Yesterday(3)

 言われて気付いたんですけど、前章の「夜桜を一緒に見る青薪さん」の話は、一番最初の「桜」というお話です。カテゴリの一番上にあるので、未読の方はよろしかったらどうぞ。
 この話を書いたきっかけも、やっぱり言われて思い出しました。そうそう、春頃、ツイッターで話題になってたんですよね。半年も経つと、すっかり忘れちゃうねえ。鳥と同じくらいしか脳みそ入ってないからねえ。
 ……今を生きてます。






Yesterday(3)





「……べ、岡部!」

 名前を呼ばれて我に返った。ふと目を落とすと、コップの酒は無くなっていた。横を見やれば、いつもと変わらぬ冷涼な、でも岡部には明らかに酔っていると分かる薪のきれいな顔があった。
「何ぼーっとしてんだ。おまえの好きなダシ巻き卵、無くなっちゃうぞ」
 後から騒いでも作ってやらないからな、と耳打ちされる。周りのみんなには秘密だが、この五段重ねの重箱の中身は殆ど彼が作ったのだ。
 それを知ってか知らずか、芝生の上に敷いたゴザに車座になった部下たちが、料理に「美味い」を連発する。手に手に冷えた缶ビールを持って、豪快に呷ればそこには満開の夜桜。ゴザの周囲に置いた照明代わりのLEDランプが、桜花を夢幻のように浮かび上がらせている。日本に生まれてよかった、と誰もが思う光景だ。

「薪さん、どうぞ」と部下に勧められて酌を受ける、上司の顔はまんざらでもない。コップ酒に満足そうに目を細めて、小さくため息を吐いた。
「山本の酌ばかりずるいですよ」と向かいにいた小池が酒瓶を取り上げるのに、「ピッチが速すぎます」と山本が薪のコップに手で蓋をする。飲む気マンマンだった薪はチッと舌打ちし、
「おまえ、このごろ岡部に似てきた」
 お預けを食らって不平をこぼす薪の様子に、みなが笑う。そんな風にして、少しの間だったが考え事をしていて一人になっていた岡部を、上手に輪の中に戻してくれる。薪は酔が回っても、周りをちゃんと見ている。

 岡部もみなと一緒に笑い、幸せな気分で自分の仲間たちを眺めた。アルコールが入っているから少々騒がしいが、他のグループも似たようなものだ。交ざってしまえば気にならない。他所のグループの笑い声でこっちまで楽しくなる。酔ったもの勝ちだ。
 隣で薪も笑っている。気の置けない仲間たちと楽しそうに、薪は自分から積極的に喋る方ではないけれど、いつも輪の中心にいる。
 花見なんて、昔は誘われても絶対に顔を出さなかったのに。人間、変われば変わるものだ。

「岡部。さっきから何を考えている?」
 岡部の様子がいつもと違うことに気付いたのか、薪がこそっと呟く。昔のあなたのことを考えていたんです、とも言えず、岡部は曖昧に笑って、薪の質問から逃げた。それをどう受け取ったのか、薪は「ははーん」とイヤラシイ笑いを浮かべ、
「雛子さんのことだろ」とズレまくった推理を披露した。まったく、薪のこの誤解はいつになったら解けるのだろう。
「春だからなー。雛子さんも家の中では薄着になってきただろうし」
「スカートも短くなってきたんじゃないのか」と下品な想像をする上司に、「おふくろはロングスカートしか穿きません」と冷静に返すと、
「ロングスカートってさ、ちょっとの風でもぶわっとめくれるんだよな。でもってまた、布の間から見える太腿がたまんないんだ」
 本当に、変われば変わるもんですよねっ!!
「人の母親をイヤラシイ目で見んでください」
「雛子さんは、母である前に一人の女だ。それも十分若くて魅力的な。一緒に住んでれば風呂場で『きゃっ』とか言うイベントもあるんだろ」
 肘でぐりぐりとか、マジで止めてもらますか。隣で山本が青くなってるじゃないですか。奴さんの額の面積がこれ以上広がったら風邪を引かせちまいますよ。
「薪さんもやればいいじゃないですか。青木と」
 岡部が小さな声で反撃すると、薪は急に顔を背けて黙ってしまった。想像して気持ち悪くなったらしい。薪のことだ、裸を隠しながら悲鳴を上げるのは青木の役なのだろう。

「お待たせしました! 冷たいビールと、追加の氷です」
 ちょうどそこに、買い出しに行っていた青木が帰ってきた。大型のクーラーボックスに水を張って、買ってきた氷を浮かべる。そこに缶ビールを沈めれば簡易式冷蔵庫の出来上がりと、これは青木のアイディアだ。
 本来なら後輩である山本の仕事なのだが、気の良い青木は自分から進んでこういう役目を引き受けてくれる。花見会場付近の商店街に詳しいこともあるが、人数分となると酒類は重い。山本は決して体力のある方ではなく、買い出しの時間が掛かり過ぎると場がしらける。それも考慮しての自薦なのだろうが、こうして自前で簡易冷蔵庫を用意するなど、第九の宴会が楽しいのは青木の気働きに依るところが大きい。

「青木。これも冷やしといてくれ」
 薪に差し出された吟醸酒の四合瓶を、はいと一旦は受け取った青木は、買い出しに行く前に沈めておいた吟醸酒の瓶が2本とも無くなっているのを確認し、
「薪さん。これ、何本目ですか」と薪の飲酒にストップを掛けた。
「飲みすぎないでくださいね。今年はオレの部屋に雑魚寝って訳にはいかないんですから」
 花見会場の公園の前には二階建てのアパートがあり、青木は去年の春までそこに住んでいた。急に決まった引っ越しだったから荷物の整理が間に合わず、アパートを解約したのは去年の暮れだ。高い倉庫代を払ったものだ。

 山本に続いて青木にまで飲む気にブレーキを掛けられた薪は、不満そうに眉を吊り上げ、
「なにぃ。このくらいの酒で僕が酔うとでも思うのか、あぁ?」
 その口調がすでに酔っぱらいですよね。
「いえ。でも薪さん、こないだの健康診断で肝機能の数値が高かったでしょ。先生にお酒を控えるよう言われてたじゃないですか」
「医者が怖くて酒が飲めるか」
 医者を敵に回してまで飲むものでもないと思いますけど。
「そんなこと言って。また雪子先生に怒られますよ」
「まさかおまえ、雪子さんに僕の健診の結果表、見せたんじゃないだろうな?」
 ぎょ、と青ざめた薪に、悪びれない様子で「はい」と答える。この辺の無邪気さは、いくつになっても青木から失われない美点か愚かさか。

「なにしてくれてんだ、おまえ!」
「薪さんの健康管理をする上で、アドバイスが欲しかったので。いけませんでしたか?」
「何年か前、うっかり机の上に置きっ放しだった健診シートを雪子さんに見られたんだ。そうしたら無理矢理病院に引っ張って行かれて、CTやら胃カメラやら大腸検査やら、本気で殺されるかと思った」
「なるほど。薪さんを病院に行かせるには雪子先生にお願いすれば、ひいいいーっ!!」
 雑巾を引き破るような悲鳴に何事かと振り返れば、薪が、青木の後ろ襟を捕えて背中に氷を投げ込んでいる。第九名物、室長の青木苛めが始まった、と誰一人薪を止めないところが第九には絶対君主制ならぬ絶対室長制が敷かれていると警察内部で囁かれる所以である。
 薪は、他人を苛めるのが大好きなのだ。無趣味の彼にとって、それは唯一の楽しみと言っていい。そこに余計な口を挟もうものなら、その矛先は自分に向けられることになる。薪の苛めの標的になって生き残れる人間は少ない。青木は特殊な例だ。

「相変わらず賑やかねえ、第九は」
 苦笑する女性の声に、薪はパッと青木から手を離した。アンカーの抜けた擁壁のごとく、青木がドドンとつんのめる。缶ビールの箱を小脇に抱えて颯爽と登場したのは、薪に招待を受けた雪子と、その夫の竹内だった。
「雪子さん、ようこそ!」
 諸手を上げて歓迎する様子の薪は、「これ差し入れ」と雪子が片手で差し出したビールの箱を両手で受け取った。は良いが、酔いの回った足に500ミリの箱はきつかったらしい。よろけたところを先刻まで自分が苛めていた青木に支えられ、ひょいと荷物を取り上げられた。青木は本当に人が善い。

 引き換え薪ときたら、「大丈夫ですか」と自分を気遣う青木に目もくれず、「どうぞこちらに」と雪子に席を勧め、
「雪子さんに来ていただいて、場が華やかになりました。やっぱり宴席には女性がいないとね。あ、竹内さんはもう帰っていいですよ。雪子さんは僕が家までお送りしますから」
 うわー、と誰もが心の中で冷や汗をかく。相変わらず薪は竹内には鬼のように冷たい。
 前々から嫌っていたのが、雪子が彼と結婚してからますますひどくなった。要はやきもちで、今ではほとんど親の仇だ。
「まあアルコールも入りますしね、僕も男ですから。雪子さんのような魅力的な女性を前に理性が壊れないとも限りませんけど。そこは大人ですので責任は取ります。無論、お子さんは僕と雪子さんで立派に」
「竹内。ここ、並んで座れるって」
「あ、どうも」
 二人に気を利かせた今井が、横の三人に席を詰めさせ、二人分のスペースを作った。一人芝居状態になってしまった薪が、額に青筋を立てて振り返る。
「今井、余計なことをッ……!」
 たぶん、今年の今井のボーナスは3割カットだ。
 まあまあ、と岡部は薪を座らせて、青木が用意した吟醸酒の封を切った。好みの銘柄に、薪はコロッと相好を崩す。何のかんのと言いながら、薪の気に入りの酒をちゃんと調達してきているあたり。薪のことは青木に任せておけば安心だと思えた。

 人数も増えて、宴もたけなわとなり。ちょっとしたゲームでもやろうと言う話になった。
 宴会での定番ゲームと言えば手軽にできる古今東西や山手線ゲームなどだが、ひらめきが必要なこの手のゲームは常に薪と竹内がいい勝負で、なかなか雌雄がつかなかった。酔っているとはいえ天才の薪についていけるのは、この中では京大卒エリートの竹内だけだ。
 どうにかして彼に水を開け、雪子にいいところを見せたい薪は、卑怯にも「伝言ゲームをやろう」と言いだした。背中に文字を書くのではなく、声を出さずに唇の動きで内容を読むのだ。当然、薪を始めとする第九職員は余裕の勝利、読唇術に縁のない竹内は惨敗を喫する羽目になった。

「さあて。ビリっけつの竹内さんには罰ゲームと行きましょうか」
 腕を組んで仁王立ちになり、見下し目線で勝利宣告をする。鬼の首を獲ったようとはこのことで、薪はものすごく楽しそうだ。いくら気に入らない相手だからって人間としてその態度はどうかと思うが、誰も突っ込まないのが第九で生き残るためのバイブルだ。誰だって命は惜しい。
「ブービー賞の人とキスとかどうですか、薪さん」
「よし」
 薪が、曽我の提案をすぐさま採用したのは悪魔の企み。どうせブービー賞は経験の浅い山本か鳥目の青木だ。ちなみに、青木は本当は鳥目ではない。薪との夜を楽しみたいがゆえの「暗いところはよく見えなくて危ないから明かりは点けたままでお願いします」という彼の姑息な嘘に騙されているのだ。
 それはともかく、奥方の前で男、それもオヤジとキスなんて、雪子に愛想を尽かされること請け合いだ。隙あらば雪子を竹内の魔の手(と薪は思っている)から救い出そうとしている彼が、この機会を逃すはずが無かった。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま

書いてて楽しかったですよ~。
昔は痛かったですけど、今はこんなに楽しいってことで。

>薪さん、すっかりオヤジになっちゃって^^;

オヤジの方が人生楽しいんじゃないかな。
わたし、若い頃より今の方がずっと楽しいもん。


>薪さんが大腸検査だなんて

いや、入るのはカメラだと思いますけど(笑)

健康は大事ですよね。基本ですからね。
薪さんの場合、飲酒よりも不摂生が問題だと思います。どうも彼には、まともに食事してるイメージがないので。
三食きちんと食べて欲しいですね。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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