カエルの王子さま(11)

 今回ちょっとグロイかも~。
 気分悪くなったらごめんね(^^;



カエルの王子さま(11)




 いよいよ日が暮れようとする頃、岡部と青木は丈の長い草に隠れるようにして目的の屋敷に向かった。これだけ遠くから薄暗さに紛れて歩を進めれば、家人に気付かれることはまずないだろうと思われた。

 食事の後、岡部に強制されて横になった青木は、耐えがたい眠気に襲われた。3日間、殆ど眠らずに森を彷徨っていたのだ。当然の顛末だった。
 そんなわけで青木が、自分たちが助けた女性が監禁の被害者だったことを聞いたのは、つい先刻だ。その犯人として有力なのが、薪を保護している省吾であることも。

 岡部が夕方まで待ったのは、実は最初からの計画であった。
 もしも薪の身柄が犯人の手に落ち、青木がその奪還に失敗し居場所のみを突き止めていた場合。救助隊は森の外に待機させておき、岡部と青木によるゲリラ作戦を敢行する手はずになっていた。昼間の電話は、それを報告するものだったのだ。
 犯人の隠れ家には、薪の他にも監禁されている人間がいるかもしれない。だとすると、救助隊が団体で屋敷に急行するのは危険だ。突然屋敷が外敵に取り囲まれたら、犯人はどうするか。普通の人間なら呼びかけによる投降を期待できるが、相手は異常者の可能性が高い。逆上したあげく人質全員を皆殺しにして自殺、なんてことになったら警察幹部は総辞職だ。当然、薪の命もない。

 岡部に命じられたのは、犯人の隠れ家に潜入し、監禁されている人間の数と位置を調べて本部に報告することであった。もちろんこれは第九の職務ではない。捜一の特殊班あたりの仕事だ。それを強硬に志願して勝ち取った。それが警察官として大事な人を守ると言うことだ。職務を放り投げて先走った青木とは違うのだ。
 小野田も中園も、そして自分も。仕事を放りだした青木のことをさんざんに悪く言ったが、その裏には、他のすべてを投げ打ってでも愛する人のために一直線に走っていける、そんな青木への羨望が混じっていた。要は羨ましかったのだ。そこまで誰かを愛せるなんて、幸せな男じゃないか。

「そんな男と二人きりなんて。薪さんは大丈夫でしょうか」
 3人の複雑な胸中など察する様子もなく、青木は心配そうに言った。これから犯人の隠れ家に潜入しようという緊迫した場面で、本当に薪のことしか考えられない男だ。
「あの手合いの男はな、相手が自分に好意を持っている段階では優しすぎるくらい優しいんだ。それが、相手が自分以外の人間に好意を向けたり、自分から離れようとすると手のひらを返したように豹変する。あの女性も多分、逃げようとして折檻されたんだ」
 それはあくまで岡部の予想であって、彼女から供述が取れたわけではなかった。だから令状も下りないし、所轄に捜査を依頼することもできなかった。
「彼女も記憶を失くしていたんですか」
「記憶どころか、完全に壊れちまってたよ。可哀想に」
 それが事実であの男の仕業だとしたら、許せない。省吾が本当にそのような人物なら、何がきっかけで悪魔に変わるか分からない。薪の身が心配だ。
 しかし、と青木は、昼間見た省吾の顔を思い出す。とてもそんな風には見えなかった。線が細くてナイーブそうで、まるで――。

「青木、表門は目立つ。裏に回るぞ」
 岡部の厳しい声が青木の思考を止めた。こくりと頷き、音を立てないように方向を変える。二人の男は静かに屋敷へと近づいて行った。

 屋敷の門扉と塀は高く、中の様子を探ることは不可能であった。裏門には鍵は掛かっていなかった。岡部はそっと中を窺い、大きな体躯に似合わぬ俊敏さで門の内側に身を滑り込ませた。
 青木が自分の後を着いてくるのを確認し、裏扉に手を掛けた。そこに掛かっていた鍵は、岡部が力技で壊した。無音と言うわけにはいかなかったから、少しの間その場で様子を伺っていた。少々手荒いが、省吾が出てくるようなら二人掛かりでふん縛るつもりだった。
 幸いにもそんなことにはならず、二人はほっと胸を撫で下ろした。確たる証拠もないのに家に侵入しているのだ。警察に捕まるとすれば、今は自分たちの方だ。罪の上塗りはしたくない。

 家の中は、異様なくらい静かだった。
 青木は耳を澄ませたが、何も聞こえてこなかった。それでも青木には、薪がいる方向は何となく分かった。それは不思議な感覚で、上手く説明することは青木にもできない。敢えて例を挙げるなら、動物の帰巣本能のようなものだろうか。
 薪は、上にいる気がした。
 青木は岡部にそれを伝えたが、人質の確認が先だと言われた。青木の報告からも解るように、薪は監禁の被害には遭っていない。となると、人質がいるとしても薪とは別の部屋だろう。例え記憶を失くしていても、あの薪が、監禁されている人間を放っておくとは思えないからだ。

 省吾がいくら薪を弟扱いしていても、寝室は別だろう。省吾が自室へ戻る時刻を見計らって薪の救出に向かう。それまでに人質の確認と証拠を集める。それが岡部の計画だった。
 それでは森を抜けるのが夜中になってしまう、と青木は言ったが、相手を刺激すれば薪の身に危険が及ぶと説得されれば反論もできなかった。寝込みを襲って省吾を拘束した後、薪の部屋で彼と一緒に夜明けを待ち、日が昇ると同時に森に入るであろう救助隊を待つ。省吾の抵抗を封じて記憶の無い薪に協力を求めるためにも、省吾が犯罪者であるという証拠は必要なのだ。
 決定的な証拠でなくともよい。女を折檻した部屋でも発見できれば、それで十分だ。調べれば被害者の血が発見されるはずだし、そうしたら傷害罪で告発できる。監禁罪は彼女の証言がないと立証が難しいが、傷害だけでも屋敷に潜入した正当な理由にはなる。

 証拠を探して一つ一つ、順番に部屋を調べていく。二人の注意を引いたのは、裏口から4番目の部屋だった。そこは書庫になっているらしく、大きな本棚がいくつもあって、難しそうな本がたくさん詰まっていた。物理学、音響工学、量子力学、地学など、科学系の専門誌が多かった。
 それに混じって数冊の、きわどい写真雑誌があった。裸の女性が黒い縄で縛られている。いわゆるSM雑誌だ。他の本に比べて発行年月日が新しく、この屋敷の主人がこの趣味を持ったのはここ5年以内のことだと推測された。

「岡部さあん」
 薪がこんな目に遭わされていたらどうしようと、青木は殆ど泣きそうになりながら岡部の名を呼んだ。岡部はカエルの死骸でも見たように顔をしかめ、
「理解できねえなあ、こういうの」
「人の趣味は勝手だとは思いますけど、もしも薪さんが」
「あー、薪さんは好きそうだよな。あの人、他人を苛めるの大好きだもんな」
 誤解です、岡部さん。
「時々犯人が可哀想になる――と、なんだこれ」

 一番奥にある本棚の左端が壁から60度程ずれており、先頭を行く岡部はそこで立ち止まった。裏に回るとドアがある。明らかに隠し部屋だ。驚くことに、ドアには鍵が掛かっていなかった。
 ドアを開けると、さらに奥の方からゴオンゴオンという低い音が聞こえてきた。大型のモーターのような音だ。
「ナフタリン臭えな。消毒薬の匂いか」
 岡部が言う通り薬品のような匂いもするし、なにか大掛かりな電気設備があるのかもしれない。書庫の蔵書から推測するに、ここには科学者が住んでいるようだし、この隠し部屋は実験室とも考えられる。素人が予備知識もなしに入るのは危険ではないのか。

「岡部さん。もう少し周りを調べた方が」
「後ろ首がちりちりしやがる。この先に証拠がある」
 岡部の刑事としての勘が進めと言っている。間違いなく犯罪に関係した何かがあるのだ。それは同時に、危険もあると言うことだ。罠と言う言葉が青木の頭を掠めた。
「ちょっと不自然じゃないですか。勝手口には鍵が掛かっていたのに、この隠し部屋のドアが開いてるなんて」
「ああ? 普通、家にいれば部屋の鍵は必要ないだろ」
「でも」
 この家には薪さんがいるんですよ、と青木が言おうとした時だった。信じられない光景が青木の目に飛び込んできた。

「こりゃあ……」
 岡部の口から漏れ出たのは、押し潰されたような呻き声だった。岡部のような豪胆な男でも、そのような声を出すほどに。そこに広がっていたのは凄惨な光景であった。
 血飛沫の飛んだ壁。床に染み込んだ大量の血液と汚物。人体を切り刻むのに使われたであろう様々な形状の凶器類。被害者が横たわったと思われる血塗れの寝台には、拘束ベルトが付いていた。
 それだけでも気の弱い者なら卒倒したであろう。岡部を呻かせたのは、さらにその奥にある巨大な墓標であった。
 大きな水槽に折り重なる女たちの死体。ある者は頭がパックリと割れ、脳みそを水槽にゆらゆらと漂わせている。またある者は首が文字通り皮一枚でつながっており、割けた喉元から食道と気管を水に揺蕩わせている。手足を切られたもの、腹を開かれたもの。中でも悪魔の所業は、子宮に胎児を貼り付かせている死体だった。
 防腐処理のつもりか哀れな女たちを包んでいるのはホルマリン液で、漂ってきた薬品の匂いの正体はどうやらこれだ。

「サイコ野郎め」
 監禁の証拠などと言う生易しいものではなかった。彼は殺人鬼だ。
 省吾を甘く見たのは岡部の失敗だった。いや、甘く見ていたのは薪の性質の方か。薪はやたらと変態凶悪犯に好かれやすいのだ。省吾が薪を気に入ったなら、それがもう凶悪犯罪の証拠だったのだ。

「青木、やばいぞ。薪さんが、て、気絶かよ!」
 大量の死体を見て貧血を起こしたらしい。まったく頼りにならない男だ。
「めんどくせえな」と言いながら、岡部は青木に活を入れた。程なく目覚めた相棒が、眼の前にあった死体の群れに再び気を失いそうになるのを「バカヤロウ」と一喝して止め、
「おまえが踏ん張らないと薪さんが死ぬぞ」の一言で立ち上がらせた。青木を動かすには薪をエサにするのが一番だ。

「いくら人の趣味は勝手だって言っても、女の身体を切り刻むなんざ外道のすることだ」
「でもこの死体、殆どが自殺体です。死体損壊の証拠にはなりますが」
 貧血で倒れながらも、見るべきところは見ていたらしい。褒めるべきか叱るべきか、判断に迷うところだ。
 青木の言うとおり、水槽の中の死体はその8割が縊死であった。その証拠に、首が異様に長い。首を吊ると自重で首が30センチから50センチほど伸びるのだ。女たちの死体で遊んだはいいが処分に困り、腐敗臭を防ぐ目的も兼ねてホルマリン漬けにしたというところか。

 彼女たちが自殺なら、犯人は殺人鬼ではないのかもしれない。しかし、彼女たちを自殺に追い込んだのは犯人の暴虐だ。絶対に許せない。

 まだふらつく足元を庇って、青木は部屋の隅に寄せられたローチェストのようなものに手を着いた。それは、青木が3人くらい入れそうな大きな冷凍庫だった。物置に使われているらしいそれは周期的に振動していた。動いている証拠だ。
「岡部さん、これ」
 不吉な予感に身を竦ませる青木を押しのけて、岡部はその扉を開いた。予想通り、そこには死体があったが、岡部を驚かせたのは後ろから中を覗き込んだ青木の言葉だった。
「省吾さん?!」
「なに? この死体が省吾だって言うのか」
「あ、いや、これは女性ですよね。髪型も違うし……でも、すごくよく似て」

 そのとき下方で、ドオンと大きな音が響いた。恐ろしい予感に囚われて、青木は声を飲む。一瞬の静けさの後、ずずずと地面が揺れ始めた。
「なんだ。地震か」
「ちがいます、多分これ」
「なんだよ」
「爆弾です。証拠を消す気なんですよ」

 青木は急いで冷凍庫の蓋を閉め、岡部を引っ張って出口に向かった。急いで戻らないと逃げられなくなる。ところがドアはいつの間にか閉まっており、しっかりと鍵が掛けられていた。
「くっそ、やっぱり待ち伏せてやがったのか」
「これ、電子扉ですよ。どこかから操作してるんです。さすがは科学者の館ですね」
「感心してる場合か! 逃げるぞ!」
「逃げるったって鉄のドアですよ。それこそ爆弾でもなけりゃ」
「いいから退けえ!!」
 岡部の咆哮にタイミングを合わせたかのように、研究室の床に大きな亀裂が入った。割れた床材が地面に飲まれていく。最初に被害を受けたのは重量の重い水槽で、耐荷重を超えた歪みに割れたアクリルガラスから女たちの死体が無残に放り出されるさまは、正に地獄絵図であった。

 夢でも見ているのかと青木は思った。あまりに残酷過ぎた。ふやけて柔らかくなった彼女たちの身体が瓦礫によっていとも簡単に分断され、共に地中に飲み込まれていく光景は、現実と呼ぶには情け容赦が無さ過ぎた。
 ホルマリン漂白された女たちの青白い肌に、薪の雪のような肌が重なった。頭蓋骨の変形がはっきり分かる短髪の女性に、薪の小さな頭が重なった。彼女たちが土に沈んだとき、青木の中で何かが壊れ、青木は彼女たちと同じ闇に飲み込まれそうになった。

 思わず目を閉じたら薪の後ろ姿が見えた。薪さん、と心の中で呼びかけた。振り向いて薪は言った。
『青木! この役立たずが!』
 ……こんなときくらい励ましてくれてもいいんじゃないかな。

 絶体絶命の大ピンチに追い込まれた人間を罵るのが薪らしくて笑えた。クスッと笑みをこぼした青木を訝しむように、岡部が振り返る。
 青木は岡部の眼をしっかりと見て、部屋の奥を指差した。青木のひとさし指の先で、崩れた壁が女の死体を潰しながら土に沈んでいった。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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