イヴに捧げる殺人(10)

 6月ですね~。
 6月と言えば、我が家では梅を漬ける時期です。
 今年は、すごく梅のデキがいいんですよ。オットがよく梅木の手入れをしてくれたから。
 風の強い日が多かったので落ちちゃった実も多いんですけど、でもそれが上手く間引きになったみたいで、大粒できれいな梅が実ってます。3人しかいないのでね、100個もあれば十分なんですよね。
 新しい梅干しができる夏が、今から楽しみです(^^





イヴに捧げる殺人(10)





 鮮烈に残っている彼のイメージは血の色。血の池と化したバスタブに浸かっていた彼の姿。真っ白な肌も澄んだ瞳も、その時ばかりは血の色に染まっていた。形のよいくちびるを開けばその中も血で真っ赤で、唯一血が付いていなかった左頬は青みがかる程の白さ。
 恐ろしいのに目が離せなくて、魅入られるとはまさにこのこと。
 長身の男がやってきて、裸の彼を抱き上げた。男のシャツも顔も血に染まって、それはさながら吸血鬼に魅入られた憐れな奴隷が主たる怪物にかしずくよう。
 彼の身体から滴る血が、床に不気味な模様を描く。男に抱きしめられた吸血鬼が、ほう、と冷たい息を洩らした。


*****



 礼子の告発書に基づく強制捜査が執行され、九条徹夫議員は逮捕された。九条家には大量の捜査員が押し寄せ、イナゴの群れのようにあらゆるものを持ち去った。彼らが去った後、まるで嵐にでもあったかのような惨状を呈した屋敷を片付けるのに、家政婦の淑子と小間使いのユリエは夜中まで掛かった。

 まったくもって腹が立つ。これは明らかに職務外の仕事だ。ユリエの仕事は礼子の身の回りの世話だ。その礼子がいなくなってしまって、他にすることもなかったのだが。
 実際、ユリエの仕事は掃除くらいしかなかった。
 奥方がいればそのお世話もあるが、彼女は夫の手が後ろに回ると同時に成城の実家に帰り、絶対に表に出てこなかった。賢明な彼女は、それが執念深いマスコミを避ける唯一の手段だと知っていたのだ。幼い頃に引き取って育ててきた子供に裏切られたことはショックだったに違いない。自分の夫が礼子にしていたことを知ればもっと酷いショックを受けたはずだが、それは薪だけが知る秘密で、彼はそれをこの世の誰にも話さなかった。

「このお屋敷も寂しくなりましたね」
 家人が誰もいなくなり、使用人たちは一部を除いて離散した。残った者はほんの数名、執事を筆頭に屋敷の片づけを任されている。この屋敷も遠からず人手に渡るのだ。
「礼子お嬢様はお元気でお過ごしですか」
「ご安心を。警察で手厚く保護していますよ。彼女はもうここに戻ることはありませんが、大丈夫、元気にやってます」
 屋敷を取り巻くマスコミの目をどうやって抜けて来たのか、美貌の警察官は玄関先でユリエに微笑みかけた。十日前と同じ、非の打ちどころのない完璧な美しさだった。

「今日は何の御用ですの」
「ユリエさんに会いに来たんです」
 理由を聞いてユリエは驚いた。彼は礼子嬢の臨時のボディガードとして警察から派遣されたはず。肝心の礼子が此処にいないのに、何をしに来たのだろう。
 ユリエが訝しげに眉を寄せると、彼は何とも可愛らしい照れ笑いを浮かべ、
「こないだ頂いた、何て言いましたっけ、ローズ何とかってお茶。あれが飲みたくて」
「ローズヒップティー、ですわね?」
 そう、それです、と彼は子供のように眼を輝かせてユリエの手を握り、有無を言わせぬ強引さで屋敷の中に入ってきた。
「あのお茶は実に美味でした。屋敷の片づけが終われば、あなたも此処からいなくなるのでしょう。今しかチャンスはないと思って押し掛けた次第です」
「まあ。光栄ですわ」
 茶葉はユリエの自室に置いてあった。屋敷内の品物はすべて業者に買い取ってもらう事になっていたが、飲みさしの茶葉など売り物にならないから、自分が貰って行こうと思っていた。

 客人をどの部屋に通そうか少し考えて、ユリエは彼を自室に招くことにした。主な家具は売却されてしまって、応接間には椅子一つ残っていないからだ。
 ユリエの部屋は屋敷の東の端っこで、六畳一間の狭い洋室だった。ベッドとビニール製の洋服ダンス、小さな化粧台。バストイレ付だが、テレビやステレオコンポと言った孤独を紛らすものは何もなく、つましい生活状況が伺えた。

「自炊なんですか? 住み込みなのに?」
 第九の給湯室より狭いキッチンに、古い冷蔵庫が置いてあった。一つだけだがクッキングヒーターもあって、ユリエはそこで客人のためにお湯を沸かした。
「わたしたち使用人のお食事は、シェフの近藤さんと家政婦の淑子さんが食堂に用意してくれるのですけど、時間を過ぎると下げられてしまうんです。わたしは礼子さまのスケジュールに合わせて仕事をしますので、朝晩は時間内に食堂に行けないことが多くて」
 薬缶のお湯を沸騰させ、茶器を温めてから茶葉を茶匙で掬う。ポットにお湯を注ぐと、ローズヒップの華やかな香りが部屋いっぱいに広がった。

「ああ、やっぱり」
 カップを傾けて彼は、満足そうに微笑んだ。その様子にユリエも嬉しくなる。このところ、ユリエに与えられるのは滅入る仕事ばかりだった。そんな中、自分が淹れたお茶を喜んで飲んでくれる人の存在はありがたく、勇気付けられる心持ちになった。
 ユリエは、彼の口から発せられるであろう称賛の言葉を待った。が、次に彼のつややかなくちびるが開いたとき、そこから零れた言葉はユリエの予想とはまるで違っていた。

 カップに半分ほど残った赤いお茶を見つめ、彼はこう言ったのだ。
「犯人はあなただったんですね。ユリエさん」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Nさまへ

Nさま。


おお、犯人、当たってましたか!
さすがミステリーファン!

本当はね、もっとミスリードの伏線、張りたかったんですけど気力が(^^;
最初はクラスで礼子を苛めてた女の子に濡れ衣被せるつもりだったんですけど、面倒になってきちゃ……みんな工事のクレームが悪いんだ。←責任転嫁、得意。

勘でもイメージでも、当てたもん勝ちですよ。
わたし、二時間ドラマは大抵登場シーンで犯人当てるもん。この俳優さん、いつも犯人役だよねー、とか言いながら。←脚本家にめっちゃ失礼な見方してる。


> それもそれですが、やっぱりこうゆう場面の薪さんは最高です。
> 犯人を追い詰めてる時の…女優!!そう女優薪さん!!

ねっ、ねっ!
薪さんて、犯人を苛め、もとい、追い詰めてるときが超絶カッコイイですよね! 
悪い人には容赦しないの。たぶん、しちゃいけないんだと思ってる。同情心を心の底に沈めて、冷徹な狩人に徹する、そこが薪さんクオリティ。
ただ、あんまりやり過ぎると恨みを買っちゃうんで。ほどほどにね(^^;




お祖母ちゃんへのお見舞い、ありがとうございます。
まだ入院中ですが、だいぶ落ち着いております。


> 自家製梅干しも楽しみです(笑)

今どき、自分で漬けてる人ってあんまりいないのかな?
言われてみればうちみたいな田舎でも、漬けてる人は少ないような。
でも、わたしもオットも、市販の甘い梅干しが苦手なんですよ。刺激が足りない(笑)やっぱり、梅干しは食べたら顔が曲がるほど酸っぱくないと♪
……身体に悪そうだなあ(笑)

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: