イヴに捧げる殺人(12)

 今日、6月10日はうちの青木さんの誕生日なんですよ。←どうでもいい。
 原作薪さんの誕生日は3月ですが、青木さんはいつなんでしょうね。なんとなく青葉の頃ってイメージがあるんですけど。青木だけに。
 ……青二才の青だったりして(笑)





イヴに捧げる殺人(12)





「おかげで女性二人の前でえらい恥をかきました。あなたのせいですよ」
 苦笑して薪は残りのお茶を飲み干した。混じり気のない強い酸味。これは普通のローズヒップだ。最初の日、ユリエが礼子に淹れたものとは違う。
 あれには、被害者から抜いた血が入っていたのだ。
 薪が被害者の血液を見つけたのは、礼子の自室に備え付けられた小型の冷蔵庫の中だった。冷凍保存用の小型容器に入って冷凍庫に入っていた。
 これは何かと尋ねると、知らないと彼女は答えた。夏の間はアイスクリームを入れておくから冷凍庫を開けることもあるが、残暑を過ぎればそれもない。そもそも、この冷蔵庫の品物は礼子が自分で用意するわけではなく、小間使いのユリエが管理しているのだ。

「自分がずっとそんなものを飲まされていたなんて。礼子が知ったら、僕と同じように胃が空になるまで吐くと思いますよ」
「そんなに悪いお味じゃなかったでしょう? あなただって、美味しいって飲み干してたじゃありませんか」
 薪の指摘に怯むどころか、開き直ったようにユリエは笑った。薪は冷たく彼女を見据え、立ち上がって狭いキッチンに足を踏み入れた。迷うことなく冷凍庫のドアを開ける。中にはビニール製のストッカーに入った血液が大量に保管されていた。

「動かぬ証拠だ。観念なさい」
「何をおっしゃってるのかしら。それはスッポンの血ですよ。美容と健康にいいって話で、通販で安く買ったんです」
「そうですか? じゃあ、僕にも分けてもらえますか。科警研に健康オタクの友人がいまして、ぜひ彼に飲ませてやりたい」
 ユリエはさっと表情を消し、押し黙った。沈黙に焦燥をにじませる彼女に、薪は鋭く言い放つ。
「バカじゃないんですか、あなた。血を飲んだって彼女たちと同じにはなれませんよ」
 冷蔵庫を背中に守るようにして薪はユリエを糾弾した。今では珍しい旧タイプの冷蔵庫は冷蔵室の上に冷凍庫が付いていて、そこに大事な証拠が匿われている。薪は警察官だ、身体を張ってでも守らなくてはならない。
「ましてや礼子に飲ませるなんて。いいですか? 彼女はあの学校の誰よりも魅力的で優れた資質を持ってますよ。そんなものは彼女には必要ない」
 それは生まれ落ちた場所を引け目に思う礼子を救おうとした、彼女なりの愛情表現だったのかもしれない。しかし礼子が呪わしく思っていたのは幼少のころから性的虐待に晒された自身の身体であり、そして本当に払拭するべきは、自分には他の少女のたちのように幸福を求める権利がないと言う思い込みであった。

 薪がきっぱりとユリエの愚行を否定すると、彼女は静かに微笑んだ。
「ええ、存じておりますわ。私の礼子さまは誰よりも素敵なの」
 うっとりと夢見る少女のような顔つきになって、ユリエは主人の名を口にした。柚子と同じ目をしている。礼子の学友と小間使い、なぜ二人が共犯者になり得たのか、やっと分かった。二人は同胞なのだ。
「そんなに礼子が好きなら、どうして養父から彼女を守ってあげなかったんです。何も雇用主に抗議しろと言うんじゃない。奥方が真実に気付くよう仕向けるとか、あなたならできたはずだ」
「そんなことをしたら、礼子さまは此処を追い出されてしまうでしょう。お顔を見れなくなってしまうわ」
 そんなの、耐えられない。
 ユリエは辛そうに零した。

「君のそれは愛じゃない」
 俯くユリエに、薪は強く言い返した。同情なんかできない。彼女は礼子を愛していた、だから彼女を苛めた人間を殺した、それは分かった、でも。
「そんなものは愛とは呼ばない。身勝手を相手に押し付けているだけだ。相手の真の幸せを願うのが本当の愛情だ」
 愛とエゴを取り違える、彼女の不明に腹が立った。恋は盲目とは言え、彼女は殺人まで犯しているのだ。彼女の言い分の何一つ、認めてはいけないと薪は思った。
「押し付けたのはあなたでしょう。礼子さまは今の生活に満足してらしたのに、あなたが礼子さまを唆して」
「彼女は頭のいい子だ。話したらちゃんと分かってくれた。人として何をすべきか、――」
 尻のあたりに微かな振動を感じて、薪は後ろを振り向いた。古い冷蔵庫だからコンプレッサーが弱っているのだろう、そう思って再びユリエに視線を戻す。すると今度はドンと叩かれたような感覚があり、薪は慌てて振り向いた。まさか。

 冷蔵庫の扉を開けてみる。中には猿ぐつわを噛まされた少女が押し込められていた。
「柚子さん」
 ぐったりと薪に身を預けた少女の身体はとても冷たかったが、まだ息はあった。古い冷蔵庫で助かった。パッキンが劣化して、空気の通り道があったのだろう。
「身体が冷え切ってる。温めないと」
 急いで毛布を持ってきて彼女の身体を包んだ。人を呼びに行くことも考えたが、その間に証拠を処分されては困る。薪がここを離れるわけにはいかなかった。

「なんてことを……彼女はあなたの仲間でしょう」
「もう仲間じゃないわ」
 協力して殺人まで犯した相手を、ユリエはゴミでも見るような目で見た。
「私は礼子さまを私たちから奪った人間を許さないと言ったの。礼子さまを傷つけた女たちと同じ目に遭わせてやるって。そうしたら、その子なんて言ったと思う?」
 腰に手を当てて、昂然と顎を上げる。吐き捨てるように言い落した。
「『美奈子さまに酷いことはしないで』」
 冷たい瞳だった。人の情けとか憐みとか、そういった人間らしい感情をみんな打ち捨ててしまったかのように、まるで彼女の身体には冷たい血が流れてでもいるかのように、ユリエはひたすらに冷酷であった。

「あなたに心変わりしたのね。若い子はこれだから」
「そうじゃない。彼女には良心が残っていた。それだけのことだ」
 柚子に唆されて礼子の学用品を汚した生徒から聞いた。最初に苛められていたのは柚子で、それを礼子が助けてくれたのだそうだ。それをきっかけに礼子と柚子は友人になり、礼子は柚子を庇い続けた。そのせいで苛めのターゲットは礼子に移り、柚子は心を痛めると同時にほの暗い愉悦を味わった。
 柚子は、それまで陰のアイドル的存在だった礼子が自分と同じ立場になったことに同情と親和を抱いた。昔の彼女には告げられなかった想いも、今の彼女になら言えると思った。

 一世一代の勇気を出して告白した。
『私は何があっても礼子さまをお慕いしております』

 でも礼子は、柚子と違って苛めに負けなかった。学校を休むこともなく、平気な顔で毎日を過ごしていた。礼子は本当に強かった。
 やはり自分では彼女に釣り合わない。そう思った柚子は、彼女を孤立させることを考えた。他に誰も彼女に話しかける人がいなくなれば、彼女の方から自分のところへ来てくれるのではないかと、淡い期待を抱いたのだ。彼女と一緒にいると苛めに巻き込まれる。柚子はそんな言葉で人が好い学友たちを操った。
 しかし、礼子が実際に怪我をしたり殴られたりすることには耐えられなかった。柚子の気持ちは本当だった。それでユリエに相談したのだ。

 友人として、柚子は何度か九条家を訪れていた。その際にユリエと出会い、話してみて、彼女が自分と同じ気持ちを礼子に抱いていること知った。それから二人は礼子の情報を共有するようになった。
 柚子の知らない家での礼子と、ユリエの知らない学校での礼子。互いの情報は貴重で、彼女たちは毎日のようにメールをやり取りした。その中で、自然に苛めの話もユリエに伝わることになった。
 ユリエは激怒した。体育の時間に飛び箱に突っ込んだ、と笑っていた礼子の怪我が、他人によって故意につけられたものだと知り、報復を決意した。
 今度現場を押さえたらその場で連絡して。そう頼まれた柚子は言われるまま、礼子が裏庭に呼び出されると同時にユリエにメールを送った。その時点で柚子は、苛めの事実をユリエが明らかにしてくれると思っていた。苛めた生徒たちは親や先生に叱られて、反省すればいい。ところが。
 翌日になって柚子は青くなった。苛めを行っていた生徒の一人が死んだからだ。
「メールが残ってるわ。あなたも共犯よ」
 問題は昨日のメールだけではない。ユリエに煽られて、自分をいじめた連中が死んだらすっとする、などと毒の強い言葉を手紙に書いてしまった。柚子にも殺意はあったとユリエは言い、そんなことはないと否定すると、
「警察はどう思うかしら」
 それからはもう、ユリエの言いなりになるしかなかった。柚子は世間知らずの子供だったのだ。

 礼子を苛めていた主犯格の3人が死んで、ユリエの凶行も止まった。柚子は胸を撫で下ろしたが、一方で、「苛めに巻き込まれる」と言う自分の流言は効果を無くしてしまった。そこで彼女は自分で苛めを演出することにした。自分と同じ気の弱そうな生徒に目を付け、礼子に嫌がらせをするように仕向けたのだ。やり方はこうだ。
「礼子に嫌がらせをしないとあなたを標的にするって。伝えて来いと、私も脅されましたの」
 彼女たちは震え上がり、柚子の僕になった。柚子が過去に苛めを受けていたことは周知の実であり、その彼女が言うことを疑う者はいなかった。柚子は自分の立場を逆手にとって、自分を苛めた人間や見て見ぬふりをした彼女たちを利用していたのだ。

「いいえ、心変わりよ。あなたの正体が男だったと知って、彼女あなたを好きになったみたい。結局、礼子さまを本当に愛してるのはわたしだけ。もともとその娘は礼子様の復讐一つ果たせなかった弱虫よ。ほんのちょっと血を見ただけで気を失ってしまって、結局わたしが全部やらなきゃいけなかったわ。本当に役立たずな子」
 とどのつまり、吸血鬼事件に於いて柚子がしたことは、ユリエに情報を流したこととユリエが殺人者であることを知りながらそれを黙っていたことだ。弱さが彼女を罪から遠ざけた。しかし、罪を引き寄せたのもまた彼女の弱さであった。
「礼子さまのためならこの手を汚すことすら厭わない、それが真実の愛と言うものよ」
「笑わせるな。他人の命を軽く扱う者に、真実の愛など見つけられるものか」
 毛布で包んだ柚子の身体を手のひらで擦るが、彼女の頬は真っ白なまま。一向に血の気は差してこない。早く病院に運んだほうが良いと判断し、薪は携帯電話を取り出した。

「困るわ。それはこっちへ渡して」
 ユリエの手に握られたものを見て、薪は手を止めた。相手を刺激しないように、そっと電話を床に置く。ユリエは手に、煮えたぎった薬缶を持っていた。
「渡して」
 床を滑らせて携帯電話をユリエの足元に送った。ユリエは薪の携帯電話を拾い、それをエプロンのポケットに入れた。
「あなたが余計なことをするから。だから礼子さまは私の前からいなくなってしまった」
 一歩、また一歩と、ユリエがこちらに近付いてくる。
「あなたは蛇ね。イヴに余計な知恵を付けてエデンから追放させた」
 ユリエはまだ薬缶を手放さない。薪は少女の身体をしっかりと抱きしめ、自分の身体で少女を匿おうとした。柚子は17歳の女の子。顔や体に火傷の跡が残ったら可哀想だ。

「悪い蛇は殺さなきゃね」
「僕を殺したら、残りの人生は刑務所の中だぞ」
「刑務所になんて入らないわ。いくら警察だって、死人は捕まえられないでしょう」
「死ぬ気なのか」
「イヴのいないエデンなんて。わたしには何の意味もないの」
 何処かで聞いたような科白だと思った。思い出して、薪は説得を諦めた。
 何を言っても無駄だ、そう、何を言われても無駄だった。彼がいなくなった世界は無意味だと、何の価値もないと、そう思っていたあの頃。
 そんな季節を過ごしてきた自分だから分かることがある。ユリエを死なせてはいけない。

「どこまでも身勝手な女だな。死にたきゃ一人で死ね。人を巻き込むな」
 一か八か、飛びかかって凶器の薬缶を取り上げる。それしかないと思った。薪の言葉に激昂したユリエは薬缶を振り上げる、凶器が彼女の身体から一番遠い場所に到達したときがそのチャンスだ。
「――あ?」
 屈んだ状態からジャンプしようとした、瞬間、膝の力が抜けた。体勢を崩して床に転がる。起き上がろうとしたができなかった。
「さっきのお茶に何か」
 迂闊だった。ユリエは薪の来訪の目的に気付いていたのか、それとも、自分から礼子を遠ざける原因になった薪を最初から殺すつもりだったのか。いずれにせよこのままでは二人とも、いや、三人とも死んでしまう。

「もう何も要らない。あなたもこの子も、これも」
 霞んでいく薪の視界で、ユリエが冷凍庫から血液のストックを出すのが見えた。大事な証拠品が、とそこで薪の意識は完全に途絶えた。
 身動きするものがいなくなった部屋に、ユリエの独白がぽつりと落ちる。
「わたしも」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

Aさまへ

Aさま。


>こちらの青木は何歳だっけ?

えーと、一番新しい話で32歳かな。
薪さんは44歳ですね。


>私は薪さんの顔や身体が傷つくのが一番怖いんですよ(><)

普通はそうですよね。
でもわたしはけっこう平気で……ほら、少年漫画ベース(しかもバトル漫画)だから、この話。切り傷なんか次のコマでは完治してるから(・∀・)


>原作の青木も雪子に言ってましたね。
>やっぱり、青木は雪子を愛してたんですね。

はい、そうだと思います。
執着のない愛情なんか本物じゃない、とあの時は思いましたが、
エンドゲームが終わって、ジェネシスを経て、
『青木さんは天使じゃなかったら薪さんを救えなかった』という結論が出た今では、すごく青木さんらしい愛し方だった、と思います。
もちろん、わたしの個人的解釈ですが。


>でも薪さんには執着してる

そうなんですよね~。
恋は人を狂わせるんですね~。←え。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: