カエルの王子さま(16)

 おはようございますっ。
 今日は朝一で代理人会議があって、下請けさんと一緒に役所に行きます。
 早く電柱移設してくれないかなー。頼みますよ東電さん、工事ができないよー。
 
 さて、お話の方は解決編の続きでございます。
 ヘンなとこいっぱいありますけど、気にしないように。細かいこと気にしてると大きくなれないよっ。(逆ギレ?)




カエルの王子さま(16)





「――よく分かるよ」
 今や食い入るようにモニターを見つめる省吾の隣で、薪は言った。冷静だけど、どこか悲しそうな声だった。

 母の記憶映像を見せられ、薪に解説を受けても、省吾はまだそれを信じることができなかった。幼少期に刷り込まれた父親の教えは、彼の中に深く根を下ろしていた。
「うそだ。母は僕と父を捨てて男と逃げたんだ。父を愛してなんかいなかった」
「その話が真実であると言う証拠は?」
「それは……父がそう言ってたから」
 証拠と言われれば、省吾は黙るしかなかった。その事件は今となっては父と自分の記憶の中だけに存在することで、記録も写真も残っていない。

「男と逃げたと言うが、きみはその男の顔を覚えているのか」
 勿論、覚えていなかった。省吾はまだ幼児だったのだ。母親の顔も写真で覚えたようなものなのに、その浮気相手の顔など知るはずもなかった。
「きみは僕に、お母さんに最後に言われた言葉が忘れられないと言った。お母さんの遺体を司法解剖した結果、亡くなったのは20年以上前であることが分かった。その時、きみはせいぜいが2歳かそれくらいだ。そんな子供の頃の記憶が正確に残っているのは却って不自然じゃないか」
 それだけショックだったんだ、と省吾は言おうとした。母の口調も嫌悪に歪んだ表情も、はっきりと覚えているのだ。父もそう言って――。

 ふと、省吾は不安になった。父から繰り返し聞かされた母の話に、母の最後の言葉もあった。省吾を悪しざまに罵った母の姿は、省吾自身の記憶なのか、父の話から想像した妄想なのか。
「父親が嘘を吐いているとは考えなかった?」
 その可能性はゼロではなかった。当時、省吾は子供だったのだ。が、それは結局は物事の枝葉でしかない。母が父に殺された、この事実を前にしては。
「僕はこの目で見たんだ。父が暖炉の火かき棒で母を殴り殺すところを」

 薪はついと省吾から眼を逸らすと、操作盤の前にいる小池に合図を送った。画像が一旦消え、再び映し出されたスクリーンの中には父親の背中が映っていた。省吾は直感した。これから惨劇が始まるのだ。
 しかしそれは、省吾の記憶とは少し違っていた。場所は暖炉の前ではなく、階段の踊り場だった。踊り場にいた父の背中がどんどん大きくなる、つまりそれは母親が階段を駆け上がっているのだ。
 父の背中がアップになったところで映像を止め、小池がこの状況に到った経緯を説明した。これより前の画像は荒く、訓練を積んだ職員でないと判別は難しいので、と前置きした後、
「この少し前、二人はちょっとした言い争いをしています。会話は解析できませんでしたが、おそらくは子供のことです。
 他のことでは諍いらしい諍いも見られず、非常に仲の良い夫婦でしたが、一つだけ、子供の教育については意見が対立していました。母親は、子供を保育園に通わせて友だちを作らせてあげたいと言い、父親はそれに強く反対していました。多分この時も、その件で言い争いになったのだと思われます」

 父の背中に迫った母が、父の肩を掴んだ。父は母の手を振り払った。そのはずみに母はバランスを崩して踊り場に尻もちを衝きそうになった。慌てて下を見た、その視界に突如として現れた影。
 母親を追ってきたのか、階段を這い上がってくる子供の姿。あどけない笑みで自分の上に倒れこんでくる母親を見ている。このまま倒れたら。
 母親の視界が大きく回転した。単に後ろに倒れたにしては不自然な動きだった。
 思わず省吾は画像から顔を背けた。あれが自分だとしたら、母が死んだのは。

「しっかり見ろ! これが現実だ!」
 髪の毛を掴まれて乱暴に前を向かされた。薪の怒号は、取調室の刑事よりも怖かった。
 母の映像はもう、はっきりと焦点を結ぶことができなくなっていた。急速に霞む視界に、蛙のような風体の男が青い顔をして走り寄って来た。それもすぐに見えなくなり、モニターは真っ暗になった。母が死んだのだ。

「ちがう……母を殺したのは父だ、父がそう言ったんだ」
「いつまでも自分の都合のいい幻想に浸ってるんじゃない!」
 その映像が真実であるとは、到底認められない。必死に首を振る省吾に、薪の厳しい一喝が飛んだ。
「いいか。お父さんがお母さんを殺したと言う筋書きは、きみが自分で作ったんだ。事故の様子をお父さんは正確には説明しなかった。自分のせいだ、とだけ言った父親の言葉からきみは勝手なストーリーを作り上げた」
 そんなことがあるはずがない。あれが妄想だとでも言うのか。まざまざと思い出せる、鬼のような父の形相も、鉄の棒で打ち据えられてぐしゃりと潰れた母の後頭部も。あんな生々しい妄想があるものか。
「きみの記憶にやたらと鮮明な映像が残っているのは、きみが行っていた例の施術のせいだ。ヘッドフォンを付けなければ音は聞こえない。でも、機器が発する強大な磁力は人間の脳に作用し、幻覚を見せる。
 きみはその幻覚の断片から話を捏ね上げた。それを自分の記憶だと思い込んだんだ」
 それは、記憶を奪われ、人生を奪われた女たちの復讐であったかもしれない。彼女たちに向けた省吾の毒は、自分にも返ってきていたのだ。

「きみはお母さんからもお父さんからも愛されていた。それが真実だ。復讐なんて、する必要はなかったんだ」
「うそだ、そんなはずはない、僕が愛されるわけはない。こんなに醜いのに」
「姿形じゃない。そんなものに左右されるほど、母親の愛情はヤワなものじゃない。そもそも、おまえは醜くない」
 省吾は自分の顔を手でこすった。何度も何度もこすった。

 僕は醜い。誰にも愛されない。
 だから。

 だからきっとお父さんはお母さんを殺さなきゃいけなくなったんだ、だって本当は男の人なんかいなかったもの、お母さんがあの家から出ようとしたのは、僕の醜さに嫌気が差したからだ。
 ぼくのせいなんだ、ぼくのせいなんだ、お父さんがお母さんを殺したのはぼくのせい。ぼくがみにくいからお母さんに愛してもらえなかった、みんなぼくのせい。
 そんなぼくがそれでも生きて行かなきゃいけないなら。
 ぼくは、悪魔になるしかないじゃないか。

「じゃあ、きみは僕にキスができる? こんな醜い男に」
 冷たい美貌が省吾を見下ろしていた。すい、と指先で顎を掬われる。ほんの数センチ上向かされた瞬間に、薪のくちびるが省吾のくちびるに重なった。
 遠くでガタガタと何客もの椅子が倒れる音がしたが、省吾の耳にはうっすらと響いただけだった。やわらかなくちびるの感触が、他の感覚を鈍化させていた。
 とても長い時間が過ぎたように思ったが、実際はほんの僅かな時間だったらしい。目を開けるとそこには薪のきれいな顔があって、省吾の眼をじっと見つめていた。

「お母さんはきみを愛した。お父さんもきみを愛した。お母さんに生き写しのきみを」
「なにを」
 差し出されたのは鏡だった。省吾があれほど避けてきた鏡。恐怖にも似た心地でそれを覗き込めば、そこにいたのは色白で線の細い青年だった。
 母と同じ薄茶色の髪に鳶色の瞳。ほっそりとなめらかな頬も慎ましい鼻梁も、ピンク色のくちびるも。在りし日の母にそっくりだった。
「どんな魔法を使ったんだい」
「きみが本当のお母さんを思い出した。それだけのことだ」
 ふい、と薪は横を向いた。きれいな横顔が、真っ直ぐにモニターを見ている。そこには、鏡の中の我が子に向かって微笑む母の姿があった。

「きみもお母さんを愛していたんだろう。桂木聡美。きみの母親の名前だ」
 ――字は大事だよ。聡明の聡と俊敏の敏ではイメージが違うだろ。

「お」
 身体の奥底から、なにかが突き上がってきた。防ぐべくもなく、口から迸った激しい嗚咽。手近にあった布を掴み、それを顔に押し付ける。
「お母さんっ……お母さ、あ、あ」
 自分の胸に顔を埋めて泣きじゃくる省吾を、薪は咎めなかった。部屋にいた職員たちも、引き離そうとはしなかった。ただじっと、彼の慟哭が治まるのを待っていた。
 ひたすらに待っていた。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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No title

しづさん
覚悟はしてましたが・・・
ああ~(T_T) (←アホなので言葉にならない)
会社で読んだので鼻水止まらなくなって焦りました󾭛

薪さんのキスで桂木の心が浄化されるのを感じます
流れるような美しい所作で魔法かけるのが目に浮かぶ・・・

桂木、ゲス野郎なんて言ってごめんなさい<(_ _)>
これは桂木父から正さないとダメですね

妻を愛しすぎて・・・
愛してたのなら、愛する妻のような心根の人間に育てて欲しかったです
愛する妻が注いだ愛情を息子に伝えてあげて欲しかったです
保育園に通わせる事を拒んでた頃からやっぱり歪んでいたのでしょうか?
桂木が妻に似ていた事が歪んだ愛情を増長させたのでしょうか?
桂木が女の子でなくて良かった
絹子父のような事しそうで怖いです
昔、「高校教師」ってドラマがありましたが思い出しちゃいました
はっ(・・;) ザックリ同世代と思っていますがご存じですか?

顔のコンプレックスといったら澤村もですが、自分を受け入れてもらえないというのは辛く悲しい事です
やっぱり自分が自分を受け入れて自分を好きにならないとダメですね
青木~良いこと言うなぁ(´ω`)

薪さん~( ;∀;)

ああっダメです~青木以外にちゅーとか。
しかもあごすくうとかイケメンすぎる~( ;∀;)
↑実際ちょっと萌えた
でもでも仕方ないか。カエルの王子さまだからキスで生まれ変わるんだ。薪さんのキスだぞカエル!!だいぶ生まれ変われ出家しろ!!
ハアハア…失礼しました。

でもしづさん、ワンコにも、ワンコにもご褒美を!!今回まだいいコにしてますけど、あれ…「9つ」ってアレ数えたんですよね?10こつけさせてやって下さい~( ;∀;)
おねだりしてすいません…

Misaさんへ

Misaさん

>会社で読んだので鼻水止まらなくなって焦りました

Misaさんたら、リスキーな真似を!
こんなヘンタイ小説、読んでるのがバレたらMisaさんの立場が!! 周りに人がいるところで読んじゃダメですよっ、危ないから。
以前、会社で読んでて麦茶吹いたって人もいましたけど、責任取れませんからね☆


>薪さんのキスで桂木の心が浄化されるのを感じます

ここ、今回のクライマックスでございます。←青薪小説なのに、オリキャラとのキスシーンが山場ってどうよ。
だから題名が「カエルの王子さま」になっちゃったんですよ。あおまきすとにあるまじき話でスミマセン(^^;


拙作から、いろいろと考えてくださって、ありがとうございます。
読んだ方が心を動かしてくださること、書き手にとっては何よりのご褒美です。


>高校教師

ドラマは見てなかったですけど、あらすじは知ってます。
問題作でしたよね。さすが野島さん。


>やっぱり自分が自分を受け入れて自分を好きにならないとダメですね

そうですよ。人間、自己中でいいんです。
幸福感とか愛情とかって、人から人へ広がって行くもんだと思います。その発祥地は何処かって言うと、自分なんですね。だから自分を愛せないとダメだと思う。
本当に、青木さん、良いこと言いますねえ。

なみたろうさんへ

なみたろうさん


ごめんごめん(^^;
青木さん以外の男に薪さんからキスなんて、青薪小説の風上にも置けないですよね。
わたし自身、薪さんに触れる男は青木さんor鈴木さんに限る、と強く思っているのですけど……なんでこうなっちゃうんだろー?


>カエルの王子さまだからキスで生まれ変わるんだ。

そうなんですよ~。
だから今回の題名、「カエルの王子さま」になったの。
プロット立てたときには、「何度でも」ていう話だったんです。この先、こういうことが何回あっても、「何度でも」青木さんは薪さんを見つける、薪さんは「何度でも」青木さんを思い出す、って誓い合う話。元々が拍手のお礼だったので、そういう愛に溢れた話になる予定だったんですけど、書いてるうちに何故かこんな物騒な話に……
本当に、なんでこうなっちゃうんだろうねえ??


>出家

ツボりました(>▽<)


>ワンコにもご褒美を!!

なみたろうさん、いいカンしてる!
はい、ご褒美は次の最終章で(^^


Aさまへ

Aさま

>まさか、省吾自身も施術を受けていたとは!

いくら小さいころから暗示を掛けられていたとはいえ、自分の容姿の誤認ですからね。

郁子のように、薬の影響とか、何かなかったら成立しないと思ったんです。


>母親を憎むような嘘をつかなければ、
>醜いと思い込ませなければ

醜い思い込ませなければ、この子は外の世界に出て行ってしまう。それが父親には耐えがたかった。だから、醜いと嘘を吐いた。自分以外、おまえを愛せる人間はこの世にいないと思い込ませた。
本当にひどい父親で、省吾はその犠牲になったと、弁護側は主張するでしょう。


>だからといって、無罪というのは犠牲になった女性達やその家族があまりに無念なので何らかの罪にはとわれるべきです。

ですよね!
わたしもそう思います!
ここは許しちゃいけないところです。絶対に許しちゃ駄目。

彼に下した裁きが正しいかどうかなんて、分かりませんけど。
この世には、いかなる理由があっても許されない罪があると思います。快楽殺人はその一つです。わたしは絶対に彼を許さないです。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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