青木警視の殺人(2)

 あ、また1週間……本当に早いですねえ(^^;

 昨夜、歯医者に行ってきたんですよ。左の下の歯が痛くって痛くって。でも虫歯じゃないんですって。
 初顔合わせの下請さんと慣れない道路工事で緊張したのかなあ。昼間は現場、夜は書類で無理が祟ったのかなあ。
 とにかく、噛むとめちゃくちゃ痛いんですよ。右で噛んでても、だんだん痛みが増してくるんです。だからごはんがいつもの半分くらいしか食べられなくて。
 ダイエットしてると思えばいいのか。よし、2キロ痩せよう。



青木警視の殺人(2)






 人事部警務課から薪に連絡があったのは、薪がマンションを出る4日前。7月の終わりの日だった。

「特別監査? 青木にですか」
 監査課長室で通知書を受け取り、その内容に思わず唸る。彼の声は眉間に刻んだ皺の深さに相応しい低さで、かつ、不信と不満に尖っていた。
「何故です。私が再三推薦状を提出している岡部靖文警視や、或いはキャリア組最古参の今井警視ではなく、なぜ年も若く経験も浅い青木が」
「恐れ入りますが、薪室長。職員の監査、昇任人事に関する一切の決定権は我々人事部にあります。部下の階級を決めるのはあなたではない」
「それは私の人事考課が適正ではないという監査課長のご指導ですか。部下の能力も満足に測れないならさっさと室長なんか辞めちまえという人事部全体のご意見と受け取ってよろしいのですね」
「薪くん、薪くん、その辺で。葉山課長もそんなに怯えなくていいから。取って食われたりしないから」
 お目付役にと着いてきた田城が、薪の暴走にやんわりとブレーキをかける。課長の言い分が正しいことは薪も分かっていた。しかし納得できない。年功序列には拘らないが、第九には青木より仕事のできる者が大勢いる。警視正昇任の特別監査なら、彼らの方が先ではないか。

 薪の氷の視線に恐れを為したのか、それとも薪のバックに控えている人物への懸念か、葉山と言う名の監査課長は青い顔でカクカクと肩を揺らしながら、
「じ、実は、今回の監査は人事部の決定ではなく、長官の指示で」
「長官? 村山長官ですか」
「そうです、村山警察庁長官のご指示です。監査官も長官自ら選任されて」
 どういうことです、と拳を固めて詰め寄る薪に、葉山はいっそう鼻白み、
「わ、私はただこの通知書を薪室長に渡すようにと、それだけを託った次第で」
 震え上がる課長に軽く舌打ちして、薪は拳を開いた。机の上に置かれた通知書を細い指が取り上げ、ファイルに挟みこむ。

「青木一行警視の特別監査、よろしくお願い致します。それと」
 すっと頭を下げ、すぐに背筋を正す。上から目線の傲慢な態度で、薪は言った。
「長官が口止めしたかどうかは知りませんけど。僕なら、あなたのように口の軽い部下は重用しませんね」
 脅しといてそれ?!

 さっと踵を返して薪が課長室を出て行く後ろで、葉山課長と田城は思わず顔を見合わせる。後のフォローは田城に任せることにして、薪は真っ直ぐに官房室へ向かった。
 長官が一介の警視の特別監査を命じるなんて、あり得ない。この監査、絶対に裏がある。薪の知っている裏工作が得意な人間の中で、長官に影響を与えることができるのは官房室の策謀家だけだ。
 薪はそう予想して、しかしそれは的外れだった。持参した通知書を見せると中園は不思議そうに首を捻り、
「なんで青木くんなの? 岡部くんや今井くんじゃなくて?」
「それを聞きたくて来たんですけど」
 中園さんじゃないんですか、との問いに首を振る。本当に知らないようだった。
「村山長官の指示だって言うから、てっきり小野田さんが頼んだのかと」
「まさか。岡部くんの監査ならともかく、青木くんの出世のために長官に頭を下げるなんて。あの小野田がするわけない」
 それもそうだ。小野田はしごく個人的な理由で青木が嫌いなのだ。

「岡部の特別監査は、やはり難しいのでしょうか」
 名前が出たついでにと薪が訊けば、中園は渋い顔をして鼻から息を吹いた。人事部は警察庁の中で唯一、中園の支配が及ばない部署だからだ。
 以前、次長の娘婿である間宮隆二が警務部長を務めていたことからも分かるように、人事部は次長派の領地だ。役職者はすべて次長寄りの職員で構成されている。
 旧第九職員滝沢幹夫の帰国を機に巻き起こった3年前の事件で、次長派の勢力は大幅に削がれた。その後、派閥の分裂と寝返りは進み、次長派にとっては人事部が最後の砦と言ってもいい。そこを残しておくのは小野田の仏心、ではなく。その方が都合がいいからだ。
 ここで完全に次長派の息の根を止めたとしよう。すると、現次長に替わる新興勢力を、政敵の警視総監辺りが必ず押し出してくる。現在の三竦み状態は解消され、行き着くところは警視総監と次長のタッグチームとの全面戦争だ。今の時点でそれは避けたい。警視総監と雌雄を決するのは、小野田が警察庁の最高権力を握ったとき。警視総監と同等の力を持っていなければ、潰されるだけだ。
 小野田が次長職に就くには、あと一つ、決定打が必要だ。それまでは無力なナンバー2をお飾りに据えておく。それが官房室首席参謀の計画であった。
 警察内の勢力争いはさておき、問題は青木の監査だ。

「村山長官が青木くんをねえ。長官には別件でお願いしたことがあるけど、それとは関係ないだろうし」
「別件てなんですか?」
「きみは知らなくていいの」
「僕は次席参事官ですよ。官房室に関することなら知る権利が」
「だったら早く第九辞めて。官房室の人間になりなさい」
 バッサリと急所を責められて薪は口ごもる。第九と官房室の兼任なんて、我儘もいいところだと自分でも思う。その勤務体制のまま薪は次席参事官になった。小野田の娘との婚約が決まったからこその内部人事だったが、婚約解消の後も役職はそのままだ。小野田に特別扱いされていると陰口を叩かれても仕方ない。薪は殊勝に考えたが、官房長の愛人ならそれもアリだと思われている現実を知れば、陰口も立派な犯罪だと怒り狂うに違いない。

「岡部が……室長に就任するまでは」
 それが薪が官房室入りする条件であった。その時、それはさして遠くない日のことに思われた。当時の警務部長は岡部の能力を高く評価していたからだ。しかし、人事部は3年前の事件で総入れ替えされ、岡部の室長就任は難しくなった。法曹界の黒幕を炙り出した薪の尽力が、結果的に岡部の出世を潰した。皮肉な話だ。
「いっそのこと、第九は今井くんに託したら。今井くんならキャリアだし。推薦状も受理されると思うよ」
「でも、第九のことを一番よく分かっているのは岡部です。今井より経験もあるし、能力的にも」
 それだけではない。もっと大事なことがある。
「誰よりも皆に頼りにされてるし、誰よりも皆のことを思っている。室長を任せられるのは岡部しかいません」
 仕事の実績や能力、それら推薦状に書けることより、書けないことの方がより重要なのだ。室長として、第九をまとめていくためには。

「きみの気持ちも分かるけどさ。やっぱり無理があるんだよ。ノンキャリアが科警研の室長になるのは」
 ノンキャリアとキャリア組の格差は、未だ警察内にそびえ立つ大きな壁だ。そのことに薪は強い憤りを感じる。国民を犯罪から守るために必要なのは試験勉強ではなく、実地経験と鍛錬だ。それを何でも試験試験と、だから上層部は形骸化するのだ。
「その理屈はおかしいです。僕の経験から言うと、キャリア組の多くは部下の能力を引き出せていない。現場を経験していないからです。逆に、現場経験の豊かなノンキャリアの方が指導力、統率力ともに優れている。警察は学校じゃない、実戦部隊なんです。もっと実力主義を徹底すべきだと」
「改革案を推進する実力もないくせに、勝手なことを言うんじゃないよ。人事改革がしたいなら、まずは完全に官房室の人間になることだ。一人前の口を利くのはそれからだ」
 中園の叱責はもっともだった。今の宙ぶらりんな状態では、チームを立ち上げて企画を推進することもできない。大きな事件が起きれば、薪は第九に戻るしかないのだ。

「中園。あんまり薪くんを苛めるんじゃないよ」
 うつむいた薪に、助け船が出された。官房長の小野田だった。ちょうどドアを開けたところに、中園の声が聞こえたらしい。
「心外ですな、官房長殿。身に覚えのないことで疑われ、管轄外の人事を責められ。苛められていたのは私の方ですよ」
 薪の頬が羞恥の色に染まる。おどけた口調だったが、中園の言うことは本当だった。濡れ衣は事実だったし、人事の矛盾については訴えるべき相手を間違えていた。
「すみませんでした」
「謝らなくていいんだよ、薪くん。こっちだって、今きみを完全に官房室へ引き抜くわけにはいかないんだから。そうだろ中園」
 まあね、と肩を竦めた首席参事官に薪は首を傾げる。上官たちは、早く薪に第九を卒業して欲しいのではなかったのか。
「葉山監査課長が言ったことは本当だ。人事の決定権は人事部にある。当然、きみの後釜を決める権利も。次長の息のかかった警務部長に、次長派の警視長でも送り込まれてごらんよ。第九の機密情報が次長派に流れ放題だ」
「まあ、そういうこと」と小野田は腹心の部下の言葉を肯定し、ソファに腰を下ろした。上司に着いて、中園は応接ソファに移動する。下座に座って薪に手招きした。首席参事官室の応接セットは官房室のものより大分小さく設えられているが、3人の密談には十分だった。

「部下の話を立ち聞きとは。高潔な官房長殿がなさるとも思えぬ下衆な行いで」
「おまえと一緒にしないで欲しいね。田城くんから連絡をもらったんだよ」
 中園の隣に姿勢よく座った薪に、小野田はにっこりと微笑んで、
「薪くんのことだから。ぼくのところに来なけりゃ、此処だと思ったんだ」
 さすが官房長。薪の行動パターンなんかお見通しだ。
「一応お訊きしますけど。小野田さん、青木の警視正昇任を長官に進言なさったりは」
「まさか。彼を交番勤務に推薦するなら分かるけど、警視正になんて。ぼくの人を見る目が疑われてしまう」
 何もそこまで言わなくても。
 小野田の手酷い答えに、薪は胸を痛める。小野田が青木を疎んじるのは自分のせいだ。彼の娘よりも青木を選んだ。そのことで、恩人である彼をひどく傷つけた自覚はある。だから青木に関係することは小野田には言い難い。それで中園のところへ来たのだ。

「冗談はともかく、ぼくにも心当たりはない。様子を見るしかないだろうね」
「特別監査はけっこう厳しいぞ。身辺の整理をしておくよう、青木くんにはよく指導した方がいい」
「ご安心を。監査期間中は、僕はホテルに泊まりますので」
「いや、別にきみが家を出なくても」
「中園さんともあろう方が、なにを呑気なことを!」
 突然スイッチが入った人形のように薪はパッと身を翻し、中園に向かって一息に捲し立てた。
「特別監査ですよ。家の中のプライバシーなんかあるわけないじゃないですか。何時に風呂に入って足何回の裏洗って何時に寝て何回寝返り打って何回イビキかいたかまで全部調べられるんですよ?!」
 薪の剣幕に押され、中園は上半身を仰け反らせた。悲痛に叫んだ薪は、何を思い出したのか眼の縁に涙を浮かべていた。
「なに。薪くん、特別監査に嫌な思い出でもあるの」
「おまえが言うのかい、それ」
 やった方は忘れてもやられた方は忘れない。典型的な人間関係にため息を漏らしつつ、小野田は話題を切り替えた。

「それより薪くん。例の法案はどうなってる?」
「順調ですよ。再来週の水曜には閣僚会議で3回目の打ち合わせです」
 現在薪は、MRI捜査に関係する新しい法律案の制定準備を任されている。この法律が成立すればMRI捜査は物証と同等と見做され、第九の地位は揺るぎないものになる。薪としては、必ずや通したい法案であった。
「それはよかった。反対派も多いから、身の周りには気をつけるんだよ。外へ出るときには必ずSPを付けて」
「大袈裟ですよ。SPなんて」
「法案のトラブルは準備期間中が一番危ないんだ。油断は禁物だよ」
「大丈夫ですよ。僕には優秀なボディガードが付いてますから」
 薪の返答に少しだけ嫌な顔をする上司に微苦笑で敬礼し、薪は官房室を後にした。小野田は青木との仲を認めてはいるが、諸手を挙げて賛成してくれたわけじゃない。それが態度の端々に表れている。けれど、薪は今の状況に何の不満もない。そこまで望むのは贅沢というものだ。それよりも気になるのは、村山長官の意図だ。

 岡部や今井ではなく、未熟な青木をターゲットにした。悪意か、それとも。

 警察庁8階の長い廊下を歩きながら、薪は、青木の監査対策について思案を巡らせていた。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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