カエルの王子さま(8)

 明日はメロディの発売日!
 ツイッター情報によると、今回は岡部さんが表紙らしいですね(笑)←嘘です。でも、本当にそうだったら記念に2冊買います♪

 嬉しいことに、今年は仕事の出が早くて、8月から準備に追われてます。おかげでブログに割ける時間が減ってしまっているのですが、お話には気長にお付き合いくださると嬉しいです(^^


 

カエルの王子さま(8)





 桂木家に闖入者があったのは、その翌朝。降り続いた雨がようやく上がった日のことだった。
 どうやらあの雨の中、森を彷徨ったらしい。その男はずぶ濡れの上にひどく汚れて、風体はまるで浮浪者のようだった。無精ひげの生えた頬は枝に引っかかれて傷だらけだったし、眼鏡には泥汚れの跡があった。
 だが、その体格はとても立派だった。長身で足が長く、汚れを落とせば顔もよさそうだ。年は省吾よりも10歳くらい年上に見える。となると彼との年齢差は15歳くらい。彼の上司かもしれない、と省吾は男の素性を類推した。

 眼鏡の奥の充血した眼でしっかりと省吾を見て、男は青木と名乗った。
「人を探しています。この森で行方不明になったんです」
 心当たりはありませんか、と彼は思い詰めた様子で訴えた。
 知らない、と省吾は答えた。青木が省吾の嘘を見破ったのかどうかは分からない。青木は、この家の中を調べさせてくれと言いだした。
「なんだい、失礼な」
「あなたのではない靴があるようなので」
 玄関に置きっぱなしになっていた彼の靴を指して、青木は言い募った。目ざとい男だ。思った通り青木は彼の上司、つまりは刑事だ。中に入れるわけにはいかなかった。
「それは弟のものだ。ここには僕と弟の二人だけだ」
「弟さん、ですか」
 泥に汚れたメガネの奥で、黒い瞳がきらりと光る。疑いを持った刑事の眼。脛に傷持つ身だからか、青木の一言一言に過敏に反応してしまう。落ち着け、と省吾は自分に言い聞かせた。
「弟さんにも話を聞きたいんですけど」
「あいにく弟は病気で療養中だ。会わせられないよ」

 玄関先で押し問答をしていると、騒ぎが耳に入ったのか、彼が部屋から出て来てしまった。手摺に掴まり、未だ痛みの残る右足を引きずるようにして歩いてきた彼は、階下の様子が眼に入ったのか、踊り場で立ち止まった。
 部屋に入っていなさい、と彼に声を掛ける暇もなかった。青木は非常識にも靴のまま、省吾を一足飛びに置き去りにして階段を駆け上った。階段は全部で12段あるはずなのに、廊下に響いた彼の足音はたったの3回だった。

「よかった。無事だったんですね」
 あっけにとられた省吾が我に返って振り向いた時には、青木は彼をしっかりと抱きしめていた。会社勤めをしたことがない省吾にはよく分からないが、上司と言うのは部下の無事を確かめた時、こうして抱きしめるものなのだろうか。
 否々、そんなはずはあるまい。夜の森が非常に危険であることは子供でも知っている。野犬は多いし、灯りがないから遭難の危険も高い。青木はそれを推して彼を探しに来たのだ。単なる仕事仲間の為にそこまでするものか。少なくとも、青木は彼に特別な感情を抱いているに違いない。
 百歩譲ってそれが友情だとしても、その光景は省吾にとって大きな打撃だった。昨夜、省吾を投げ飛ばした彼が、青木の抱擁は受け入れてじっとしている。青木に抱きしめられて、うっとりと眼を閉じている。ショックだった。
 男に触られるのは気持ち悪いと言った彼の言葉は、やはり嘘だったのだ。自分がこれほどまでに醜くなければ、彼に受け入れられる可能性は十分にあった。
 いずれにせよおしまいだ。知り合いに会えば、彼は記憶を取り戻すだろう。省吾が恋をした「桂木聡」という人間は何処にもいなくなる。いつかは来ると覚悟はしていたが、その終焉はあまりにも唐突だった。

 しかし次の瞬間、青木は彼に投げ飛ばされていた。省吾の時よりも時間が掛かったのは、立っていたために右足の踏ん張りが利かなかったのと、青木が省吾よりも遥かに大きかったせいだ。
 突然響いた男の悲鳴と共に、家の床全体が振動した。何が起きたのかと顔を上げれば、階段を転がり落ちてくる青木の姿。階段落ちする人間を省吾は生まれて初めて見た。はずなのに。
 これと同じ光景をどこかで見た、と省吾は思った。
 何故、階段落ちにデジャビュを感じたのかは分からない。或いは小説の中だったか、それとも昔、プレイ中に女を階段から突き落としたことがあったのか。

 玄関の大理石にしたたか背中を打ち据えた青木を、省吾は思わず助け起こしていた。身体が自然に動いたのは、図らずも昨夜の自分と同じ憂き目に遭った青木に同情したからだろうか。
 振り仰いで彼を見ると、彼は踊り場に座り込んでいた。力を込めた右足が痛むのか、下を向いて、痛みに耐えるように眉を寄せている。前の彼女が残していった服を着て、それはなんとも可愛らしい姿だった。
「聡。大丈夫かい」
 省吾は苦笑し、彼に話しかけた。
「何もここまでしなくても。知り合いなんだろう」
 本音では、彼が青木を拒絶してくれたのがうれしい。それを気取られないよう僅かな非難を口調に忍ばせる。彼のいる踊り場まで省吾が階段を昇っていく間、彼は顔を上げ、じいっと省吾の顔を見つめていた。研磨された宝石のように澄んだ琥珀色だった。

 省吾が踊り場に到達すると、彼はちらりと階下にいる青木を見下ろし、
「いえ。知らない人です」
「な、なに言ってんですか。オレです、青木です」
 青木と同じくらい、省吾もびっくりした。知り合いの顔を見ても記憶が戻らないとは。記憶障害は省吾には馴染み深い病気だが、天然ものは初めてだ。やはりマニュアルは使えないようだ。

 彼に投げ飛ばされて幾らか冷静になったのか、青木は、やっと気が付いて靴を脱ぎ、靴下のまま階段を上って来た。森を歩いているうちに靴の中に泥が入ったのだろう、彼の靴下は土足となんら変わりなかった。
 省吾たちと同じ踊り場までやってきた青木は、彼の前にその長身を屈め、
「本当にオレを覚えてないんですか」と彼に自分の顔を近付けた。彼がやや邪険に首を振ると、青木はすっと身を引き、
「仕方ないですね。この手はあんまり使いたくないんですけど」
 言いながら、彼は気乗りしなさそうに眼鏡を外すと、オールバックにまとめた髪を手櫛でほぐし、前髪を額に垂らした。
「この顔に見覚えは?」
「あ、鈴木」
「じゃあこっちは?」と青木が再びメガネを掛けて手のひらで前髪を上げると、
「知らない」
「はいはいはいはい! どんな状況でも鈴木さんのことだけは覚えてるんですよねっ、オチは分かってましたけどね!」
 さめざめと涙を流す大男を見て省吾は思った。この男、ちょっとアタマ弱いんじゃないか。

「鈴木ってだれだい?」
「さあ。なんか自然に浮かんできて」
 どうやら青木の奥の手は効かなかったらしい。省吾は聡に手を差し延べ、彼の身体を抱き上げた。聡は省吾の首に腕を回して自分の身を安定させると、床にへたり込んだままの大男を冷たい目で見下した。
「どうせオレなんか何年経っても鈴木さんに比べたら」
「なにを言ってるのか分かりませんけど。とにかく、僕はあなたなんか知りません。帰ってください」
 冷たくて厳しい声だった。省吾は初めて見る彼の厳格に、思わず唾を飲み込んだ。それほどの威圧感だったのだ。彼の職業を思えば、それは普通の態度だったのかもしれないが。

 だが青木も警察官。彼と真っ向から睨み合った。場の緊張が極限に達すると一般人の省吾は居たたまれなくなり、均衡を崩す目的で彼の言葉に追従した。
「聡もこう言ってることだし。帰ってくれないかな」
「サトシじゃありません。あなたの本当の名前は」
「誰かとお間違えじゃないですか」
 彼はその先を青木に言わせなかった。
「僕は桂木聡です。省吾兄さんの弟です」
 亜麻色の瞳がギラリと光った。まるでゴーゴンの瞳でも見たかのように、青木はその場に凍りついた。

 はっきりとした拒絶。彼は全身で青木を拒んでいた。

 それを悟ったのか、青木は深々と一礼し、「申し訳ありませんでした」と自分の暴挙を詫びた。名残惜しそうに彼を見ていたが、彼が自分に一瞥もくれない事を知ると、肩を落として帰って行った。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

Sさまへ

Sさま

一番乗り、ありがとうございます(^^

>でも、もちろんここで引き下がったりしないよね?

もちちろんですっ。
ちゃんと帰ってきますよ~。岡部さんと一緒ですけど。


> しづさん、相変わらずワクワクさせる天才!

ありがとうございます♪
今回の話、わたしもワクワクして書けました。
読んでいただいた方に気持ちを共有していただけること、とっても嬉しいです(〃▽〃)

Aさまへ

Aさま

>青木が見つけたからといって、しづさんがそう簡単に感動の再会させる筈がなかった!

ちょ、待って、どういう意味ww

感動の再会はこの先に、
……ないな(笑)

この話の題名、最終的には「カエルの王子さま」になったんですけど、その前の仮題が「何度でも」だったんです。
だから、これで終わりじゃないです。先をお楽しみに(^^

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: