イヴに捧げる殺人(15)

 いつもたくさんの拍手をありがとうございますー!
 二人がまだ恋人になる前の話とか、原作で彼らが家族になった今では化石みたいなものだと思うんですけど、読んでくださる方、ありがとうございます。

 お話の続きです。
 この辺になるとまとめよう感が強くて自分でもツライです(^^;)、でも、もうすぐメロディだし! 更新がんばります!




イヴに捧げる殺人(15)






「ありがとう、薪さん。あたし、強くなるわ」
 礼子が薪に礼を言ったのは皮肉ではなかった。本気で感謝していた。
 自分はこれから、誰にも頼らず独りで生きていく。そのためには強くあらねばならない。他人の好意などに縋らなくても済むように、強く強く。薪は真実を告げることで、それを自分に教えてくれたのだと考えた。ところが。
「やっぱりバカだな、きみは」
 彼は片頬を引き攣らすようにして軽蔑の笑いを浮かべ、てか、なんてムカつく顔なの。あたしの感謝返しなさいよ。
「薪さん。失礼ですよ、そんな」
「おまえといい勝負だ」
 青木が薪の無礼を諌めた、その瞬間だけは感心したのに。一言で怯んでんじゃないわよ、このヘタレ男。

 こういう場合、大人と言うものはもっと優しい言葉を掛けてくれるものではないだろうか。養父の虐待を知った時もそうだったが、薪は常に冷然と礼子を叱咤する。
 何故だろうと考えた。何故彼は、礼子が他人から同情されると余計に傷つくことを知っているのだろう。

「強くなると言うことは、悲しみから目を背けることじゃない。自分の心に嘘を吐くことでもない。悲しみも、それによって傷つく弱い自分も全部認めて、そこから再生することを言うんだ。それが本当の強さだ」
 どうしてオヤジって生き物は説教をしたがるのだろう。自分の経験値をひけらかしたいのか、いいこと言ってる自分に酔いたいのか、その辺の心理は不明だけど。嘘は言ってないと思った。
 確かに彼は自分よりも長く生きていて、その間には色々な経験を積んできたのだろう。そこから学んだことを礼子に教えようとしている。礼子が、道に迷わないように、回り道をしなくて済むように。

「傷ついてない振りなんかするな。ぼろぼろのくせに」
 ぽん、と頭に手を載せられた。気安くさわらないでよ、と何故だか振り払うことができなかった。
 目の前が霞む。こめかみがパンパンに膨れ上がっていた。ずっと息を止めてるせいだ。
「我慢なんかするな。泣きたきゃ泣け」
 冗談じゃないと思った。せっかくここまで我慢したのに。
「きみは未だ子供で、しかも女の子だ。それが許される立場にある。特権は使えるうちに使っておけ。いずれ、使えなくなる日がくるんだ」
 彼の言う通りだと思った。
 自分は子供で女だ。子供の無知と女の弱さの両方を持っている。そのことを認めなければ、改善することもできない。先に進めないのだ。

「泣き顔を人に見られるのが嫌なら僕の胸を貸してやっても、――お?」
 飛び込んだ胸は、これまでに礼子を抱いたどの男よりも薄くて頼りなかった。だけどすごく安心できた。言葉も態度も冷たいのに、彼の胸はとてもやさしかった。
「うっ、ううっ、うっ」
「泣くな! おまえは男で大人だろ!」
 何故か向かいで青木が泣いてて、薪に怒鳴りつけられていた。よく分からない男だ。

 彼は礼子を抱きしめることはせず、子供をあやすように背中をぽんぽん叩きながら、礼子が泣きやむのを待っていた。彼に比べたら自分は子供かもしれないが、さすがに幼児扱いはないだろうと少し頭に来たから、最後にブランド物らしいネクタイで思いっきり洟をかんでやった。彼は複雑な顔でネクタイをつまみ上げ、無言でネクタイを外すとゴミ箱に捨てた。
「ごめん遊ばせ」
「ホンっとに可愛くないな、きみは」
「自分より可愛い男の前で可愛い女演じて何の意味があるのよ」
 ちっと舌打ちして彼はそっぽを向き、「ずっと泣いてりゃいいのに」と警官とは思えないような暴言を吐いた。

「いくらかすっきりしたか? でもしんどいのはこれからだぞ。不意に思い出しては辛くなる。君の言う通り、君は強くならなきゃいけない」
「平気よ。あたしは雑草だって言ったでしょ」
 頼もしいね、と彼は皮肉に笑い、礼子の方を見もせずに言った。
「どんな状況でも強くあろうとする、僕は君の考え方には大賛成だ。でも人間てのはおかしなもので、自分を守るのは案外下手なんだ。いくら努力してもその強さを発揮しきれない。すぐに自分なんかって思ってしまう。自分のために頑張れる人間は、案外少ないよ」
 まるで独り言のようだった。自分自身を振り返っているのかもしれない。他人が見たら欠点なんか性格の悪さ以外は見当たらないような彼でも、そんな失敗を重ねてきたのだろうか。

「人間が、その最大の強さを発揮するのは大事なものを守る時なんだ。これからの痛みは、すべてそのための訓練だと思え」
「大事なものって?」
「それは人によって様々だ。人だったり物だったり、目に見えないものだったりする。でも、人が人として生きていくためにはそれは絶対に必要なものなんだ」
 礼子は既に人生を選び取った。養父の玩具としてではなく、人間として生きて行こう。自分がそれを実行に移せたのは彼のおかげだけれど、その欲求はずっと前から抱いていた。そもそものきっかけは。

「柚子にはいつ会えるの」
 礼子の言葉に、薪は息を飲んだ。大きな眼を見開いて、まじまじと礼子を見る。自分を裏切った友人に会いたいなんて、正気の沙汰じゃないのかもしれない。でも。
 彼女がくれた言葉が。礼子を支えてきた。
 それは欺瞞だった、嘘だった、でも。支えられた事実は無くならない。

「彼女は実行犯の一人だ。取り調べが済むまで面会は出来ない」
「じゃあ伝えて。ずっと待ってるって」
 え、と薪が聞き返した。自分の耳が信じられなかったのかもしれない。
「あの子はあたしに言ったの。何があってもあたしのことが好きだって。だからあたしも答えたの。自分もそうだって」
 礼子自身、自分の言うことはおかしいと感じていた。だけど言わなきゃいけない。自分にとっての大事なもの。
 柚子はあたしの友だち。
「だから伝えて。あたしの気持ちは変わらないからって」

 薪はくちびるを引き結び、礼子の願いを聞いていた。礼子が話し終えると彼は詰めていた息を吐き出し、やれやれと言うように軽く肩をすくめた。
「参ったな。君はどうやら僕より強い」
 薪は両手を自分の肩の高さに上げ、要するにそれは降参の証。
「本当のことを教えよう。君なら、この修羅の道を行けるだろう」
「どういうこと?」
「柚子ちゃんは君が好きなんだよ。おそらく君に恋をしている。彼女は君を独り占めしたくて、それで誰も君に近付かないように仕向けたんだ」
 多分、薪はそれを秘密のままにしておこうとした。その方が礼子がこの事件を乗り越え易くなるからだ。柚子の本当の気持ちが解れば、礼子は彼女を放ってはおけなくなる。しかしそれは事件の加害者と被害者が同じ道を歩むと言うことで、二人とも互いを見ては事件のことを思い出すだろう。
 正に修羅の道。しかしそれはかつて、薪と雪子が選んだ道でもあった。

「馬鹿ね。他に話したい子なんか一人もいなかったのに」
 嬉し涙を滲ませる礼子を、薪はやるせない眼で見ていた。「苦労するぞ」と、それは彼の経験から出た言葉。加害者と被害者が友人関係を築く難しさも、同性で愛し合うことの困難も、嫌というほど知っている。
 それでも、彼女たちがそれを選ぶなら。止める権利は薪にはない。

「君は自分じゃ気付いてなかったみたいだけど、意外と人気者だったんだよ。友だちが少なかったのも多分、君の前だと緊張して喋れなくなる子が多かったんじゃないかな。憧れの君ってやつだ」
「バカバカしい。貴子じゃないけど、あたしの血は」
 何処の誰とも知らない親から生まれたのよ、と礼子が卑下するのを薪は嘲笑い、
「人間の血液の組成は45%の血球成分と55%の血漿だ。血球成分の殆どは赤血球で、そこに1%弱の白血球および血小板が含まれる。赤血球は直径約7.5ミクロン、厚さ約1~2ミクロンの円盤状で」
「薪さん、薪さん、その辺で。礼子ちゃん、耳から煙が出てます」
「精神は強いのに。頭は軟弱だな」
「これが数学なら放電現象が起きてるわ」
 本当に煙を押さえるためでもあるまいが、耳を塞いだ礼子に薪は語りかけた。
「君もその眼で見ただろう。血に格差なんか無い」
 そうね、と礼子は笑った。
「いまこの瞬間にも、あたしの細胞は生まれ変わってるんだものね」
「その通りだ」
 彼だけに通じる言葉で礼子は言い、彼はそれに微笑みを返した。訳が分からなくてキョトンとしている青木の様子が、何だか可笑しかった。

 それから幾らも経たずに二人の刑事が執事に案内されてきた。その一人に、「大友さん、よろしくお願いします」と青木が頭を下げた。礼子を促した刑事が「薪室長、失礼します」と挨拶するのに、薪は横柄に頷いただけだった。
 部屋を出るとき、ソファに座った薪の後姿に礼子は呼び掛けた。
「ねえ。ちゃんと伝えてよ」
 薪は答える代りに右手を上げた。了承の合図だと分かった。
 後ろにいた刑事が、何故だかぎょっとした顔をした。不思議に思ったが、初対面の人間に裏事情を訊けるほど礼子は気さくな性格ではなかった。彼女がその理由を知るのは、それから1時間後。事情聴取が終わって薪の身分と年齢が明らかになった時だ。
 聴取をした若い刑事が教えてくれた。警視長と言うのは上から二番目の役職で、彼は本来なら自分たちなど口も利けないくらい上層にいる人なのだと。

「ふうん、偉いのね」
「来年あたり警視監になるんじゃないかって言われてる。四十代前半で大したものだよ」
「えっ、四十?!」
 てっきり二十代前半だと思っていた、ていうか、四十オヤジがセーラー服を着こなしていた事実に卒倒しそうなんだけど。ユリエや柚子のショックに負けてないんだけど。
「まさか本物の吸血鬼じゃ」
「あはは。それが本当でも誰も驚かないねえ」
 星稜学園には吸血鬼はいなかったけれど、警察にはいるのかもしれない。礼子は美奈子と言う名の女生徒を脳裏に浮かべ、今度薪に会ったらどんなふうに皮肉ってやろうかと考えて、にんまりと笑った。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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No title

いよいよクライマックスですね!
早起きして更新されている日に夫に「いつもとちがう〜」と言われるのは
薪さん効果でしょう(笑)
今回の薪さんは男率高いですね〜〜。(セーラー服着ててもっ)ドキドキドキ。

それにしてもあと8日!!!
楽しみすぎて、一日が長い・・・。

他の方のコメントを読んでしまいましたがおばあさまの退院、おめでとうございます。
うちも義父が骨折で入院しております。。。
(こちらは無茶が原因で家族皆に怒られているワガママおじいちゃんですが)
リハビリ含め、3ヶ月の入院とこの年になりますと、色々家庭で忙しくなりますね。
(勝手にひとくくりにしていますが、多分・・・近いお年だと推測しますっ)

旦那様もご無事で何よりです。
親しい方とのお別れはおつらいでしょう。お察しいたします。

しづさんがお元気になられますように☆☆

それではいつもせっついてばかりになってしまい申し訳ないのですが
次回を楽しみにしています!!

nokoさまへ

nokoさん、こんにちは(^^
コメントありがとうございます。


>今回の薪さんは男率高いですね~~。(セーラー服着ててもっ)ドキドキドキ。

相手役が女子高生ですからね~。
男率というかオヤジ率というか(笑)、
んー、もしかするとそのせいで最後までノレなかったのかな~。


>それにしてもあと8日!!!

お返事溜めてる内に4日になってしまいましたよ!!!
楽しみすぎて1日が長い、お気持ちよく分かります。
久しぶりに仕事が手につきません~。秘密廃人、再びww



お祖母ちゃんへのお見舞い、ありがとうございます。
2回の入院を経て、今は落ち着いております。
どうもね、関節痛を和らげる痛み止めを飲んでいたらしいのですけど、そいつがよくなかったらしいのですよ。痛み止めって身体に負担かかるんですってね。6時間以上間を空けて飲用、と書かれているのはちゃんと理由があるんですねえ。生理痛イヤだから前もって飲むとかやっちゃダメなんですね。

お義父さんの入院、大変ですね。
骨折か~。雨の日とか、痛むんですよね。お歳を召してからの怪我は、身体と心に堪えると思います。どうかお大事に。
そして周りの人が大変なのも事実ですよね。わたしも義父と実父を入院の後に見送ってますので、良く分かります。 
nokoさん、ご無理なさらないでくださいね。


オットはね、
身体は元気なんですけど精神的に穏やかじゃなくて。
あのヒツジ男が珍しく怒ってました。
相手に誠意が無さ過ぎると言うか常識が無いと言うか。リサーチ会社入れて徹底的に調べてもらいたい、と申しておりました。
オットは赤信号で止まってて、青になって直進。相手が赤信号で右折してきた、らしいのですが。目撃者とかいなくなっちゃうからねえ。実証は難しいと思うなあ。


お隣の奥さんは、きれいな方でねえ。
美人薄命、なんて言葉が頭を過ぎりました。
しかも、楽しい方だったんですよね。田舎の古い因習に囚われるのが嫌いで、わたしとは馬が合いました。


色々なことが起きた6月ですが。
塞翁が馬ですからね。その分、メロディの内容に期待しちゃいます(^^

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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