イヴに捧げる殺人(16)

 やっと、最終章です~。

 このお話、4月から公開してたんですね。
 こんな話に3ヶ月も付き合わせて申し訳なかったです。読んでくださった方の温情には心から感謝しております。
 この後、あとがき代わりの後日談がございますので、もう少しお付き合いください。 




イヴに捧げる殺人(16)





 レジャー帰りのファミリーカーが渋滞を生み出す休日の夜道を、闇に溶け込むような黒いボディの公用車が滑って行く。その運転席では青木が、つんつるてんのシャツにボタンの留まらないズボンという何とも情けない恰好でハンドルを握っていた。
 時刻は夜の九時過ぎ。今日は日曜日だから薪を家に送ったらそのまま帰らなければいけない。土曜日だったら泊らせてもらえたかもしれない、どうせなら一日早く今日の事件が起こればよかったのにと、とても人には言えないような考えが浮かぶのを慌てて打ち消す。薪にこんなことが知れたら殴られる、絶対。

 渋滞に捕まってノロノロ運転の車の中、そっと助手席の薪を見るとドアに頬杖を着く形で熟睡していた。疲れたのだろう。薪は平気な顔をしているから他人にそうとは気付かせないが、殺されかけたのだ。精神的な苦痛も大きかったはずだ。
 相変わらず無茶をする人だ。何度目かの赤信号を隠れ蓑に青木は深いため息を吐く。本当に、こんなことを続けていたら命がいくつあっても足りない。
 今回のことだって、何も薪が自分でユリエを聴取することはなかった。九条家の誰かが犯人たりうる物証が上がっていたのだから、捜一の捜査員に任せればよかったのだ。それを、あの少女たちの未来を守るために。

 青木は礼子の秘密を知らなかった。そのことを、薪は青木にすら話さなかった。しかし薪が彼女のために無茶を通したことは解った。
 どうしてだろう、と青木は薪の寝顔を見ながら考える。
 薪はやさしい人だけど、そこまで事件関係者に入れ込むタイプの捜査官ではない。感情移入はするな、同情心に溺れるな、割り切り無しに捜査はできない。事件関係者の心情に振り回されがちな青木はいつも薪にそう言われる。その彼が、どうして。

 対向車の多さにサンデードライバーらしい先行車が右折できないまま信号が変わり、同じ交差点で二度目の赤信号に捕まった。停止を命じる強烈な赤に、薪が青木に突き付けたレッドカードを思い出す。

 ――僕に鈴木の脳を見せたおまえがそれを言うのか。

 僕の判断に生意気な口を挟むなと、叱られたのだと思ったけれど。違ったのかもしれない。
『勘違いするな』と薪は言った。
 思い上がるな、自分の立場を弁えろ。あれはそう言われたわけじゃなくて、もしかしたらまったく逆の意味で。
 貝沼事件の真相を薪に告げたこと、それを後悔するなと言ったのかもしれない。だって薪が、自分がされてマイナスにしかならないと感じたことを他人にするはずがない。
 勘違いするな、責めてるんじゃない。あれは必要なことだった。
 そう言いたくてわざわざ鈴木の名前を出したのかもしれない。そう思っていたから、礼子にとっては残酷な真相を話したのかもしれない。おそらく、薪は礼子を自分と重ねていたのだ。

 薪のせいで沢山の少年の命が奪われた。鈴木はそれを隠そうと自分の命を犠牲にし、青木は真実を掘り起こして彼に伝えた。
 あの頃、青木はまだ本当に未熟な新人で。何も分かっていなかった、MRIの矛盾も冷酷も。ただ最新鋭の捜査に自分が加われることに感激し、憧れの薪の下で捜査ができることに浮かれ。躊躇いもなく鈴木が隠した真実を暴いた。それが正しいことだと信じていた。
 経験を重ねるに従って、明らかにしない真実があっていいことを学んだ。そうして自分の行為の傲慢さに気付いた。
 あの行為の是非は、青木の中ではまだ答えが出ていないけれど。捜査官として間違ってはいないと、薪はそう言ってくれたのかもしれない。

「まだ着かないのか」
 零れた不平に隣を見ると、薪が起きていた。眼を細めて眉をしかめて、いかにも寝起きと言った顔だ。
「日曜の夜ですからね。お台場帰りの車の渋滞にハマっちゃったみたいです」
「いま何時だ」
「九時四十分です」
「家に泊っていくか」
「はい。――えっ」
 右折可能の矢印が消えた、その瞬間に言われたものだから、ついブレーキを踏み込んでしまった。助手席で前後に頭を振られた薪が、不機嫌そうに青木を睨む。

「いいんですか? 明日、月曜ですけど」
「構わん。おまえが玄関で寝ればいいんだ」
 玄関はちょっとスペース的にキツイです。
「せめて寝室の床を貸してください」
 そうさせてもらえたらどんなに楽だろうと、青木は思った。今ごろ薪はどんな気持ちでいるんだろうとか悪夢にうなされてやしないかとか、思うだけで何もできない情けなさに比べたら、その場に居合わせて自分の無力を思い知る方痛みの方がマシだ。知らないところで苦しまれるよりずっといい。

「勝手にしろ」
 薪は欠伸混じりに言って、再び眼を閉じた。その横顔を対向車のヘッドライトと信号機の青が青白く照らし出す。
「はい。勝手にします」
 そう返して青木はハンドルを切り、ようやく途切れた対向車の隙間を横切った。


―了―


(2013.11)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづさん、お疲れ様でしたーヽ(・∀・)ノ

て、まだあとがきあるんですよね
私あとがきとゆうものが大好きなので楽しみです。

今回の青木くんの独白がすごく嬉しかったのでノコノコやって来ました。
私は畏れ多くもたぶん薪さん側の人間です。色々抱えて考えすぎてて複雑なくせにそれを見せたくないB型です。だから純真バカタイプが苦手です。
まっすぐで素直で、正しいという理由だけで突き進む、すごく迷惑(笑)だけど自分にないその純真さがすごく羨ましいのも事実で。正に「剛くんが憧れてるものが詰まってる」
だから、嫌いだけど好きってゆう、ベッドで女豹のポーズ並に気持ちを乱される存在であります。

今回の独白で、青木くんが自分の猪突猛進さを自覚しててでも薪さんのために薪さんを理解したくてそれだけのために繊細になってきた、
薪さんにしたってなんやかんや青木くんの純真さに救われてきた、
それがすごい嬉しかったです。テヘ。
いいカップルだあー
結婚しちゃえよ。

勝手な浅い感想、失礼しました。

なみたろうさんへ

なみたろうさん。

いつもありがとうございますー(^^)
今回も最後までお付き合いくださって、ありがとうございました。


>私あとがきとゆうものが大好きなので楽しみです。

そうなんですか。
わたし、あとがき書けなくて。
リアルの文章は苦手なので、後日談or座談会(しかもバカっぽい)が定番になってます(^^;
本当は、何を考えてこの話を書いたとか、この辺の薪さんの行動はこういう意味があったとか、そういうの書いた方がいいのかなあ? 
わたしは、それは読者さんがそれぞれに解すればいいものだと思うし、それ以前の問題として、
なにを考えて書いたかなんて覚えてない(・∀・)/ ←バカすぎ。


>今回の青木くんの独白がすごく嬉しかったのでノコノコやって来ました。

そうそう、青木さん、最初はすっごく書きづらかったです。
彼の考え方に共感できなくて。天使くん苦手なんだよなー、とか思いながら書いてた。だからうちの青木さん、腹黒いんですよ(笑)

でも、今はそうは思わなくなりました。
薪さんの過去を知ったら、薪さんが抱えた罪の種類も違って見えてきて、そうしたら、この人のことは天使でもなきゃ救えなかったんじゃないか、って思ったんです。正に、自分の姉を殺した相手を憎まずにいられる青木さんのような人じゃないと、無理だったんじゃないかって。
だから今は青木さん、大好きですよ(^^)


>今回の独白で、青木くんが自分の猪突猛進さを自覚しててでも薪さんのために薪さんを理解したくてそれだけのために繊細になってきた、
>薪さんにしたってなんやかんや青木くんの純真さに救われてきた、

お互いがお互いのために、少しずつ変わっていったんですね。
うちの場合は、必ずしも良い方向に変わって行ったわけでもないんですけど、(青木さんは悩むようになったし、薪さんは逆に開き直ったww)
それが普通じゃないかな。
わたしも結婚してから大分変りましたよ。具体的には、オットのバカが伝染りました。←


>いいカップルだあー
>結婚しちゃえよ。

ねえ!
結婚しちゃえばいいのにね!
2060年の日本で同性婚が認められてますように(^^


Aさまへ

Aさま。


>しづさんはこのSSあんまり出来がよくないと言ってますが、

あはは、出来がよくないのはいつものことですが(笑)
なんかこの話、好みじゃないんですよ~。←いつもいつも他人事ですみません。


一応ストーリーSSなので、主題とプロットはあります。
主題はAさんのご指摘通り、
「青木は薪さんに鈴木さんの脳を見せない方がよかったのでは?」という疑問に対するわたしなりの解答です。

青木さんの行動の是非はともかく、薪さんはこんな風に考えたんじゃないかなって。
あれは捜査官としては正しい行為だった。そう思うからこそ、自分は決して真実を隠したりしない。
薪さんはそんな風に考えたんじゃないか、だから千堂大臣に親子鑑定の結果を突き付けたんじゃないか。自分が血のつながらない親に愛された経験があったから、その事実があっても大丈夫だと、思って二度裏切られてキレちゃったんじゃないのかなって。
あの家族、あれからどうなったのかなあ。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
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