷気と凄味を持っていた。
「どうやらインターホンが故障しているようですね。早く修理された方がよろしいですよ。でないと」
 完璧に整った顔が凄まじく微笑む。草食系なんて誰が言ったんだか、彼は立派な猛獣だ。
「不用意に入って、見てはいけないものを見てしまう輩がいないとも限りませんから」
 言外に、見たぞ、と言っている。養父の顔が青ざめて行くのが痛快だった。
「ど、どうかね、夕食でも。報告はそのときに」
「ありがとうございます。では後ほど」
 養父がそそくさと部屋を出ていくと、彼は傲慢に腕を組んだ。冷たい眼で礼子を見る。蔑まれても仕方ないと思った。

「お礼を言うべきかしら」
「僕に感謝する気持ちがあるなら、君にはしなきゃいけないことがあるはずだ」
「お母様に黙っててやるから好きにさせろとでも?」
 寝てやる気なんか無かったけれど、ブラウスの前をはだけて見せた。彼の説教口調は礼子の神経を逆撫でする。大人しく話を聞く気にはなれなかった。
 彼の瞳は礼子の胸元を見ても冷たいままだった。見入るどころか呆れたように、
「最近の女子高生は進んでるって青木が言ってたけど、本当なんだな。まさか、お父上も君の方から誘ったのか」
「8歳の子供にそれができると思うなら勝手に思ってれば」
「そんなに小さい頃から?」
 あのクソ親父、と言う罵声が聞こえたが、気のせいかもしれない。彼の綺麗な顔には何の変化もなく、相変わらず上品でそんなことを言うように見えなかったから。

「なるほど。周り中とても話が合うとは思えない世間知らずのお嬢様ばっかりで、その上いじめにまで遭って。そんな学校にどうして君が行きたがったのか、分かったよ」
 彼は組んでいた腕をほどき、養父が解いて床に落としたリボンを拾って、何も書かれていないノートの上に載せた。白いノートに蛇のようにのたくった臙脂色のリボンは、酸化して黒ずんだ血液を思わせた。
「でも分からないな。君はいじめに負けないくらい強いのに、どうしてあんな親父の言いなりになってるんだ?」
 訳知り顔に言われて腹が立った。彼に自分の気持ちが分かるはずがない。この気持ちは、経験したものでないと分からない。
「生きていくためよ。世の奥さん連中だって自分が食べるために亭主に抱かれるでしょ。あたしがしてることもそれと同じ」
「全然違うと思うけど」
「あんたみたいに裕福な家庭に生まれ育ったお坊ちゃまには分からないわよ。夜ごはんも朝ごはんも誰かに奪られちゃって食べられなくて、学校の給食だけで何日も過ごしたことなんかないでしょ」
「さすがにそこまでの経験はないけど、僕の家だって裕福じゃなかったよ。小さい頃に親が死んで親戚の家に引き取られたんだけど、その家も借金がたくさんあってね。小学生の頃から家のことやら叔母の内職の手伝いやらで、遊ぶ暇もなかった」
 おかげで手先が器用になった、と微笑んだ彼を、礼子はしげしげと見直した。正直、驚いた。そんな幼少期でも、彼のような気品は身に付くものなのか。

「大人になって稼げるようになって、自分で自分の生活を賄うことの喜びを知った。君もそうすればいい」
「働けってこと? 無理よ、そんなの」
「無理なものか。もうすぐ十八だろう。立派に働ける年齢だ」
 君の年には僕はアルバイトで生活費を稼いでいたぞ、とそれは彼だからできたこと。とても優秀な頭脳と飛び抜けた容姿を持っている、そんな人間なら引く手あまたで、就職先にも困らなかっただろう。
「自立するんだ。この家にいちゃいけない」
「だから無理だって。あたしにできることなんて」
 自分には何の取り柄もない。家を出て働くと言っても、まともな職なんか見つかりっこない。結局は身体を売って生活している施設の先輩を、礼子は何人も知っている。要は、不特定多数相手に商売をするか一人に絞って商売をするかの違いで、だったら後者の方が倫理的にもマシではないか。

「いいか。君はもう非力な子供じゃない。大人の言いなりにならなければ生きて行けない、そんな弱い生き物じゃないんだ。勇気を出せ」
「放っておいてよ。あたしは今の生活に満足してるんだから」
「今のままでいいわけないだろ。好きな人ができた時、絶対に後悔するぞ」
 下らないことを言う男だと思った。
 好きな人? どこの世界の夢物語? 少なくとも、今までの自分の人生には無縁のものだった。
「誰も愛してくれないわよ、あたしのことなんて」

 そんなものは、物ごころ付くと同時に諦めた。礼子が純潔を失ったのは九条家に引き取られる以前のことだ。相手は施設の職員で、彼は礼子に「他の子には内緒だよ」と言って菓子や人形を与え、それを代価にして礼子の幼い身体をおもちゃにした。
 その当時、礼子は自分が何をされているのか分からなかった。ただ、これは秘密にしなければいけないことだとは感じていた。もしもこれが皆に知れたら、もうお菓子は食べられなくなる。その程度の認識しか持っていなかったどころか、他の子には与えられないお菓子が自分だけに与えられることに無邪気な優越さえ抱いていた。
 あれが性行為の真似事だったことを知った時、礼子は自分のしたことが恐ろしくなった。お菓子をくれた男性職員が自分の腹の上に撒き散らしていた白い液体が子供の元になる成分だと分かり、もしかしたら自分にも赤ちゃんができるかもしれない、そうしたら皆にこの事が知られてしまう。未だ初潮も迎えていない礼子に妊娠の可能性はなかったが、それを彼女に教えてくれる人はいなかった。
 さらに長じて、お金で自分の身体を売る女たちがいることを知った。娼婦と言うのよ、最低の職業よ、と施設の友人が話しているのを聞いたのだった。お菓子が欲しくて彼の言いなりになった礼子は、知らないうちに娼婦になっていた。

「気が付いたら汚れてた」
 知った時には手遅れだった。なんて愚かだったのだろうと、いくら悔やんでもこの穢れは消えない。
 今となっては顔も覚えていない男性職員を恨む気持ちはなかった。悪いのは自分だ。自分が何も知らないバカな子供だったから。
「あなたには、わたしの気持ちは分からない」
 今さら、自分の身の上を嘆こうとは思わない。なのに、どうしてか涙が溢れた。
 汚い人間には汚い人生しか歩めない。割り切ってすべて受け入れて、自分はこれからもそうやって生きていく。覚悟は決まっていたはずなのにどうしてだろう、彼の亜麻色の瞳を見ていると、心がぐらぐら揺れる。まるで。
『何があっても礼子さまをお慕いしております』
 生まれて初めてあの娘に言われた言葉を、胸のうちで反芻するときのように。

「分かるよ」と彼は呟いた。
「僕は取り返しのつかない罪を犯した人間だから。自分自身を呪わしいと思う、君の気持ちはよく分かる」
 彼の犯した罪がどんなものか礼子は知らなかったが、呪わしいと言う言葉には驚いた。彼のように美しく、優れた人間が自分を呪わしく思うことがあるなど、俄かには信じがたかった。
「でも、僕と君では状況が違う。僕はもう取り戻せないけど、君はまだまだやり直せる。君次第だよ」
「悪いけど、あたしの汚れは年季入ってるわよ。もう落ちないわ」
 諦めるには早すぎる年齢だと、そう言った意味合いの慰めならよして欲しい。若くてきれいなのは表面だけ、皮一枚、剥いだら下は汚物塗れだ。どろりと腐って酸っぱい匂いを撒き散らす肉の塊。誰の目にも触れずに消滅できればいいのに。

「どうやら赤点は数学だけじゃないな。生物もだろ」
 絶望する礼子を、あろうことか彼は嘲笑った。なんて性格の悪い男だろう。確かに礼子は現国以外はオール赤点と言う華々しいタイトルホルダーだが、何もいま成績の話を持ち出すことはなかろうに。
「汚れが落ちない? バカバカしい。人間の皮膚細胞は約28日間、一番サイクルの長い骨でさえ7年ですべて新しくなるんだ。どんなに深く浸透した汚れでも落ちないなんてことはない。第一」
 礼子の非学をせせら笑う調子で知識を披露していた彼は、一旦言葉を切り、表情を改めた。それから礼子の頬に手を伸ばし、人が大切なものを扱うときのやさしさと慎重さで、そおっと頬を包んだ。
「人間は男と寝たくらいじゃ汚れない。汚いとすればそれは君の身体じゃない。心根だ」
 いつも礼子を見下していた亜麻色の眼は、今は下から、椅子に座った礼子を見上げていた。すなわち彼は床に膝をつき、学友の誰よりも近しい距離で礼子を見つめていた。
「どんな辱めを受けようと、君にそれを拒む心があれば君は汚れない。自分の弱さに屈服したとき、初めて人は穢されるんだ」

「これ以上、自分を汚すな」と彼は言った。
 負けるな、戦え。戦って自分の人生を勝ち取れ。

 彼の、見た目よりもずっと温かな手から伝わってくるのは強烈なメッセージ。彼は優しい男じゃない、慰めなんか一言もくれない。厳しく礼子を叱咤し、茨の道を歩ませようとする。
 だけどそれは礼子に大事なものを取り戻すための試練。とうに失くしてしまった未来を夢見る心、何も知らなかった子供の頃に自分を支えてくれたもの。夢とか希望とか、取りとめもなく漠然として具体的に何ができるわけでもない、でも人が人として生きていくには絶対的に必要な、明日を夢見る能力。
 取り戻すことができるなら。惜しいものなど何もない。

「何度か、考えたことはあったの」
 家人の眼を盗んで家を出る。でもその先のことは自信がなかった。未成年の上に身元保証もないのだ、まともな職に就けるとは思えない。そんな女が行き着く先はほぼ決まっている。それでは本末転倒だ。
「それに、わたしは謂わばお父様の暗部なわけでしょう。この家を出たところで、直ぐに連れ戻されてしまうわ。秘密を知る人間は手元に置いて監視しておくのが一番だもの」
「もっともだ。君は案外頭がいいな」
 褒められて嬉しくなった。こんな単純な褒め言葉が嬉しいのは、今現在も自分の細胞が生まれ変わっているから? 屈服しない限り汚れないと言う彼の言葉が本当なら、こんな自分でも幸福を求める権利はある?
 心の中で発した礼子の問いを肯定するように、彼はにこりと微笑んだ。その美しさに礼子は図らずも感動した。大袈裟だけど、神さまに許されたような気がした。
 彼は礼子の机からノートを持ち上げ、少し首をかしげて、
「それでどうしてこんな簡単な問題が解けないんだ?」
 ちょっと、あたしの感動返してくれる。

「君の言う通り。こっそり姿を晦ましたところで天下の代議士先生だ、どこまでも追って来るだろう。そこで提案だ」
 彼はノートの上部を掴んで開き、空白のページを礼子に突き付けた。
「このノートが君の武器になる」



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

>自分のことよりも親友の人生を奪ってしまったことの方が辛いですよね(><)

自分のことだけなら考え方ひとつでどうにかなるものです。
難しいけど、時間は掛かるけど、本当にそう。取り戻せないものじゃない。
だけど、こと命ばかりは、それも他人のものとなると……
なんとかして薪さんの十字架を軽くする方法はないかと、未だに模索中です。


>しづさん、また薪さんを変態に襲わせるのですね・・

だって楽しいんだもんっ。←薪さんの十字架は?
東条は、
あれ? そんなに変態だったっけ?
彼はもともと真面目な好青年で、村の人たちにも信頼されてて、それが薪さんの美しさに狂わされちゃったんですよね。元はそんなに悪い人じゃない。だからあの後、薪さんは自分の責任の所在について考えたりもしたと思うんですよ。
でも、今回の犯人は根っからのヘンタイで、SM趣味もあったりして、薪さんに会う前から立派なヘンタイ。その方が薪さんの十字架を増やさなくて済みますからね。書く方も楽なんです。
お楽しみに♪

Sさまへ

Sさま。

>うう~む、何とも酷いハナシだが薪さんは素敵だ。

今回は薪さん、迷える子羊を導く神父様役で。
相当に規格外ですが、お楽しみいただけたら幸いです(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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