Someday(1)

 こんばんは。夜中の0時の記事なんて初めてじゃなかろうか。
 しづは年寄りで、夜は眠くなってしまうので、当然予約投稿です(^^;

 お話の途中で突然、予告もなしにすみません。
 今朝、記事を上げるとき、8月10日の0時から別の話を挟みますって言い忘れちゃって、
 え、と、

 鈴木さん。
 ご冥福をお祈りします。
 
 薪さんがこの世から消えたくなった夜、「おれがずっと一緒にいるよ」と彼を抱きしめてくれた人。
 親がどんな罪を犯していようと「幸せになっていいんだよ」と若かりし薪さんに教えてくれた人。(だと勝手に思っている)
 薪さんの笑顔のためならスーパーマンになれた人。
 薪さんの幸せだけを願って、ゆえに貝沼の狂気に呑まれて、薪さんに絶望と一生消えない十字架を背負わせた人。
 薪さんを心から愛した人。
 薪さんが、心から愛した人。

 どうか。
 共に描いたMRI捜査の理想と現実とのギャップに打ちのめされる薪さんの。
 自分が幸せになることに憶病な薪さんの。
 心の支えでいてあげてください。これからも、ずっと。 





Someday(1)





 西洋化が進んだ現代、畳の無い家が増えている。特にマンション暮らしの者はそれが顕著だ。畳に座るのは、居酒屋の座敷が空いていた時か田舎に帰った時くらい。慣れていないから胡坐をかいていても足がしびれる。それが正座となれば言わずもがな。
 現代人の軟弱な脚が自身の体重によって痺れを覚え、限界を迎えるまでの平均時間、約30分。平均点は越えたものの、それより10分ほどで雪子はギブアップし、喪服の下でそっと脚を崩した。

 脚の乱れを隠せるフレアースカートの形状に感謝しながら、座布団の上にぺたりと尻を落とす。それでようやく隣の男性と同じ高さになる。彼は雪子よりも10センチほど背が低い。
 眼だけで周囲を伺えば、雪子と同じように正座を解いている者も多かった。身内だけの集まりだと言っていたから、みな、それほどかしこまる必要を感じていないのかもしれない。20人ほどの弔問客の中には、畳の上に足を投げ出している者も何人かいた。彼らにとっては退屈な法要なのだろう。雪子も経験があるが、遠い親戚の13回忌なんて、それも顔も知らない叔父さんとか勘弁してよって感じだ。お経なんて意味が分からないし、東京に出てきてしまったから知り合いは少ないし、お昼ご飯のメニューを想像することくらいしかやることがない。
 この部屋には、そういう緩慢な空気が混じっている。そんな中、雪子の隣人だけが異質であった。
 ピシリと正した彼の背筋は微動だにしない。瞬きもせず、冗漫な読経に意識を散らすこともなく、僅少の乱れもなくただ前を向く、だが。彼は、その亜麻色の瞳に映した何ものをも見ていない。彼の心はここにはない。

 ――まるで人形のよう。

 緩みやダレは自然に訪れるもの。そもそも人間の集中力は1時間程度が限度で、それを超えれば誰の身にも等しく起こる生理現象だ。例え今が法要の真っ最中でも、不真面目だとか誠意が足りないとか、倫理的に責められる筋合いのものではない。
 それから約1時間。人間らしさを滅するがごとし彼の凄絶な謹厳は、読経の後に始まった僧侶の説法で皆が足を崩す中、孤独に続けられた。

 説法が終わったのは、丁度正午であった。午前十時からの法要だったから、かっきり2時間掛かったことになる。よく2時間も正座を続けられるものだと感心しながら、雪子は隣の男性に声を掛けた。
「薪くん。お昼どうする?」
 雪子たちは招かれて此処に来たのだから、食事の用意は当家でしてくれているはずだ。が、彼にあっては遠慮するだろうと察せられた。だったら自分も一緒に帰ろうと思った。2人の幼子を夫に預けて出て来たのだ。できれば早く帰りたかった。

 慣れない子供の世話に、困り果てているに違いない夫の姿を思い浮かべ、雪子は思わず笑みを零した。が、すぐに思い直し、心の中で遺影の彼に謝罪する。
(ごめんね、克洋くん。でもね)
 黒い縁取りの大きな額に入った写真の人物は、あの頃と同じ笑顔で雪子に笑い掛けている。
(あたし、いま幸せなの)
 心の内で呟けば、よかったな、と彼が笑ってくれる。都合のよい幻に失笑する。人間て、本当に現金だ。
 死んだ人のことは次第に忘れていく。その時は深く傷ついて、絶対に立ち直れない、彼以外に愛せる人なんていないと溺れるほどに泣いても、人はまた愛する人を見つけることができる。それを薄情だと恥じることは、むしろ故人に失礼だと雪子は思う。特に鈴木の場合、別れた彼女に新しい恋人ができたら心から喜ぶような男だったから。

「何だったら、その辺のお店に」
 法事の後、真っ直ぐ家に帰るのはタブーだと田舎の母が言っていたのを思い出す。ならばと、彼を軽い食事に誘おうとした言葉を、雪子は途中で飲み込んだ。
 整然と並んでいた周りの人間が座布団だけを残して去っていく中、彼だけは身じろぎもせずに座っていた。無表情のまま、虚空に視線を据えたまま、2時間前と寸分変わらぬ姿。

(まだ)

 不覚にも涙が出そうになる。雪子の「まだ」は「2時間も前から」ではなく。
 12年も経つのに、だ。

(まだ、こんなに)
 ――こんなに簡単に壊れてしまうの。

 それが彼に下された罰ならば、あまりにも惨いと雪子は思う。引き戻されること、それが無限に続くことの、残酷。
 彼も今は、雪子と同じように幸せなはずだ。仕事も順調、上司や仲間にも恵まれ、恋人もいる。しかし。
 思い知らされる。彼に、自分のような安息の日は訪れない。

 彼の行動は法に問われなかった。彼は罪を犯していない、だから法に基づいた罰を受けることができなかった。でも。
 形のない罰は、彼の身に雨のように降り注いだ。他人から、友人から、職場の仲間から。
 去っていく者、悪意をぶつけてくる者、陰で声高に彼を非難する者。それは確かに彼を傷つけはしたけれど、彼を害するものではなかった。彼にとってそれらはむしろ、下されなかった罰を満たす恵みですらあった。
 本当に彼を害したのは、それが可能であったのは、この世に一人しかいなかった。それは彼自身だ。
 夜ごと彼を眠らせなかったのも、彼の腕や脚をボールペンで抉ったのも、全部彼が自分でしたことだ。我が身を傷つけ、その身を細らせ、生存本能に危機を訴える。本能は脳に働きかけ、生命活動を彼に行わせる。そこまで自分を追い詰めなければ生きられなかった。生命体として、明らかに彼は壊れていた。

 新しい友人や恋人の助けもあり、彼は立ち直ることができた。大分時間はかかったものの、もう大丈夫だと雪子は思っていたのだ。
 それが間違いだったと教えられて、雪子は唇を噛んだ。ベージュ色のリップが白い前歯の下で強く圧迫される。物理的な力で押さえないと泣き出してしまいそうだった。
 雪子は、誰にも顔を見られないように俯いて、その衝動にじっと耐えた。心を落ち着けるにはある程度の時間が必要だった。穏やかに続く幸福な日常は、雪子から、感情を封じ込めるスキルを奪っていた。彼を喪ったばかりの頃、自分を心配してくれる友人たちの前でいつもしていたことなのに。

「薪くん。終わったわよ」
 とん、と軽く彼の肩を突いて声を掛けられるようになった頃には、座敷には雪子と彼の二人しか残っていなかった。
 身体に伝わった僅かな衝撃は、彼のマスキングされた聴覚を上回ったらしい。彼はゆっくりと瞬きをし、さぞや凝ったであろう首を動かして雪子を見た。
「みんな会食会場に行ったけど、どうする?」
「僕はご両親に挨拶だけして帰ります」
「じゃ、あたしも一緒に帰るわ。あ、でもね、真っ直ぐに帰っちゃいけないのよ。悪いものを連れてきちゃうんだって。だから何処かに寄ってお茶の一杯でも」
 言いながら雪子は立ち上がり、次いで、彼の頭が一向に近付いてこないことを不思議に思った。彼は自分の両膝を握りしめ、何かと戦っているかのように眉を寄せていた。

「薪くん?」
「痺れちゃって。イタタ」
 やっと人間に戻ったと、雪子は束の間喜んだ。が、すぐにその高揚は打ち消された。彼が、その痛みを歓迎しているのが分かったからだ。
「お昼、何処かで食べて行きましょうか。何がいいですか」
 痺れた脚を撫でながら雪子を見上げて微笑んだ、彼の笑顔に雪子は胸を締め付けられる。
 なんて完璧な作り笑顔。
「そうねえ。やっぱり中華かしらね」
 頬が無様に震えるのを、雪子は、頬に手を当てて迷う仕草でさりげなく隠した。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

>薪さんが鈴木さんの法要に呼んでもらえるようになったとしたら喜ばしいことなのでしょうけど(二度と顔も見たくない程の怒りが収まったということで)
>でも、改めて自分のせいで彼が死んだことを見せ付けられるのも酷なわけで。

おっしゃる通りだと思います。
ただ、自分の罪を見せつけられることの痛みは……薪さんなら歓迎する、とわたしは思います。

鈴木さんのことを忘れることはない、彼を殺したことを忘れるときはない、それも事実だとは思いますが、現実ってもっと残酷だとも思います。
青木さんと身も心も結ばれている薪さんは、心からの幸せを感じるときがあります。その瞬間は鈴木さんのことを完全に忘れてるか、鈴木も喜んでくれるだろうとか都合の良いことを考える。
で、その後、凄まじい勢いで落ち込む。そういうことを繰り返してるんじゃないかと思います。
本当にね、人間の記憶って薄れていくものなんです。最初のうちはそのことしか考えられなかったのに、次第に思い出すことも減って行く。それは自然なことなのですけど、薪さんには許せないことだと思う。
だからこんなふうに強制的に、記憶を呼び覚ましてもらえることを、彼は歓迎すると思う。

問題はその後。
まだ薪さんが「やっぱり僕は幸せになる資格のない人間なんだ」と思うような状態だったら、わたしもこんな話は書かないです。
この後にはわたしなりに、幸せに向かって進もうとする薪さんを妄想したつもりです。
だからそんなに暗い話じゃないと思うんですけど~、
わたしの感覚って世間一般とけっこうなズレがあるみたいなので(^^;) もしかするとゴメンね☆

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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