FC2ブログ

仮面の告白(4)

仮面の告白(4)








 警察庁警務部人事課の部長職に新任の警視長が着任したのは、11月の始めであった。
 11月という半端な時期に人事異動があるということは、前任者に何らかの事情があり、警察庁を去らねばならなかった可能性が高いが、この場合も例に洩れなかった。

 前任者は三田村という警視長だったが、公正な立場の役職に従事するにはお世辞にも高潔な人物とは言えず、それどころか陰で人事権をチラつかせ、賄賂や様々な優遇を得ていた。
 三田村は内閣官僚に友人が何人かおり、その筋からの情報を秘密裏に流してもらうことで大きな手柄を立ててきた。その功績のおかげで、人事部長の地位を得たといっても過言ではない。
 そんな三田村が警察庁を追われた理由は、病気や家庭の事情といった個人的ものではなく、ある事件によってその裏取引が白日のもとにさらされてしまったからだ。
 三田村が得た情報の対価として、金や女やもっと違法性の高いもの―――― 押収品の麻薬や拳銃といったものまで―――― が支払われていたことが明らかになったのだ。
 そんな綱渡りのような情報収集方法が、そう長く続くはずはなかった。遅かれ早かれ、悪は白日の下に晒されることになっただろう。

 三田村の罷免の直接の原因を作ったのは、法医第九研究室で室長を務める薪剛警視正だった。
 薪警視正はどこからか裏取引の証拠品を手に入れてきて、自分のパトロンと影で囁かれる官房室室長、小野田聖司に渡したのである。
 表向きは小野田官房長が三田村の裏取引の事実を暴いたことになっているが、実際は薪警視正の仕業であることは、警察庁内に知れ渡っている。しかも、その証拠というのが厄介なもので、使い方によってはすべての権力を手中に収められるくらいのトップシークレットという噂である。
 現在、その証拠を握っているのは小野田官房長その人だが、まったく余計なことをしてくれる坊やだ――――。
 以前から上層部の中ではあまり評判の良くない警視正だったが、今回のことでますます疎まれてしまったようだ。出る杭は打たれる、というやつだ。

 しかし、それはあくまで上層部の評価である。
 警察庁の中にも、三田村の警察官らしからぬ振る舞いを快く思っていなかったものはたくさんいる。特にさしたる失敗もなしに降格人事の憂き目にあった者や、賄賂を断ったがために所轄に飛ばされてしまった者などは、三田村の罷免に喝采を叫んだほどだ。
 その他にも、いつ三田村に目をつけられて金品の要求をされるかとビクビクしていた者たちなど、薪警視正の暗躍を賞賛する声も多数聞かれている。もちろん、こちらは陰に隠れてこっそりとではあるが。

 新しく警務部長に就任した警視長、間宮隆二も賛同者のひとりだ。彼の場合、薪警視正のおかげでこの地位に就けたようなものだから、それは自然な心理だ。
 しかし、間宮にはもうひとつ、警視正に好感を抱く大きな理由があった。

「ようこそ、薪室長。コーヒーでもどう?」
「いえ。けっこうです」

 新任の人事部長に呼び出されて、薪は少し緊張しているようだ。固い表情をして、間宮の勧めを固辞する。
 机の前に姿勢を正して立っている警視正は、スーツ姿がピシリと決まった美人だ。
 亜麻色のやわらかそうな短髪。きりっとした眉毛。叡智を宿した亜麻色の瞳。とても優秀だと聞いているが、なるほど頭は良さそうだ。
 作り物のように長い睫毛。ちいさな女のような鼻。抜けるような白い肌と、幼さを残す頬の曲線。
 写真で見るより、100倍魅力的だ。
 特筆すべきはそのくちびるだ。これは写真ではいまひとつ解らなかった。艶めいているとは思ったが、光線の関係かと思い込んでしまっていた。
 ぜひ一度、味見をさせてもらわなくては。

 間宮は席を立って、年若い警視正の横に立つ。近くに寄ってしげしげとその美貌を見つめる。
 警視正が、訝しげに間宮を見る。大きな亜麻色の眼は細められると睫毛が重なり合って、たまらない色香を感じさせる。
 並んでみると、警視正の身長は自分の肩くらいまでしかない。自分の身長が180cmだから160cmといったところか。男にしてはかなり小さいほうだ。身体も華奢で、簡単に組み敷くことができそうだ。

「私にどういったご用件でしょうか」
 きれいな声だ。澄んだアルト。
 もっと別の場所で聞きたいものだ。当然、もっと色気のあるシチュエーションで。

 一枚の書類を机の上に置き、間宮は薪に顔を近づけた。それは何度も申請されては却下され続けてきた、第九への増員要請書だった。
「以前から申請されていた女子職員の配属の件だが、前向きに検討しようと思ってね」
「本当ですか」
 朗報に、薪はぱっと顔を輝かせた。
 笑うとびっくりするくらい幼くなる。人事データでは35歳とあったが、高校生くらいにしか見えない。
 しかし、データは嘘をつかない。身体のほうは立派な大人だろう。官房長との噂も聞き及んでいる。大人の付き合い方も、きっと心得ているに違いない。

「助かります。今は新人の捜査官にお茶くみからコピー取りまでやらせてる状況でして。そんな仕事のためにキャリアの給料を払うなんておかしい、と何度も所長にはお願いしていたんですが、その」
 薪はそこで口ごもり、華奢な肩を竦めてみせた。
「前任の三田村さんとは、あまりうまく行ってなかったようだね」
「ええ、まあ」
「三田村さんの評判はいろいろ聞いているよ。君の噂もね。でも、俺は君とは仲良くやっていきたいと思ってる。君のほうにその気があればの話だが」
 間宮の言葉に、薪はにっこりと微笑んだ。
 その非の打ち所のない美しさ。この美人を連れ歩いたら、どんなに気分が良いだろう。
 美しい微笑だ。完璧だ。こんな固いスーツなど着せておくのがもったいない。フリル付きのブラウスか、薄物を纏わせたい。もちろん、なにも着ていないのが一番好ましいとは思うが。
 
「よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 間宮が笑って手を差し出すと、細く白い手がそれを握ってきた。
 きれいな手だ。力仕事には向かないだろう。
 その細い指が自分の背中に縋りつく様子を想像して、間宮は心の中でほくそ笑んだ。
 
「薪くん。君さえ良ければ、これからもう少し俺と親密にならないか」
「は?」
 大きく目を見開いて、小首を傾げる。計算しているとは思えないが、ひどく男心をくすぐる仕草だ。とにかく可愛い。間宮のような男には覿面である。
 我慢できずに、間宮は薪の身体を抱き寄せる。髪からも身体からもいい匂いがする。あまやかで清冽な香り。フローラル系の香水をつけているらしい。
 肩を抱き、腰に手を伸ばす。細いながらも、しっかりとした筋肉を感じる。特に腰の辺りはバネが強そうだ。
 あどけない美貌に成熟した身体。これは楽しませてくれそうだ。

「隣の部屋は鍵が掛かるし、誰も来ないから……わっ!」
 口説き文句が終わらないうちに、間宮は足払いを食らわされ、その場に蹴り倒されていた。床にしりもちを着いた間宮を、冷たい眼で警視正が見下ろしている。
 なるほど。『氷の警視正』という噂はここから来ていたのか。周りの空気がピシピシと凍り付いていくようだ。

「失礼します」
「ま、待ちたまえ。女子職員は」
 間宮の言葉を待たずに、薪は机の上の申請書を自ら破り捨てた。そのまま何も言わず、部長室を出て行った。
 後姿がこれまた蠱惑的だ。特にあの腰のラインが。

「……照れ屋なんだな」
 まあ、時間の問題だ。今まで落とせなかった人間などいない。
 噂では、薪は官房長の愛人だという話だ。官房長が相手では、他に手を出すバカはいないだろう。が、自分は大丈夫だ。自分の後ろ盾は、官房長の上の人物だからだ。
 今は官房長に義理立てしているのかもしれないが、彼はもう50過ぎの老人だ。自分のほうが恋人としてもベッドの相手としても、ずっと魅力的なはずだ。
 あれくらいはねっかえりの方が、調教する楽しみがあっていい。あの冷たい瞳が情欲に濡れたときはどんな色に変わるのか、考えただけでもゾクゾクする。
 両手に残ったしなやかなからだの感触を思い出しながら、間宮は床に座ったまま薪のそんな姿を想像していた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: