Someday(4)

Someday(4)




「あーあ。難しいわねえ」
 バリッと音をさせて、塔子は塩せんべいを齧った。喪服の膝にボロボロとカスが落ちているが、それにはまったくの無関心で、一枚目を食べ終えると間を置かず次に手を伸ばした。
「全然ダメ。上手くできなかったわ」
「だからやめろって言ったのに」
 通りすがりに塔子の夫が、菓子鉢の中から芋羊羹を持っていく。彼は甘いもの好きだ。
「だって」と塔子は口の中で言い、茶碗のお茶を飲み干した。空になった茶碗に、雪子が新しいお茶を淹れてくれる。どっちが客だか分からない。

 会食が終わり、弔問客が引けた後も、雪子は塔子の昔話に付き合っていた。
 薪に塔子のことを頼まれた後、夫にはメールを打った。すぐに「任せてください」と返信が来た。家事に育児に協力的な夫に、雪子はずい分助けられている。

「ごめんね。雪子ちゃんの前であんな話」
 いいえ、と雪子は首を振り、急須に残ったお茶を自分の茶碗に継ぎ足した。塔子はしばらく自分の湯飲み茶碗を見ていたが、思い切ったように語り始めた。
「最初にあれって思ったのは、二人がまだ大学生のとき。薪くんが、急に家に来なくなったの。それまでは一週間と空けずに来てたのよ。ケンカでもしたのかしら、って思ったけど、克洋からはしょっちゅう薪くんの家に泊まるって電話が入るし」
 さすがに相手の親とは顔を合わせ辛かったのだろうと、雪子は当時の薪の心理状態を推測した。鈴木と愛し合っていた頃の薪は、若さと美しさの両方を手にしていて、怖いもの知らずと言うか恋愛一直線と言うか、羨ましくなるくらい素直に鈴木への恋心をその身に溢れさせていた。それで鈴木も警戒して、親を避けたのだろう。

「それから二年くらい経って、公務員試験を受ける頃になったらまた家に出入りするようになった。昔みたいに克洋の勉強を薪くんが見てあげて、でも、前とはどこかしら雰囲気が違ってて……薪くんが、妙に大人っぽくなってた」
 その頃を思い出すように、塔子は遠い目をして言った。
「ピンときたの。なにかあったな、って」
 恋はひとを変える。薪は鈴木に恋をして、身も心も彼に捧げて、その恋に破れて大人になった。以前の薪しか知らない者には、別人のように見えたことだろう。

「わたしが気付いたくらいだから。雪子ちゃんも知ってたんでしょう?」
「まあ、薄々は」
「我が息子ながら勝手よねえ。雪子ちゃんには、本当に申し訳ないこと」
 深く頭を下げる塔子に困惑しながら、雪子は曖昧に首を振った。
 申し訳ないことなんか、された覚えはない。鈴木にも、薪にも。二人はいつも、雪子に対して誠実だった。彼らの真実を知る者が傍から自分たちを見た場合、それを雪子の強がりだと考える人間が殆どだと思う。でも雪子はただの一度も、自分を可哀想な女だとは思わなかった。
 だが、それを他人に納得させるのは難しい。曖昧に否定する他なかった。

 塔子は雪子から視線を外し、手持無沙汰に斎場の庭園を眺めている夫に目をやった。ちょうど新芽の芽吹く頃で、庭師が余分な枝を枝切り鋏で大胆に切り落としていた。
「あの人は全然気付いてないのよ。男って鈍いわよねえ」
 言われてみれば竹内も、青木と薪の関係に長いこと気付かなかった。彼は捜査一課の刑事で人間観察には一日の長があり、しかも恋愛経験は雪子の十倍はあるはずなのに、おかしなものだ。

「本当のことを知りたかったの。克洋の、あの子の気持ちはちゃんと薪くんに届いていたのかどうか、知りたかった。もしも通じてなかったら」
 あの子が可哀想すぎるじゃない。

「克洋がねえ。夢でわたしに言うのよ」
 塔子の言葉に促され、そっと雪子は鈴木の写真を振り返った。既に陰膳と花輪は片付けられており、白百合が一輪だけ供えられていた。

「『薪は悪くないよ。なのに、どうして母さんは』」
 いつまでもそのことに気付かない振りをしてるの?

 背後に塔子の声を聞いて、雪子は背筋を緊張させる。亡くした我が子の夢を、母親はどんな思いで見るのだろう。
 気が付くと、塔子も一緒に鈴木の写真を見ていた。向かいにいる雪子ではなく、塔子は写真の息子に向かって話し掛けていた。

「本当はね。薪くんに、昔みたいにやさしくしてあげたかった」
 塔子は小さく、けれども強く首を振り、
「でも、できなかった」
 ――ダメねえ、わたし。
 そう言って、塔子はくしゃっと顔を歪めた。
「がんばったのよ、あれでも。一生懸命がんばったの」
 バリボリとせんべいを噛み砕きながら、塔子はぽろぽろと涙を零した。その様子に、雪子は思わず涙を誘われる。慰めの言葉など、あろうはずもなく。彼女と一緒に泣くことしかできなかった。鈴木を亡くしたときと同じように。

 弔問客の前では見せなかった涙を、塔子は喪服の袖に吸い込ませた。彼女のそれは、そう。悔し涙だ。
 自分の失態に流す、悔し涙。
 塔子が薪を招いて何をしたかったのか。雪子は分かったような気がした。
 それはきっと特別なことじゃない。世界中で、普遍的に行われていること。かつては薪と塔子の間でも、自然に行われていたこと。
 なのに今は、それが為せないことへの悔しさ。

「ふー」
 塔子は、鼻を真っ赤にして息を吐きだした。固まっていた肩を開き、椅子の背にもたれかかる。涙と鼻水をハンカチで拭きとると、せんべいの残りを口に放り込んだ。ボリボリと音をさせながら、
「次は17回忌ね」
「はい」
「その時には千夏も来れると思うから」
「はい」
「雪子ちゃん、またよろしくね」
「はい。――え」
 諦めてないのか。さすが鈴木の母親。
「次は絶対に白状させてやるわ」
 そっち?!
 雪子の焦った顔が可笑しかったのか、塔子は、ふふ、と笑いながら立ち上がった。膝に付いた食べカスを、遠慮なく床に払い落とす。それからスタスタと草履の音をさせながら祭壇に近付き、息子の写真を手に取った。
「次は上手くやるわ。期待してて」

 結局、雪子は使用時限の3時ギリギリまでホールにいた。セレモニーホールの正面玄関で、タクシーに乗り込む鈴木の親を見送った。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「いいえ」
「なんでかしらね。もうそんな立場じゃないのは分かってるのに、ついつい雪子ちゃんには甘えちゃうのよね」
 それはよく知り合いに言われることだが、20歳以上も年上の人から言われるとは思っていなかった。自分の守備も広がったものだ。手の掛かる弟のような親友を、ずっと見てきたからだろうか。

 一人になって、帰途を辿る。6月も半ばを過ぎて、日差しは夏のそれだ。じりじりとアスファルトを焼く太陽光が、解剖室と研究室を行ったり来たりの雪子にはかなり堪えた。そこに梅雨時期の湿度が加わって、まったく、日本の夏は過ごしづらい。
 駅に続く交差点で立ち止まる。赤信号だ。
 雨の一つも降ればいいのに、と空を見上げれば、嫌味なくらいに晴れ上がっている。鈴木が好きだった、夏の空。
 眩しさに、雪子は目を細めた。塔子の話を思い出す。
 もしも鈴木が自分の夢に出てきたら。彼は自分に何を言うのだろう。

 ――この舞台裏、薪には言うなよ。

 想像して、萎えた。内容は違うかもしれないけれど、絶対に薪のことだ。
「分かってるわよ」
 空に向かって呟いた言葉が自分に落ちてくる。雪子は苦笑して、横断歩道を渡った。


―了―


(2014.6)



 お盆SS、こちらでおしまいです。読んでくださってありがとうございました。
 4回とも予約投稿ですみませんでした。年寄りは夜起きてられないのよ。9時になると眠くなっちゃうの(^^;)←どんだけ。

 次からカエルに戻りますので、よろしくです。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。
コメントありがとうございました(^^


>たとえどんな理由があろうとも、身近な人の命を奪った相手を恨まないこと、赦してわだかまりなく接するということことがどんなに難しいか。

わたし、全然できる自信がありません(^^;
雪子さん、すげーなー、て初めは思ってたくらいですから。
エレベーターの中で「わたしから克洋君を奪ったあなたに、(青木さんのプロポーズを受けたことを)心変わりだと責める権利があるのか」みたいなことを言ってたから、心から許せたわけじゃなかったんでしょうけど、それでも、
表面取り繕うだけだって大変な努力だと思います。だから雪子さん、嫌いになれないんです。


ツイッターの件、了解しました。
理由も納得です~。分かる分かる、ネタばれ悔しいですよね。TL追ってれば自然に眼に入っちゃうしね。
わたしもツイッターはせいぜいbotと絡むくらいで、ツイッターをしていると言える状態なのかどうか甚だ怪しいです(笑)

お互いブログ持ってますしね。
メロディの感想も、そこで語り合えばいいと思います。秘密ブログでのネタばれは、「ネタばれ有」の表示をすれば、閲覧者さんの方で避けられると思いますし。


メロディ、楽しみですね(〃▽〃)
早くも事件の展開より青薪さんの行方が気になるんですけど。ダメな読者だなあ、わたし(><)

Sさまへ

Sさま。

>オウ!ジーザス!

あははは!(>▽<)
相変わらず、Sさま面白い!


えへへー、こういう薪さんもたまにはいいでしょう(〃▽〃)
3回忌あたりでこんな経験をしたら地の底に落ちてたと思うんですけど、
青木さんとの交流を経て、一緒に暮らし始めて何年か後には、こんな受け止め方、前向きな考え方ができるようになっているといいなって。

一部と二部は、カエルの次に公開予定です。少々、あ、いや、1ヶ月くらいかな(^^;) お待ちください。


>温泉

分かる~!
わたしも、料金は同じなんだからたくさん入った方が得、と思って何度も入っちゃうタイプです。うちに帰ってからぐったりするんですよね(笑)
今回はたまたま前日に生理になっちゃいまして。貸切風呂に一回しか入れなかったんですよ。だから湯あたりはしなかったですけど、やっぱりつまんなかったですよ。
二日酔いになっても飲むのは楽しいのと同じで、温泉も入り疲れるのが楽しいんですよ、きっと(^^

Aさまへ

Aさま。

>鈴木さんは夏のイメージ

同意です。亡くなったのが夏だからかな。
他の季節には楽しかったことを思い出せても、夏になるとそれは難しくなる、のかも。どうしても事件のこと、薪さんのことを思い出してしまうのではないでしょうか。


>悔し涙を流す塔子さんの様子がすごく可愛くて切なくて泣けました。

ありがとうございます。
本来は、もっと生々しい憎しみを抱くものなのかな、とか思ったりもしたんですが。それはどうしても書けなくて。
いつかきっと、という祈りを込めて、「someday」という題名になりました。

No title

最近や~っとPC Viewの見方が解ってきて、過去にコメ残してるの私くらいしかいないので飛ばして最新を読んでみたら…
これに当たりました。
既に終わっていてやっぱり波に乗れてなかったのですが󾭛


さすが塔子さん。
女性ですね~。
息子の気持ちに気付くし、知りたいと思い、行動にでる。母強し。
薪さんを知っていたから余計なんでしょうね。
私は伴侶も子供もいないので、そのまま塔子さんの立場になって考えてみたら…。
やっぱり赦せなくて。
で、冷静に考えると我が子が薪さんを殺してなくて良かった、と思う。
逆の立場じゃなくて良かったと。
死んでも生きていても息子が「人殺し」のレッテルを貼られるのは辛いですから。(←この表現、薪さんごめんなさい󾭛)
なので薪さんの立場、頭ではわかる。理解できる。辛いだろうと思う。
でも赦せないんです。
顔も見たくない。
勝手なんですけど。
誰かのせいにすると気持ちが納まるんですよ。特定すると。
他の捜査員みたいに自殺だったら自分を責めると思うし。
青木が誰の責わからなければ自分の責にした方が楽と言ったのがわかります。


でも、
しづさんの世界で
息子を殺した人ではなく、息子が愛した人として薪さんを見る事が出来たなら…
どんなに素晴らしいか。
明るい兆しが見えるラスト、とても嬉しいです。

何より薪さん!
強くなったぁ~
あの潔さ。
男前です。(〃∇〃)


今日はいよいよメロディー発売日。
きっと焦らされるんだろうなぁ。
まだ返事はないだろうと気楽に構えている私です。(*^^*)

Misaさんへ

Misaさん

こんにちは。
いつもありがとうございます(^^


>過去にコメ残してるの私くらいしかいないので

過去作コメント歓迎ですよ~。
ただ、わたし記憶力低いから書いた時のこと忘れちゃってて、正しい受け答えに自信がないのですけど(^^;



>さすが塔子さん。

やっぱり許せないですか……実はわたしも全然自信無くて。
許しても許さなくても死んだ人が帰ってこないなら負の感情を育てるのは建設的ではないと、頭では分かっているのですが。そういった衝動が理屈で治まるなら、この世はもっと平和なんでしょうねえ。


>で、冷静に考えると我が子が薪さんを殺してなくて良かった、と思う。

!!
眼からウロコです。
そうですよね、あの状況って、逆になった可能性もありましたものね。


>青木が誰の責かわからなければ自分の責にした方が楽と言ったのがわかります。

青木さんはね~、本当にすごいと思うの。
普通はね、肉親を殺した相手が目の前にいたら、咄嗟に憎しみの感情に囚われてしまうと思うんですよ。薪さんのように、それがわざとじゃなかったとしても、その感情を抑えるのは辛いと思うのに、相手はあのグラサンハゲですよ。何人もの命を奪ってきた殺し屋。普通なら「こいつが姉さんを」って思う所じゃないですか? それがそうならないんだから、すごいなあって。
わたしの感覚で言うと、彼は普通じゃない。
だからこそ、ああいった運命を幼少期から背負って生きてきた薪さんの救い足り得るのだと、強く思うわけですよ。


>息子を殺した人ではなく、息子が愛した人として薪さんを見る事が出来たなら…

再び !!
そんな見方もできるんですね。考えてなかったです(・◇・)
本当だ~。なんかこれ、ちょっといい話じゃないですか?←誰が書いたんだか(^^;


>何より薪さん!

ありがとうございますっ。
男前の薪さん目指してみました(^^)v




>きっと焦らされるんだろうなぁ。
>まだ返事はないだろうと気楽に構えている私です。(*^^*)

もー、間違いなく、焦らしプレイに入るでしょうね☆
手紙の件が再び持ち出されるのは最後の最後だろうと、それもまた曖昧に終わるんじゃないかと予想しております。だってね、
エピローグ引っくり返されるよりナンボかマシだもんっ!!!
今頃から戦々恐々でございます。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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