Someday(2)

Someday(2)






 会食会場には、法事に参列した殆どの人間が顔をそろえていた。ひな壇には鈴木の写真と陰膳がセットされ、段飾りになった白百合がその両側を飾っている。克洋くんは白百合が好きだったっけ、と思いながら雪子は会場の入り口を潜りかけ、聞こえてきた言葉に思わず足を止めた。
「塔子さん。なんだってあんな男を呼んだんだい」
「そうだよ。あんたの息子はあの男に殺されたんじゃないか」
「千夏ちゃんが来なかったのだって、あの男の顔を見たくないからなんだろう」
 言葉の暴力に息が止まる。やっぱり、断ればよかった。雪子は自分がしたことを激しく後悔した。

 薪を此処に連れてきたのは自分だ。もちろん勝手に連れて来たのではなく、鈴木の母親に頼まれたのだ。13回忌ともなれば近しい親類だけで行うもの。いくら婚約していたとはいえ、雪子には法事の連絡は来なくなるのが普通だ。葉書が届いただけでも驚いたのに、後日掛かってきた塔子からの電話にはさらに驚かされた。塔子は、既に新しい家庭を持っている雪子を元婚約者の法事に招待したことを詫び、その上で、薪を連れてきて欲しいと言ったのだ。
 薪の元にも葉書は送った。だが、一人では出席しづらいだろうから雪子に声を掛けたのだと。

 鈴木の親から声が掛かれば、薪は何処へでも出向くだろう。彼はそういう人間だ。それは鈴木の両親も知っているはずだ。
 彼らが、法事の席で何をする気なのか気になった。今さら薪を吊るし上げる気でもあるまいが、恨み言の一つや二つは言われるかもしれないと予想していた。逆に、他の参列者たちからは白眼視程度は予想はしていたが、ここまで悪しざまに陰口を叩かれるとは思わなかった。甘かった、と雪子はほぞを噛む思いでその場に立ち尽くした。

「自分が殺した男にいくら包んできたか知らないが、つっ返してやんなさい」
「呼ばれたからって来る方も来る方だ。神経を疑うよ」
「人の息子を殺しておいて、涼しい顔で出世するような人間だからな。それが普通の感覚なんだろうよ」
 いっそ当て身で薪を気絶させ、肩に担いで帰ろうか。雪子の殺気を感知したのか、薪は後ろに一歩下がり、雪子を見て困ったように笑った。

「みなさん。聞こえてましてよ」
 内輪話か説教か、とにかく輪の中心になっていた塔子が声を張り上げる。数人の黒服の男たちはぎょっとこちらを振り向き、そそくさと散って行った。良くも悪くも薪は有名人だ。官房室の若きエリートとして警察機構の顔になっている。国家権力相手に面と向かって文句が言える人間は少ない。
 不穏な空気が漂う会場に、その原因たる自分たちが入っていいものかどうか思案に暮れる二人に、塔子は喪服の裾をさばきつつ、ゆっくりと近付いてきた。その視線は雪子を通り越し、後ろの薪に注がれている。雪子の背中が強張った。それを雪子は薪に気取らせまいと、下腹に力を入れた。
 本当に大変なのは薪なのだ。自分がしっかりしないと。

「ごめんなさいね、口さがない人たちで」
 二人の前に立つと、塔子は鈴木そっくりの黒い瞳に笑みを浮かべ、薪に非礼を詫びた。いいえ、と薪が頭を下げると、
「千夏のことは誤解しないで。あの子、いま妊娠中なの。嫁ぎ先のロンドンから帰って来るのはしんどい時期なのよ」
 娘の不在について説明を入れた塔子に、雪子がホッと息を吐いたのも束の間、彼女は、
「でも、あのくらいは覚悟して来たんでしょ」と静かに言った。薪が顔を上げた時、塔子の眼から微笑みは消えていた。
「はい」と薪は答えた。平静な顔つきだった。

 二人のやり取りに、雪子は早くも心が折れそうになる。かつては自分の親のように慕っていた鈴木の両親の前で、ポーカーフェイスを作らなきゃいけないのはどんなにか辛いだろう。
 覚悟してきた。薪が責められるようなら自分が彼の弁護に立とうと思った。鈴木の両親と薪が対立した場合、自分はどっちにつくか、雪子の中で答えは出ていた。薪の苦しみをずっと見てきた雪子には、それ以外の選択肢はないと思えた。
 だが、こうして喪服の塔子を見、その後ろに黒縁の額に入った鈴木を見ると。
 もしもわたしの夫や子供が同じ悲劇に見舞われた時、相手がどれだけ苦しんだところでわたしはその人を許せるだろうか。
 死んだ人間は帰ってこない、帰ってこないのだ。何十年待とうと、もう会えない。だからと言って忘れられるはずがない。自分のお腹を痛めて産んだ、愛する人との結晶。我が身を削られるにも等しい痛みを、忘れられるものか。
 結局自分には、何もできないのだと思い知らされた。あの事件のときも今も、自分は無力だ。
 雪子は身を躱し、塔子の視界に入らないよう一歩退いた。見守ることしかできない。名ばかりの親友。

 肩を落とす雪子の前で、塔子は右手を上に向け、場内を指し示して、「中にどうぞ」と雪子たちに入室を促した。
「いいえ。僕は失礼します」
「あら、どうして。遠慮することないのよ。こちらがお招きしたんですから」
「お心遣いはありがたいのですが、これから仕事がありまして。職場に戻らなければなりません」
 それが嘘だと、雪子にはすぐに分かった。おそらく塔子にも。薪の返答は滑らか過ぎたのだ。
 そして雪子にはもう一つ、分かっていることがある。
 先ほどの一幕が無かったら、薪は塔子の誘いに素直に応じただろう。それで自分が傷つこうが裂かれようが気にも留めない。むしろそれでこそ、彼の十字架は軽くなる。
 だが、ここで自分が居座ることは塔子たちの立場を悪くする。そう判断したのだ。薪は自分を守る嘘は下手くそだが、他人の為に吐く嘘はとても上手いのだ。

「日曜日なのに、お仕事?」
「はい」
「そう。残念だわ」
 逃げるのね。
 そう言わんばかりの塔子の口調に、雪子は唇を噛みしめた。腹に溜めておくことが苦手な雪子にとって、「薪くんは気を使っているのよ」と口に出さないようにするには、それしか方法がなかった。

「申し訳ありません。埋め合わせは次の機会に」
「雪子ちゃん、あなたは残ってくれるでしょう? 親類って言っても法事のときくらいしか顔を合わせない人たちばかりで。克洋の話ができる人は、あなたくらいしか招いていないのよ」
 薪の謝罪を無視するように、塔子は突如として雪子に話しかけた。鈴木の名前を出されて、自分も帰るとは言いづらい雰囲気になってしまった。口ごもる雪子に薪は目配せし、黙って頭を下げた。お願いします、と言われたのだ。
「では失礼します」
「ねえ。ひとつだけ訊いていい?」
 立ち去ろうとした薪の、細い背中を塔子が呼び止めた。振り向いた薪の、やや訝しげな表情。彼の美貌には慣らされているはずの雪子ですらどきりとする。しなやかな身体のラインの、なんて美しさ。

「あなたと克洋って、本当にただの友だちだったの」
 ひっ、と思わず雪子は声を上げそうになった。
 藪から棒に何を言い出すのか、それもこんなところで。なにかやる気かもしれないとは思っていたが、選りにも選ってこんな、超デリケートな質問とは。
「あ、雪子ちゃんは黙っててね」
 話題を逸らそうと口を開く前に機先を制される。さすが専業主婦、井戸端会議のプロだ。話の主導権を握るのが上手い。

「あの事件のとき、克洋はあなたのことしか考えてなかった。あなたの所へ行かなくちゃ、って繰り返す克洋を、わたし必死に止めたわ。そんな体で何ができるって言うの、まずは体を治さなきゃ、って。でも、あの子はわたしが目を離した隙に仕事場に戻ってしまった。そしてあなたに」
 本当に、あっという間の出来事だった。第九が崩壊するまで僅か4日。そんな短期間に警察でも指折りのエリート組織が壊滅するなど、誰が想像しただろう。それは警察にとっても雪子にとっても、晴天の霹靂であった。貝沼事件の捜査が始まる前の週まで、そのような兆しは職員の誰にも一片とて見つけられなかったのだ。
 崩壊を防げなかったのは薪のせいじゃない。仕事場に戻る息子を止められなかったのは塔子のせいじゃない。婚約者の異常に気付けなかったのは雪子のせいじゃない。ここにいる誰も悪くないと分かっているから、一人として、自分を責めることを止められない。

「克洋は、自分の身体を壊してまであなたを守ろうとした。普通の友人に、そこまでするものかしら」
 薄々は気付いていて、だけど口には出せなかった疑問。その疑問はこの12年間、否、もしかしたらもっと前から。塔子の中で燻り続けていたのだろうか。
「なにをお疑いなんです?」
 苦く笑って、薪は答えた。
「友人に決まってるじゃないですか。克洋君は雪子さんと婚約してたんですよ。彼は不実な男じゃないし、ましてやそんな趣味はありませんでした」

 ニコリと笑った薪の顔は、背筋が寒くなるくらいの美しさだった。
 それは、人間の誠意とか理性などで太刀打ちできるような、生半なものではなく。
 この美しさの前に、人はかしずくしか術を持たないのだろうと、鈴木はそれを守りたかったのだろうと。想像するに余りある超絶的な美であった。

 すっと優雅にお辞儀をして、薪は帰って行った。凛と伸ばされた細い背中が廊下の角を曲がって見えなくなるまで、雪子と塔子は並んでそれを見送っていた。



*****

 うちの鈴木さんの妹は千夏と言います。
 それと、鈴木さんは自宅から第九に通ってて、雪子さんに置手紙で職場に戻ったんじゃなくて、お母さんがお風呂に入ってる隙に職場に赴いて亡くなりました。
 原作と違っててごめんなさい。あちこちに書いちゃった後で、もう直せない(^^;





 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

Aさまへ

Aさま。

>原作の鈴木さんも大学時代に一度死にかけたにも拘わらず、家族の反対を押し切って薪さんと付き合い続けた

その結果がああなってしまったことを思うと、胸が潰れそうです。
最初と最後しか紙面には表れませんでしたが、その間には別の感情があったかもしれませんよね。ずっといい友だちでいるのを見るにつけ、最初は止めたけれどもあれは親が悪かっただけで息子に罪はなかったと思い直したとか。
でも、最後はあれだからねえ。言わんこっちゃない、と思ったでしょうね、きっと。


>美波ちゃんが男の子を生んである日、街でバッタリ薪さんと逢って鈴木さんの面影がある幼い男の子を薪さんにを抱かせてくれる。そんな場面を夢見ているんです・・

いいですね!
わたしも鈴木さんの妹さんがご両親と薪さんの橋渡しになる、と言うのを考えたことがありまして。
実は「トライアングル」で最初、喪服の薪さんを呼び出したのは妹さん、という設定だったんですね。心の整理を付けるには早すぎると思ったことと、法要の年数が合わなかったので止めましたが。

書いてみて思ったのは、難しいなあって。
塔子さんのことを書く時には、オットを誰かに殺された気持ちになって書くので、相手のことが全然許せないんですね。相手を傷つける言葉ばかり出てくる。その言葉で自分も一緒に傷ついて、本当にもうどうしようもないです。
薪さんのことを許してほしいと思って書いたけど、やっぱり無理かもしれないって思っちゃいました。でも、諦めたくはないので、また書くかもしれないです。

Sさまへ

Sさま。

>ひえええ~。

ごめん! たまにこういうの、無性に書きたくなるの(^^;

もともとこの話ね、3部作の最後話なんですよ。
「yesterday」「today&tomorrow」で、「someday」と続くの。薪さんの過去、現在、未来、を書いた話の一部なんです。
ご存知の通り、過去の薪さんはとても辛い状況で、でも現在は青木さんが共にいてくれて、薪さんの痛みを和らげてくれる。だから仮にこういうことがあっても、以前とは受け取り方が違ってて、未来につなげる考え方ができる、みたいな。
溢れるような光、とまではいきませんけど、青木さんは薪さんにとってはいつでも希望の光なので。そういう感じで書いてみました。


Sさま、夏休み、どちらかにお出かけでしたか?
わたしは一泊で家族旅行に。今回は北の方の、海辺の旅館に泊まりました。と言っても一泊なので県内ですけど。年取ると、遠出が億劫になって(笑)
温泉の質が良くてね~。ごはんもめっちゃ美味しかったです。また行きたいな~。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: