Today&Tomorrow(3)

 今年も現場の時期になりまして。思うように更新ができないしづです。
 毎日たくさんの方に訪問いただいてるのに、拍手もいっぱいもらってるのに、お返しできなくてすみません。もっと上手に時間を使えるようになりたいです。

 去年は現場で神経消耗しちゃって、SSが惨敗だったんですけど(「イヴ」が未だに心残り)、今年はそんなことのないようにしたいです。
 リアルがいかに厳しくても、それに飲み込まれてしまったら楽しくないものね。人生、楽しまなくちゃね。(*^^*)




Today&Tomorrow(3)





危険ポイントその3 大浴場



「お兄ちゃん、どこから来たの?」
「東京です」
「へえ、そうかい。やっぱり東京の人は男でもきれいやねえ。うちの息子とはえらい違いだ。モデルさんか何かかい?」
「いえ。公務員です」
「ふわあ。東京の役場にはこんなきれいな兄ちゃんがおるんか。そりゃあ税金も高いわな」
 右手に居た仲間たちと一緒にワハハと笑う。薪も呑気に笑ってるけど、青木はそれどころじゃない。
 ここは大浴場の脱衣室。薪も、薪に声を掛けてきた男も、服を脱ぎかけた状態だ。脱衣室は広くて、バスの中のように自然に薪を隠せない。気が気ではなかった。

 街中で、ユニセックスな私服に身を包んだ薪に声を掛けてくる男は、実はそれほど危険ではない。その半数が彼の性別を間違えているからだ。男たちの殆どは自分の間違いに気付けば照れ笑いで去っていく。まず安心していい。
 これが仕事帰りのスーツ姿だと少々厄介だ。男性であることがほぼ確定的なのに声を掛けてくるなら、それは確信犯だ。強気の対応が必要だ。
 そして、大浴場。この状況下で薪に粉を掛けてくる男は危険度200%だ。人の善さそうな笑顔に騙されてはいけない。「おれの息子も君くらいでねえ」とか、いかにもお父さんが自分の息子に声を掛けるみたいな風情を装っているけど、そんなわけないから。そのひと、あんたと同年代だから。

「東京の人は、こんなに肌が白いの」
「陽に当たらない仕事なもので。お父さんはいい具合に日焼けしてますね」
「ここは漁師町だもの。あんたは背中も真っ白で、ほお、すべすべしてるねえ」
「あは。くすぐったいです」
 純朴の皮を被って薪に触るような輩は問答無用で殴り倒していいと思う。憲法で制定するべきだと思う。
「尻もこんなに小さくて、おうっ」
 突然の衝撃に驚いた男が、ビクッとして手を引っ込める。「すみません」と愛想よく笑いながら、青木は取り落とした脱衣籠を男の足元から拾い上げた。
「何やってんだ、青木。危ないじゃないか」
「すみません。手が滑ってしまって」
 青木の脱衣籠が左隣の薪を通り越して男の足元に落下するためにはどういう動線を描いたらいいのか、もしも相手が訊いて来たら実演してやろうと思っていた。今度はこの扇風機で。

「お怪我はありませんでしたか?」
「ああ大丈夫。じゃあ、おれたちは帰るから」
「お仕事ですか」
「帰って寝るんだよ。おれたちは猟師だから。朝早く漁に出て、風呂に入って休むんだ」
「そうなんですか。お疲れさまでした」
「あんたたち、ここで昼飯かい?」
「ええ。風呂の後に」
「そうかい。ここは刺身が旨いよ。今日はメバルのいいのが揚がったから、それにしなよ」
「ありがとうございます。そうします」
 日焼けした顔をほころばせて、漁師たちは和気藹藹と帰って行った。その時薪はズボンを脱ごうとしていたが、彼らがこちらに未練がましい視線を送って来ることはなかった。
「いいこと教えてもらったな」
「そうですね」と頷きながらも、青木には些少の罪悪感がある。彼らが薪に声を掛けたのは地元民のお愛想で、ナンパではなかったのかもしれない。悪いことをしてしまった。

 無闇に人を疑わないようにしよう、と青木は心に決め、薪の後に続いて大浴場の引き戸を潜った。瞬間。2秒前の決意も忘れて、青木はピリピリと神経を尖らせる。浴場の空気が明らかに変わったからだ。
 空いている洗い場に腰を下ろす薪を、周りの男たちが茫然と見ている。特に隣の人、シャンプー眼に入ってますけど痛くないんですか、それ。
 気持ちは分かりますけど、と心の中で呟きながら、青木は薪の隣の席に座った。だから貸切風呂にしようと言ったのに、大浴場の方が広いとか露天風呂が無いと嫌だとか、終いには「一人で入るからいい」。青木の恋人は理屈を捏ねさせたら日本一、我儘を言わせたら世界一だ。

 思いつきで訪れた温泉だが、この施設は「手ぶらで温泉」をキャッチフレーズにしており、部屋付きプランを申し込むと格安で入浴セットを購入できる。石鹸とボディタオル、シャンプーとリンスのセット、レンタル品のフェイスタオルと湯上げタオルに浴衣が付いて三百円。入浴のみの場合は千円で、差額はプラン料金に上乗せされているのかもしれないが、とりあえず破格だ。値段の割に質は良く、特にこのボディタオルは肌触りがいい。
「薪さん。背中、流しましょうか」
「大丈夫だ。一人で洗える」
「遠慮なさらず。ほら、気持ちいいでしょ」
 やや強引に薪の背中で石鹸を泡立てる。別にボディタオルのアピールをしたいわけじゃない。こうすることで薪には自分が付いているのだと周りの人間に教えるためだ。

「はい、OKです。髪の毛も洗ってあげましょうか」
「おまえが僕の世話を焼いてどうするんだ。今日は」
「はい?」
「……なんでもない」
 薪は黙って髪を洗い、終えるとふいと席を立って、青木に声も掛けず露天風呂へ行ってしまった。周りに人がいるのに、親しげにしたのが拙かったらしい。薪が人目を気にすることを忘れていた。

 青木は念入りに身体を洗い、髪を二度洗いして時間調整をした。すぐに後を追ったりしたら薪にウザがられる。こういった心遣いは意外と大切なのだ。青木は好きな人となら24時間一緒にいても平気だが、薪は多分、一人になれる時間を作らないと疲れてしまうタイプ。だからこうして少し距離を置いて、なおかつボディガードとして彼を見守ることが肝要だと――。
 髪を洗いながら、ちらりと対象の様子を伺った青木の眼が見開かれた。思いっきりシャンプー目に入ったけど、うん大丈夫、痛くない。隣の人といい、人間、本気でヤバいと思ったときは痛覚がマスキングされるんだな。
 なんて暢気に分析してる場合じゃない。ガラス張りの大浴場から見える露天風呂には5人の先客がいて、薪が引き戸を開けるや否や一斉にそちらを見た。薪が、眼下に広がるパノラマの海に夢中で周りの視線に気付かないのをいいことに、頭のてっぺんから爪先までジロジロと。
 いくらなんでも見過ぎだ、と青木は腰を浮かし掛け、先刻の失敗を思い出して留まった。これも田舎の流儀だ。彼らは人を見るときは真っ直ぐに、横目で見たりしないのだ。
 彼らの視線は、薪の顔と胸と腰を行ったり来たり、その比率は1:2:3。顔より身体を見る時間が長いのは単純に面積の関係で、決して彼の腰骨とタオルから伸びるモデルみたいな腿に眼を奪われているわけじゃないと思いたい。
 水面の輝きに引き寄せられるように、薪は海に向かって歩を進め、展望露天風呂の外枠の手摺を掴んで身を乗り出し、すると腰のタオルがずり上がって、ちょ、待て、いくらなんでも比率0:0:10はあからさますぎだろ!
 田舎の無遠慮な視線は凶器だと思う、視姦と変わらないと思う、取り締まるべきだと思う、ていうか、薪さんもいつまでも突っ立ったまま海見てないで浴槽に入って! 内風呂のお客さんまでみんな見てるから!!

 どうにも我慢が出来なくなって、青木は露天風呂の引き戸を開けた。薪がすぐに気付いて、こちらに寄ってくる。「あそこ空いてる」と指を指す、どうやら青木を待っていてくれたらしい。
 青木は薪の前に立って、先に浴槽に入った。普段は薪の後ろに立つが、危険箇所に進む場合は対象者がボディガードの後ろに続く形になる。自然に前後位置が定められるくらいには、青木はこの仕事に慣れてきていた。
「ちょっと待て。おまえ、髪に石鹸が付いてる」
 背後から言われ、浴槽の階段で立ち止まる。慌てて来たから泡が残ってしまったらしい。
「ちゃんと流さないとダメだろ」
 薪はお湯に浸けたばかりの足を抜いて、露天風呂の入り口の横にある掛け湯用のシャワーに向かった。海を見る態で薪を見ていた男たちの視線が、こちらに集中する。一番遠くの男なんか乗り出して首曲げて、曲げ過ぎて首攣ったみたいだけどその首90度に固定してやろうか。
 薪から受け取ったシャワーで髪を流す間も、薪への視姦、ちがった、視線が気になって仕方ない。見るなと怒鳴りたい、もとい全員海に投げ落としたい。

「どこに当ててんだ。貸してみろ」
 ひたすら壁を打っていたシャワーを、薪は青木の手から取り上げた。それから青木に屈むように顎で指図すると、青木の頭にシャワーを掛けた。
「まったく。子供みたいだな、おまえは」
 叱り口調とは裏腹に、やわらかな水流と一緒に青木の髪を梳く薪の手は、どことなく楽しそうで。青木は夢見るような心地になる。ほんの1分くらいの間だったけれど、すごく幸せな気分だった。

「よし、いいぞ。早く入ろう」
 待ちきれない様子の薪は青木を置いて湯船に入ろうとし、青木は現実に引き戻された。先に立って足場を確認する。あくまで対象者はボディガードの後ろだ。
 とぷんとお湯に入って肩まで沈む。背筋を這い上がるような快感がある。心臓に悪いと聞くが、風呂好きはこの感じが好きなのだそうだ。だから温泉に来ると、薪は何度も風呂に入りたがる。

 風呂は岩風呂で、うっかり寄り掛かると背中を痛くするけれど、タイル張りよりずっと情緒がある。座って、壁にそっと背中を預けて前を向くと水平線が見える。シー・グリーンの海が、眩しいくらいに輝いている。太陽はもうすぐ真上だ。
 海からの風は心地よく、潮の匂いがする。都会人には貴重な匂いだ。青木も山の中で育ったクチだから、海を見ると純粋に嬉しくなる。海の温泉もいいものだ。温泉の質は山に敵わないが、風光と言う点では決して引けを取らない。

「あの辺の海の色。すごく綺麗だ」
 あそこら辺、と薪は海を指差した。
 お湯の中から伸ばした腕が、たおやかな百合のよう。葉の瑞々しさと茎の伸びやかさ、そして花弁の白。その先端は桜貝のピンク色。爪の先まで美しい人だ。
「気に入りました?」
 うん、と薪は頷き、湯から上がって岩に腰かけた。タオルを腰に置き、軽く足を組んで、濡れた前髪を右手で梳いて後ろに流す。まるで映画のワンシーン。
 青木は薪の恋人で、彼の身体で知らないところはないくらいの深い仲だ。その青木でさえうっとりと見惚れてしまうほど、今日の薪は美しい。桜色に染まった裸体を彩るたくさんの水玉が、日光に反射してきらきら輝く。自然の力を借りずにこの情景を再現するとしたら、小粒のダイヤモンドを千個も用意して彼にちりばめる、いや、そんなものじゃとても追いつかない。
 ほぼ毎日薪と顔を合わせている青木でさえこの始末だ。免疫のない周りの人間には、さぞや衝撃的な光景だったに違いない。
「潮風に抱かれてるみたいだ。すごく気持ちいい」
 ダメですよ、薪さん。そんな官能的なセリフ、純朴な田舎の人に聞かせたら。みんなユデダコみたいになってるじゃないですか。
 上がるに上がれなくなっているのだろう。こんな美しいもの、見逃したら損だ。気持ちは分かるが、このままでは湯あたり患者大量発生だ。青木は公共の利益に寄与することを決意し、薪に退出を促した。

「食事前ですし、そろそろ上がりましょうか」
 食事の後にもう一度入りましょうと、言えば薪は一も二もなく賛同して、ザバッと水しぶきを立てて立ち上がった。周りの人間が慌てて眼を逸らす。見ない振りでこっちをチラチラ、さっきまではガン見してたくせに、どういった心境の変化だろう。
「湯上げにシャワー使った方がいいですよ。ここの温泉は塩がキツイですから」
「しお?」
 不思議そうに薪は首をかしげて、自分の人さし指を口に含んだ。
 温泉効果でつやめき率250%のくちびるが細い指を咥え、赤い舌がそれを舐める。モンローも真っ青だ。
「本当だ。塩辛い」
 青木を見上げてにこっと笑う。「でしょう」と返しながらも青木は、何故か急に海に背を向けて内風呂を眺め出した何人かの客を憐れに思う。彼らは多分、自己崩壊を起こしている。これまでの人生に無かった経験、つまり同じ風呂に入っている男にときめくと言うあってはならない感覚を自覚し、必死でそれを打ち消そうとしている最中なのだ。青木もかつては通った道だから、彼らの気持ちはよく分かる。ここは一刻も早く、薪を連れ出すことだ。今ならまだ彼らは、白昼夢で自分を納得させることができる。いま湯の中で股間を押さえてる人たちは無理かもしれないけど。

 浴室を出て、暑がる薪に急いでバスタオルを被せる。早く行かないと食堂が混む、という嘘で彼を急き立て、早々に脱衣室を出ることに成功した。昼食付のプランなのだから、席は当然予約席だ。青木の思惑通り、ホテルは二人のために窓際のテラス席を用意してくれていた。
「青木さま、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
 案内に立った給仕は白いワイシャツに黒いスラックス姿で、恰幅の良い中年の男だった。ネームプレートには支配人とある。あまり大きなホテルではないから、忙しい時は支配人自らホールスタッフに早変わりするらしい。

 席に着いて、食事の前に生ビールを注文すると、突き出しと一緒に白身の刺身が運ばれてきた。
「こちら、高宮からです」
 聞いたことのない名前だ。調べれば職場にも同姓の人物はいるかもしれないが、少なくとも青木の知り合いにはいない。薪を伺うと、小さく首を振った。薪も知らないのだ。
「誰かとお間違えじゃ」
「高宮は当ホテルの専属漁師でして。東京からいらした青木さまとお連れさまに、ぜひこちらをご賞味いただきたいと」
「ああ、さっきの」
 先刻の漁師は高宮と言うのか。ならばこれは彼が推奨していたメバルの刺身だろう。差し入れてくれるなんて、よほど薪が気に入ったらしい。

「どうしてオレの名前を?」
「高宮は青木さまのお名前を存じません。しかし、東京からのお客さまと言うことと、高宮が申しておりましたお二方の特徴で」
「支配人、大変です」
 話に割って入ってきたのは、20歳くらいの若いスタッフだった。「お客さまの前ですよ」と支配人は窘めたが、彼のパニックは収まらない。黒いエプロンにジーンズ姿の彼は、青木たちにペコッと頭を下げると、支配人の太い腕を引いて「大変なんです」ともう一度繰り返した。

「男湯のお客さんが、みんな湯船に浮いてて」
 すみません、と青木は心の中で頭を下げる。自分たちが風呂から上がった後、何が起きたのか察しがついたからだ。
 あの状態はタオルを巻いたくらいじゃ隠せまい。男湯で同性の身体を見て欲情したなんて、いくら男同士でも他人には知られたくない現象だ。大人しくなるのを待って、その間にのぼせてしまったのだろう。
「救急車が必要ですか」
「いえ、単なる湯あたりですから。みなさん湯船から上がられて、脱衣室の床でお休みになってます」
 すみません。本当にごめんなさい。
「では、脱衣室が使えないと。ならば湯あたりされたお客さまには、空いている部屋でお休みいただいて」
「それが、浴槽が血の池地獄みたいに真っ赤なんです。お湯を入れ直さないと使えません」
 すみませんーー!!
 だから貸切風呂にすればよかったのだ。そうすれば、誘惑に負けた青木が蹴り飛ばされて浴槽に浮かぶくらいで済んだのに。被害が拡大したのは薪のせいだ。自分の美しさに自覚がない、天性の誘惑者。

 支配人たちが去った後、すぐにアナウンスが流れてきた。男湯で揚水ポンプのトラブルがあり、2時間ほど入浴ができないとの内容だった。浴槽のお湯を入れ替えるのに、それくらい掛かるのだろう。お湯が濁った原因を入浴客の血ではなくポンプの故障に依るものとしたのは、風評被害を恐れたホテル側の保身か、あるいは客に対する配慮だろうか。
 事件の真相を知っているのは、現在男湯の脱衣室に転がっている客たちと青木たちだけだ。青木は薪の自覚と反省を促すべく、厳しい顔つきを作って言った。
「薪さん。聞きましたか」
「ああ。迷惑な話だ。何処の慰安旅行も一緒だな」
 我慢大会だろ、と薪は断定し、気の良い漁師が差し入れてくれた刺身を旨そうに食べた。慰安旅行に行くたびに風呂場で我慢大会やってるのは第九だけだと思いますけど。
 反論の糸口を掴めず口をパクパクさせる青木に、薪は感心したように、
「しかし、鼻血を出すまで我慢するとは。C県の人は根性があるな。――なんだ、その脱力しきった顔は。おまえものぼせたのか?」
 真に守られるべきは薪か彼らか。新鮮なメバルの刺身を前に、青木は頭を抱えた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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