イヴに捧げる殺人(13)

 このお話って、1年くらい前にツイッターで話したことがきっかけで書いた覚えがあります。血塗れの薪さんを青木さんが抱き上げるシチュエーション。なんでそんな話になったんだかは忘れましたけど。

 その後、ツイッターからはすっかり遠ざかってしまいましたが。
 確認してみたら、最後のツイートが去年の12月でした。今年になってから新しくフォローしてくれた方とか、ホント申し訳ない(^^;)
 だってねっ!
 ツイッターって140文字しか喋れないんだよ。そんな短い文章、書けないよ。10ページ以下の短編だってきついのに。←壊滅的言語不自由者。
 ツイッター慣れしてるどなたか、コツを教えてください。




イヴに捧げる殺人(13)





 真っ白な肌を赤黒い血が汚していた。
 一人用の小さなバスタブの中、その液体は座った彼の腰の位置に到達していた。壊れた人形のように手足を投げ出した彼の意識はなく、でもその胸は緩やかに上下している。
 浴室の床に座り、バスタブの中に上半身をうつ伏せるようにして、一人の少女が倒れていた。彼女の手首からは血が滴り、それは既に黒く酸化したバスタブの中の血液に一瞬の紅を咲かせたのち、すぐに交じって見分けがつかなくなった。

「起きて」
 ピシャピシャと頬を張られ、薪は眼を開けた。ひどく不快な気分で、部屋の空気を吸うとすぐに胸が悪くなった。狭い浴室は血の臭いで満たされていた。
「ねえ見て。礼子さまは憧れてらしたけど、そんなにきれいなものじゃないわよね」
 彼女に促されて下を見ると、自分の手首に手錠が掛けられていた。自分の手錠で拘束されるのはこれで二度目だ。不愉快極まりない。

「――っ」
 その光景が眼に入って、薪は思わず顔を背けた。予想していたこととはいえ、大量の血液の中に人間の身体が浮いているなんて気味の悪い絵面、MRIでだってなかなかお目に掛かれない。肌に染み込んで取れなくなりそうだ。ていうか、なんで裸なんだ。
「逃げられないようにと思って」
 女ならではの発想だが、薪は男だから裸で人前に出ても平気だ。好んで見られたいとは思わないが、肌を見せることを躊躇って焼け死んだ昔の女性たちほど強固な慎みは持ち合わせていない。
 しかし、逃げることも難しそうだ。まだ身体が言うことを聞かない。下半身に力が入らない状態だ。これでは手錠を掛けられていなくても立てない。

 どうやらここが犯行現場らしい、と薪は思った。少女たちは此処で命を奪われ、血を抜かれたのだ。今薪が身を浸しているバスタブにこんな風に血を溜めて、パック詰めして冷凍。残りは排水溝に流し、壁や床に残った大量の血痕はシャワーで流す。実に効率的だ。
 吐き気を堪えて横を向くと、そこには柚子が横たわっていた。手首から大量の出血があり、それが薪のいるバスタブの中に流れ込んでいる。
「柚子さん、柚子さん!」
 呼びかけると彼女は微かに呻いた。まだ息はある。が、このままでは時間の問題だろう。
「彼女は、むぐっ」
 助けてやってくれ、と言おうとした薪の口に、布のようなものが詰め込まれた。それがミニタオルであることに安堵する。さすがは女性だ。薪が反対の立場だったらパンツとか靴下とか突っ込んでる、絶対。
「大声を出されると困るの。お屋敷には淑子さんと執事の瀬川さんが残ってるんだから」
 そんな状況でこのような凶行に及ぶ彼女の精神は、すでに彼岸の向こう側。誰が死のうが生きようが関係ない。自分自身ですら。
「このお屋敷も処分するんですって。要らないものはみんな捨てるの。この娘も――あなたも、わたしも」
 言葉を操ることができても、死を望む人間相手のネゴシエイトは難しい。ましてや今薪は呻くことしかできない。

 柚子の手首を切ったと思われるナイフの切っ先が自分の喉に宛がわれ、薪は眼を閉じた。
 じりっと焼けつくような痛みが首に走った。切られたのだ。
 噴水のように吹き出す鮮血のイメージが薪の脳裏を過ぎる。情けないことに気が遠くなりかけた。腹の底に力を入れて意識を留める。ここで自分が死んだら柚子も死ぬ。
 痛みでアドレナリンが多量分泌されたのか、いくらか身体が動くようになった。
 手錠で戒められた両手で血を掬い、ユリエの顔めがけて投げつけた。「きゃっ」と怯むのを逃さず、二つ揃えた手の甲でナイフを叩き落とす。
 ユリエがナイフを拾いに行く間に浴室から出て助けを求める、しかしそこで薪の反撃は頓挫した。何とか立ち上がったまではいいが、血で足が滑って浴槽に逆戻り。頭まで血に浸かってしまった。刑事も長いことやってるが、ここまで血まみれになったのは初めてだ。
 生臭くて気持ち悪い。口の中に詰めこまれたハンドタオルが血を吸って、強制的に血を飲まされた。夢中で取って思い切り咳き込む。風呂がトラウマになりそうだ。
 ユリエは素早くナイフを拾い、薪のところへ戻ってきた。彼女の顔も血まみれだった。ザマアミロだ。

「これが原因で僕が風呂嫌いになったら一生怨むぞ」
「口の減らない人ね。死ぬのが怖くないの?」
「怖いさ。けどな」
 不自由な両手で前髪を後ろに流す。白い額も血の洗礼を受けていたが、その形は相も変わらず人形のように整っていた。
「僕はおまえみたいに自分のエゴを他人に押し付けることを愛情だと思ってるような人間が一番嫌いなんだ。命乞いなんか死んでもするか」
 薪が鋭く言い放つと、ユリエはぎょっと上半身を後ろに引いた。薪はそれを自分の気迫が為せる技と解釈したが、現実はそんな都合のよいものではなかった。
 亜麻色の瞳は血で濁って、白目の部分が赤く染まっていた。口を開けば歯も舌も血を含み、ただでさえ人並み外れて美しい彼はまるで本物の吸血鬼のようだ。気の弱い人間なら恐怖に駆られて逃げ出していたに違いない。

「おまえなんかに好かれて礼子もいい迷惑だな。やっぱりこの家から連れ出して正解、っ」
 再びナイフが薪に突き付けられた。ユリエには先刻までの余裕はなく、薪はその時が迫っていることを悟った。
「黙って」
「……何も言わなくても殺すんだろ」
「そうね」
 振り上げられたナイフの切っ先が、真っ直ぐに薪の喉元を狙っていた。咄嗟に身を躱そうとしたが、狭い浴槽の中、避けるに避けられない。薪がぎりっと奥歯を噛みしめた、その瞬間。

「ユリエ!」
 鋭い女の声が浴室に響いた。
 声の主は一瞬の躊躇いもなく、凄惨に彩られた部屋の中に駆け込んできた。
「お、お嬢様」
 ユリエの頬を無言で引っぱたく。ぱあん、と景気の良い音が浴室に木霊した。刃物を持った人間の顔を叩くなど、薪だってちょっと引く。すごい勇気だと思った。

 最愛の女主人に自分の悪行を知られて放心したのか、ユリエはゆっくりとその場に膝を着いた。礼子はユリエからナイフを取り上げてもう一度彼女の血塗れの頬を張ると、後は彼女には目もくれず、こちらに突進してきた。
「大丈夫?!」
 何のかんの言って、可愛い娘だ。薪のことが心配で、さっきは夢中だったのだろう。若い女の子にそんな風に尽くされるのは悪い気分じゃない。若い女の子の好意は無条件で嬉しい、これはオヤジのサガだ。
 礼子の後ろからもう一人、見慣れたシルエットが現れた。青木だ。民間人を先に現場に入れるなんてどういう了見だ、と怒鳴りつけてやりたい。
 彼は血の浴槽に腰まで浸かった薪を見つけるや否や、礼子に負けない勢いでこちらに突っ込んできた。
「薪さん、無事ですかっ」
「アホ! おまえは犯人確保が先だ!」
 要領を弁えない部下に眩暈を覚える。青木にはもう少し、現場の経験を積ませないといけない。この調子では将来現場の指揮を執る際、現状を無視した指示を出してしまうことになりかねない。

 薪に叱りつけられた青木がユリエに手錠を掛ける間に、礼子は衣服が汚れるのも厭わず、薪の傍に膝を着いた。そんなに僕を心配してくれるなんて、とちょっと感動した。ていうか、この娘もしかしたら僕のこと好きなんじゃないか、先日の説教で惚れられちゃったのかな、参ったな、僕には一応青木と言う恋人がいるんだけど、まあ相手は高校生だしその辺ちょっと遊びに行くくらいなら付き合ってやっても、
「柚子! しっかりして!」
「なんだ、そっちか」
 ぽろっと零したら青木に睨まれた。こういうことだけは耳聡い男だ。

「大丈夫だ、血は止まっている」
 普通に手首を切っただけでは、出血多量で死ぬほどの血液は流れ出ない。傷口を水に浸すなどして血が固まるのを防がなければ、自然に止まってしまうのだ。
 礼子は薪に言われて傷口を確認し、僅かに血が滲み出す患部をハンカチでぎゅっと縛った。幼少期に身に着けたのか、適切な処置だった。

「柚子……よかった」
 あの礼子が泣いていた。
 養父に弄ばれ、学校では苛めを受け、それでも気丈に振る舞っていた礼子が、柚子の無事を知って安堵の涙を流している。彼女が苛めの事実を両親に隠そうとした理由、つまりは転校を拒んだ、引いては養父の虐待に耐えていた本当の理由を、薪はそのとき初めて知った。

 たった一人の大切なともだち。何を犠牲にしても離れたくない。

 礼子にとって彼女を傷つけられることは、ナイフの恐怖を凌駕するくらい頭に来ることだった。そんな礼子が事件のからくりを知ったら、どんなに傷つくことか。ましてや自分のために殺人が行われ、大事な友人がその手伝いをさせられたと分かったら。
 今はただ涙を流すだけの少女に、薪は同情せずにはいられなかった。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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