仮面の告白(6)

仮面の告白(6)







 小野田との楽しい昼食の後、薪は法医第一研究室を訪ねることにした。
『もうひと押し』を実行するためである。

 薪が研究室のドアを開けた途端、お堅い警察関係の施設には相応しくない声が聞こえてきた。女性のあえぎ声だ。それも一人や二人の声ではない。3人以上の女の声が入り乱れて、女性とは思えないはしたない事を叫んでいる。まるで乱交パーティのようだ。
 声の発生源は、奥の小部屋だ。あそこは雪子の自室のはずだ。まさか。

「あら、珍しい。いらっしゃい、薪くん」
 小部屋から、雪子が紅茶を持って現れる。雪子は紅茶党である。
「よかったら薪くんも参加する?」
「はい!?」
「きゃー! ダメですよ、先生! ドア閉めてください!」
 大きく開け放たれたドアから、大型のモニターに例の裏AVが映っているのが見える。本気で助手の女の子と一緒に見ていたらしい。

「ぷぷっ……くくくく……」
「なんですか」
「薪くん、真っ赤になってる。相変わらずこういうの苦手なんだ」
 薪は慌てて顔を隠した。
「こないだは平気な顔で見てたから、薪くんも大人になったのねって感心してたのに」
「……仕事だと思えば大丈夫なんですけど、今は突然だったから」
 突発的にあんなものを見せられて、身構えるヒマがなかった。仕事モードに心が切り替わっているときならどんな画でも平気なのだが、今は油断していた。

 昔からこういうものは苦手だ。
 ひとりで見るのも恥ずかしいのに、友達同士でこれを見ようとする神経は、薪には理解できない。これは秘め事のはずだ。他人のそれを見ることにも抵抗があるし、見ている自分をだれかに見られるのはもっといやだ。自慰行為の現場を他人に目撃されるのとたいして変わらないくらい恥ずかしい。

「ところで、何か用事? 忙しい薪くんがわざわざ来てくれたってことは、大きな事件でも?」
「いえ、仕事のことじゃないんですけど。雪子さんに、ちょっとお願いがあって」
「……どーりで寒いと思ったわ。今日は雪が降るのね」
 雪子は薪に椅子を勧めると、自分も手近な椅子に腰を下ろした。で?と首をかしげて薪に用件を話すよう促す。 忙しい薪を気遣って、余計な会話はしてこない。さすが雪子だ。

「実は、青木のことなんですけど」
「青木くん?」
 雪子は大雑把に見えてカンがいい。
 警戒させてはいけない。ことは慎重に運ばねば。

「雪子さん、青木と一緒に食事したことありますよね」
「まあ、何回かね」
「どんな店が多かったですか?」
「そうね。ラーメン屋とかハンバーガーとか」
「高級なお店は?」
「天外天くらいかな」
「やっぱり。まずいな」
 薪は鹿爪らしい顔をして腕を組む。ここは演技力が問われるところだ。
「やたらと庶民的なんですよね」
「いいじゃない。庶民だもん」
「ダメです。青木はキャリアで入庁してるんですよ。そのうち嫌でも高級な店で、接待や会食をしなければならなくなります。マナーやエチケットは覚えられますけど、そういう店に相応しい雰囲気を身につけるには、場数を踏まなくちゃダメなんです。今のうちに慣れさせておかないと」
 尤もらしい理由付けに、雪子は一応うなずいてくれた。もう一息だ。

「そこで、雪子さんに協力して欲しいんです」
「何をすればいいの?」
「青木のテーブルマナーの勉強に付き合ってあげて欲しいんです。実際に高級フレンチのレストランを使って。店の選択は雪子さんにお任せします。もちろん費用はこちらで持ちますから」
「なんであたし? 薪くんが行けばいいじゃない」
「高級フレンチですよ? 女性同伴じゃなかったら、不自然じゃないですか。男2人でコース料理食ってたら、周りからヘンな目で見られちゃいますよ」
「そうかしら」
「そうですよ」
「じゃ、3人で行きましょ」
「そこまでは予算がありません。それに、僕はフランス料理は苦手です」
 強い光を宿した黒い目が、薪の真意を見透かそうとしている。薪は長年鍛えたポーカーフェイスで、雪子の視線に対抗する。

「誰にでも頼めるわけじゃないんです。ある程度そういう店に慣れている大人の女性でないと、勉強になりませんから。その点雪子さんなら、テーブルマナーもワインの選び方もばっちりだし、青木も雪子さんと食事をするのを楽しみにしてるみたいだし」
 いやみなく褒め殺し、さりげなく青木の好意をアピールする。薪にもこういう芸当ができるのだ。対マスコミ用だが。
「お願いします。雪子さんしか頼める人がいないんです」
「……わかったわ」
「ありがとうございます」
 攻防戦は、薪の勝利に終わったようだ。にこやかな笑みの後ろで、薪は計画の進行に満足していた。

 薪が法一を辞した後、雪子はまた自室に戻った。もう時間があまりない。AVの続きはまた明日だ。
「相変わらず素敵ですねえ。薪室長」
 薪は女の子によくもてる。雪子の助手の菅井も、薪のファンのひとりだ。
「薪くんと結婚したら苦労するわよ」
「結婚なんてとんでもない。薪室長は観賞用です。自分よりきれいな彼氏なんていりませんよ」
「……かわいそうな薪くん」
 これだから薪くんは経験が少ないのよね、と雪子は心の中で付け加える。

 あれだけの容姿を持っていながら、薪は極端に恋愛経験が少ない。薪のそういう過去をすべて知っているわけではないが、薪とは15年の付き合いになるのだ。交際を隠し通せるほど、浅い付き合い方はしてこなかった。
 自分はともかく、鈴木は気がついたはずだ。鈴木は雪子に隠し事はしなかった。聞けば浮気相手の女のことまで教えてくれた。正直といえば正直、バカといえばバカな男だった。もちろん雪子の評価は後者だったが、薪の評価は常に前者であるらしかった。

 15年来の付き合いの中で、薪の性格は心得ている。薪がああいうふうに自分から積極的に話をするとき、あれは何か企んでいる。

 第九の新人を出してくるということは、先月かれが雪子に相談してきたことと何か関係があるに違いない。マナー云々の話は明らかにカモフラージュだ。薪は、雪子と青木の仲を特別なものにしようとしている。
 薪は、青木の気持ちを知っているはずだ。その上でこんなことを仕掛けてくるということは、これが薪の本心ということか。
 それとも。

「薪くんの性格は、捻じ曲がってるからな」
 雪子はひとりごちると、DVDプレーヤーの秘密のメディアを抜き取り、机にしまった。しばらく考えて、ポケットから携帯電話を取り出す。電話帳の一番最初にある名前を選んで、雪子はコールした。

「もしもし、青木くん? 三好だけど、今夜会えない?」


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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