青木警視の殺人(1)

 ご無沙汰です。
 本格的に現場が動き始めたので、なかなかブログに来れませんで。1週間経っちゃいましたね~。

 さて。
 今日からの公開作は、「青木さんガンバレSS」第3弾でございます。
 青木さんが薪さん似の女性と不倫して殺して逃げる話です。(←何を頑張らせようとしているのか)

 巷で「生ぬるい覚悟」とやらが話題になってますけど、過去作ちらっと読み返しましたら、うちの青木さんの覚悟が半端なくてドン引きしました。我ながら無茶苦茶やらせたもんだ(^^;
 ああいうこと言っちゃうあたり、薪さんも若いねえ。
 なんでもね、行きすぎると人間、大事なものを失っちゃうからね。ほどほどがいいと思うよ、おばちゃんは。






青木警視の殺人(1)





 午後のコーヒーを挟んで、薪が言った。
「別居しよう」
 カラッと晴れた夏の昼下がり。しかし、その言葉を聞いた青木の視界には夜空を切り裂く稲妻が見えるようだった。

「――と言うわけだ。分かったか」
 雷の直撃を受けた青木に意識があろうはずもなく。続く薪の説明を、青木はまったく聞いていなかった。薪が喋っていた1分間、青木の時間は止まっていたのだ。
 澄ました顔で青木が淹れたコーヒーを飲む薪に、その伏せられた睫毛に心を奪われながらも、青木はやっとの思いで尋ねた。
「なんでですか」
「いま説明しただろうが。聞いてなかったのか?」
 聞いてなかった、そんな余裕はなかった。薪に見限られることは神さまに見捨てられるより悲惨だ。青木はクリスチャンではないから神さまに見向きもされないと感じても生きて行ける、でも薪に愛想を尽かされたと思ったら生きて行けない。いろいろ間違ってる気もするけど、事実なんだから仕方ない。

「もう一度言うぞ、あのな」
 それを聞いたら薪さんと別れなきゃいけないんですか?
 そんな恐怖が薪の声をシャットアウトする。説明なんか無意味だ。どんな理由を付けられたって青木は納得できない。薪の婚約者に子供ができたと聞かされても別れられなかったのだ。結婚した後も、彼女に隠れて会ってくれと薪に頼んだ。最愛の人を最低の人間に堕としめる行為をねだるような見下げ果てた男に、どんな説法も効くものか。
「だからおまえとは距離を」
「どうしてですか」
 質問を重ねる青木に薪が眉を寄せる。薪は聞き分けの悪い人間は嫌いだ。飲み込みの悪いバカはもっと嫌いだ。それは知っているけれど食い下がるしかない。青木にとって、これは死活問題なのだ。

「オレがごはん食べすぎるからですか」
「いや。生ゴミが減って助かってるけど」
「プライバシーの問題ですか。薪さんの部屋、掃除しないほうがよかったですか」
「いや。部屋がキレイになるのはうれしいけど」
「じゃあ夜ですか。最近、マンネリになってましたか」
「……何の話だ」
「わかりました! オレ、もっと研究して新しい技を」
「おまえはこれ以上僕の身体でなにを試す気だ!」
 まるで青木が薪の身体を弄んだような言い方だが、むろん青木にそんな美味しい記憶はない。保守的と言うか冒険心がないと言うか、薪はベッドの中ではしごく慎ましやかで、それはそれで可愛いのだけれど、若い青木には物足りないことがある。たまにはBC(市販の催淫剤)でもキメて、薪と二人、めくるめくような快感に浸りたい。でも、そんなものをこっそり使ったことが後でバレたらどんな目に遭わされるか。そんなわけで、薪と一緒に使いたくて買ったラブグッズは日の目を見ないまま、押入れの奥で埃を被っている。
「HEローション、使用期限過ぎちゃったよなあ……高かったのに」
「青木、いい加減にしろ。さっきから訳の分からんことを」
「訳が分からないのは薪さんの方ですよ。不満がないのに別れようなんて」
「別れるなんて言ってない。別居しようって言ったんだ」
 すみません。オレには両者の違いが分かりません。

「もう一度だけ説明してやるから」
「聞きたくないです!」
「なんで」
「それ聞いたら薪さんと別れなきゃいけないんでしょう」
「……ガキか、おまえは」
 首の後ろを掴まれて、ぐいと抱き寄せられた。柔らかいくちびるが重なり、すぐに薪の舌が入ってきた。ねっとりと絡められ、恍惚となる。気が付いたら夢中で吸い返していた。

「来週、幹部候補生の監査が入ることになった」
 息継ぎの合間にさらりと言われて、青木は薪の罠に掛かったことを知る。「薪さん、ズルイ」と膨れるが、薪が自分から仕掛けてくるときは何か裏があるのだと、何度引っ掛かっても学習しない青木も青木だ。
「この監査に合格すれば警視正への昇任もあり得る。大事な監査だ。だから」
「え。オレ、警視正になれるんですか」
 驚きのあまり、薪の話を遮ってしまった。最後の言葉の形に口を開いたまま、薪は少し意外そうに、
「おまえ、出世したいのか」
「はい。薪さんのお手伝いができるようになりたいです」
 薪が警視正の頃は、些少なりとも第九職員として彼の役に立つことができた。しかし薪の階級が警視長に上がり、官房室の職務の割合が増えてくると、青木のできることはなくなった。運転手兼ボディガードという立場にはいるが、もっと現実的な手助けがしたい。具体的には薪が家に持ち帰ってくる大量の仕事を手伝いたい。そのためには自分が出世するしかないのだ。

 薪は、つい、と青木から眼を逸らした。そのきれいな横顔には困惑とも悲しみともつかぬ憂いが浮かんで、それが青木には納得いかない。薪は毎年青木に警視正の昇格試験を受けさせる、だから自分に出世して欲しいのだと思っていた。その目標が近づいてきたのに、どうして悲しみを見据えたような瞳をするのだろう。
「いや、駄目だ。昇格試験に受かるまでは僕が認めん」
「ええ~」
 この人のこれは冗談ではない。直属の上司である薪の推薦がなければ、青木の昇進はない。やはり、地道に試験勉強をするしかなさそうだ。
「推薦と監査で昇進しようなんて、前世紀の悪習を踏襲する気か。あんな制度があるから、警察は上に行くほど堕落するんだ」
 薪は、つい先刻まで困惑に翳っていた瞳を強気な上司の色に染め替え、
「いいか、人間死ぬまで勉強だ。警察も法医学も法律も進化してる。僕たちは、学び続けなければいけないんだ」
 階級が上がっても、努力する姿勢を失わない。薪のこういうところが青木はたまらなく好きだ。十年後の自分もこうありたいと思う。

「とにかく、監査期間中は別居しよう。僕はホテルに泊まる」
「何故ですか。オレが薪さんのボディガードとして此処に住んでいることは正式に届が出てます。監査課も承知のことだと」
「おまえは特別監査の恐ろしさを知らないんだ」
 青木の甘さを叱るように、薪はぴしゃりと言った。
「前にも言っただろ。セックスで何回腰振ったかまで調べられるんだぞ。盗聴も盗撮もやりたい放題なんだ、あいつらは」
「まさか。いくらなんでも家の中までは」
「経験者の僕が言うんだ、間違いない。警視正の特別承認の時、小野田さんに写真付きの報告書が上がってて。後にも先にも、あんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだ」
 その程度の恥なら日常的にかいている気もするが。女装の隠し撮り写真は言うに及ばず、シャワーシーンやら昼寝中の寝顔やら、共有スペースに薪のプライバシーはないと思って間違いない。本人が知らないだけだ。

 昔の羞恥プレイを思い出したのか頬を赤くした薪に、青木はぽんと自分の胸を叩いて、
「安心してください。監査の間は部下に徹します。薪さんには指一本触れません」
「1ヶ月だぞ。我慢できるのか」
「すみません。できないこと言いました」
「なんだ、その無駄な謙虚さは」
 何だと言われても。青木は自分を分かっているだけだ。
「誤解するなよ。僕はおまえとの関係を隠したいわけじゃない。でも」
 これはおまえのためなんだ、とは薪は言わなかった。そのココロは隠したい気持ちがゼロじゃない。自分の狡さを恥じるように、薪はくちびるを噛んで言葉を飲み込んだ。
 そんな薪を見ると青木は、彼が可哀想になってしまう。人間の気持ちに100%なんかあり得ない。人の心はそんなに単純じゃない。なのに、どうして薪は自分を恥じたりするのだろう。他人には厳しく、自分にはもっと厳しく。薪の許容範囲はダーツのトリプルリングよりも狭い。

「1ヶ月ですね。職場では会えるんですよね」
「そうだ。研究室からホテルまでの送り迎えもおまえの仕事だ」
「じゃあ楽勝です。幹部候補生試験の時よりずっと短いし、薪さんがフランス警察へ出向してた時より一緒にいられる時間は長いですから」
 口ではそう言ったが、それほど余裕ではないことは予想が付いた。顔を見ることができても、恋人としての時間を持てないことは辛い。一方通行に恋をしていた頃なら顔を見られるだけでも幸せだと思えたが、今は同じ家に住んで、休日になれば24時間共に過ごすのが普通だ。気持ちが通じ合っているのに手も握れないなんて、今からストレスで胃に穴が空きそうだ。
 予備の胃薬を買っておこうと心に決めて、にっこりと笑った。薪を困らせるくらいなら、青木は胃痛を選ぶ。

「いつからですか?」
「来週の水曜からだ。僕は明日からホテルに移る」
「そうですか。それじゃ」
「ちょっと待て。いきなり何の真似だ」
 ダイニングの椅子から青木の腕の中に、急に抱き取られて薪は抗議する。まだコーヒーの香気も消えていないのに、第一、日が高いうちから触れ合うことは薪の趣味ではない。それは重々承知の上、でも青木は引かなかった。この方面に於いて薪を困らせることを躊躇していたら、胃に穴が空くどころか精神が崩壊する。

 抱え上げて寝室へ運び込む。エアコンを掛けてベッドに座り、膝に載せた小さな身体を抱き締めた。
「1ヶ月分前倒しでお願いします」
「……それは後払いと言うことで」
「却下です。薪さんには踏み倒しの前科がありますから」
 激しく舌打ちしたところを見ると、今回も倒す気マンマンだったらしい。あからさまにそういう態度を取られたら、青木だって少しムッとくる。暴力に結びつきはしないけれど、アプローチに表れる。相手の準備を待たない性急さだとかいつもよりも激しい愛撫だとか、ダメと言われる場所をしつこく責め続けるとか。
 青木を受け入れるどころかまだ服も脱ぎ切らない状態で最初の精を絞られて、薪はとうとう悲鳴を上げた。

「せ、せめて分割払いで!」
「仕方ないですね。今日は前金ということで。残りは後日回収させていただきます」
「う。わ、わかった」
「大分未納が溜まってますから、それも一緒に」
「記けるか、普通」
 この機会に現状を把握してもらおうと、必需品を入れてあるヘッドボードの引き出しから青木が取出したのは、ハンディサイズのダイアリーノート。カレンダー枠の中に予定が書き込めるようになっているものだ。30個の予定欄の過半数にはハートマークとバツ印、稀にマルの印が記入されていた。
「僕、こんなに断ってたか?」
 先月だけでもバツ印は二桁。1ヶ月に20日超という青木のモーションは多過ぎる気もするが、断られるからお願いの回数が増えるのだ。その証拠に、丸印の後は4日ほど空白になっている。

「ごめん。おまえとこうするの、いやなわけじゃないんだけど」
 薪はノートを青木に返し、裸の腰にそっとシーツを被せた。昼間の情事を好まない彼の性質を思い出して青木は、続きは夜に持ち越そうかと考える。
 分かっている。薪だって本当は、青木と愛し合いたいのだ。このバツ印は仕事の都合で仕方なく――。
「疲れるから」
「……やっぱり一括返済してもらっていいですか」
「なんで?!」
 逃げ腰の薪を押さえつけ、青木が行為を続行したのは言うまでもない。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま


>この後、青木が耐え切れずに薪さん似の女に手を出してしまうということでしょうか・・

Aさまがドロドロの昼ドラ展開を予想してるっ。
青木さんが浮気だなんてそんな、おばちゃん、許さないよっ。

このお話は、あくまでも事件的なものなので、そっち方面は安心してください。
いつも通り、命の危険はありますけど。仕方ないじゃん、刑事ってそういう職業なんだもの(^^;


>ところで薪さんが言った、いそがなくていい待っているからは青木が出世して東京に戻ってくることなのか、青木が自分への感情が恋と気づくまでということだったのか・・

いや、わたしあれ、
「結婚して自分の子供を持て。急がなくていい、待ってるから」だと思ってました。
直前の会話から行くとそうかなって。

本当はどうなんでしょうね。とりあえずわたしは、上記以外の解釈なら何でもいいです(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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7/20 推敲の結果、70Pになりました。←バカじゃないの。
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