イヴに捧げる殺人(14)

 こんにちは。
 メロディまで二週間になりましたね。 
 早く来週にならないかな~。一日なんて四時間もあれば十分なのにな~。
 え。それじゃ妄想以外何もできないだろうって?
 大丈夫! 今もそれ以外してないから。


 さてさて、お話の方は残り三章です。
 もう少し我慢してください。





イヴに捧げる殺人(14)






「薪さん。本当にご無事でよかったです」
「無事じゃない! 遅い!」
 無事でよかったと涙を流す青木を、薪は怒鳴り付けた。殺人犯が連行された後の九条家である。これから礼子は警察の事情聴取を受けなければならない。今捜査員たちは現場検証で大わらわだから、それを待つ間、唯一家具が残っている執事の部屋を借りたのだ。
 執事が淹れてくれたお茶を挟み、礼子は彼らと向き合う形で年代物のソファに腰を下ろした。途端、この騒ぎが始まったのだ。

「僕が信号を出したの、いつだと思ってるんだ。1時間も前だぞ」
「それが、このお屋敷迷路みたいで。迷ってしまって」
 礼子さんに案内していただいたんです、と青木は申し訳なさそうに頭を下げた。
「おまえの方向音痴のせいで死にかけたの、これで何度目だ」
「すみません」
 薪はそう言うが、この迷路屋敷で迷わない人間はなかなかいない。家人の案内がなければ目的の部屋が解っていても到達することは難しい。先日、薪が礼子の部屋に自力で入れたのは、彼に天才的な記憶力があったからだ。普通の人間には無理だし、ましてや本館ではなく離れとくれば、この屋敷に長く住んでいる人間以外、例えば通いの家政婦などは2,3回は来た道を戻る羽目になるだろう。ユリエの犯罪が発覚しなかったのは、この屋敷の特異性による部分も大きかったと思われる。
 礼子が此処に来たのは柚子からメールが届いたからだ。
 話したいことがあって家の前まで来てる、玄関まで迎えに来て欲しい。柚子は礼子が家を出たことを知らなかったのだ。自分もうその家にはいない、と礼子は返信したが、それに対する返事はなかった。気になって電話を掛けてみたが、その時には柚子の携帯の電源は切られていた。心配になって家まで来てみたら、廊下でうろうろしている青木を見つけた。彼から事情を聞いて、ここまで案内してきたと言うわけだ。薪は運がよかったのだ。本人は文句タラタラだが。

 二人のやり取りを礼子は公正に聞き、薪の部下を可哀相だと思った。彼はあんなに薪のことを心配していたのに。
 血の池に浸かって動けない薪を、彼は迷わず抱き上げた。亜麻色の髪を、白い肌を凄惨に彩る血が、散りぎわの黒ずんだ薔薇のようだった。
 彼の身体に大量に振りまかれた、鮮度の落ちた血液の臭いは吐き気を催すほど。それでも彼は大切そうに、薪の身体を自分の上着で包み込んだ。
 そうして隣の部屋のバスルームまで彼を運び、彼の身体を綺麗にしたのだ。ユリエに薬を盛られたとかで動けない薪に献身的に、ていうか、疑ってる相手が淹れたお茶を飲んじゃうってバカなのこいつ。
 薪を助けるために服を汚してしまった青木は、今は身の丈に合わないシャツとズボンを身に着けている。執事からの借り物だが、絶望的にサイズが合わないのだ。シャツはぴちぴち、丈はつんつるてんで、ズボンのボタンが留まらないからそれを隠すために腰にバスタオルを巻いている。ひきかえ薪はちゃっかりと自分の服を着ている。あんな状況でも、ユリエは薪の服をハンガーに掛けておいた。小間使いの習性だ。

 執事に案内されてきた刑事たちが、放心状態のユリエを連れて行った。意識不明の柚子のことも、病院に運んでくれた。
 毎日顔を合わせていた小間使いが恐ろしい殺人犯だったなんて、礼子には信じがたかった。でもそれは事実だった。ナイフで薪を刺し殺そうとした彼女を、礼子はその眼で見たのだ。

「ねえ。ユリエはどうしてあんなことをしたの」
「礼子ちゃん。それはさっきも言った通り」
 廊下で迷子になっていた青木に最初に会った時、一番に言われた。ユリエさんの部屋に案内して欲しい、おそらくそこに君の友だちもいる。でも事件のことは一切説明できない。
 警察には守秘義務があるんだよ、とそれは礼子も承知の上。だけど聞かずにはいられなかった。だって。
「ユリエとは10年以上の付き合いなのよ。子供の頃は、夜は一緒に寝てくれたの。やさしい子なのよ。それがどうして」
「オレたちにもまだ分からないんだよ。理由はこれから取り調べで」
「青木さん、なんで嘘吐くの。警官でしょ」
 礼子がずばりと切りこむと、青木は眼鏡の奥の黒い瞳を泳がせた。正直な男らしい。
「許してやってくれ。こいつは嘘が下手なんだ」
 苦笑いして薪は、青木を庇った。おかしな男だ。あれだけ悪しざまに彼を責めておいて、礼子がちょっとキツイことを言っただけで彼をフォローするのは矛盾していると思った。

「礼子。これから僕が話すことを、落ち着いて聞いて欲しい」
 薪の雰囲気で、何か悪いことを言われるのだと分かった。父親が麻薬容疑で逮捕された上に小間使いが殺人犯、それ以上に悪いことなんてそうそう考えつかないけど、よっぽど衝撃的なことなのだろうと思った。彼の亜麻色の瞳が礼子に告発状を書かせたときと同じように、心配そうに、でも強く輝いていたから。
「薪さん、それは話すべきじゃありません。礼子さんのためにならない」
「鈴木の脳を僕に見せたおまえがそれを言うのか」

 横から口を出した青木に、薪は礼子には解らないことを言った。
 脳を見る? 何のこと?
 少し考えて思い至った。警察の中に第九って部署があって、そこでは死人の脳を見て捜査をしていると、テレビで見たことがある。ホラー映画みたいな話が現実にあるのだと知って驚いたが、この二人はそこの人間なのか。そこの捜査官は変質者ばかりに違いないと思っていたけど、部下の方は変質者には見えない。上司は立派な変態みたいだけど。

「すみません」
 その言葉はこれまでのどの言葉よりも穏やかに発せられたのに、青木は顔色を変えて謝った。青くなって俯く彼に薪は、先日礼子にしたように下からその顔を覗き込み、彼が自分の膝の上で強く握った大きな手に自分のほっそりした手を添えて、
「勘違いするな」
 顔を上げた青木の瞳が、薪の瞳にぶつかった。他人が見ても分かる、二人の間を行き交うなにがしかのエネルギー。
 経緯を知らない礼子は、その様子を黙って見ているしかなかった。なかったけど、ねえ、あんたたち普通じゃないでしょ。眼と眼で会話しちゃって、どう見てもデキちゃってるわよね?
「やっぱ二人とも変態か」
「「うん?」」と揃って声を上げて振り向くとか、本当に止めて欲しいと思った。息ぴったりなのは認めるから、どっかよそでやって。

「礼子、君は強い子だ。僕にできたことは君にもできると信じている」
 薪は青木から礼子に向き直り、真剣な眼差しで彼女を見つめた。嫌な予感に、礼子の胸がどきどきと鼓動を早める。
「真実を受け止めろ。僕が力になる」
 聞かない方がいいのかもしれない。幼少期のあれが性行為の真似事だったと、知らない方が幸せだったように。今回もそういうことかもしれない。
 でも、薪はそれを礼子に知らせようとしている。どんなに残酷な真実でも知らないままに未来を過ごすことは虚構でしかないと、彼の瞳が言っている。覚悟を決めて、礼子は彼の言葉を待った。

「ユリエが殺人を犯したのは君のためだ」
 つややかなくちびるが次に開いた時、そこにあったのは礼子の人生をひっくり返すような現実だった。
「どういうこと」
 呻くような声が出た。自分のせいで誰かが命を奪われたなどと言われても、咄嗟には理解できなかった。頭が理解することを拒んだと言ってもいい。
「ユリエは君を愛していた。君を傷つけた者たちが許せなかったんだ」
 ユリエは自分のために殺人者になったのだと薪は言う。苛めに遭った自分の復讐の為に、学友たちを殺したのだと。

「なにそれ」
 乾いた声が出た。
 腹が立った。仇を取ってくれたと、感謝の気持ちなんか微塵も沸いてこなかった。
「そんなのあたしは知らない。そんなこと頼んでない、ユリエが勝手にやったことでしょ。なのにどうしてあたしが」
 どうしてこんな罪悪感に押し潰されなきゃいけないの。

 喉が詰まって、最後は言葉にならなかった。泣きそうな顔を見られるのが嫌で、礼子は俯いた。長い髪が顔を隠してくれる。この時ばかりは養母の趣味に感謝した。
 気が付くと、薪が隣に座っていた。
 青木にしたように手を握るでも肩に手を置くでもなく、ただ前を向いて座っていた。そうして礼子が落ち着くのを待っていた。まだ続きがあるのだ、と礼子は直感した。
 果たして薪は口を開いた。

「柚子ちゃんのことだけど」
 その名前を聞いて、礼子は心を強くする。
 どんなことがあってもわたしを好きでいてくれると言った。幼い頃から男の欲望に晒された身でも、人殺しの動機になるような人間でも。彼女だけはわたしを見限らない。そう信じていた。
 そんな彼女を巻き込んでしまった。礼子の心は彼女に対する申し訳なさでいっぱいになった。そんな礼子の気持ちを踏みにじるように、薪の冷徹な声が響いた。
「彼女はユリエの共犯者だ。そして苛めの首謀者でもある」

 今度こそ、礼子の思考は停止した。ユリエが殺人犯だったことよりも受け入れがたい事実だった。「うそ」と反射的に言葉が零れた。
「君に直接危害を加えてきた連中とは別口で、彼女は君が学校中から無視されるように仕向けていた。学用品や上履きの嫌がらせは彼女がやらせていたんだ」
「うそ」ともう一度礼子は言った。今度は反射ではなく、意志の籠った打ち消しだった。この優秀な男に間違いなどあり得ない、解っていても否定せずにはいられなかった。
「本当だ。こないだ君、教科書に墨撒かれただろ? 僕はあの現場を押さえた。君の机に墨を掛けた生徒から直接聞いたんだ」
 彼は警察官だ。証拠もなしに憶測を述べたりしない。
 身体中の力が抜けて、礼子はソファにもたれかかった。思わず笑いがこぼれた。衝撃も大きすぎると笑えてくる。あの時もそうだった。「娼婦と言うのよ」と施設の友だちから聞いた時、礼子は笑ったのだ。

「あーあ。結局、何処も変わらないのね。施設と同じだわ」
 顔を上げると、向かいで青木がとても心配そうにこちらを見ていた。薪への献身ぶりからも伺える、彼はやさしい男なのだろう。だから真実を告げようとした薪を止めようとした。でも、嘘は嘘だ。そこには礼子に必要なものは何もない。
「大丈夫よ。こんなの慣れっこだもの。優しくしてくる人には何か裏があるの。みんなそうだった」
 施設にいた頃お菓子をくれた職員も、自分を引き取ってくれた養父も、ユリエも。醜い欲望を、その優しい仮面の下に隠していた。柚子も彼らと変わらない。そういうことだ。
 彼女の純真を、笑顔を、その言葉を、信じた自分が馬鹿だった。人は気紛れに自分に近付いてきて、耳に心地よい言葉を残して、でもいつかは去っていく。だから信じては駄目、縋っては駄目。所詮、人間は一人なのだ。

「ありがとう、薪さん。あたし、強くなるわ」


*****

 この章、長いので2つに分けます。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。

>いつもと違って、私の妄想がしづさんの妄想についていけてないみたいで。

ごめんっっ!
わたしも今回の話、失敗したと思ってて(^^;
サクサク終わりにしますので、次の話に期待しててください。


お祖母ちゃんのこと、気にしていただいてありがとうございます。
先週末に退院しまして。今は自宅療養中です。

わたしは元気ですけど、
うん、最近ね、ちょっと悪いことが続いてしまって。
6/6の金曜日に、オットが車の事故に遭ってしまって。(怪我はなかったのでご安心ください)
交差点での接触事故だったんですけど、相手との保険交渉が難航してまして。憂鬱だなー、と思ってたら、
隣の家の奥さんが亡くなったの。
まだ59歳で、ガンだったらしいです。仲良かったので、すごくショックでした。
そんなこともあって、少し落ち気味です。

Sさんも、環境がガラッと変わられたみたいで。
もうお引っ越しはされたんですよね?
その後、いかがですか?
ブログの更新をお待ちしてます。

Aさまへ

Aさま。

>こちらの薪さんもその美貌ゆえにいろいろありましたものね(^^;)

礼子は薪さんと境遇が少しだけ似てるんです。
そういう人間に出会ったとき、薪さんがどうするのか知りたくて書きました。
礼子の設定を女子高生にしたので、オヤジが延々と説教する話になってしまいましたが(^^;


>実はとても深いお話

いろいろ詰め込んではおりますが。
青木さんのこともね、本当はラストでもっと掘り下げるつもりだったんですけど、気力が~(><)

次の話は頑張るです。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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