Yesterday(2)

 最近ハマってる曲があります。
 福山雅治さんの「beautiful life」という2年前に世に出た歌なんですけど、この曲、すごく青薪さんだなあって。

 曲の中で何度も『美しいあなた』て呼びかけがあるんですけど、この『美しいひと』は薪さんじゃなくて青木さんです。薪さんが青木さんの心の美しさを謳い上げてるの。

 この『美しいあなた』は、
「(他人を)許すことでしか変えられないことを知っている」人で、
「裏切られても受け入れることを選ぼうとする」人なんですよ。
 そしてその『美しいあなた』を見ている僕は、
「美しいあなたといると 生まれ変われる気がする」
「美しいあなたといると 人生は美しいって思える」んだって。

 ね、あおまきさんでしょ?

 こういう話を書きたいと思ったらうちの青木さん腹黒過ぎて曲に合わない。残念。






Yesterday(2)






 膨れた腹をさすりながら、彼らが科警研への近道にと辿るのは、都会のオアシス日比谷公園。めっきり春めいてきた今日のような日は、憩いを求めるたくさんの人で賑わっている。天気もいいから芝生にレジャーシートと弁当持参で、花見がてらの昼食を摂る会社員たちも散見された。平日の昼間だからアルコールは入っていないが、陽気につられて話も弾むようで、総じて騒がしかった。

「いいなー、美味そう」
「今食って来たばかりだろ。……でも、楽しそうだな」
 他人の財布を当てにして2人分の昼食を胃袋に収めた曽我が、なお羨ましそうに彼らを見るのに、一旦はそれを咎めた小池が最終的には同意を示す。実にいいコンビネーションだ。
「おれたちもやりましょうよ、お花見」
「そうだな。どうですか、室長」
 皆の期待を受けた岡部が、研究室の王様に話を振った。薪は持っていた書類袋ですいと公園の奥を指し、
「あれを見ろ」
 七分咲きの桜の下、大仰に広げたブルーシートの上にぼんやりと座って桜を眺めている中年の男は、おそらくどこかの会社員。他にも何人か、同じような人間が点在している。花見に適した場所は、こうして誰かが見張っていないと他のグループに取られてしまうのだろう。
 場所取りなんかに時間を割ける職員は第九にはいないと、薪は持ち上がった企画を却下した。室長の決定に逆らうわけにもいかず、名残惜しげに公園を眺める小池たちと、花見にはまったく興味を示さない薪との間に、眼には見えない壁が現れる。

 その壁は高く。ひたすら堅固にそびえたつ。

 以前、この壁に阻まれたときのことを、岡部は痛切に思い出す。あれは2週間ほど前のこと。全員が定時で帰ったその日、家に帰り着いてから岡部は、携帯電話をロッカールームに置き忘れてきたことに気付いた。自宅に居るなら問題はないが、母親が、せっかく早い時間に夕食が食べられるのだから外食にしましょう、と言い出した。食事に行くのは構わないが、緊急の事件が起きた際に連絡が取れないのは困る。岡部は母親の乗ったタクシーを第九の正門前に待たせ、誰もいないはずの研究所に入った。
「やっぱりここか」
 ロッカーの上棚に置き忘れていた携帯電話をポケットに入れ、扉の鍵を閉める。ロッカールームを出て、待たせている母親とタクシーの料金メーターを気にしながら急ぎ足に廊下を歩く、彼の足がふと止まった。

 目の奥に蘇る残像は緑色のランプ。モニターのある部屋は全部ロックされているはずだから、ランプの色は赤のはずだ。
 そう思って振り返ると、果たして、モニタールームのロックが解除されていた。あの用心深い室長が施錠を忘れたとは思えない。よもや、侵入者か。
 MRIシステムのハードディスクには国家機密が満載だ。室長しか見られないようセキュリティが掛けてあるが、ハッキングのプロにかかれば破れないこともない、とコンピューターオタクの宇野が言っていた。試しにやらせてみたら、2時間ほどで見事にデータを引き出してみせた。勿論そのデータはダミーだったが、宇野と同じくらいの実力を持ったハッカーなら破ることは可能だということが証明されてしまった。それが分かって、目下、宇野はセキュリティ強化のプログラムを組んでいる。自分が破ったのだからおまえが組めと薪に命じられてのことだ。やぶへび過ぎて笑うしかない。

 中の人間に気付かれないよう、岡部は慎重にドアに近付いた。自動ドアの横に設けられている非常用の手動ドアをそおっと開ける。中は真っ暗で、モニターが動いている様子はない。ハードディスクが回る音も聞こえない。どうやらスパイではなさそうだ。
 じっと目を凝らすと、奥の席に人影が見えた。
 それは、メインスクリーンに向かって一番左側の、後ろから二番目の席だった。そこを使っている者は、今は誰もいない。現在の第九は人間よりも机の数の方が倍も多いのだ。

 その人物は机に肘をつき、手のひらで自分の額を支えるように俯いていた。細い肩と短い髪が、不規則に震えていた。
「無理だよ、鈴木」
 小さな小さな囁き声。でも岡部の耳にはハッキリと聞こえた。
「おまえがいないと一歩も進めないよ……」

 岡部は、なぜ今日が定時退庁になったのかを思い出した。午後一番で所長室に出向いたはずの薪が予定時間を過ぎても戻らず、何かあったのかと気にしていたら5時頃ひょっこり帰ってきた。彼は真っ直ぐに被害者のMRIを見ていた岡部たちのところへやって来て、
「この事件は僕が担当することになったから、おまえらはもう見なくていい」
 そう言って、データを持って行ってしまった。仕事が無くなった岡部たちは定時で帰るよう薪に言われ、薪も、どうせ急ぎの仕事ではないから早めに切り上げる、と言っていたはずだ。

 いったい何があったのか、部屋を観察して分かった。
 機械類の電源はすべて落ちていたが、一つだけ、部屋の隅に置いてある機械の赤ランプが点滅していた。シュレッダーだ。よくよく見れば床にゴミ箱のトレイが転がっていて、クロスカットされた紙片が大量にぶちまけられていた。
 可哀想に、規定量を遥かに超えた枚数を突っ込まれたのだろう。紙に歯が食い込んで止まってしまったのだ。それに苛立った使用者に蹴り飛ばされた。今日の一番の被害者は、どうやらこのシュレッダーだ。物に当たるなんて、まるで子供だ。

 半年前まで捜査一課にいた岡部には、薪がなぜこんなに荒れているのか、おおよその察しがついた。上に、捜査の差し止めを食らったのだ。
 しかし、それを部下に告げることはできず。自分が担当することになったと嘘を吐いた。一人残ってデータを消去し、資料をシュレッダーに掛けた。

 あの席は多分、亡き親友の席なのだろう、と岡部は思った。
 自分たちの前では吐けない弱音も、見せられない涙も。彼には隠さずにいられたのだろう、受け止めてもらえたのだろう、それが心の支えだったのだろう。そうやって薪は、室長の重責に耐えて来たのだ。
 そんな大事な人を自らの手で殺めてしまったら。どこか壊れてしまうのは、むしろ当然じゃないのか。

 岡部はそっとドアを閉めた。とても声を掛けられる雰囲気ではなかった。ひっそりと涙を零す彼はまるで、見えない牢獄に繋がれた囚人のようであった。
 翌朝、モニタールームの床はきれいに掃除されており、室長は普段と変わらぬ冷静な顔で室長席に座っていた。いつも以上にぴしりと伸びた背中が、悲しかった。

「室長、やりましょうよ。時間を遅らせれば、場所取りしなくても大丈夫ですよ」
 儚くも流れ去ろうとする春のイベントを、岡部は単独で押し留めるべく声を張り上げた。薪も、既に諦めムードだった他の部下たちも、驚いた顔で岡部に注目する。
「今あそこに陣取っている男はサラリーマンです。今日は平日だし、会社の行事ならそんなに遅くまではやらんでしょう。きっと9時ごろには場所が空きますよ」
「その時間から花見なんかしたら、翌日の仕事に影響するだろ」
 薪の言うことはもっともだ。夜遅くまで花見をしていて翌日全員二日酔いとか、シャレにならない。
「じゃあ、今度の金曜はどうですか。翌日が休みの日なら」
「そんなにやりたいのか? なら勝手にやるといい」
 言うと思った。が、これくらいで引きさがるなら岡部だって初めから言い出さない。
「室長も、ぜひ参加を」
「僕はいい」
「そんなこと言わず。せっかくの桜を見ないなんて、もったいないですよ」

 食い下がる岡部に何かしら感じるところがあったのか、薪はぴたりと足を止め、岡部の顔をじっと見上げた。立ち止まる二人を、君子危うきに近寄らずとばかりに他の三人が追い越していく。短い沈黙の後、薪が口を開いた。
「今年の桜なら、もう見た」
「こんな通りすがりじゃなくてですね」
「ちゃんと見たさ」
 そうか、薪の家は吉祥寺、井の頭公園の近く。井の頭公園は桜の名所だ。そもそも薪のマンションから駅までの街道には、手入れの行き届いた桜並木がある。毎朝毎晩、見飽きるほど見ているのだ。

「いやあの、吉祥寺の桜が見事なのは知ってますが、霞が関の桜もなかなか」
「吉祥寺の桜じゃない。別の場所だ」
 この人に桜を見る暇なんかあっただろうか、と考えて思い当たる。薪がよく昼寝をしている研究所の中庭にも、桜の樹は何本もあるのだ。
「しかしですね、一人で見るのと誰かと一緒に観るのではまた」
「ひとりじゃなかった」
 えっ、と思わず岡部は声を詰まらせた。仕事ばかりしているように見えて、実は薪には一緒に桜を愛でるような関係の女性がいたのか。

「し、失礼しました。プライベートなことを」
 反射的に岡部が赤くなると、薪はお得意の皮肉な笑いを浮かべて、
「なに誤解してるんだ。相手は青木だ」と花見の相伴を岡部に打ち明けた。つい、と前を向いて歩きだす。
「先週の水曜だっけ、あいつ、また倒れただろう。心配だったから家まで送って行ったんだ。そしたらあいつのアパートの前に、桜がきれいな公園があってさ」
 青木の安眠対策も兼ねて、10分ばかり付き合ってやったんだ。
「なんだ。仕事ですか」
 半ばがっかり、残りの半分は自分の早とちりに苦笑して、岡部は薪の後を追った。岡部が隣に並ぶと、薪は前を歩いている3人に聞こえないように声をひそめて、
「だいぶ参ってるみたいだった。やっぱり、青木は異動させた方がいいと思う。僕が言っても承知しないから、おまえから」
「そう言えば青木のやつ」
 偶然にも前の方から新人の名前が聞こえてきて、薪は口を噤んだ。青木の話題を出したのは、主に読唇術の指導をしている小池だった。

「先週あたりから、急に張り切りだしたような」
「おれもそう思った。前から真面目なやつだったけど、意欲的になったって言うか」
「昨日なんか俺のところにMRIシステムのマニュアル持ってきて、システムフローのやり方教えてくれって」
 3人の話に聞き耳を立てていた薪が、ぎゅ、と眉をしかめた。お世辞にも、青木の変貌を喜んでいる表情ではない。どちらかというと思惑が外れて腹を立てている顔だ。
「まあ、おれの指導がよかったんだろうな」
「青木の指導員は岡部さんだろ」
「そう言うことじゃなくてさ。事件解決の重要な画を見つけたら、室長から金一封出るって教えてやったんだ」
「なんだ。それで急に張り切りだしたのか。現金なやつだな」
「仕方ないよ。おれも経験あるけどさ、警察の初任給って安いもん」
 すっかり報奨金目当てのさもしい男にされてしまった青木だが、岡部はその裏にある真実を見抜いていていた。青木はもともと、薪に憧れて第九に来たのだ。その薪に気に掛けてもらえて、嬉しかったのだろう。それで急にやる気を出したのだ。あのとき、誤解されやすい薪のフォローをしておいて正解だった。

 隣で困惑の表情を浮かべる薪を見て、岡部は決心する。次は青木をフォローする番だ。
「程度の差こそあれ、あいつらも最初はひどいもんでしたよね」
「……そうだな。お宝画像を見て、最初から平気だったのはおまえだけだな」
「俺は現場で慣れてましたから。匂いが無いだけマシでしたよ」
 未だ迷う素振りの薪に、岡部は副室長代理として公正に進言した。
「青木のことは、今しばらく様子を見ましょう」
 薪は黙って歩いていたが、やがて前を向いたまま、諦めたように言った。ちょうど第九の正門前だった。
「指導員はおまえだ。おまえに任せる」
「はい」と岡部は力強く頷き、薪に続いて門をくぐった。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま

そうそう、そうでした。
ツイッターでお花見の話が出て、それでこの話書いたんでした。
半年くらい前だっけ? すっかり忘れてたなあ(^^;

後半は現在のお花見風景になりますんで。
ギャグ、期待しててください。(ギャグかよ)


>青木の「美しい心」にも徐々に癒されていく薪さんですが
>岡部さんの懐の深さにも支えられてると思います。

岡部さんは、青木さんに負けないくらい心のきれいな人だと思いますよ。
青木さんには怒りの感情が欠落してる部分が見られますけど、岡部さんはそこも当たり前に持ってて、なんていうか、人間としてすごくバランスの取れた人だと思います。岡部さん、好き。

Sさまへ

Sさま

こんにちは!
コメントありがとうございます!
毎日のように、との嬉しいお言葉、ありがとうございます(^^


で、お問い合わせの件ですが。

KさんはツイッターのDMで聞いたんですけど、それをここで公開するのはちょっと。
詳しい事情は存じませんが、やっぱり何か思うところがあって鍵を掛けたらしいので……。
でも、見られないの、悲しいですよね。せめてSさんみたいに見たがってる人がいること、Kさんにお伝えしておきますね。そうしたらKさんの気も変わるかもしれないし。

もうお一方はYさんですか?
こっちはごめん、わたしも分かんない(^^;
どこかに書いてあったのかもしれないと思って探したのですけど、見つかりませんでした。メールフォームで問い合わせましたが、まだ返事がありません。


新連載が始まっても、ブログ熱はなかなか上がりませんね~。
やっぱり、第九編の最後で青薪成立確定になったから。手紙のことで少しばかりごちゃごちゃしても、安心して見守る気持ちになってるんだと思います。
みなさん、薪さん愛は変わってないと仰ってますし。ツイッターではときどき盛り上がってるみたいです。わたしは仕事の関係でツイッターは止めてしまったので、話に加われないのですけど。……寂しい。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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