イヴに捧げる殺人 後日談(3)

 発売日ですね! 
 本屋さん行ってきます! 薪さんに会えますように!!

 あ、あとがき、これでおしまいです。
 最後まで読んでくださってありがとうございました(^^




イヴに捧げる殺人 後日談(3)






「ねえ、薪さん。ユリエの裁判っていつ頃始まるの」
 礼子の問いに、薪は直ぐには答えなかった。フォークの先端に貫かれたマカロニに息を吹きかけ、伸びたチーズの糸をくるくると巻き付ける。礼子はしばらくその様子を見ていたが、やがて諦めたようにホワイトソースに包まれた鶏肉を口に入れた。
 薪のつややかな唇がぱくりとフォークを咥える。薪は牛乳の匂いが苦手なのに、グラタンやシチューは平気で食べる。青木には不思議でたまらない。温めたら匂いは強くなると思うのだが。

「来月だ」
 薪が正直に答えたから、青木は少し驚いた。事件のことは早く忘れろと、てっきりそう言うと思ったのだ。しかし。
「傍聴したいなら席は僕が用意してやる」
「薪さん」
 思わず口を挟んだ。あの事件から未だ2ヶ月も経っていない。裁判の傍聴は礼子にとっては生傷を抉るようなものだ。
「ただし、一人では行くな。ママにでも付き添ってもらえ」
「薪さん」
「分かった」
 薪を留めようとした青木の声と、礼子の了承が重なった。礼子の強い瞳に押されて薪を伺えば、おまえは口を出すなと薪の眼が言っている。

 事件の時も感じたけれど。
 薪は真実は隠すべきではないと言う強い信念を持っている。おそらくそれは、警察官としての正義というよりは経験に基づいての結論なのだろう。

 青木は薪の心情をそのように察したが、その解答は80点。薪の中にも迷いはあるし、礼子に真実を告げることが絶対に正しいと信じ切っているわけではない。だが、薪にはそれを隠すことはできない。
 例えそれがどんなに残酷な事実でも、どれだけの愛とやさしさでもって包み隠そうとした秘密でも、それを知ることで悔いるばかりの人生が待っているとしても。隠してはいけないのだ。
 秘密は必ず洩れる。何年かかっても、日の元にその姿をさらけ出す。問題はその現れ方で、秘密というものは人を介すると必ずと言っていいほど真実から遠ざかる。秘密が内包する不確定要素と、時間が経つほどに曖昧になる人の記憶のせいだ。結果、歪められた真実が当事者に届くことになる。それは隠した者の本意でも隠された者の幸福でもない、単なる悲劇だ。
 未来永劫誰一人としてそれを知らずに済む保証がないなら、真実は隠すべきではない。そして、そんな保証は誰にもできない。

 加えて。
 薪は自分の経験から知っている。人間はそんなにやわじゃない。どれだけ凄惨な事実を突き付けられても、先に進める。一時は足が竦んで、一歩を踏み出すそれだけで針を踏むような痛みを覚えても、ちゃんと歩いていける。何よりも強くそれを信じている、否、信じなければいけない。
 ――だって。
 そのことを教えてくれたのは青木だから。何年もの間、そして今も。薪に真心を注ぎ続けてくれた、薪が自分の脚で歩きだすのを辛抱強く待っていてくれた彼だから。

 現実にはショックのあまり、発作的に自ら命を絶ってしまったり、精神的に病んでしまう人間がいることも知っている。さらには青木が自分にしてくれたように、彼女の傍にいて彼女に愛情を注ぐことは薪にはできない。それが分かっていてこの行動を取る無責任は承知の上、それでも薪は彼女の強さを信じたい。
 誰かが自分を信じてくれる、それだけで人は強くなれる。そのことを薪に教えてくれたのもやっぱり青木なのだ。

 一回りも年下で、見れば未熟さばかりが目につく彼の、なのに多くのことを教えてくれる男を、薪は改めて見直す。前に進む勇気をくれるのはいつだって彼だ。
 命令されずとも食べ終わった皿を集めて洗い始める青木の背中を眺めながら、薪は小さくため息を吐いた。彼の支えがなくなったとき、自分が今と同じように行動できるかどうか未だ自信が持てない。情けない話だ。

 青木は濡れた手を拭きながら戻ってきて、膨れた腹を擦っている礼子に声を掛けた。
「さあて、あとひと踏ん張りだね。礼子ちゃん、応用問題に挑む前に正弦定理を確認しておこうか」
「まかせて。cosA = (b2 + c2 +a2)× 2bc」
「うん、それは余弦定理だよね。しかも間違ってるし……薪さあん」
 薪と二人掛かり、懸命に教えたことが空腹感と一緒に礼子の中から消えてしまったことを知って、青木は薪に泣きついた。なんだったの、あの苦労。

「だから言っただろ。そいつ、教える側から忘れていくって」
「礼子ちゃん、もう一度やるよ。正弦定理は三角形とそれに接する円に関する定理で」
 薪が投げかけた匙を青木が拾い上げる。青木は薪よりも諦めが悪いのだ。そうでなかったら、とっくに薪のことも見限っていただろう。
 諦めないこと、続けることが何よりも大切だということ。それも彼に身を以て教えてもらった。

「どうやらおまえは僕よりも教師向きだ。頑張れよ、先生」
「ちょ、薪さん、ずるっ」
 黄緑色の鞘から犬のような顔を出しているキャラクタークッションを枕にして、薪はころりと横になった。くあ、と欠伸をして5秒後には寝息が聞こえてくる。相変わらず見事な墜落睡眠である。
 眠りに堕ちる寸前、二人が揃ってクスッと笑う声が聞こえた。




(おしまい)


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

予想、大外れでした☆
まさか第九編のまんま続きとは!
青薪は描き切ったようなことを仰っていたと聞いていたのですが、やっぱり青薪さんは清水先生にとっても特別思い入れのあるキャラなんですかね? 何にせよ、嬉しいです。しかも事件が複雑そうで、2回や3回じゃ終わらない感じがするのも嬉しい♪ 


>また、薪さんの心配しなくちゃならない感じ(´о`)
>ハラハラするのはしづさんのSSだけでいいよう

何のかんの言ってもわたしのは、薪さんに怪我はさせてもきれいに治るので安心ですけどね。
先生の場合はストーリー優先だから状況によっては腕の一本くらい落としそうで怖、ごほごほ!


>テレビで「容疑者Xの献身」見てすごくやるせなかったんですけど、真実を隠すことは出来ないという結末が。

あー、わたしあれ、すごい好きです。
でもって、完全に石神さんの味方です。石神さんの見返りを求めない愛が泣けて泣けて。この話だけは、湯川先生、そっとしておいてあげなよ、って言いたかった。


>でも、秘密はいつ暴かれるかもしれないのだから虚構の幸せはいつか崩れる。

うん。きっとそういうことなんでしょうね。
自分でもそういうつもりでこの話を書いたんですけどね、それでもやっぱり石神さんの愛し方を間違いだとは言えなくて。
理性では分かってるんだけど、湯川先生のように真実を日の下に晒せるかどうかは甚だ疑問です(^^;


Sさまへ

Sさま。

>キャーキャーキャー(///∇///)

おんなじ!
おんなじですよ、Sさま! わたしもまったく同じ状態です!

なんすか、あの予想の裏切り方!
薪さんが旅立った後の第九か、薪さん、出てくるのかなあ、という具合に、わざと読者を薪さんに会えるかどうかも分からない心理状態に落とし込み、
頁をめくれば薪さんの見開き表紙! 「帰ってきた薪」の文字! 読者、狂喜乱舞!
計算か、計算なのか、メロディ編集部! おそるべし深謀遠慮!←言い掛かり。


この先、すっっっごく楽しみです!
第九の続きってことはエピローグが着地点ではなくなったと言うことですからこれからまた青木さんに女性の恋人候補が現れたり薪さんに危険が迫ったりする可能性もあるわけですが、
そんなことはどうでもいい!←いいの?
また2ヶ月に1度、薪さんに会える! これが最重要項目!!
どんな展開でも大歓迎です、清水先生!!

あー、なるほど、
どんだけS展開でも読者は嬉しいんだ。
これも計算のうちかー。(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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