青木警視の殺人(7)

 怒涛の年末ですっかり間延び更新になってしまいましたが、みなさん、やさしいコメントをどうもありがとうございました(;▽;)
 続きを待っていてくれる人がいるの、本当にありがたいです。


 心を入れ替えて頑張ります1日目。



青木警視の殺人(7)
 
 

「青木さん。今日はこちらのお店にしましょう」
 はあ、と曖昧な返事をして青木は北川の後に続いた。古びた木製のドアを開けると、年季の入ったカウベルがカランと乾いた音を立てた。ひんやりとした室内の空気が心地よい。

 監査10日目。彼女に連れられてレストランに入るのは、これで何軒目だろう。
 聴取は街中の飲食店で行う、と聞いた時には耳を疑ったが、監査官と監査対象者の性別が異なる場合は、長時間の密室状態を避けるため、一般の店を使うのは普通のことだと説明を受けた。監査官が言うのだから間違いはないのだろうが、毎日のように2人で夕食を摂っていたら余計に誤解されるのではないか。何より、このことを薪が知ってあらぬ疑いを掛けられたりしたら。監査の結果よりも、青木にはそちらの方が心配だった。
 まだ薪の耳には届いていないようだが、第九の中では既に噂になっていた。北川の青木に対する接近は、監査の域を超えているのではないかと。

「あれっ」
 店の中を見回して驚いた。カウンターにスツール椅子。ボックス席のテーブルには氷とグラスに入った琥珀色の液体。そこはレストランではなく、バールであった。
「北川監査官、ここは」
「外では監査官は止めてくださいって、昨日も申し上げました」
「北川さん。ここはお酒を飲む店ではないですか」
「たまにはよろしいでしょう」
 アルコールを摂取しながら監査聴取を行うなんて、聞いたことがない。監査官の言うことには逆らうな、と薪に言い含められていなかったら、青木はそこに彼女を残して店を出ただろう。
 それでなくとも彼女の仕事には疑問がある。脱線ばかりしていて、聴取らしい聴取をしてこないのだ。青木は特別監査を受けるのは初めてだが、こんなものなのだろうか。幹部候補生選抜試験の面接の方がずっと厳しかった。

「青木さんはビールがお好きだって、宇野さんから聞きましたわ。このお店、地ビールが自慢なんですよ。ぜひお試しになって」
「いいえ。職務中ですから」
「おかしいわ。定時を過ぎてから職場を出たのに」
 対象者に酒を勧めるなんて、変だ。これも薪に言わせると「誘惑に打ち勝てるかどうか試している」ということになるのだろうが、青木は常識人だ。薪のような飛躍思考は持ち合わせていない。
「自分にとって監査は職務ですから」
 固く固辞して、ミネラルウォーターとサンドイッチを注文する。もっとボリュームのあるものが欲しかったが、あいにくこの店にはフードメニューが3品しかない。その中で一番食べでがありそうなものを選んだつもりだったが、運ばれてきた皿を見て青木はがっかりした。三角形の薄いパンが3つしか載ってないのだ。あれでこの値段とは、ぼったくりもいいところだ。

「青木さん。少しお疲れのようですね。気疲れかしら」
「いえ、そんなことは」
 ある。実はものすごく疲れている。理由は明白だ。この10日あまり、薪の手料理を食べていないのだ。それが青木のパワーをダウンさせる大きな要因になっている。加えて、プライベートの可愛い薪が見られない。声が聞けない。触れない、キスができない。禁断症状だ。
「明日は監査はお休みにしましょうか」
「本当ですか」
「ええ。日曜日までゆっくり休めば、青木さんの気疲れも取れるでしょう」
 トマトのブルスケッタとブルーチーズ、それと赤ワインという青木から見れば食事とは思えないプレートに手を伸ばしながら、北川は3日間の休暇を提案した。青木の表情がパッと明るくなる。3日あれば、1日くらいは薪と会えるかもしれない。

「お休みだと言って油断させて、こっそり家の中に監視カメラを仕掛けたりは」
「ぷっ。青木さんて、面白いこと仰るのね」
 ワイングラスの脚を支えた細い指が、かくんと揺れる。ワインが波打ち、透明なグラスの内側に薄赤い痕を残した。
「そんなことは致しません。監査のために犯罪を犯したら、監査そのものが無効になってしまいますわ。わたくしも降格です」
 騙されるな青木、と喚く薪の声が頭の中に響いて、青木は思わず笑いを洩らした。まったく、薪の思い込みには振り回されっぱなしだ。あんなに頭がいいのに、だけどそういう所がたまらなくかわいい。

「なにか?」
「あ、いえ。すみません」
 何でもないです、と平静を装ったものの、青木の頭にはすでに薪との楽しい休日が描かれている。自然に頬が緩んでしまう。青木はポーカーフェイスが苦手なのだ。
「青木さんが何を考えてらっしゃるのか、当ててみましょうか」
 恋人のことね、と言われたら、そうです、と直球で返してやろうと思った。相手の氏名を訊かれたとして、そこまで答える義務はない。
「薪室長のことでしょう」
「そうで、っ、や、違います、てかなんで?!」

 パニクる青木を見て、彼女はコロコロと笑った。ワインのアルコールも手伝ってか、彼女はとても楽しそうだった。
「詳しいことは喋れませんけど、わたくしたちの情報網はとても優秀ですの。よーく知ってましてよ。あなたのことも、薪室長のことも」
 そのとき青木に迫られたのは、彼女が薪の敵であるかどうかの判断であった。自分は薪のボディガード。彼女が薪の個人データを収集し、それを悪用しようとしているならば阻止しなくてはならない。
 青木の目つきが変わったことに気付いたのか、北川はやんわりと手を振り、
「安心してください。わたくしたちはあなた方の敵ではありません。こうして薪室長そっくりに顔を変えたのも、あなたの監査に付いたのも、任務の一環であるとだけ申しておきましょう」
「任務?」
 青木は心底驚いた。妙齢の女性が任務のために顔を変えるなど、そこまでの自己犠牲が要求される部署が警察にあることを、その時まで青木は知らなかった。

「そんな任務に、どうして女性のあなたが」
「女性だからですわ。薪室長の容姿を真似るには、男性職員ではいくら骨を削っても無理だと整形外科の先生が」
「その病院、薪さんには教えないでくださいね。ネットで名前晒して手術ミス100件でっち上げて廃業に追い込むくらいやりかねませんから」
「青木さんて、本当に面白い方」
 冗談を言ったつもりはなかったが、彼女は可笑しそうに笑った。その笑顔に作り物の不自然さはなかったが、整形と聞いた今ではついその証拠を探してしまう。他人の青木が気になるくらいだ、本人はもっと気になるだろう。ましてや北川は女性。相当の覚悟が要ったに違いない。

「断ることはできなかったんですか」
「それは勿論。警察は軍隊ではありませんもの」
 青木の質問に、北川は首を振った。断ることが可能だったなら、何故。
「この任務を受けることを選んだのは、わたくし自身ですのよ」
「どうして」
「青木さんには恩がありますから」
「恩?」
 鸚鵡返しに聞いたのは、青木にはまったく覚えがなかったからだ。北川の元の顔が分かれば心当たりもあったかもしれないが、この顔には助けられた記憶しかない。
「それから、薪室長にも少し」
 彼女の言い方ではメインが青木で、薪の方がオマケのような感じだ。警察内部のことで、青木が薪よりも誰かの役に立つなんてことがあるとは思えないが。

「いったい何の話で」
「青木さんは知らなくていいことです」
 青木に恩があるからこの任務を受けたのだと、そう言っておきながら青木は知らなくていいと言う。女性と言うのは矛盾だらけの理屈が得意で、それを強引に通してしまう特技を持っている。
 複雑な顔で黙り込んだ青木を見て彼女は、その美しい顔に満面の笑みを浮かべ、グラスに入った赤ワインを軽快に飲み干した。

 それが青木が見た、彼女の最後の姿だった。
 2日後の土曜日、早朝。北川舞は、この店の裏の路地で死体で発見された。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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通りすがりの読者 さま

通りすがりの読者さま。

コメントありがとうございます♪

>物語が動いてきましたね。

はい、ようやく。
前振り、長かったですね。ギャグ入れてると長くなっちゃうんですよね(^^;


>薪さん 青木さんが実在の二人の様に混同してしまうというか。

ありがとうございます。最高の褒め言葉です。
常にジタバタしてますからねえ、うちの二人。そういうところを人間臭く感じてもらえたら、ジタバタのし甲斐がありますね(笑)


>ps. HN固定で大丈夫です笑

いいんですか!(>▽<)
ではこのままでw

ありがとうございました。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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