Are you happy?(3)

 先日からの雑文、こちらでおしまいです。
 お付き合いいただいてありがとうございました。




Are you happy?(3)





「なんで僕なんだ」
 自分の不機嫌な声がして、薪は眼を開けた。正確には、開けたつもりになった。自分と鈴木がいる。ここはまだ夢の中だ。
 鈴木はパジャマ姿でベッドにいて、口に体温計を咥えていた。シチュエーションが分かりやすくて助かる。青木の風邪つながりで、鈴木が風邪を引いたときの夢だと知った。

 薪が警視正になる少し前、24、5の頃だったと思う。妹がテニス部の試合だとかで母親は外出していた。せっかく休みが取れたのだからオレも応援に行きたかった、とそれは鈴木が病気になったから有給が適用されただけだろうと電話口で突っ込んだ憶えがある。夏休み真っ只中のこの時期、おいそれと休暇が取れるほど世間は独身者に甘くない。薪のように何年も有給休暇を棚上げにしていたせいで課長が人事部に絞られて強制的に休暇を取得させられた者でもなければ。
「雪子さんに看病してもらえよ。医学生の彼女以上の看護師なんて、この世にいないぞ」
 そう言いながらも、全然迷惑じゃなかった。病気で弱った鈴木に頼ってもらえたことがむしろ嬉しくて。でも、それを表面に出すわけにはいかなかった。

 複雑な気持ちを抱える薪に、鈴木はベッドの横に置いてあった片手鍋を差し出した。促されて蓋を開けてみると、中にはペースト状の物体が異臭を放っていた。色は焦げ茶色で、どういった化学反応からか所々に緑色の斑点があった。
「なにこれ」
「雪子のおかゆ」
 雪子が大学に行く前に家に寄って、鈴木家の台所で拵えたと言うそれは、間違いなく救急車が必要になるレベル。おそらく台所も酷い有様なのだろう。鈴木はその後始末をして欲しくて自分を呼んだのだ。
 果たして、強盗事件の現場のようになっていた台所を片付けながら、薪は鈴木の食事を作った。夜食に好評だった鶏肉と卵の雑炊。お粥では味気ないだろうし、ロクな栄養も摂れないだろうと思ったのだ。
 それは間違いだった。鈴木は喜んで食べてくれたけれど、風邪で弱った胃腸に、たんぱく質は不向きなのだ。必要なのはエネルギーに変換されやすい炭水化物とビタミン類。よって、雪子が作ったネギ入りのお粥が正しい。食べられる状態で供されれば、の話だが。

「ごちそうさま。美味かったあ」
 食後に、救急箱に入っていた総合感冒薬を飲ませた。雪子はそれも用意して行かなかった。気が利かないと思ったけれど、薬は自然治癒力を下げる。できれば飲まない方が全快するのは早いのだと、これも後で知った。
「これだけ食欲があれば大丈夫だと思うけど。他に何か欲しいものある?」
「悪寒がする。熱があるんだと思う」
 額に手を当ててみたら、少しだけ熱かった。
「とりあえず、氷嚢と水枕だね」
 熱があれば水枕。叔母の家でずっとそうしてきた薪は、当たり前のようにそれらを用意したが、熱の上がり始めで悪寒がするときの水枕は逆効果で、そもそも風邪の熱は下げない方が治りが早いのだそうだ。体力のない子供や老人ならともかく、健康な成人男子なら38度くらいまでは解熱剤は使わない方がよい。結果として薪は、甲斐甲斐しく鈴木の世話を焼いたものの、逆に悪寒を強める結果になってしまった。

「鈴木。大丈夫?」
「すげえ寒い」
「夏だよ?」
「熱、上がってきたみたい。関節痛てえ」
 鈴木が苦しむ様子を見て、薪は心配そうに眉を寄せる。「風邪なんか気合で治すもんだ」と、後輩になら言える台詞が鈴木には言えなかった。
「薪。となり来て」
「え」
 咄嗟に顔を歪める。瞬時にそんな表情ができたことに、薪は満足していた。
「やだよ。キモチワルイ」
「なんにもしないから」
「なに言ってんだよ、バカ」
「だって寒いんだもん。鈴木くん、凍えちゃう」
「じゃあ雪子さんに電話を」
「雪子は解剖実習中」
 監察医志望の雪子にとって、その実習は外せないものなのだろう。薪だって、たまたま休暇を取っていなければここには来れなかった。同じことだ。

 素っ気ない言葉とは裏腹に戸惑う様子の薪の手を、鈴木は強引に引っ張った。病人相手に無体な真似はできないと自分に言い訳しながら、薪は彼の隣に入った。長い腕に抱かれる。ベッドの中は懐かしい鈴木の匂いが充満していて、薪の胸を切なさでいっぱいにした。

 ドキドキする。心臓が痛いくらい。息もできないし、先にこっちが死ぬかも。

「あったけー」
 呑気に笑う彼に、腹が立った。
 鈴木は平気なのか。僕だけがこんなに苦しくなって、不公平だ。
「なんか懐かしいな、こういうの。学生の頃はよく一緒に寝たよな」
 この状態でそれ言うか?
 無神経にもほどがある。単なる友だちとして清らかに同衾した時期もあったけど、そうじゃない季節もあったのに。こうなったら一言も喋ってやるもんかと、薪は黙って息を殺していた。

 やがて静かになった鈴木の顔をそっと窺って見ると、気持ち良さそうに眠っていた。風邪薬が効いたらしい。
 見上げた彼の寝顔は、憎らしいぐらいハンサムだ。顔も身体も、男ならこうありたかったと、薪の憧れの男性像がそこにある。
 あの頃もこうして、長い時間彼の寝顔を見ていた。片思いの頃も、恋人同士になってからも。――そして今も。
 僕だけが立ち止まったまま。先に進めないでいる。
 鈴木はとっくに忘れてしまったのだろう。もう何年も前のことだし、それほど長く付き合ったわけでもない。別れようと言いだしたのは鈴木の方だ。それはお互いのためでもあったと、今は分かっている。

 薪も努力はしている。
 捜一に入って現場に身を置いたのだって、自分を鍛え直したかったからだ。精神的にも肉体的にも強くなれば、鈴木への依存心も薄れると思った。
 彼に、相応しい男になりたかった。
 なのに。
 こうして触れ合ったら、自分でも信じられないほど彼が好きで。この腕を解かないで欲しいと願う自分がいて。
 あり得ないけど、鈴木が熱に浮かされて自分と雪子を間違えて迫ってきたら、それでも拒めないだろうと思った。鈴木に愛されたいと思う気持ちの前にはプライドなんか何の役にも立たなくて、こんなだから鈴木に愛想を尽かされたんだと分かっているのに、そんな弱さを克服したくて彼と距離を置いたのに。
 たったこれしきのことで昔に戻ってしまう、自分が情けなかった。
 今だって、鈴木が眠ったのだから自分は此処を出るべきだ。ここは僕の場所じゃない。でも、身体が彼を求めてる。腕が自然に伸びて、彼の背中を抱き締める。彼と重なり合った部分が叫び声を上げる。このままずっとこうしていたい。

 突然鳴りだしたメロディに、薪はびくりと肩を上げた。
 音源は鈴木の携帯電話で、相手は雪子だった。薪は慌ててベッドを出た。
 鈴木の病状を心配して、実習の休み時間に掛けてきたのだろう。薪は鈴木の友人なのだから、彼の代わりに電話に出て、「鈴木は今は眠っています。大丈夫ですよ」と彼女を安心させてやればいい。でも、できなかった。薪は鳴り続ける電話を放ったまま、鈴木の家を出た。

 ひどい罪悪感に襲われた。
 恋人がいる男と同じ布団に入って、彼と抱き合った。
 ただの友人ならいい。でも自分はまだ彼が好きで、その気持ちを隠して彼らと付き合っている。それは欺瞞であり、彼らの信頼を裏切ることでもある。
 この気持ちが消えないうちは、彼らの傍にいるべきじゃない。

 申し訳なさと自己嫌悪でいっぱいの頭を抱えて、薪は殆ど意識のないまま街を歩いた。気が付いたら。
「なんでいるんだよ、薪坊。課長に見つかったら雷落ちるぞ」
 薪は職場にいた。場所は捜査一課で、薪に声を掛けたのは先輩の世良だった。
「こういう場合って普通は知らない女の子に逆ナンされてホテル行っちゃうパターンですよね。つまんないなあ」
「なに訳の分かんねえこと言ってんだ。それより、お台場で殺人事件が起きてよ」
「僕が課長に見つかったら雷じゃなかったんですか」
「課長の雷が怖くて捜一のエースは張れねえよ」
「ほう。いい度胸だな、世良」
「げ。き、聞き込み行ってきます」
 途中まではカッコよかったのに。世良の後ろ姿に、薪は呆れ口調で呟いた。
「言葉と行動が一致しない人だなあ」
「まったくだ。ところで薪」
「はい」
「休暇前におれが言ったこと、覚えてるか」
「ええ。『てめえがまともに休み取らねえせいでおれが警務部長に怒られたじゃねえかよ。1時間も説教食らったんだぞ、冗談じゃねえ。10日ばかりその顔見せるんじゃねえ』でしたよね」
「レコーダーみてえに一字一句繰り返してんじゃねよ! 実行しろよ、ばかやろう!」
「……すみません」
 課長の雷は、夢でも怖かった。



*****




 翌朝、目を覚ました薪はベッドの中で部屋の天井を見ながら、夢の続きを思い出していた。
 あのあと、表で待っていた世良と一緒に現場に向かった。そのことが課長にバレて、二人して思いっきり怒られた。が、犯人は3日で逮捕した。そして二人の命令違反は帳消しになった。
 次の年、薪は小野田の勧めでロス警察に研修に行った。海外研修は警察官僚の箔付けのようなもの。最高得点を塗り替えて警視正試験をパスしたのだから、断ろうと思えば断れた。でも薪は自分から行くと言った。日本を、彼らの傍を離れる必要があると思った。

 現在に戻ってきて、薪は自分の周りを見る。
 あの頃と違う家。違うベッド、違う家具。それから。

 ふと横を見る。ちょうど薪の鼻先で、同居人が目を覚ましたところだった。
「薪さん。おはようございます」
 そう言って上半身を起こし、間の抜けた顔でへらっと笑った。間抜け面がますますバカっぽく見えた。
「青木」
 はい? と首を傾げた青木の隣で、薪はゆっくりと起き上がる。一つの毛布を分け合った彼を見上げて、思ったことを言葉にしてぽんと投げた。
「すきだよ」

 おまえが好きだよ。大好きだよ。

「すみませんっ」
 ……好きって言われてなんで謝ってんだ、こいつ。
「オレの風邪、伝染っちゃったんですね? 熱に浮かされて譫言を」
 うん。奴隷根性もここまでくると究極体だな。
「ごめんなさい、オレのせいです。オレが看病しますから、薪さんは寝ててください」
 朝はおかゆにしますね、とベッドから抜け出した彼の腕を捕まえる。ベッドの上に膝立ちになって、それでようやく彼との高低差がなくなる。前髪を上げて額を着ければ、そこには薪と同じ穏やかな体温。熱が下がってよかった。

「今日一日、大事を取って休め。朝食は僕が作る」
 風邪は治りかけが肝心だ。ここで無理をすると高確率でぶり返す。
「いえ。もう大丈夫です」
「僕に刃向かう気か」
「でも」
「それ以上、一言でも言い返してみろ。雪子さんの作ったおかゆを食べさせるぞ」
 ひっ、と引きつった顔で、青木はベッドに逆戻りした。雪子の料理は思わぬところで役に立つのだ。
「今朝は卵粥にしてやるから。大人しく寝てろよ」
「はあい。あ、大盛りでお願いしますねっ」
 病気になっても食欲だけは衰えない男だ。呆れるやら羨ましいやらで、薪は返事をする気にもなれなかった。黙って寝室を出ようとすると、青木に呼び止められた。

「薪さん」
 ドアを開けたまま振り返る。ベッドの上から青木は、真っ直ぐに薪を見ていた。
「オレも大好きです。薪さんのこと」
 無邪気な笑みと一緒に投げられた言葉を、薪はそっと自分の胸にしまいこむ。
「は。そんなこと」
 鼻先で嗤ってドアを閉めた。背中に青木のうめき声。聞いて薪は、クスクス笑う。

 そんなこと。
 言われなくても知ってるよ。


(おしまい)


(2014.7)


 しづしば~。

 ねえ知ってる?
 薪さんは今のままで満足してるけど、相手に気持ちを伝えられる幸せも現実にあるんだって。
 それは決して特別なものじゃなく、普遍的なものであっていいんだって。
 だから薪さんも、あーーー。 (←飛ばされた)

 毎日ひとつ、薪さんLOVE、らんらんらん♪ ふふ。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま

>相手を好きだと伝えられる幸せ。

それは特別なことじゃないとわたしは思います。ありふれてていいもので、むしろ蔓延してた方が世の中平和なんじゃないのかな。
どうも薪さんは、(自分には)ないわー、と思ってる気がして。ついついお節介を焼いちまいましたぜ。


>本当にハピエンになったらもう秘密が描かれることはないかもしれないし・・

なんか、すごーくその心理は分かる気がします。Aさんのお気持ちも、先生のお気持ちも(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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