Yesterday(4)

 お礼その1、こちらでおしまいです。
 次からお礼その2に入ります。引き続き、読んでいただけると嬉しいです(^^




Yesterday(4)





「えーと、ほっぺでいいですか」
 と竹内が苦笑するのに、薪は、「子供じゃあるまいし」とシビアに返した。
「キスと言ったら唇に決まっているでしょう」
 そこでちらっと青木を見る。薪と目が合ってニコッと微笑んだ。大丈夫、ブービー賞は青木じゃない。
「早くしてください。次のゲームが始められませんよ」
「……じゃ、遠慮なく」
 薪に急かされ、竹内は両の掌を上に向けて白旗を上げると、隣に座った雪子の肩を抱いた。雪子は少し困った顔をしたが、先に周りから拍手が出てしまい、諦めたように目を閉じた。
「な」
 雪子の身体が自然な動きで抱き寄せられる。ぎこちなさは微塵もなかった。

「必要以上にくっつくな、そこ! あー!!」
 二人のくちびるが重なるのと、岡部が薪を羽交い締めにしたのはほぼ同時だった。沸き起こる拍手の中、薪の怒ること怒ること。岡部に拘束されていなかったら、乱闘間違いなしだ。
「なにやってんだ、あの二人! みんなの前で!」
「薪さんがやれって言ったんでしょうが。ビリっけつとブービー賞のキス」
「どうして雪子さんがブービー賞なんだ?!」
「当たり前でしょ。第九職員じゃないのはあの2人だけなんですから」
「くそー、こんなことなら僕がビリになるんだった。竹内のやつー!」
 キスくらいで地団駄踏んでますけど、この二人夫婦ですからね。子供できちゃってますからね。

 すっかりイジケタ薪が岡部の後ろに隠れてしまったので、ゲームは一時中断となった。罰ゲームの流れで初キッスの話になり、幾つのときに誰それと、悲しいことにおれの相手は父親で、いやいや、おれなんか犬だった、などと酒の席ならではの冗談を交えた暴露話に盛り上がる中、KYには定評のある曽我が、懐かしい話を持ち出してきた。
「キスって言えば昔、酔っ払った薪さんが竹内さんにキスしたことありましたよね」
 ブーッと盛大にビールを吹き出した竹内が、泡を食って薪を見る。が、薪は雪子のくちびるを竹内に奪われたのが悔しくて仕方ないらしく、岡部の背中に隠れていちびっている最中だった。こちらの話など、当然耳に入っていない。

「ちょっと曽我さん。先生の前でその話は」
「あ、大丈夫よ、知ってたから。青木くんから聞いたのよね」
 竹内は無言で立ち上がり、青木の襟元を締め上げると、懐から黒光りするそれを取り出し、
「おまえ、なに要らんこと先生に吹き込んでくれてんだ」
「竹内、拳銃しまえ。スジもんの集まりだと思われる」
 てか、なんで持ってんだよ。始末書だぞ。
「手遅れだと思いますが。岡部さん側の芝生だけ異様に空いてますし」
「ああ?」
 山本が冷静に指摘する。確かに、岡部の座っている左側だけが5mほど空間になっていた。岡部はそれをただの偶然と思いたかったが、生憎、それを許すような常識人は此処には一人もいない。

「「「「とりあえず岡部さんが組長だろ」」」」
 とりあえずで人を組長に就任させるなと言いたい。てか、なんで満場一致なんだ。
「今井さんが若頭、おれたちは若頭補佐ってところかな」
 睨みの利かない坊主頭とひょろっこい糸目のコンビでは、三下がいいところだ。組対5課の脇田辺りに聞かれたら、マル暴を甘く見るなと叱られそうだ。
「じゃ、おれはハッキングで情報取りまくって、インサイダー取引で組の資金を稼ぐ」
 宇野は本当にやりそうで怖い。
「ならば私は顧問弁護士をやりましょう。どんな商取引も合法にしてみせます」
 法律家が悪魔の手先になるほど恐ろしいことはない。ていうか、山本、キャラ変わってないか?
「はいはい、オレ、運転手やります」
 それならヤクザじゃなくてもいいだろ、青木。
「黒塗りベンツの改造車に9000ccのエンジン積んで夜の首都高爆走。パトカー、白バイぶっちぎり。男のロマンですよねっ」
 考えようによってはこいつが一番こわい。犠牲者数が見当もつかない。

「竹内さんは岡部さんの舎弟で、風俗店のシノギをしてる。美人ぞろいのスナック経営してて、宇野と肩を並べる組の稼ぎ頭」
 部外者まで巻き込む気か、おまえら。
「わかりました。チャカの調達は任せてください。いい売人知ってますんで」
 のるなよ、竹内。
「ねえ、あたしは?」
 暴力団同士の抗争になった際、腕の良い主治医がいると安心だが、雪子の場合は、
「「「用心棒お願いします」」」
「任せなさーい!」
 だめだこりゃ。

「薪さん、何とか言ってやってください。あいつら悪乗りしすぎです。このままじゃ、第九が組になっちまいますよ」
 後ろで膝を抱えている薪に、岡部は訴えた。このまま話が進んだら、周囲10mが無人になる。迷惑すぎる花見客に成り下がってしまう。公僕としてそれはマズイ。しかし薪は両膝に顔を伏せたまま、
「いいじゃないか。どうせこの世には神も仏もいないんだし」
 あんたはいつまでいちびってんですか。
「いいんですか。おれが組長ってことになってますけど」
 雪子が竹内の妻である事実を変えられない以上、何と言って慰めても薪は浮上しないと悟った岡部は、アプローチを変えることにした。薪の男気に訴えるのだ。薪は第九室長の立場に誇りを持っている。第九が組になるなら当然組長は自分だと言い出すだろう。そうしたらまた陽気に宴に参加するかもしれない。
 ところが薪は、いや、と首を振った。
「僕はもう官房室の人間だし。実質的に第九を動かしているのは岡部、おまえだ」

 ――僕の後を継いで第九の室長になるのはおまえしかいないと思っている。頼んだぞ。

 背中合わせに伝わる薪の言葉が、岡部にはうれしかった。
 何よりも欲しいと願ったものがそこにはある。薪の信頼と、穏やかな笑み。

「そうなると、僕は相談役と言ったところかな」
 振り返った薪に、みなが一様に答えた。
「姐さん」
「姐さん」
「姐さん」
「姐さん」
「姐さん」
「姐さん」
 みんなで言えば怖くない、と胸を張る第九メンズに季節外れのブリザード。グラスに残ったビールの泡が瞬時に凍りつく。
「おまえら全員、うさぎ跳びで公園1周」
 ――やっぱり怖かった。

 アルコールでフラフラの身体で、ウサギ跳びだかウサギ歩きだか分からないモーションで仲間たちがいなくなると、薪は再び岡部の背中にもたれかかった。「ザマーミロ」とケタケタ笑ってコップ酒をあおる。どうやら王様のプライドは回復したらしい。

 傲慢で横暴で家来泣かせの王さま。でも岡部は知っている。
 これだけ好き勝手やって薪が平気でいられるのは、そこにしっかりとした信頼関係があるからだ。ちょっとやそっとでは壊れない絆を、彼らとの間に培ってきた。だから薪は自分を殺さず、彼らの前で奔放に振る舞えるのだ。
 あの頃の自分に教えてやりたい。
 おまえがお節介を焼かずとも、薪さんは大丈夫だ。よき理解者とパートナーと仲間を、自らの力で獲得した。
 まるで自分が光の中に生まれる影であるかのように、孤立していた彼はもういない。彼を見えない牢獄に繋ぐあの壁は、消え去ったのだ。
 今、彼は光の中にいて。誰よりも眩く輝いている。強く温かい、その光。

「なに笑ってんだ、岡部」
「人間、変われば変わるもんだと思いまして」
「あん? おまえだって年取っただろ。目尻のシワ、増えたぞ」
 そう言う薪の外見は、昔とちっとも変らない。これが44歳の男って、ここまで来ると犯罪だと思う。

 周りに人気がなくなったせいか、風が出てきた。火照った身体に気持ち良い、やや冷たい風だった。
 風に吹かれて舞う花びらを、岡部はぼんやり見ていた。岡部の背中で薪もたぶん、同じものを見ている。
 やがて薪は言った。
「おかべ」
「なんですか」

 ――ありがとうな。

 振り返ろうとしたけれど、それにはあまりにも自分が呆けた顔をしていることに気づき、岡部はその衝動を抑えた。
 ゴザの上に投げ出された薪の手から、空のコップがコロコロと転がる。眠ってしまったらしい。そこへ、調達係の仕事のおかげで皆よりアルコールが進んでいなかった青木が一番先に帰ってきた。薪を帰らせるいいタイミングだ。
「青木。薪さんを」
 タクシーで連れて帰ってやれ、と岡部が言い終る前に、青木はゴザの隅に丸めてあった薪のスーツを広げ、彼の身体に掛けた。「寝ちゃってるから動かないでくださいね」と、岡部にそのままの姿勢でいるよう、両手を合わせる。
「今日は久しぶりに岡部さんと飲めるって。薪さん、すごく楽しみにしてたんですよ」
 みんなもそろそろお開きですね、と呟いて、青木はゴザに散らかった紙皿や空き缶を片付け始めた。みなが帰ってくるころには、あらかた終える気でいるのだろう。本当に、よく働くやつだ。

 風に踊った花びらが一枚、岡部のコップに舞い込んだ。酔いがまわった薪の頬のような桜色。
 風流を浮かべた透き通る甘露酒を、岡部は心地よく飲み干した。


―了―


(2014.6)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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ほわーん(*´∇`*)

しづさんお疲れ様でした~ヽ(・∀・)ノ

青木と出会う前の薪さんの(正確には恋する前)つぐないのためだけに生きてる感じに胸がチクチクして…今回はほっとしました。
岡部さんのお話だったんですねぇ。まるで原作の岡部さんとの出会いのお話と対になってるみたい。素敵です。

個人的には最後の方の青木くんのセリフにニヤニヤしております。
「主人は楽しみにしておりましたのよ」的な?(//∇//)
ああ…ほんとだーしづさんーヨメだぁ…なんだよこの内助の功みたいな~ちゃんと暴君支えてるじゃないか…デレッ

幸せな気分、ありがとうございました。

なみたろうさんへ

なみたろうさん

どうも~。
いつも楽しませていただいております!
最近、なみさんちの薪さんはやたらと色っぽくおなりで。コメントには参加できませんが、舐めるように拝見させていただいております。


>「主人は楽しみにしておりましたのよ」的な?(//∇//)

彼は絶対にいい奥さんになると思うんですよ。
気が利くし料理上手だし、控え目で旦那の立て方を知ってますから。
わたしも青木さんみたいな奥さん、欲しいなー。(え)

Aさま

Aさま

>滝沢が言っていた岡部がいるからおまえは毎日安心して信頼する部下を怒鳴り散らし感情をぶつけることが出来るって言葉でああ、そうかと気づいた。

わたしもです。
それまでは、「薪さん、なんて不幸なの(涙)」って思ってたんですけど、その認識が間違っていたことに気付きました。
孤独も同じ。鈴木さんの事件のせいで他人を遠ざけていたのではなく、部下たちを守るために距離を置いていたんですよね。でもって、部下たちはちゃんと薪さんの愛情を理解していて、信頼と尊敬を返していたんですね。理想の上下関係ですね。


>薪さんの中で罪悪感は消えていないけど信頼しあう仲間がいて幸せ

もしかすると第九時代の薪さんは、青木さんへの恋が報われなくても、幸せだったのかもしれない。
人間、色恋にばかり生きてるわけじゃない。片思いしてても、仕事が充実してていい仕事仲間や友人に恵まれていれば充分幸せだよね。わたし、そうだったもの。
薪さんを苦しめていたのは、鈴木さんを殺してしまったことと、チメンザールの秘密だったわけで、青木さんじゃない。不甲斐ないとか何のために鈴木さんの脳を見たのよとか散々言って、本当に悪いことしました。ごめんなさい。

ちゃんと謝ったんだから、次はちゃんとしてよね、青木さん。←反省してない。


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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