こんにちは。
青薪さんの楽しい(?)ドライブ、こちらでお終いです。
読んでくださってありがとうございました~(^^
ドライブ(5) ――疲れた。
瞑目して、薪は心の中で呟いた。青木が運転する車の助手席である。
スポーツタイプのツーシーターだから、正直、乗り心地は公用車ほど良くはない。風雨に晒されてひび割れたアスファルトの凹凸をダイレクトにタイヤが拾う感じで、長時間乗っていると腰にくる。それをシートの柔らかさと、ツーシータータイプでは珍しいフルフラットに倒れる座席で補っている。
薄目を開けると、目的地までは残り約15分の地点。山と樹木と田んぼの風景が延々続いている。5分ほど走って横道に入り、下って行くとそこがやなだ。
薪は相手に気付かれないように、隣の男を見た。車の運転が大好きな青木は、運転中はまあまあ見られる顔をして――思いかけて首を振る。誰が聞いているわけでもないのに、見栄張ってどうするんだ。
運転席の彼は、無意識のうちに見惚れてしまうくらいカッコイイ。オールバックの額が知性を感じさせて、顎の形が男らしくて。鼻筋は通ってて、口元は引き締まっている。「青木は意外とモテるんですよ」と以前小池が言っていたが、意外でも何でもない。エリートで高身長で性格もいいのだ。モテて当たり前だ。
20代の頃は坊ちゃん坊ちゃんしていた顔が、30を越したら急に大人っぽくなってきて。時々、色気を感じてドキッとする。まさか青木に欲情する日が来るとは思わなかった。
でも、性格は相変わらず素直で真っ直ぐ。乗れと言われてトランクに乗るくらい、まったく可愛いったら。犯人を追い掛けていた時は、あんなに頼もしかったのに。
「……ぷっ」
窮屈そうにトランクに収まった青木を思い出したら、横隔膜がひくひくした。なんですか? と青木が前を向いたまま尋ねるのに、何でもないと言い返す。いつもの、少し意地悪で平和なやり取り。
あの引ったくり犯を捕まえるのは、薪では無理だった。
追跡に協力してくれた少年たちも、青木のテクニックに感服していた。元来、警官には反発心のある彼らが自分たちに好意的だったのは、彼の技術のおかげだ。
薪は捜査の指揮は執れるが、それは机上のこと。実際に犯人を追い詰めることはできない。それから、あんな風に罪を悔い改めさせることも。
青木は平等なのだ。犯人にも被害者にも。そこが自分との大きな違いだと思う。
薪は絶対的に被害者の味方だ。どんな理由があっても犯罪は許されない。例え小さな罪でも、犯人には厳しくあたる。そうしなかったら。
また、あの悲劇が繰り返されるかもしれない。そう思うと、見逃すことなどできないのだ。
自分は未だ恐れている。あの男の呪縛から逃れられないでいる。
年端もいかない少年まで震え上がらせてしまう、その偏狭さに、自分の恐れと未熟が表れている。
青木の柔軟な精神が羨ましかった。
「薪さん」
薪が起きていることを知った青木が、薪に話しかける。話題は彼らに誘われたツーリングのことだった。
「行っちゃダメですよ。何処に連れ込まれるか分かったもんじゃないんですから。薪さんがお強いのは存じてますけど、集団で来られたら」
「40過ぎのオヤジを連れ込んで何するって言うんだ」
「そんなの決まってるじゃないですか。バイクに乗せてあげたお返しに薪さんに乗らせてくださいとか言われて、薪さんたら妙に義理堅いところあるから断りきれなくて言いなりになっちゃうとか、そんなことになったらオレ泣きますからねっ」
「おまえと一緒にするな。彼らに失礼だろ」
薪が言い切ると、青木は口の中で噛み殺すように、
「あああ、もうどうして自覚してくれないんですか何度も同じような目に遭ってるのになんで学習しないんですかバカなんですか」
聞こえてるぞ、こら。
誘われたのは薪だけれど、行きたいのは青木の方だろう。薪は車窓から風景を眺めるのは好きだが、あの風圧に耐えて走る感覚は苦手だ。風との一体感を感じられると彼ら言うが、車に比べたら乗り心地も悪いし、何よりカーブの度に身体が傾くのがいただけない。あれは怖い。
でも青木が行きたいなら。付き合ってやってもいい。
彼らと一緒ではなく二人きりでと彼が言うなら、乗っかってもいい。人目を憚らずに彼に抱きつけるの、ちょっとだけ嬉しかったし。
やなの私道に入ったのか、舗装が切れて砂利道になった。坂道の傾斜角度も大きくなり、青木はスピードを落として慎重に進んだ。
地球の重力とそれに反抗するブレーキの拮抗を身体に感じながら、薪は思う。
次の休みはサーキットでレーシング体験。多分また無理矢理乗せられる。来月の末にはモーターショーもある。拝み倒されて引っ張り出されるのだ、きっと。うんざりする。
ガタガタと揺れる車の中で、薪はこれからの予定の多さに辟易する。しながら、微笑む。
誰かと未来の約束が交わせる。なんて幸せなことだろう。
車はゆっくりと砂利道を下りていく。頬杖をついた薪の左手に、渓流のきらめきが見えた。
(おしまい)
(2013.10)
テーマ : 二次創作:小説
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